古本で「谷川徹三対談集」のなかの
「道元『正法眼蔵』の読み方」を読んで、
気になったので、次に
古本で谷川徹三著「人間であること」
(現代日本のエッセイ・毎日新聞社・函入)を購入。
ハイ。どちらも200円でした。
「人間であること」から、拾い読みしたのは
『親鸞と私』『道元』の二つのエッセイ。
読みながら、浮かんできたことを書いておきます。
ひょっとして、現代詩人・谷川俊太郎を把握しようとする
ならば、まずは、父親の谷川徹三を読まなきゃ無理だよね。
ということでした。
「ホーム・グラウンド」という言葉が
丸谷才一の「思考のレッスン」の
レッスン3『思考の準備』に出てきます。
たとえば、丸谷さんは大岡信氏について、
こう指摘しております。
「大岡さんのお父さんは歌人の大岡博ですが、
この方は窪田空穂の弟子でした。
したがって、大岡さんは、もの心ついたときから
窪田空穂の本が家にたくさんあった。
それをごく自然に読んで育ったわけです。
きっと、お父さんが『空穂先生は、空穂先生は』というのを、
小さい頃から聞いていたに違いない。
つまり窪田空穂は、大岡家の家の学のようなものなんですね。
ですから大岡さんは、『アララギ』系統の日本文学史とは
違う理解から、文学の世界に入ったわけです。・・・」
(p148)
この次のページで丸谷さんは、こう指摘しております。
「いままでの日本人のものの考え方は、
個性を中心にして考えて、伝統というものを考えなかった。
だから彼のホーム・グラウンドは何だろうと考えることを
しなかったわけですね。ところが、文化というものは、
それぞれ別のホーム・グラウンドを持っている人々が、
次々に受け渡して行くものなんですね。
そこのところがおもしろい。・・」(p149)
思い浮かんで、
本棚から「ユリイカ」(1973年11月臨時増刊)
「谷川俊太郎による谷川俊太郎の世界」を持ってくる。
その雑誌の後記に、ご自身が書いております。
「三浦雅士さんにそそのかされて、
生れて初めて本格的な雑誌編集を体験した。
私はただ自分の好きなもの、興味のあるもの、
楽しいものをやみくもに寄せ集め、
それをいわばモンタージュしたに過ぎない
・・・私にとっては、それぞれの部分が
有機的にひきあって、ひとつの世界を
つくっているように感じられている・・・」
とあります。
うん。ここには父・谷川徹三は登場しません。
それはそうと、
「後記」の前に、「ギャラリイ」と題して、
写真が並べられていました。
それを紹介してゆきます。
エトルスクの彫刻
シェーカー教徒の室内
コルトの拳銃
スティーグリッツの写真「空の歌」
ミューザ―の紙飛行機
良寛の書(道元)
フェルメールの絵(デルフト風景)
シトロエンの自動車・2CV
サーバーの漫画
この写真の中に
良寛の書がありました。
道元の正法眼蔵にある『愛語』を
良寛が書き写したものです。
谷川徹三は、登場しませんが
この雑誌には道元の文が登場しておりました。
ちなみに、私がこの雑誌を見ていて
あとあとまで、印象に残ったのは
この良寛の書でした。
思えば、他は皆カタカナで
「良寛の書(道元)」がひとつ日本。
どなたでも、注目が集まるかもしれません(笑)。
あっ。そうそう。
この雑誌には長新太さんの漫画もありました。
各詩人の名前を織り込んだ、一コマ漫画が
細かく並べてあります。それも紹介。
一コマ漫画で、どれもおじさんが歩いています。
岡をおじさんが見上げているような図にセリフ。
「ぜったいに大きなおかであると
わたしは信ずるから大岡信さんなのである」
うん。もうひとつ、一コマ漫画のセリフを引用
「わたしの頭はからっぽで
のいばらの木から のりがとれるなんて
とても とんちんかん 一番きれいな
茨木のり子さんにあげようね」
それはそれとして、
つぎの連想。
櫂同人による「櫂連詩」というのも、
この雑誌に載っておりました。
パラパラめくっていたら、
茨木のり子さんの連詩の箇所が
目にとまりましたので紹介
「誰もが手紙を書かなくなった わたしも
ポストにはなまくらな活字ばかりが投入される
久しぶりときめくは木戸のもと 開封されたばかりの沈丁花」
これを見たら、きになって本棚から
「茨木のり子の家」(平凡社)を取り出してくる。
茨木のり子さんは旦那さんを早くに亡くされております。
家には本棚があるのですが、遺影の写真らしきものもある。
う~ん。家の各部屋の写真と平面図をみてもちょっと仏壇が
あるようには見えない。
ちなみに、谷川俊太郎氏の家には仏壇があるか?
というのが次の問題。
現代詩とお仏壇?
う~ん。現代詩人は心の中に墓碑銘を刻むのでしょうか?
すると、ホーム・グラウンドを探すのに手間ヒマかかる。
ですが、谷川俊太郎の詩を知りたかったら、
まず櫂よりはじめよ。じゃなかった「隗(かい)より始めよ」。
谷川俊太郎の、ホーム・グラウンド谷川徹三。
「道元『正法眼蔵』の読み方」を読んで、
気になったので、次に
古本で谷川徹三著「人間であること」
(現代日本のエッセイ・毎日新聞社・函入)を購入。
ハイ。どちらも200円でした。
「人間であること」から、拾い読みしたのは
『親鸞と私』『道元』の二つのエッセイ。
読みながら、浮かんできたことを書いておきます。
ひょっとして、現代詩人・谷川俊太郎を把握しようとする
ならば、まずは、父親の谷川徹三を読まなきゃ無理だよね。
ということでした。
「ホーム・グラウンド」という言葉が
丸谷才一の「思考のレッスン」の
レッスン3『思考の準備』に出てきます。
たとえば、丸谷さんは大岡信氏について、
こう指摘しております。
「大岡さんのお父さんは歌人の大岡博ですが、
この方は窪田空穂の弟子でした。
したがって、大岡さんは、もの心ついたときから
窪田空穂の本が家にたくさんあった。
それをごく自然に読んで育ったわけです。
きっと、お父さんが『空穂先生は、空穂先生は』というのを、
小さい頃から聞いていたに違いない。
つまり窪田空穂は、大岡家の家の学のようなものなんですね。
ですから大岡さんは、『アララギ』系統の日本文学史とは
違う理解から、文学の世界に入ったわけです。・・・」
(p148)
この次のページで丸谷さんは、こう指摘しております。
「いままでの日本人のものの考え方は、
個性を中心にして考えて、伝統というものを考えなかった。
だから彼のホーム・グラウンドは何だろうと考えることを
しなかったわけですね。ところが、文化というものは、
それぞれ別のホーム・グラウンドを持っている人々が、
次々に受け渡して行くものなんですね。
そこのところがおもしろい。・・」(p149)
思い浮かんで、
本棚から「ユリイカ」(1973年11月臨時増刊)
「谷川俊太郎による谷川俊太郎の世界」を持ってくる。
その雑誌の後記に、ご自身が書いております。
「三浦雅士さんにそそのかされて、
生れて初めて本格的な雑誌編集を体験した。
私はただ自分の好きなもの、興味のあるもの、
楽しいものをやみくもに寄せ集め、
それをいわばモンタージュしたに過ぎない
・・・私にとっては、それぞれの部分が
有機的にひきあって、ひとつの世界を
つくっているように感じられている・・・」
とあります。
うん。ここには父・谷川徹三は登場しません。
それはそうと、
「後記」の前に、「ギャラリイ」と題して、
写真が並べられていました。
それを紹介してゆきます。
エトルスクの彫刻
シェーカー教徒の室内
コルトの拳銃
スティーグリッツの写真「空の歌」
ミューザ―の紙飛行機
良寛の書(道元)
フェルメールの絵(デルフト風景)
シトロエンの自動車・2CV
サーバーの漫画
この写真の中に
良寛の書がありました。
道元の正法眼蔵にある『愛語』を
良寛が書き写したものです。
谷川徹三は、登場しませんが
この雑誌には道元の文が登場しておりました。
ちなみに、私がこの雑誌を見ていて
あとあとまで、印象に残ったのは
この良寛の書でした。
思えば、他は皆カタカナで
「良寛の書(道元)」がひとつ日本。
どなたでも、注目が集まるかもしれません(笑)。
あっ。そうそう。
この雑誌には長新太さんの漫画もありました。
各詩人の名前を織り込んだ、一コマ漫画が
細かく並べてあります。それも紹介。
一コマ漫画で、どれもおじさんが歩いています。
岡をおじさんが見上げているような図にセリフ。
「ぜったいに大きなおかであると
わたしは信ずるから大岡信さんなのである」
うん。もうひとつ、一コマ漫画のセリフを引用
「わたしの頭はからっぽで
のいばらの木から のりがとれるなんて
とても とんちんかん 一番きれいな
茨木のり子さんにあげようね」
それはそれとして、
つぎの連想。
櫂同人による「櫂連詩」というのも、
この雑誌に載っておりました。
パラパラめくっていたら、
茨木のり子さんの連詩の箇所が
目にとまりましたので紹介
「誰もが手紙を書かなくなった わたしも
ポストにはなまくらな活字ばかりが投入される
久しぶりときめくは木戸のもと 開封されたばかりの沈丁花」
これを見たら、きになって本棚から
「茨木のり子の家」(平凡社)を取り出してくる。
茨木のり子さんは旦那さんを早くに亡くされております。
家には本棚があるのですが、遺影の写真らしきものもある。
う~ん。家の各部屋の写真と平面図をみてもちょっと仏壇が
あるようには見えない。
ちなみに、谷川俊太郎氏の家には仏壇があるか?
というのが次の問題。
現代詩とお仏壇?
う~ん。現代詩人は心の中に墓碑銘を刻むのでしょうか?
すると、ホーム・グラウンドを探すのに手間ヒマかかる。
ですが、谷川俊太郎の詩を知りたかったら、
まず櫂よりはじめよ。じゃなかった「隗(かい)より始めよ」。
谷川俊太郎の、ホーム・グラウンド谷川徹三。