おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「その暁のぬるさ」(鹿島田真希)集英社

2012-10-21 21:24:12 | 読書無限
 この方の作品は、三冊目。以前二冊読んでいます。


・「黄金の猿」(鹿島田真希)文藝春秋社(2009-09-14投稿)
 このところ、純文学系では、女性作家が元気なようです。日本文芸家協会が編纂した『2009文学』でも、掲載された短編小説の3分の2が女性作家でした。
 最近読んだ、鹿島田さんも元気な作家の一人です。「黄金の猿」三部作を中心に何編かまとめられています。
 私小説的な要素を感じさせる中で、肉体と精神の微妙なずれの中で感じる心身の疎外感。その中で、マグマのように蓄えられた性的な怨念、こだわり、諦観」みたいなものが、押さえきれずににじみ出てくる、というような印象を受けました。
 特に性的なコンプレックス(本来の用い方での)が、表象化されているところに、とても面白く、一気に読み終えました。
 1976年生まれ。略歴に「17歳、正教会信徒となる」とあるように、宗教体験に基づく作風が感じられます。


・「ゼロの王国」(鹿島田真希)講談社(2009-09-22投稿)
 二冊目の紹介。ちょっと奇妙な恋愛「譚」というべきか。彼女の信仰体験がベースにあって展開される、男女の風変わりな恋の物語。
 今までの宗教小説(例えば遠藤周作、三浦綾子、高橋たか子・・・)などとは、趣がとても異なる。自らの信仰告白にも似ていた作家、小説の書き手に対する批判的な視点がある。信仰への確信やその反対の懐疑が、個人的なものではなくて、他の人々との共同(生活)において確立していく、というような。
 教会での共同作業・奉仕活動などを通じて交流を持つ男女の込み入った関わり、それはまた、恋愛、愛情、結婚といったものがいかに希薄なものでしかないかを、実に屈折した文体で描いている。あくまでも、思春期の頃、教会での信仰体験を持ち、おそらくは、それを今は客観的に見つめている人間・女性の目からなのだが。
 主人公・吉田青年の奇妙な話はまだ続くらしい。そして、ワインなどやたらとお酒をけっこうたしなむ、登場人物のそれぞれの物語。
 
 
 さて、芥川賞を取った作品ではなくて、今回は、表題の作品集。
 最初に気づいたのが、文体。特に敬語の用い方が独特。太宰治が「斜陽」で用いたような慣れない感じの使われ方に(わざとらしい)。登場人物も保育園の同僚の女性たちは「和紙の方」とか「女(たち)」つき合っていた男に「あの人」というように表現(「和紙の方」提喩としておもしろいネーミングだが)。場面でも、「「源氏物語」の「雨の夜の品定め」的シーンも。男がつき合っていた(気になった)女をつれづれのままに語り出す・・・。女たちが男どもを品定めする、というパロディやら「月」を眺めるシーンとか作品中にも「古典作品」への慣れ親しみが随所に出ている。全体の雰囲気、特に五感での味わい方がどことなくかそけく、つかみどころのないモノローグ調。他者との関連の中で受け止める愛憎、好悪などの感覚をコントロールできない自分の世界を持っている主人公。
 「月」(満月であれ、三日月であれ)の光の濃淡が随所にちりばめられている。とりわけ暁どきのつかみ所(自らの心の持ちよう)のなさを表象していた。
 もう一つの「酔いどれ四季」。おいしいお酒とおいしい食事。原稿にからんだ、編集者の男との会話、食事の楽しみ。特に酒にうつつを抜かす二人。そういえば、「その暁の・・・」の中に「久保田の千寿」という、色も味も香りもいいお酒の銘柄が一カ所出てきた。よほどの酒好き同士の会話。連載小説の内容は、ホモセクシャルな世界。書いている主人公は「処女(男)」の女性? 男性。すぐに憑依する編集者。 その語りがヒントとなり連載が続いていく。不思議な世界。以前読んだ作品との脈絡が今一つ読み切れなかった。読み手として不覚! 
コメント
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