橋下氏、朝日新聞の取材拒否へ…週刊朝日記事で(読売新聞) - goo ニュース
橋下さんの憤りは当然。ただし、「朝日新聞」に対する取材拒否は行き過ぎだと思うが。
大阪市長選の時にも、橋下さんの出自をめぐって一部週刊誌等でこうした言論がなされた。いわば地元大阪を含め、政界・財界・マスコミ界の間では公然の秘密だった。
今回、衆議院選挙間近と言われる中、いよいよ国政に打って出る政党の党首。そこを狙っての特集・連載記事。「ひそひそ話」、「実は奴は被差別の出身なんだ」、という「卑怯」なやりかたではなく、大きな影響力のある媒体を用いて、堂々と公表しよう(議論しよう)としているのか。さもなければ、センセーショナルに取り上げて部数UP、売らんかなの魂胆のみか。それにしても・・・。
橋下さんの「独断的」「攻撃的」な資質がどこから生まれてきたか、そういう視点から彼の出自を取りあげたのだ、という。が、れっきとした名前の呼び方「はし・もと」ではなく「ハシ・シタ」と呼称したのは、差別意識そのものだと感じる。「橋」の「下」、まさに「差別」的言辞そのもの。
住井すえさんに『橋のない川』という被差別に生きる人々、被差別解放運動を扱った、すばらしい作品がある。被差別の苦しみ、悲しみ、悩み、そして人間としての自覚と覚醒、地域の人々を巻き込んでの解放運動の困難な歴史を描いた作品。
「橋」のない「川」。どこまで行っても両岸を結ぶ橋がない。物語の一貫したテーマである差別する側と差別される側に橋が架かってないことへの苛立ちや腹立たしさを暗示したもの。そこに、何とかして橋を架け、ともに関わり合っていける人間社会のありよう。そうした事柄を読者に地道に語りかけている作品。ふと思い出した。
さて、こういう記事でほくそ笑む人々はどういう人々なのだろう。読者へのかかわり方のスタンスは?
小生、橋下的政治立場にはまったく同意・共感もしないが、「週刊朝日」誌上での今後の展開が気になる。
橋下さんの憤りは当然。ただし、「朝日新聞」に対する取材拒否は行き過ぎだと思うが。
大阪市長選の時にも、橋下さんの出自をめぐって一部週刊誌等でこうした言論がなされた。いわば地元大阪を含め、政界・財界・マスコミ界の間では公然の秘密だった。
今回、衆議院選挙間近と言われる中、いよいよ国政に打って出る政党の党首。そこを狙っての特集・連載記事。「ひそひそ話」、「実は奴は被差別の出身なんだ」、という「卑怯」なやりかたではなく、大きな影響力のある媒体を用いて、堂々と公表しよう(議論しよう)としているのか。さもなければ、センセーショナルに取り上げて部数UP、売らんかなの魂胆のみか。それにしても・・・。
橋下さんの「独断的」「攻撃的」な資質がどこから生まれてきたか、そういう視点から彼の出自を取りあげたのだ、という。が、れっきとした名前の呼び方「はし・もと」ではなく「ハシ・シタ」と呼称したのは、差別意識そのものだと感じる。「橋」の「下」、まさに「差別」的言辞そのもの。
住井すえさんに『橋のない川』という被差別に生きる人々、被差別解放運動を扱った、すばらしい作品がある。被差別の苦しみ、悲しみ、悩み、そして人間としての自覚と覚醒、地域の人々を巻き込んでの解放運動の困難な歴史を描いた作品。
「橋」のない「川」。どこまで行っても両岸を結ぶ橋がない。物語の一貫したテーマである差別する側と差別される側に橋が架かってないことへの苛立ちや腹立たしさを暗示したもの。そこに、何とかして橋を架け、ともに関わり合っていける人間社会のありよう。そうした事柄を読者に地道に語りかけている作品。ふと思い出した。
さて、こういう記事でほくそ笑む人々はどういう人々なのだろう。読者へのかかわり方のスタンスは?
小生、橋下的政治立場にはまったく同意・共感もしないが、「週刊朝日」誌上での今後の展開が気になる。