「江戸川区」のHPより(2011年9月1日更新)。
東井堀親水緑道 (江戸川区登録史跡 東井堀跡)
東井堀は、古くは農業用水や物資の輸送路として利用され、江戸川区民の生活を支えてきました。
小合溜井(現在の都立水元公園内)を水源とする、上下之割用水(別名は大用水)は、新宿(葛飾区)で左に小岩用水を振り分け、少し南下した所で東用水(東井堀)を分水していました。東井堀は、松本・鹿骨を貫き谷河内・南篠崎などを流下して、前野から旧江戸川に注いでいました。
井堀とは用水路のことで、当時の江戸川区の村々では笹ヶ崎・上篠崎・下篠崎・上鎌田・下鎌田・一之江新田・谷河内・新堀・鹿骨・松本・興之宮・上一色の12ヵ村が利用していたと言われています。
近年は用水路としての役目を終えた東井堀は、ほとんどが道路になり、そのうちの京葉道路から瑞江駅前通り(都市計画道路補助第288号線)までの区間(谷河内2丁目から南篠崎4丁目)が、平成8年に親水緑道として整備されました。(第1期区間)
そして今回親水緑道として整備されたのが、南篠崎町五丁目・江戸川一丁目の最下流部です。(第2期区間)
以上のように、葛飾区との区界付近から京葉道路まで「鹿本通り」として道路化していた「東井堀(東用水)」は、京葉道路を越えると、「東井堀親水緑道」として蘇ります。京葉道路から旧江戸川まで。今回はその探索。
京葉道路を渡った首都高橋脚の下。緑地になっています。石と茶色の砂地。コンセプトが今一つ不明。子供の帽子がぽつんと落ちていた。
「東井堀」の流路跡であることは確か。
ここから「東井堀親水緑道」が始まる。
車道をはさんで水路と反対側の歩道には、「カリン」の並木。大きな実がなっていた。「カリン酒」ってあったような。
途中で「南篠崎つつじ公園」に。
「柴又街道」を斜めに行ったところから再び「緑道」に。
よく整備された緑道が続く。
かつての水田や畑があった農村地帯を思わせる通り。
「天祖神社」付近から北西を望む。
「篠崎街道」と交差。振り返って来た道を望む。
このあたりから水路も広くなり、用水路をたどる感じに。
用水路を覆うような樹木、大きな魚影も。
このような塑像も二つほど。
旧江戸川近くは工事中のため、ここまで。
旧江戸川との合流地点付近。対岸は、千葉の行徳方面。
大きな施設の「篠崎ポンプ所」。
旧江戸川付近で「東井堀」に合流している「篠田堀親水緑道」。
「篠田堀」。江戸川との間の大きな敷地にあるのが「王子板紙江戸川工場」。
途中からの桜並木がすばらしい。「篠崎堤の桜」の碑。「篠田堀」はかなり以前からの用水路。
桜の季節にはさぞかし見事だろう。
明治13年頃のようす。北西から流れてきて、途中で南に折れている水路が「篠田堀」。対岸は、行徳。
「行徳」の南東、東京湾沿いには塩田が多くあった(現在の「千鳥町」付近)。
東井堀親水緑道 (江戸川区登録史跡 東井堀跡)
東井堀は、古くは農業用水や物資の輸送路として利用され、江戸川区民の生活を支えてきました。
小合溜井(現在の都立水元公園内)を水源とする、上下之割用水(別名は大用水)は、新宿(葛飾区)で左に小岩用水を振り分け、少し南下した所で東用水(東井堀)を分水していました。東井堀は、松本・鹿骨を貫き谷河内・南篠崎などを流下して、前野から旧江戸川に注いでいました。
井堀とは用水路のことで、当時の江戸川区の村々では笹ヶ崎・上篠崎・下篠崎・上鎌田・下鎌田・一之江新田・谷河内・新堀・鹿骨・松本・興之宮・上一色の12ヵ村が利用していたと言われています。
近年は用水路としての役目を終えた東井堀は、ほとんどが道路になり、そのうちの京葉道路から瑞江駅前通り(都市計画道路補助第288号線)までの区間(谷河内2丁目から南篠崎4丁目)が、平成8年に親水緑道として整備されました。(第1期区間)
そして今回親水緑道として整備されたのが、南篠崎町五丁目・江戸川一丁目の最下流部です。(第2期区間)
以上のように、葛飾区との区界付近から京葉道路まで「鹿本通り」として道路化していた「東井堀(東用水)」は、京葉道路を越えると、「東井堀親水緑道」として蘇ります。京葉道路から旧江戸川まで。今回はその探索。
京葉道路を渡った首都高橋脚の下。緑地になっています。石と茶色の砂地。コンセプトが今一つ不明。子供の帽子がぽつんと落ちていた。
「東井堀」の流路跡であることは確か。
ここから「東井堀親水緑道」が始まる。
車道をはさんで水路と反対側の歩道には、「カリン」の並木。大きな実がなっていた。「カリン酒」ってあったような。
途中で「南篠崎つつじ公園」に。
「柴又街道」を斜めに行ったところから再び「緑道」に。
よく整備された緑道が続く。
かつての水田や畑があった農村地帯を思わせる通り。
「天祖神社」付近から北西を望む。
「篠崎街道」と交差。振り返って来た道を望む。
このあたりから水路も広くなり、用水路をたどる感じに。
用水路を覆うような樹木、大きな魚影も。
このような塑像も二つほど。
旧江戸川近くは工事中のため、ここまで。
旧江戸川との合流地点付近。対岸は、千葉の行徳方面。
大きな施設の「篠崎ポンプ所」。
旧江戸川付近で「東井堀」に合流している「篠田堀親水緑道」。
「篠田堀」。江戸川との間の大きな敷地にあるのが「王子板紙江戸川工場」。
途中からの桜並木がすばらしい。「篠崎堤の桜」の碑。「篠田堀」はかなり以前からの用水路。
桜の季節にはさぞかし見事だろう。
明治13年頃のようす。北西から流れてきて、途中で南に折れている水路が「篠田堀」。対岸は、行徳。
「行徳」の南東、東京湾沿いには塩田が多くあった(現在の「千鳥町」付近)。