(引き続きネタバレご注意)
さらに milieu を見ていくと、「キッチン」という空間を埋めるのは、冷蔵庫を筆頭とする家電製品である。
祖母が亡くなって、みかげが天涯孤独の身になった時のこと。
「葬式がすんでから三日は、ぼうっとしていた。
涙があんまり出ない飽和した悲しみにともなう、柔らかな眠気をそっとひきずっていって、しんと光る台所にふとんを敷いた。ライナスのように毛布にくるまって眠る。冷蔵庫のぶーんという音が、私を孤独な思考から守った。そこでは、結構安らかに長い夜が行き、朝が来てくれた。」(p10)
ここでも「キッチン」と「冷蔵庫」が登場する。
これは、単にみかげの「胎内回帰志向」をあらわしているだけではない。
「家電製品」(無機物・無生物)と「眠り」(死)というカップリングからは、「無機物への回帰志向」、要するに(穏やかな)「死の欲動」もあらわれている。
やはり、みかげは健全な女の子ではないのである。
また、ここでは、「ぼうっと」「そっと」「しんと」「ぶーんと」という風に、オノマトペが連発されている点が注目される。
こうしたくだりは、おそらくばなな氏にとっての勝負どころでなので、じゅうぶん注意して読む必要があるだろう。
これに対し、田辺家の家の中の様子は、ちょっと違う。
「まず、台所へ続く居間にどかんとある巨大なソファに目がいった。その広い台所の食器棚を背にして、テーブルを置くでもなく、じゅうたんを敷くでもなくそれはあった。ベージュの布張りで、CMに出てきそうな、家族みんなですわってTVを観そうな、横に日本で飼えないくらい大きな犬がいそうな、本当に立派なソファだった。
ベランダが見える大きな窓の前には、まるでジャングルのようにたくさんの植物群が鉢やらプランターやらに植わって並んでいて、家中よく見ると花だらけだった。いたる所にある様々な花びんに季節の花々が飾られていた。」(p15)
田辺家においては、まず家の中がやたらと広く、オープンな印象を与える。
もちろんキッチンは重要だが、リビングとその中央を占めるソファ、さらに、家じゅうを満たしている「花」も重要な要素としてmilieu を構成している。
みかげと違って、田辺家は、胎内への回帰よりも、オープンな空間、そこにおける生活、そして「花」(有機物・生物)、つまり生を志向しているのである。
(ちなみに、雄一は、花屋でアルバイトをしていたフェミニンな男子学生として描かれているが、この設定の狙いは既に指摘したとおり。)
そして、みかげは、次第に田辺家の milieu を愛するようになっていく。
「私は初めのうち、そのオープンな生活場所に眠るのに慣れなかったり、少しずつ荷物を片づけようと、もとの部屋と田辺家を行ったり来たりするのに疲れたけれど、すぐなじんだ。
その台所と同じくらいに、田辺家のソファを私は愛した。そこでは眠りが味わえた。草花の呼吸を聞いて、カーテンの向こうの夜景を感じながら、いつもすっと眠れた。」(p32)
少し健全になったみかげは、果たして、母の胎内から外の世界へと生まれ出ることが出来たのだろうか?
結婚して台所から巣立っていった、「台所太平記」の女中たちのように。
さらに milieu を見ていくと、「キッチン」という空間を埋めるのは、冷蔵庫を筆頭とする家電製品である。
祖母が亡くなって、みかげが天涯孤独の身になった時のこと。
「葬式がすんでから三日は、ぼうっとしていた。
涙があんまり出ない飽和した悲しみにともなう、柔らかな眠気をそっとひきずっていって、しんと光る台所にふとんを敷いた。ライナスのように毛布にくるまって眠る。冷蔵庫のぶーんという音が、私を孤独な思考から守った。そこでは、結構安らかに長い夜が行き、朝が来てくれた。」(p10)
ここでも「キッチン」と「冷蔵庫」が登場する。
これは、単にみかげの「胎内回帰志向」をあらわしているだけではない。
「家電製品」(無機物・無生物)と「眠り」(死)というカップリングからは、「無機物への回帰志向」、要するに(穏やかな)「死の欲動」もあらわれている。
やはり、みかげは健全な女の子ではないのである。
また、ここでは、「ぼうっと」「そっと」「しんと」「ぶーんと」という風に、オノマトペが連発されている点が注目される。
こうしたくだりは、おそらくばなな氏にとっての勝負どころでなので、じゅうぶん注意して読む必要があるだろう。
これに対し、田辺家の家の中の様子は、ちょっと違う。
「まず、台所へ続く居間にどかんとある巨大なソファに目がいった。その広い台所の食器棚を背にして、テーブルを置くでもなく、じゅうたんを敷くでもなくそれはあった。ベージュの布張りで、CMに出てきそうな、家族みんなですわってTVを観そうな、横に日本で飼えないくらい大きな犬がいそうな、本当に立派なソファだった。
ベランダが見える大きな窓の前には、まるでジャングルのようにたくさんの植物群が鉢やらプランターやらに植わって並んでいて、家中よく見ると花だらけだった。いたる所にある様々な花びんに季節の花々が飾られていた。」(p15)
田辺家においては、まず家の中がやたらと広く、オープンな印象を与える。
もちろんキッチンは重要だが、リビングとその中央を占めるソファ、さらに、家じゅうを満たしている「花」も重要な要素としてmilieu を構成している。
みかげと違って、田辺家は、胎内への回帰よりも、オープンな空間、そこにおける生活、そして「花」(有機物・生物)、つまり生を志向しているのである。
(ちなみに、雄一は、花屋でアルバイトをしていたフェミニンな男子学生として描かれているが、この設定の狙いは既に指摘したとおり。)
そして、みかげは、次第に田辺家の milieu を愛するようになっていく。
「私は初めのうち、そのオープンな生活場所に眠るのに慣れなかったり、少しずつ荷物を片づけようと、もとの部屋と田辺家を行ったり来たりするのに疲れたけれど、すぐなじんだ。
その台所と同じくらいに、田辺家のソファを私は愛した。そこでは眠りが味わえた。草花の呼吸を聞いて、カーテンの向こうの夜景を感じながら、いつもすっと眠れた。」(p32)
少し健全になったみかげは、果たして、母の胎内から外の世界へと生まれ出ることが出来たのだろうか?
結婚して台所から巣立っていった、「台所太平記」の女中たちのように。