「その社会構造に枝分節の性質を含む社会が単純にテリトリー区分の制度を作った場合のその組織を部族(tribus:tr)と呼ぶ。その単位は、既に述べたように、必ずジェネアロジクな観点からして複合的である。」(p94)
現在、ある”部族”(E-tribe)が、芸能界の一角(あるいは中目黒周辺)をテリトリーとして活躍している。
この”部族”は、「HIROさん」を頂点とする枝分節集団であり、そのメンバー(特にヴォーカリスト)になるためには、原則として Battle を勝ち抜かなければならないものとされている。
このたび、この”部族”に属するあるグループの楽曲が問題となった。
「問題となっているのは、LDH所属の16人組グループ「THE RAMPAGE」が12月にデジタル配信した新曲「SOLDIER LOVE」。同曲の歌詞には「上書きする地図」「Far eastの地から 神風(しんぷう)吹き荒れたなら」といった表現があり、「軍国主義的だ」「太平洋戦争の旧日本軍の方針を想起させる」などと批判が上がっていた。」
社会人類学者の分析によれば、部族社会の原理には、もともと「軍事化」の契機が含まれている(ビルト・インされている)。
なので、何らかの刺激を受けたとき、「軍事化」が発動することは珍しくない(但し、軍事化は、”部族横断的に”発現するそうである。)。
歴史的に見ると、外部からの経済的な圧力を受けたときにこの種の「軍事化」が発現しやすいことが指摘されており、例えば、19世紀のドイツやイタリアはその典型例である。
さて、今回のある”部族”の問題について、私は、日本社会の暗渠を流れる抑圧された「軍事化」の契機が、意外なところで「発話」(パロール)を試みて思わず顔を出してしまったという印象を受けるとともに、これを日本人の多くがすぐに「意識化」出来てしまうところに、戦後教育の効果を見たように感じた。
例えば、今回の件を韓国と比べてみるとよい。
「防弾少年団 」や「ARMY」という言葉は明らかに軍事の語彙に属しているけれど、韓国でこれが問題視されているという話は聞かれず、そもそも「意識化」されないようである。
ところが、日本でこの種の呼称を使おうものなら、すぐに「軍国主義化」という批判を浴びると思われるのだ。
もっとも、日本のごく一般的(に見える)人たちの精神の奥底に「軍事化」的な志向、つまり集団的な暴力衝動が潜んでいるらしいこと、また、これが長らく「抑圧」(repression)されてきていることは、おそらく否定出来ないだろう。
そのことは、特に年末になるとよく分かる。
格闘技あるいは集団的戦闘型スポーツに熱狂する人の何と多いことか!(カタリーナ、スケープゴート、フィロクテーテース(6))
有り余る衝動が、この種のスポーツに対する熱狂へと「昇華」(sublimation)されているのではないだろうか?
・・・などと、素人ながら精神分析を試みてみるのであった。