「大野和士芸術監督のレパートリーの拡充の方針の下、ロシア・オペラの第一弾として制作したチャイコフスキーの甘美なオペラ『エウゲニ・オネーギン』を再演します。 ・・・
世界トップソプラノのひとりエカテリーナ・シウリーナ、ヨーロッパで実力派バリトンとして頭角を現すユーリ・ユルチュク、主要歌劇場を席巻するアンナ・ゴリャチョーワ、ドイツをはじめ欧米で活躍するヴィクトル・アンティペンコら、ロシア・オペラのスペシャリストが結集する贅沢な公演です。」
昨年も「ボリス・ゴドゥノフ」を上演したが、ロシア・オペラをやるというのは、「レパートリーの拡充」を目標に掲げる芸術監督の意向のようだ。
(但し、ウクライナ人歌手のオネーギンとロシア人歌手のタチヤーナという取り合わせは、時節柄やや問題がありそうだ。)
私は「オネーギン」は初見である。
原作も読んでおり、バレエでは2回ほど全幕を観ているし、「スペードの女王」も「マゼッパ」も「イオランタ」も観て/聴いているというのに、「オネーギン」の全幕は見逃していた。
先入観をとっぱらって鑑賞すると、初っ端から誰もが感じるように、何よりメロディーがストレートで美しい。
これは、やはりチャイコフスキーが原作にほれ込んだからに違いない。
ちなみに、題名にもかかわらず主役がタチヤーナであることは間違いなく、キャスト表でも一番上にくる。
エカテリーナ・シウリーナというソプラノ歌手は、芸術監督が見込んだだけのことはあって、やはり素晴らしい。
彼女の「手紙の歌」を超えるのはちょっと難しいと感じさせるほどである。
ところで、ラストでタチヤーナがオネーギンを拒絶するくだりについては、いろいろな解説があるようで、かつて袖にされたことに対する「復讐説」も有力なようである。
だが、どうやら、タチヤーナによる「思想調査」の結果であるというのが真相のようだ。
「じつは、オペラには描かれていないのだが、オネーギンが放浪している間に、タチヤーナは彼の屋敷に行って彼の読んだ本を読み、余白に残されたメモや記号から「男の正体」を見抜いていた。イギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロン(1788-1824)の物語詩の主人公ハロルド卿をきどった単なるパロディなのではないか、と。彼女は、オネーギンの蔵書からついに彼の内面を理解したのである。」(パンフレットの沼野恭子氏の解説)
タチヤーナは、オネーギンが「内面はスカスカ」の男であることを見抜いたのである。