「さっきちゃんとできたから、今できないのは悔しいよね!」
先日の少年サッカーの練習でのこと
1.2年生はまず走ること、きちんと蹴ること、
やんちゃな男の子にするのを一番の目的にしているけれど
この中の一つ、きちんと蹴るための練習方法として
野球で言うトスバッティングみたいな
ちょこっとボールを前に投げてそれを蹴るボレーキックをさせている
足の甲の部分にタイミングよく当てることを覚えてもらうためだが
これがなかなか難しい子供もいるようで
運動神経のいい子は何ら問題なくこなしていくのだけれど
できない子は本当に苦労している
その子たちの大半は、まずちょうどいいくらいにボールを前に投げられない
次に落ちてくるボールを蹴ることに夢中になりすぎて(力が入りすぎて)
膝が高くあがりボールを膝に当てたりしている
またノーバウンドでキックできない子は2.3回落ちてバウンドしたボールを
蹴るようにしているが、彼もそんな中の一人だった
ところがちょうど自分が見ていたとき
本当にいいタイミングでボンと足の甲に当てて
強いキックができた
「そう!それでいい!」
その時の彼の顔はびっくりしたような、できた!と
初めて納得したような様子だった
「今、気持ちよかったでしょう。それでいいからもう一回できるかな!
今の感じ覚えておきなよ」
それからは顔つきが違った
次も先ほどに引き続きよいキックができたのだが
3回目をねらうとこれがもうできない
そんなのが2週間ほど前の話
それが先週は、やっぱりうまくできない方が多いけれど
チラホラとよいキックができるようになっている
そして先日
練習始めは上手くいかなく彼も悔しそうだったが
それでもしっかりできた!感触は記憶の中にあるので
それを求めて一生懸命練習している
そこで出た言葉が冒頭の言葉だ
「何回かちゃんとできているから悔しいよね!
頑張ろう、上手くいかないから練習するのだから
失敗は気にしなくていいよ。頑張れ!」
彼は大きくうなずくと必死にボールを蹴り続ける
大人のように一回一回考えながらというわけにはいかず
闇雲に練習しているが、それでもきちんと当たる回数が増えてきた
つまり軸足に体重をのせてバランスをとって
落ちてくるボールをしっかり待って強く蹴る
そんな当たり前のことが本当に身に付きつつある
そうなると、今までできなかったことができるようになった時の
子供の進歩には目を見張る
ゲームになっても彼は今までとは違ってどこか積極的
そこで物事はよい方に転がり、彼は試合においても
存在感のあるプレーを展開し、そのことを自分自身でも感じて
つまり「自分は上手くなった」という感じを自覚して
思い切りサッカーを楽しんだようだった
実は、このようなこと目の前にすることが
我々の一番の充実した瞬間だ(少なくとも自分は)
子供たちもお世辞ではなく本当に上手くなっている実感を持ち
われわれも、そんな子供たちのうれしそうな顔を見る
それは例えようもなく幸せな気分にさせられ
病み付きになってしまう(もうなっている)
先日の少年サッカーの練習でのこと
1.2年生はまず走ること、きちんと蹴ること、
やんちゃな男の子にするのを一番の目的にしているけれど
この中の一つ、きちんと蹴るための練習方法として
野球で言うトスバッティングみたいな
ちょこっとボールを前に投げてそれを蹴るボレーキックをさせている
足の甲の部分にタイミングよく当てることを覚えてもらうためだが
これがなかなか難しい子供もいるようで
運動神経のいい子は何ら問題なくこなしていくのだけれど
できない子は本当に苦労している
その子たちの大半は、まずちょうどいいくらいにボールを前に投げられない
次に落ちてくるボールを蹴ることに夢中になりすぎて(力が入りすぎて)
膝が高くあがりボールを膝に当てたりしている
またノーバウンドでキックできない子は2.3回落ちてバウンドしたボールを
蹴るようにしているが、彼もそんな中の一人だった
ところがちょうど自分が見ていたとき
本当にいいタイミングでボンと足の甲に当てて
強いキックができた
「そう!それでいい!」
その時の彼の顔はびっくりしたような、できた!と
初めて納得したような様子だった
「今、気持ちよかったでしょう。それでいいからもう一回できるかな!
今の感じ覚えておきなよ」
それからは顔つきが違った
次も先ほどに引き続きよいキックができたのだが
3回目をねらうとこれがもうできない
そんなのが2週間ほど前の話
それが先週は、やっぱりうまくできない方が多いけれど
チラホラとよいキックができるようになっている
そして先日
練習始めは上手くいかなく彼も悔しそうだったが
それでもしっかりできた!感触は記憶の中にあるので
それを求めて一生懸命練習している
そこで出た言葉が冒頭の言葉だ
「何回かちゃんとできているから悔しいよね!
頑張ろう、上手くいかないから練習するのだから
失敗は気にしなくていいよ。頑張れ!」
彼は大きくうなずくと必死にボールを蹴り続ける
大人のように一回一回考えながらというわけにはいかず
闇雲に練習しているが、それでもきちんと当たる回数が増えてきた
つまり軸足に体重をのせてバランスをとって
落ちてくるボールをしっかり待って強く蹴る
そんな当たり前のことが本当に身に付きつつある
そうなると、今までできなかったことができるようになった時の
子供の進歩には目を見張る
ゲームになっても彼は今までとは違ってどこか積極的
そこで物事はよい方に転がり、彼は試合においても
存在感のあるプレーを展開し、そのことを自分自身でも感じて
つまり「自分は上手くなった」という感じを自覚して
思い切りサッカーを楽しんだようだった
実は、このようなこと目の前にすることが
我々の一番の充実した瞬間だ(少なくとも自分は)
子供たちもお世辞ではなく本当に上手くなっている実感を持ち
われわれも、そんな子供たちのうれしそうな顔を見る
それは例えようもなく幸せな気分にさせられ
病み付きになってしまう(もうなっている)