「決まったものは蒸し返さない方が良い」
これを聞いたのは2回目だった
1回目は、2015年の新庁舎建設見直しの住民投票を求めて署名集めをしてた時で
既に議会の承認も得て進められている事業を、今更蒸し返すのは生産的ではない
というものだった
これはその後いろいろあって(ありすぎて)住民投票は実施され
新庁舎は規模縮小を求めた住民側の住民投票の勝利で終わった
だが結果として今建っている庁舎は規模縮小を求めた案と
従来の案との折衷案のような形に落ち着いた
(形の上では折衷案のようでも、実態は奇妙なものだった)
このゴタゴタはこのブログの「住民投票、市庁舎、リコール、市政」のカテゴリーで
その時々の感情の発露の場として残されている
「決まったものを行政は止めることはない」
と言われるが、そうばかりではないことが地元で証明された
そして2回目はホンの少し前のこと、街で出会った人が
買い上げ価格が異様に高いために裁判までに至った養鶏場の件を指して
「買い上げは議会でも承認しているのに、何を今更蒸し返すのだ」
と少しばかり怒りを込めて口にした
彼は訴訟代表者の裁判に至る行為は、単に市の損害がありや無しやではなく
被告と原告との個人間の問題として捉えているようだった
それはいたずらに騒ぎを大きくしていると認識しているようだった
「でも、この話は買い取ってほしいと言ってきても、あまりにも金額が大きいので
庁内でも検討会議をすることになり議事録が残っている
そこで話された内容は、この土地を購入しても使いみちがはっきりしていない
多分、工業団地として使われることになりそうだが、近くの工業団地は
まだ2区角売れ残っているし、景気の低迷で売れるかわからないので購入に?
と残されているんだよ」
こう説明すると少し表情が変わった
「それにね、不動産鑑定をしたんだけど、その価格を決める根拠として
参考にした土地が1箇所は地元新城、あとの3箇所は豊川市なんだよ
なんで、3箇所が豊川市?」
あれれ、自分が思っていたのとだいぶ事情が違うようだ、、、
彼の顔は興味を覚える表情に変わった
そのあと、この事業の例外が多すぎる進め方をいくつか話したが
お互い次に行くべき場所があったので、話は途中となった
だが彼は「〇〇さん(自分の名前)また店に来て!」
と言って分かれることになった(詳しい話を聞きたいようだった)
「決まったことを蒸し返す」行為はいたずらに騒ぎを大きくしているのではない
ということを、彼は理解したかもしれない
だが彼の冒頭の反応から、市民に情報を伝えることの難しさを身にしみて感じた
まずは市民が市政に関心がない
それ故に問題となっている事実を知らない
そこで説明しても、説明が長くなると面倒な気がしてきて理解する気を失う
更に、この騒動は単なる被告への人格攻撃的な戦いではないと
少しばかり市政に関心のある人の誤解を解くのが難しい、、などなど
市民にこの情報を知らせるには、各家庭に新聞折り込みが効果的と思われるが
残念ながらこの手の印刷物は折り込めない
この何十苦の中で何かをするということは、そして実質的に自腹を切って
行うということは、単なる個人間の意地の張り合いの次元とは全く違う
だがそれを理解してもらうことの難しさ、、、
でも、信じていることをするしかない