京都に行ってやっと年初から続いた源氏物語モードから一区切りできたような気分
ただ2ヶ月間ほどの源氏物語モードは、結婚の形態・手続きとか儀式とか、またその時代の
価値観・雰囲気みたいなものも感じられてそれなりに充実感を得ることができた
この世界から離れて次に向かったのは、このモードの中にいたときから頭に浮かんだ
「カラマーゾフの兄弟」の世界
高校時代に通学の電車のなかで読んだのと、その後部分的(大審問官の部分)に読んだが
主だったストーリー以外は記憶にない
ページ全体に文字がびっしり詰まって、雄弁すぎる会話や、生命力があり過ぎのような登場人物を
思い出すと、なかなか再読する気持ちになれないでいたが、急にその気になって読み直すことにした
ところがこれが予想外に面白い
退屈と思われた前半も、その後の話を知っているので、登場人物の会話もどういう意味を込めて
話しているのかがよく分かる
本を再読する楽しみ方、、というのはあるもんだ
知っている知っていないと言えば、森田芳光監督の映画「それから」も
松田優作と藤谷美和子の一つ一つのシーンが予め彼らの心情を分かっているのと知っていないのでは感じ方が違う
今まで自分は次々に別の本とか作品に取り組んできたが、徐々に残り時間がなくってきているので
今後は振り返りのように今まで経験してきたことの確認に時間を費やす法がいいかもしれない
それにしても、実生活に何ら関係のないような小説や映画、音楽が、自分にとってはある意味実生活以上に
重要なものになっているのは間違いないし、どちらかと言えば、ずっと昔からそんな風に感じていた
それは芸術至上主義などと大げさなものではなく、単に美味しいものを食べるのが好きと同じレベルで
それらを味わうほうが楽しいからに過ぎない
ただ、それらの豊かさを聞いてくれる相手がいないとしたら、、
ちょいと寂しいことになるのはこれまた事実なんだが
そこで不意に立原道造の「のちのおもいに」のある部分を思い出す
──そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
結局のところ、自分が楽しんでいると言っても自分だけでは自己完結しない
ってことなんだろう
※ところで「それから」の藤谷美和子について、ある人の投稿で
「日本映画史上 最も美しい女優は誰だ」というテーマの第一回に
彼女の名が挙げられているのを見つけた
この投稿に大いに同意してしまう
ホント、この映画の三千代役の藤谷美和子はきれいだった