初代若の花が亡くなったとテレビが報道していたが、今朝、新聞で読むまで忘れていた。
この初代若の花とは中学校の修学旅行で、大阪の天王寺の公園で出会った。すれ違ったのだが、若の花と気がつかなかった。友人のH君が気がついて追いかけていき、写真を撮らせてもらった。
それで、H君からもらった若の花の写真の小さなプリントをもっていたと思うが、どこかに失くしてしまった。春休みの修学旅行のときだったと思うので、春場所の後だったのではないだろうか。
普通の大人と比べて少し背が高いが抜群に背が高いというほどではなかったと思う。すれちがったときにお相撲さんだとは気がつかなかった。コートを着ていて、子どもさんを抱いていたのではないかと思う。ということは奥様と一緒だったのだろうか。その記憶ははっきりとはしない。
まだ彼が関脇か小結の頃で私たちは中学校の2年の終わりであったと思う。異能力士と言う評判はすでに得ていたかもしれないが、大関になり横綱になり、横綱の栃錦との名勝負を演ずるのはそれから数年後のことである。
そういう縁があったからだが、当然私も若の花ファンとなった。私はどちらかというと栃錦のファンではなく若の花ファンであった。中学生の頃だから、私が10数歳の頃である。今朝新聞で見たら、彼は82歳であったというから、私より11歳年上だということになる。
長い間生きているとわずかな縁だが、奇妙な縁もあるものである。