物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

35歳の高校生

2013-06-08 12:50:35 | テレビ番組

「35歳の高校生」は米倉涼子さん主演のドラマである。これは土曜日の放映である。

これはドラマなのだから仕方がないのだが、あまり授業の風景がでない。

数学の先生とかもいるのだが、授業風景で対数がわからないとか、三角関数が面白いとかいう話があってもいいのだが、それがほとんどない。

それと教員が全体としてなんだか大勢順応が強い。戯画的に書いているからではあろうが、どうももう少しスペクトラムがあった方がいいような気がする。

ドラマとしては米倉さんが毎回事件を解決するというような感じなので、それ以外のキャラが立っては具合いがわるいのではあろうが、それにしてもあまりに一方的にすぎるようである。

別に米倉ファンとしてはどうでもいいことではあるが、やはり気になる。

このドラマは生徒が第一級の生徒から第二級の生徒もおり、第三級に落とされたら、云々という話が基調になっている。

これは場の秩序をつくってクラスを支配をするという普通にどこでもありそうな話で身につまされるが、しかし、一般にそれから外れても全く気にかけない人が少数はいるはずだが、その描き方がたりない。

私などは高校生の時には第三級の生徒であったかもしれないが、あまりそのことを気にしたことはない。


言語と抽象的思考

2013-06-08 12:00:47 | 学問

母語にあたるものがしっかり習得されていないと、抽象的な思考ができないらしいということを最近聞いた。

あるドイツで職を得た医者夫妻の子どもさんがドイツで教育を受けたのだが、どうも抽象的な思考が不得手であるらしいとのことが日本の大学の入試を受ける段階で明白になってきたとか。

頭の発達については第一言語の習得との関係があるとのことがわかってきたのだとはドイツ語のクラスメイトである、K夫人のお話であった。

私はその前のR氏のsemilingualの説明を聞いて、結局は頭の良し悪しではないかと思ったのだが、Kさんによれば、そうではないという。

私は長く外国にいる若者は別に日本で大学教育を受ける必要はないと考えるが、その辺はどうなのであろうか。

NHKの国谷裕子さんとかアメリカとかその他の外国で教育を受けた人も多い。少し昔ならNHKのニュースキャスターをした磯村英徳さんとかいる。磯村さんの場合にはフランス語が日本語と同じくらいに達者であった。

別に他人ごとばかりではない。姪の夫が中国の深圳に会社から派遣されているが、子どもの中の一人が父親について行き、カナダ系のハイスクールに通っている。

もう一人の子は母である、姪と東京に残っている。これは姪の子の希望なので、あまり外国も苦にしない姪もどうしようもなかった。


鞍部点法の文献

2013-06-07 15:51:42 | 数学

最急降下線法とも言われる、この方法を記述した手元の文献のいくつかをこの1週間ほど調べていた。

それで、手元にある文献を挙げて記録にとどめておこう。

1.松田 哲、複素関数(岩波書店)173-179

2.Morse and Feshbach, Methods of Theoretical Physics, Part 1, (McGraw-Hill) 434-443

3. 後藤憲一他編、詳解物理応用数学演習 (共立出版)164-165

4.スミルノフ、高等数学教程 III巻2部(第一分冊)(共立出版) 256-258

5.マジナウ・マーフィ、物理と化学のための数学II (共立全書)505-511

である。私のもっているもので他にもあるかもしれいないが、少なくとも私の気がついている文献はこれだけである。

寺澤寛一編、自然科学者のための数学概論(応用編)(岩波書店)にもちょっと記述があるが、あまり詳しくはない。


言語の習得は?

2013-06-07 15:05:01 | 外国語

先日、英語と母語との関係について書いたが、そのことが昨夜のドイツ語のクラスで問題になった。

母語の習得がきちんとできないと外国語の習得もあまりきちんとできないという話であった。それはある意味で本当だという。

ドイツに来たトルコ人の2世、3世でドイツ語もトルコ語もできない人は他の学校の学科の成績も悪いのだという。

そういう人はトルコでもドイツでも職に就くことは難しい。だが、もちろん優秀な人はトルコ系の人でも政治家になったりしているのだという。そういう意味では移民だからといっても道は開かれているところが、日本などとはちょっと違うような気がする。

でもsemilingualというどちらの言語も身につかない人もあるのだという。それはとても問題である。

日本に在住する韓国・朝鮮人にしても、もう日本語が母語で人が普通で、ハングルは話せない人がいるが、在日の方は国籍はともかくとして日本人だと言っていいと思う。

昔ドイツにいたときに、在日の韓国人と結婚している日本女性がおられたが、ご主人はやはり日本人というしかない感性をお持ちの方であった。

アメリカ経由でドイツにやってきた、私のルームメイトだった、韓国人の奥様が韓国人がいると思って声をかけたらしいが、全くハングルが通じなかったと嘆いておられた。


パソコンの故障

2013-06-07 14:33:57 | 日記・エッセイ・コラム

昨日、10時過ぎにパソコンのキーボードもマウスも効かないという事態に陥り、パニックになった。

てっきりマウスの電池が切れたと思って近くのコンビニに電池を買いにいって、電池を交換したがマウスからの反応はなく、どうも無線がうまくいかないということがわかった。

それで、しかたなくパソコンを購入した店に電話を入れて、サービス係の方を派遣してもらうように依頼した。

今日の午後係りの人が来てくれて、周波数があっていないのではないかと再コネクトをしてくれたが、生き返らず仕方なく再起動をしてくれたら、なんとか元へもどった。

原因はわからないという。ウインドウズ8が悪いのではないかと尋ねたが、そういう事態は私が初めてだという。それでも同じような事態が私の場合には起こるかもしれないと言われた。

昨日、午前中に数学・物理通信の3巻3号を一部の方に送付して続けて送ろうとした矢先にマウスが効かなくなった。

それで一部の方への送付は今日の午後になってしまった。

パソコンに依存して仕事をしているので、パソコンがどういう理由であれ、動かせなくなると手足をもがれた感じである。やれやれ。


Airy関数、鞍部点法、WKB近似

2013-06-06 10:37:58 | インポート

Airy関数、鞍部点法、WKB近似というとなんだか三題噺めくが、これらは実は私の心の中では関連しているテーマである。

数学・物理通信に投稿された、Mさんの論文から私はこの3つに関心を抱いている。ところがWKB近似を除いて、私にはあまりなじみがない。

Airy関数のことを知ったのは西條敏美さんの「虹」(恒星社厚生閣)を最近読んで知ったばかりだし、鞍部点法もWKB近似に使うということを知ったのも最近である。

ここ数日鞍部点法についていくつかの書を並行して読んだがなかなか細かなところでわからないところがある。

それで、発行の時期が来ている「数学・物理通信」3巻3号の発行を遅らせてきたのだが、どうもよく疑問点が解けないので、見切り発車で発行することにした。今日かまたは明日中に3巻3号を発行するつもりである。


Nerd

2013-06-06 10:23:01 | 科学・技術

相も変わらず、TEDからの話題である。数週間前にTalk nerdy to meという、タイトルでMelisssa Marshallのプレゼンがあった。彼女は話し方を教えることが専門の、ある大学の講師である。

科学技術系の学生によりよい話し方の講義(Make effective speech for engineer)をしている。それによると

1.科学技術が何の役に立つか

2.jargon(専門用語)を減らす

他にもアドバイスがあったと思うが、メモにとれなかった。

確かに、科学技術が社会の何の役に立つか。これを説明することはいい方法であろう。また専門用語を減らすというのもうなずける。

nerdというのはあまり聞かない言葉であり、伊藤穣一さんによれば、オタクというような意味らしい。普通にはあまりいい意味には使わない。

いつも手元にある、岩波の英和辞典には載っていなかった。それで小学館のプログレッシブ英和辞典を引いてみたら、さすがに載っていた。まぬけとか変わり者とかオタクとかあまりいい訳ではなく、俗語とある。

ちなみにその形容詞はnerdyであり、ネクラだとか、ダサいとかある。

もっともTalk nerd to meのnerdは悪い意味ではなく、むしろいい意味である。言葉も使い方によっていつでも悪い意味ばかりではない。


米原万理さんの遺した言葉

2013-06-05 16:05:23 | 外国語

私は米原万理さんの書いたものを一つも読んだことがない。しかし、ドイツ語のクラスのリーダーのOさんは万理さんのファンであるらしい。

先日、朝日新聞の天声人語で小学校で、英語を必修科目にするとかなんとか動向の記事を読んだが、そこで故米原万理さんの言葉として「日本語があまりできなければ、外国語を学んでも自分の日本語力以上には外国語ができるようにはならない」といった趣旨の文が遺されていると書いてあった。

それが本当かどうかは私にはわからないが、ロシア語の達人であった、米原さんの言われることはやはり理由があるのであろう。


Selcted Papers (3)

2013-06-05 15:53:59 | 物理学

Yang のSelcted Papers (3)である。

(7) Discussions with colleagues is oftentimes a very fruitful method of research.

(8) Never believe in laws which are considered self-evident requiring no experimental proof.

(9) Putting a problem in a generalized context is often a good strategy.

(8)はベータ崩壊での実験でパリティの非保存を理論的に提唱したYang ならではの教訓であるが、彼はむしろMs. Wuがベータ崩壊でのパリティが保存されているかどうかを実験で確かめようとしたことが素晴らしいと言っている。


c^ote courとc^ote jardin

2013-06-04 13:53:47 | 外国語

長男夫妻が4月から1か月に1回くらいの割で帰省をしている。

そのお土産にチョコ ケーキを買ってきてくれた。その箱にc^ote courとあったので、妻と二人で「c^ote courって、なんだろうね」と話し合った。

私の知っている言葉としてはc^ote d'azur コートダズール(注1)という地中海沿岸のリビエラの付近の海岸のことを知っていたので、海岸だろうかということになった。

そのときにcourをcourtと思っていたので、「短い海岸とは???」と思った。少し議論してからフランス語の辞書を引いてみた。

それによるとc^ote courは劇場用語で舞台の上手だという。その反対がc^ote jardinでこれは舞台の下手であることがわかった。

courはcorut(e)ではなく、宮廷(あるいは建物)という意味であろうか。ともかく舞台の上手がc^ote courであり、下手がc^ote jardinである。

私のように左右の区別がつかない人にはちょっと困るが、舞台に向かって右がc^ote courであり、左がc^ote jardinである。一つ賢くなった(注2)。

(注1) 私がフランス語を学び始めた40年以上前はc^ote d'azur コートダズールは紺碧海岸という訳語がついていた。いまは普通にコートダーズルとほぼ発音通りで呼んでいる。

(注2) jardinは庭園を意味する。英語のgardenである。発音はジャルダンである。


無料オンライン講座と無料塾

2013-06-04 11:54:16 | 受験・学校

無料オンライン講座でモンゴルの高校生が勉強してMITに奨学金を得て、入学できたと新聞に載っていた。それを見た妻がだから無料塾に来る必要がなくなったのではないかというが、それは違うと思う。

無料塾はもともと程度の低い生徒の教えるのであるし、もちろんいろいろな程度のオンライン講座はあるが、それらのオンライン講座に触れたいと思うような生徒とか子どもにはなんでも問題はない。

それよりも悪い環境に置かれた子どもがそのようなオンライン講座にたどりつくことは考えにくい。

だから、無料塾も存在価値はなくならないと思うのだが、その存在にも気がつかないのが普通なのであろう。

だが、私が考えていた、e-learningなどは吹き飛んでしまいそうである。もっともそれも本当はだんだんその存在意義は小さくなってはいるが、存在意義はなくならないと思っている。

いろいろな教育の手段ができてきて、学校にいじめとかその他のなんらかの理由で登校できなくなったとしても学ぶことはできるのが、現在であろう。

ただ無料オンライン講座でも登録が必要かもしれないし、そんな面倒なことをしなくても済む、e-learningのサイトがあればその方が当面の役に立つ。

そして、現在では学校で学んでいる学生でも気楽にインターネットのサイトで自分のわからないことを調べることのできる時代になっていることがいいと思う。



Selected Papers II (2)

2013-06-02 11:23:40 | 物理学

Yang の教訓の2回目である。これは大学院生のためにと書かれているが、平凡な私のような一般人にも役立つ。

(4)  It is best to enter a research area when it is new and developing.

(5)  Interest ---- Preparation ---- Breakthrough

(6)  It is often not possible to solve at once all aspects of a difficult problem.

後6つほど残っているが、それは明日以降に書くことにしよう。

(6)はYangのゲージ場の理論の研究を発表するかどうかを迷ったときの経験から述べられた教訓である。ゲージ場の粒子の質量の問題が未解決であったが、ゲージ場の理論を発表したと言っている。


親がこどもにできる一番いいことは?

2013-06-01 12:01:29 | 日記・エッセイ・コラム

昨夜、11時からのNHKのソウル白熱講義を見ていたら、うとうと眠ってしまった。

ふと気がつくとまだ放送は終わっていなかった。それで見ていたら、ソウル大学のKim教授が「親が子どもにできる一番いいことは早く死んでやることである」というサルトルの言を紹介していた。

これは説明を要するが、サルトルの父親は軍人であったが、あるとき若い女性と出会って結婚して、子どもができたが、父親は若くして亡くなってしまった。

サルトルは父親が生きていたら、自分の生き方にいろいろと注文をつけて、なかなか自分の思うようには生きられなかったろうという、感慨を込めて言ったという。

また、彼の叔父は蔵書の多い人で、サルトルは小さいころから本でいっぱいの叔父の書斎で遊び、また本に親しんで自由に育ったという。

今朝、このことを妻に話してブログに書くタネができたと言ったら、なにか一言がなくてはすまない妻は、長く生きていたから三浦雄一郎さんのエベレスト80歳登頂成功があったとか、サルトルは子どもを産まなかったとかと言った。

妻のいうことは正しいだろう。

しかし、サルトルは父親が早く亡くなったことで、自分が小さい時に寂しい思いをしたことだろうし、母親とか親戚が彼を育てるのに苦労もしたであろう。そのことを彼は反語的に上のように表現したのであろう。

日本だけでなく、西欧においても言葉には言外の意味をやはりもっているのだと思う。