物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

男女平等化のレベル

2013-11-16 12:36:59 | 社会・経済

男女平等化のレベルは政治の問題かもしれないがよくはわからないので、社会・経済に分類をした。

昨日か一昨日日本の男女平等のレベルが世界で115番か105番でとても低いということだった。この評価は健康。教育、政治、経済の4つの分野での評価を総合したものである。

日本では健康の分野での男女平等は進んでいて世界でも上位にある。また、教育分野でも先進国とまではいえなくてもそんなに悪くはないらしい。

ところが政治と経済の分野ではどうもとても悪いらしい。政治の分野では先回の衆議院選挙と参議院選挙では女性の当選者がぐっと減ったらしい。

また、会社の経営陣に加わっている女性もそのパーセントは少ないらしい。こちらの経済の方は民間のことであるので、なかなか是正が難しいかもしれないが、政治の方の是正はするつもりになれば、それほど難しくはないと思われる。

女性の候補者の割合を強制的にたとえば25%を割り当てる法律をつくればよい。もちろん最終的には50%ずつなることが望ましいが、それはすぐには実現しないだろうから、当面は25%を目指す。これぐらいができないようでは日本の政治の保守性を打破できない。

もちろん、女性だから進歩的な人だなどと私は幻想を抱いてはいないが、政治が大きく変わる機会となることは間違いがない。

少子高齢化とかを心配する人もあるが、まずは女性が子どもを育てながら安心して働くことができ、そしてそういう仕事を提供することができるような社会になれば、少子高齢化は心配することはない。ところがそういう社会をつくるとかいう気があまりない。

それどころか普通の人ですら、派遣社員として給与を安く雇い、かつ解雇を簡単にできるようにするというのではまったく企業は何をしているのだろう。

もし解雇を容易にするのであれば解雇された時の保証を厚くして、かつ、つぎの会社に勤める手助けを研修等ですべきことであろう。

少子高齢化となるにはそれなりの理由があるだろう。その原因をなくす努力とか政策を打ち出す必要があろう。


最近、使う時間

2013-11-15 12:31:55 | 日記・エッセイ・コラム

最近何に時間をつかっているか。これは自分の反省というか、現状である。

結構な時間を使っているのはこのブログのアクセスの様子を見て、その閲覧されたブログの文章を読みやすいように修正をしたりすることが多い。

また、テーマによっては付記をつけた方がいいと判断した場合には付記を書きくわえている。もう前に書いたものだから記録として修正をすべきものではないかもしれないのだが。

しかし、このブログを訪れる人は大抵情報を求めて来られるのであろうから、その人たちのひそかな要望に答えなくてはならない。そういう気持ちが強い。

そして場合によっては数学・物理通信を参照されることを勧めるようにしている。

そういうこともあって、毎日新しいブログを書くことよりも以前のブログで前日読まれた分を読み直し、修正をしたり、付記を追加したりしている。

そうはいうものの、まだ逆格子についての誰が読んでもわかるような解説を書くことはできていないし、ラメの定数を導くエッセイも書いていない。これらはいずれも私の長年の宿題である。

球面三角法については、すでにたくさんのインターネットのサイトがあり、どうも私が書くことも残っていないようであるが、やはり自分なりにまとめておきたい。

現在、数学・物理通信のために「四元数と空間回転6」を書き始めたが、滞っている。これは本筋の四元数からははずれるが、オイラー角を使った空間回転の記述である。


Asymptote

2013-11-14 12:43:57 | デジタル・インターネット

latexで数式の入力はきれいにできるようになってから久しい。

ところが図の入力が問題であった。いままで私の必要な図は簡単なものであったので、picture環境で描いてきたが、多くの図を気楽に描きたいという欲求が強くなってきた。

それで前から勧められたことがあったAsymptoteを使えるようになりたいという気が起きてきた。

まだまったくどういう風に進むのかは予測がつかないが、将来的にはすべての図をAsymptoteで描くという風になりたいと思っている。

これは多くの曲線を描く必要ができてきたからである。picture環境で曲線を描くときには2次のベジェ曲線で描くようにしてきたが、なかなか手間がかかる。

多くの曲線を描くときにできるだけ簡単に描けることが望ましい。

いまのところAsymptoteというソフトがあるというくらいでどうやってサイトからダウンロードするかもわかっていない。

日本語で広範に解説したものもまだあまりないようだが、英語のマニュアル等は存在しているので仕方がなければ英語を読み解くことにしようと考えている。

(注) Asymptoteは漸近線という意味で直角双曲線等でこの曲線が近づいて行く座標軸などは漸近線の一つである。また発音はpを発音をしないらしく、カタカナで発音をまねるとアサントーテでもなるのだろうか。


生々流転

2013-11-14 12:03:56 | インポート

生々流転というが、なるほどそうだなと感じさせる知らせをごく最近聞いた。

何でも変化しないものはない。むしろ変化し続けないと滅びるとまでいつかテレビの番組で聞いた。この番組は東北地方を元気づけるという番組であったが、東北地方である会社か組合をやっている人が若者にそういうことを言っていた。

つねに新しい製品をつくろうと試みているとのことであった。この組合はパンも製造しているが、パンのような製品でも毎週新しい製品を出そうとパン職人たちで考えているという。

いつでも新しいことに挑戦する気持ちを持ち続けて、新しい試みを続けなければならない。そうでなければ、滅びてしまうとまでは言わなくても業績不振に陥ってしまう。

ところで新しい芽をどこから見つけるかはこれはまた難しい。先日のNHKのクローズアップ現代で取り上げていたように、日本でダメなら、外国に日本風のサービスを売り出すという方法もあるが、それもやはり一時しのぎにすぎないだろう。

だが、一時でも凌ぐためにはそういうことも必要かもしれない。だが、根本的な解決はもっと根本的に考えなくてはならないということだけは心に留めておかなくてはならない。

銭湯をベトナムや中国に売り込んだり、回転寿司チェーンを売り込んだりはある意味で成功しており、1年ほど前には東京都の給水技術のknow-howを中東の国に売り込むというようなアイディアもあった。また日本で普通に行われている健康診断の制度とそれからの健康へのアドバイス等のシステムの売り込みも行われているらしい。

給水技術でいえば、上水道施設をつくって給水を各戸にするとき、日本では3%の漏水しかないが、こういう技術のknow-howは他の国はまだ持っていないという話であった。よく覚えてはいないが、外国では30%くらいの漏水があるという話だったろうか。

どうも日本でも止めるべきである、原発をトルコに売り込む首相の気が知れない。

(注) 「せいせいるてん」と入れてちゃんと生々流転と出てきたのだが、正しくは「しょうじょうるてん」だと岩波国語辞典にあった。


Beverage

2013-11-14 11:35:53 | インポート

Beverage とは英語で「飲物」とか「飲料」を意味する。

なんでbeverage が飲物を意味するのかわからないかもしれないが、フランス語で飲むという意味はboireであり、複数2人称ではvous buvezであるから、beverageに綴りが近くなってくる。

こういう語としては自動販売機のvending machineがある。これもフランス語でvendreは売るという意味であるから、vendingが売ることと関係があるだろうと推察がつく。

もっともいま英和辞書を引いたら、英語にもvendという語がある。そして「売る」とか「売り歩く」という意味だと出ている。英語ではvendのdは発音するが、vendreの動詞活用ではje vends, tu vends, il vendと単数の1人称、2人称、3人称では人称変化するが、このdは発音しない。

Le ventとはフランス語で風を意味するが、英語でもventilation換気という意味である。それでやはり風または空気の流通と関係があるらしいことはわかる。

この場合も英語にはventilateという動詞があり、「換気する」という意味があった。

もっともこんなことはフランス語をちょっと学んだりした後の後知恵であり、現在英語を学んでいる、高校生にこんなことを言ってもしかたがないか。

 


googleでなんでもわかる?

2013-11-13 16:10:30 | 本と雑誌

数日前の朝食後に英語のsubsectionとは日本語で何と訳しているかなと思って英和辞典を引いてみたら、細区分とか、小区分とかの訳しか載っていなかった。

その訳は間違ってはいないが、本やレポートとか論文の中に出てくるのを私は知っているのだから、ちょっと日本語訳としては違和感を感じた。

それで「subsectionは小節と訳されているのではなかったかな」とちょっと大きな声で独り言をつぶやいたら、すぐに妻がスマホでgoogle検索をしてくれた。そしてやはり小節と訳されているという。

それで重ねてsubsubsectionはどう訳されているかと尋ねたら、小々節と訳されていると即座に答えが帰ってきた。じゃあ、本の構成などはどうなっているのと聞いたら、

Part(部), Chapter(章), Section(節), Subsection(小節), Subsubsection(小小節)の順だという。これはすべての英語の本でそういう構成になっているわけではなかろうが、確かにそういう構成の本があることは知っている。

だが、英語の辞書とかを開いてそのことを知ることはなかなか難しい。特にsubsubsectionはかなり大きな英和辞典にも載っていない。また、いまWebsterを引いてみたが、さすがにこの語は載っていなかった。

じゃあ使わないのかといえば、私が知っているくらいだから実際には使うのである。インターネットの検索とそのサイトや情報がインターネット上にあることを知ってなかなか辞書とか文献はもうかなわないなと感じた次第であった。


cloud

2013-11-13 11:31:26 | 日記・エッセイ・コラム

今週の月曜の夜のTEDカンファランスのスーパープレゼンは雲を鑑賞している人の講演であった。

確かにCloudspotting legitimates doing nothing (雲を見つけることはなにもしないことを正当化する)かもしれない。

ここで、英語に強くはない私はspottingを辞書をたよりに「見出すこと」としたが、これはいいのだろうか。雲(の形)を楽しむこととでも意訳をしたいところだが。

また、メモが取るのが遅かったので、doing nothing のところが間違っているかもしれない。

しかし、なんでも人間は正確なメモが取れたりはしないものだから、ある程度は推測によるところがあっても仕方がない。

それとlegitimateなどという語は知らなかったわけではないが、実際に文の中でお目にかかったことはなかった。

と書いて辞書を調べてみたら、どこかでやはりlegitimateに出会ったらしく、引いた辞書のところに赤線が入れてあった(注)。

この辞書で引いた語に赤線を引くという習慣は学生時代に新聞で読んだ、外国語学習のための勧めである。

(注) legitimateという語はどうも法律関係の語のような気がする。ligitimateには最近話題の「嫡出と認める」という訳語もある。この語は形容詞で「合法的な」「適法の」という訳もある。だから、多分法律用語として使われるのであろう。

なお、嫡出は「ちゃくしつ」と読むらしい。最近、話題になったのは、非嫡出子と嫡出子との間の遺産相続の権利の差があるのは憲法違反という判決だった。


めぐりあった言葉

2013-11-12 11:00:15 | テレビ番組

昨日、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」にピエール滝さんがゲストで、鶴瓶さんと滝さんとはロケットで有名な鹿児島県肝付町内之浦を訪れた。

滝さんが小学校で出会った元気のいい小学生、宮田君のお父さんがJAXAに勤めているということで、宮田君に勧められてロケットの発射基地を訪れる。

そこでJAXAを訪ねて、宮田君のお父さんの宮田さんに会うのだが、その宮田さんの言った言葉が私が学生のころに聞いていた言葉と重なった。

宮田さんはいう。ロケットの打ち上げ準備をしていて、昨日はすべての装置が調子よくて別に問題がなかったとしても今日急にどこかが調子が悪くなることがあるという。ロケット打ち上げのような大プロジェクトならまさにそうであろう。

私が学生実験のため磁気共鳴の研究室で3か月ほど過ごしていたころ、そのときの指導教官であった、Hさんからいつも言われたことである。そのときに磁気共鳴吸収ではなくて磁場を使わない四重極共鳴吸収の学生実験をやっていた。

Hさんはそのころ新婚早々であったが、ときどきは私たちの実験につきあってくれて、実験の吸収される電磁波の周波数を変えるダイアルを根気よく調節してくれた。このとき、なにげなく「実験の装置はやさしく愛するように接しなければならない」「なでたり,擦ったりしてご機嫌をとってやらないといい実験結果はえられない」と言われた。

そのときの表現をうまくここで再現できないのだが、ともかく理屈の上ではこれでうまく四重極共鳴吸収が起こる電磁波の周波数だと思ってその辺でダイアルのつまみを回しても、その予想された必ず共鳴吸収を示す反応が出るとは限らない。

そのとき、シンクロスコープを観測して、吸収のパターンが出るかどうかを見ながら、電磁波の周波数を変えていたと思う。だが、予想した周波数の近辺でつまみを微妙に変化させて調節をするのだが、共鳴吸収のパターンが現れない。

それで何回も何回も同じようなプロセスを繰り返すのである。今日もうまく吸収のパターンが出なかったと思って帰宅することが1週間くらい続いた。それがあるとき、急に見事な吸収のパターンを観測することができた。それでシンクロの画面を写真にとってその学生実験は終了となった。

いまでもどこか机の隅かどこかにその写真が残っているのではないかと思う。そのときの実験の大部分の作業は共同実験者であった、U君の努力による。

その後、U君は今のパナソニックに勤めた。いつか同窓会で彼に会ったら、あのときの実験での経験を話し合いたいと思っている。


ドライバーのマナー

2013-11-11 12:59:28 | 日記・エッセイ・コラム

日曜を除いた毎日仕事場へ車で来る。そのときに気づいたドライバーのマナーである。

大抵の人は車の車線変更のときにはたとえば、右の車線に変更したいならば、右側のウィンカーを出す。

ところがこのときにウィンカーを出さない人が結構多い。私が右の車線を走っていて、左車線の車が右にラインに近づいた来たときは(それもウィンカーを出さないで)この人は右の車線に変更したいのだろうとこちらが推量して少しスピードを落とさないといけない。そうでないと衝突を起こしてしまう。

私は自動車学校で運転を学んでいたときに、ウィンカーを出さないで車線変更しようとして厳しく教官から注意された。「もし君がウィンカー出さないと、後ろからくる右車線の車は君が車線変更したいかどうかわからないよ」と。

ところが私の見る限りでは30%から場合によっては40%の車が車線変更のウィンカーを出さない。これはそれほど多くの人がウィンカーを出さないからと言っても私がまたはあなたがウィンカーを出さなくてもいいというのではない。

先日はタクシーでさえも車線変更のウィンカーを出さないで車線変更をしているのを見かけた。それも1回や2回ではない。

人間だからウィンカーを出し忘れることもあるのかもしれないが、それにしては自動車学校の教育がどうなっているんだろうかと心配になってしまう。

それに少し人の車の前に割り込むのだから最低のマナーとして「ウィンカーぐらいは出せよ」と腹立たしいことが多いが、あまりかっかとはしない、性質だからいままでのところは大きな事故にはあっていない。

信号のない交差点で待っていて、少し遠くから来る車が直進すると思って待っていると交差点のごく近くになって私の方へ曲がりたいとのウィンカーを出したりする。もちろん自分のことだけを考えたらそれでもいいのだが、交差点で直進優先ということで待っている車のことを考えたら、自分が直進をしないことを前もって知らせるウィンカーをだすべきであろう。

自動車学校では自分がブレーキを踏むときでも、一度軽く踏んでブレーキランプを灯らせて、後続の車に予告してから、つぎに深くブレーキを踏むべきだと教わった。そうしないと後続車に追突される危険性があると。

これを実行している車も多いが、そうではない車もあるが、これは前方をよく見ることと車間距離を十分とることである程度対処できる。


特定秘密保護法案

2013-11-11 12:28:42 | 国際・政治

特定秘密保護法案の国会審議が数日前にはじまった。

ところが朝日新聞ではこの法案に反対の社説が出たり、記事がでているが、全体的にはその反対の世論が強くはない。しかしこの法案は危ない。

確かに、私たちはテロにも加担しないし、あまり外交にも防衛にも関係しない。それでどうも私たちとまったく関係のないことだと考えがちである。

ところが秘密の範囲の指定とかはあまりはっきりしない。これは国会審議においても国会での質問に答える答えも抽象的であることが報道されている。

それが実際にそれがいったん国会の審議で法案が成立したとなるとなんでも特定の秘密に該当するという恐れは十分にある。

だって、明確に議員の質問に答えられないくらいだが、ときの政権として国民に隠しておきたい自分にとって都合の悪いことはなんでも秘密となる可能性が十分にあるから。

担当大臣とか自民党の議員とかからいろいろ北朝鮮による拉致情報なども秘密事項にあたるとか、TPPの事項は秘密になるとかいう発言がすでに出てきたりしている。

こういう風であれば、拡張解釈されてなんでも秘密とされる恐れがある。そして、その国民に隠された交渉事とかがその当面のみならず、永久に秘密にされてしまう可能性がある。そしてその真実を取材した、マスコミの記者が罪に問われることは起こりうる。

だが、本当には何が国民の利益かは国家が決めることではない。だが、そういうことが極めて起こりそうである。外交上すべてをその場で公表することはできないかもしれないが、それは未来永劫ではないし、自ずから限界をもっているはずである。

だが、その限界を自らが設定する権限をもっており、それを明らかにしないということであれば自ずから行く先は決まっている。恐ろしい社会となり、言論が制限されることになろう。

国旗国歌法が制定されたときにはこれを国歌や国旗を忌避したいと思っている人の内心の自由までも束縛するものではないとの国会で政府の答弁があったと思う。

現在では学校の卒業式等で君が代を実際に歌っているかどうかを教師の口元を、教頭に確認させるとかまで言われている。そして、本気で歌っていないならば、懲戒処罰の対象にするという話までになっている。

私自身はあまり君が代とか国旗にそれほどアレルギーのない方だが、それでも他人のそれを厭う人の気持ちを尊重したいと思っている。国歌や国旗を厭う人にはそれなりの理由がある。

なんでも世の中では連続的につながっており、なかなかここで突然断絶的に変化したと捉えることが難しい。それが恐ろしい。

もっとも私などは年だから、この特定秘密保護法案に影響されることはあまりないであろう。だが、後世のことを思えば、とても大きな過ちを国家と政府が犯したことになると思う。

安倍政権のまたは自民党の新自由主義政策の危うさがまずこういう形で出てきた。それは前の衆議院選挙と参議院選挙の国民の選択の誤りを示してる。


S氏、博士となる

2013-11-10 11:29:27 | 日記・エッセイ・コラム

私たちの知っているS氏は背が2mに近いドイツ人の若者である。そのS氏が最近フライブルク大学で学位をとった。

S氏は現在京都のK大学の研究所に勤めているのだが、学位をとるために数週間ドイツに帰国していたらしい。それが数日前にめでたく博士号の学位をとって日本に戻ってきた。

彼は7,8年前に松山に留学していたので、その時に知り合った。久しぶりに会えたのはドイツ語のクラスの世話人を務めるOさんから昨日の午前中に電話があって、急遽、昨夕に南堀端のレストランのアミティエで夕食を一緒にとった。

ドイツでもやはり学位をとることは珍しく、家族にとってはまた誇らしいことで、Sさんの家族もその学位の審査会に出て来られたらしい。その家族の写真を携帯で見せてくれた。奇妙な博士帽をかぶったS氏の写真もあった(注)。

審査会での口頭試問等が終わって、合格発表まで20分くらい待っていたらしいが、そのときはやはり内心はひやひやであったという。

いや、普通に審査会が行われるまでに至るとそこで学位の授与の決定が覆ったりはしないものだが、本人にしてみたら、一抹の不安がないわけではない。

その学位論文を印刷した小冊子をS氏から昨夜貰った。タイトルはSperical Tensor Algebra for Biomedical Image Analysisというものである。

中を開いて見ると群論のSO(3)の話が出てきたり、WignerのD関数が出てきたりするので、まるで数学のようである。

もちろん、基礎理論はそういうところに根差すのであろうが、しかし応用は厚さのある物質を医学的にその物質をくるりと回転させて像をとり、そこからいろいろな情報を得ようとするのであろう。

だから、これはある種の医学的な応用であるのだが、その基礎はしかし物理や数学にもとづいている。

そういう分野を開いた方はなかなかすばらしい方だと思う。そして、その分野で今も働いている、Sさんもなかなか優れた方である。

このSさんは実家がスイス国境に近いところにあり、子ども頃は森を抜けてスイスに遊びに行くことなど普通のことであったと話してくれた。

google mapで実家の近辺の写真を見せてくれたが、スイス国境から数百メートルもは離れていないと思われた。車でスイスに入るには入国手続きとしてのパスコントロールが必要だが、自分の子どものときの経験としては森の中を通り抜けてスイスに行くことなど日常茶飯事であったという。

このSさんは日本語も少しは話すが、基本的にはドイツ語がメインで日本語とのちゃんぽんで私たちは互いの意志の疎通をはかっている。もっとも私のドイツ語など片言にも入らないであろう。

(注) 博士の学位をとった直後にまわりの友人たちが博士帽と称する帽子を贈り、それをかぶったご本人と写真をとるというような習慣があるらしい。

友人たちに贈られた帽子はやけに背の高い帽子であったが、もう一つ妹さんがつくって贈ってくれた帽子はそれほど奇妙ではなく普通の博士帽であった。

ちょっと英国で紳士が被る山高帽をそれほど高くはしないで、かつ角のとれた、柔らかみを帯びたようなものを想像してほしい。


球面三角法3

2013-11-09 11:42:14 | 数学

インターネットのサイト『FNの高校物理』の中に「座標回転公式と球面三角法」という項がある。

それを昨日から読んでいるのだが、ここでいう座標回転公式はいわゆるオイラー角での回転を示す方法であり、最近私が調べて12月の数学・物理通信で書きたいと思っている対象である。

もっともFNさんが紹介しているオイラー角での回転公式はxyz規約になるのではないかと思われる。大分解読が進んでいるのだが、二つ式がわからないところがある(付記参照)。

それについては説明がないのだが、球面三角法の基本公式を導く前の前提みたいなところで説明を普通にはされているのだと思う。

私はこの分野の知識が身についていないので、また新しく勉強しなければならない。そうしないと平面三角法を用いて、球面三角法の余弦法則を導くことができない。

それと以前にこのブログで3つの方法で球面三角法の公式を導きたいと書いたが、そのうちの2つはFNさんが示している。四元数による球面三角法の公式の導出法も別にあるので、以前の3つの方法に1つつけ加えて4つの方法で導くことができるはずである。

よくわからないのは座標回転公式も使わず、平面三角法の公式も使わず、はたまた四元数も使わずに球面三角の公式を導けると数学史の本には書いてあるようなのだが、それは本当だろうか。歴史的にそれは意味があることであるが、多分現代的には意味があまりない。

昨日、FNさんのサイトに電磁気学の単位系の説明があるのに気がついた。どうもしっかりとした説明らしいが、まだ十分によくは読んでいない。電磁気学の単位系についてのもやもやが解明されているらしい。

(2013.11.11付記) 上で書いた2つのわからなかった式はその後わかった。余弦法則と正弦法則を導く、『FNの高校物理』の「座標回転公式と球面三角法」に載っているとはちょっと違った導出法を『百万人の数学』下(筑摩書房)で見つけた。これらのことと三角法の本に出ている内容をまとめていつか自分なりの「球面三角法」をいつか書いてみたい。


FNの高校物理

2013-11-08 11:07:16 | 物理学

私と同じような性質の人はあまりいないのかと思っていたが、そうではないことを一昨日知った。

「FNの高校物理」という題のサイトを開いているFNさんのことである。彼は何でも徹底して考える人らしくてその徹底ぶりがすごい。

その徹底ぶりは私のようなものの比ではない。そのサイトは「高校物理」と称されているが、それを読んで評価できる人は高校生にはいないだろう。だが、高校生が評価できないからつまらないなどと思ったら大間違いであろう。

このサイトに示された理解は深いもので、実は私などもなかなか理解ができそうにない。だが、きちんと読めば、わかるようにはなっているのだと思う。思うというように推測しか述べられないのはまだきちんと「FNの高校物理」を読んでいないからである。

FNさんがまわりから尊敬を受けているかどうかは知らないが、多分受けているであろう。それくらいすごい人の存在を知っただけで幸せだと感じる。

謙虚な方らしく私の「数学・物理通信」への寄稿をお願いしたのだが、断られた。これは悪いことに「数学・物理通信」の大部分の論文とかエッセイが難しいすぎるとのご判断をされたからである。

多分、論文が難しいという判断はあたっているのであろう。だから、私にはいまのところ、言うべき言葉がない。


m"uder Physiker

2013-11-07 14:27:02 | 日記・エッセイ・コラム

昨夜は12時過ぎに床に就いたのだが、なかなか寝付かれなくて2時前にもう一度起き出して、ゴールドスタイン「古典力学」の第4章を少し読んだ。そして3時ごろに再度床についたらうまく眠ることができた。

私はあまり体が強くないので、すぐに居眠りをする方なので、大体不眠に悩むことは少ない。

約47年前にドイツのマインツという都市に住んでいたときに知り合ったドイツ人学生Karl Schmidtが私がすぐに居眠りをするというので私に付けたあだ名がm"uder Physikerであった(Murder ではない。念のため)。

Ich bin m"udeというのは疲れているという意味だが、眠たいときにもm"udeを使うので私をからかうためにKarl Schmidtがつけた。いつも居眠りをしている探偵さんなら絵になるが、居眠りをいつもしている物理学者など絵にもならない。

Karl Schmidtは物理の研究者ではなくて、私の住居の近くのKeller(半地下室)にそのころ住んでいた、日本好きの英語・フランス語専攻の学生であった。

その後、彼はStudentenheimに入ったので、大学構内に住むことになったが、それでもときどき自転車で私の家を訪ねては私をからかった。

彼の祖父がイギリスからドイツに移住してきたとかいう家系であり、父親は医者をしているということだったから、頭はよかったのだろうが、主任教授との折り合いが悪くて悩んでいた。

身長が私たちとそんなに違わなかったせいか、日本人好きで、ある日本人の女子学生に恋したが、その彼女が帰国してしまったので、そのまま消息がとぎれてしまったとか。

そのときのやるせない気持ちを私たちに話してくれたときにもやはり涙ぐんでいたことを思い出す。そのうちに大学の二回目の試験がうまくいかず、大学を途中で退学せざるを得なかったと帰国後に聞いた。

そのうちに彼の父親が亡くなったとも聞いたが、その後私たちとも消息が途切れてしまってその後のことを知らない。


食材偽装

2013-11-06 11:03:02 | ニュース

最近、阪神阪急ホテルの食材偽装事件から発展してデパートの高島屋のように至るところで食材偽装が行われていたということでいかに利潤追求の要求が強いかを知らされた。

どの企業も偽装までの悪意はなかったというが、その自分たちの不正直さをもうどうもとも思わなかったという点で一致している。

何事も小さなことからはじまる。それもはじめ阪急阪神ホテルから始まった話だが、これほど普遍的に広がっているのなら、日本全体で何を信じていいのかわからない。

そういえば、原発安全神話などというものとか原発の廃棄物をどうするのかなどということは小泉元首相が言うまでもなく、そんなことを信じる方がどうかしているのである。

理性的に言えば、これはもうどうしようもないものであり、原発の廃棄物の処理を合理的に利潤の範囲内で処理できることについては将来的な展望はまったくない。

学問的にはこう言い切っていいと思う。だが、当面の利潤追求のためには将来どうなろうとも知らないという姿勢が電力会社だけではなく、政府にも自民党にも見られる。

原発を止めるという決断はもちろん軽いものではないが、それでも原発に将来はないことだけは言える。早く止めることだけが現時点では最良の解決法である。

もちろん、科学とか技術の発展は予想ができないが、現在の時点での確たる展望なしに政策が国として認められているか、黙認されていることがまったくおかしい。

(注) 原発や食材偽装での利潤の追求についておかしいと述べたが、これは利潤追求が単純に悪いととられたら、それは心外なのでちょっと説明をしておく。上で述べたことは正しい対価としての利潤追求を否定をしていない。

ところが人を欺いての利潤追求は正しい対価としての利潤追求と考えることはできない。原発の問題でもしかりである。原発の廃棄物までの処理の費用を考えての利潤追求ではない。

もし、それまでを真剣に考えるならば、日本国内に53基とか54基とかいう数の原発ができるはずがない。なぜなら将来の費用までも真剣に考慮すれば、とても利潤が挙げられそうにはない。

たとえ利潤があげられたにせよ、人類の将来の存続を危うくすることが現在の段階では容易に判断ができるからである。