[写真]自民党衆院議員の金田勝年さん
自民党らしいな、という感じがします。
きょう2011年7月19日(火)は、衆議院の第1委員室で予算委員会「第2次補正予算の基本的質疑」が行われます。
議題の「第2次補正予算(案)」については、すでに15日付でエントリーにしていますのでご覧下さい。
第2次補正予算案が審議入り 「復旧から復興へ間断なく」
半世紀前、「オヤジ」にかわってお茶の間の上座を占めるようになったテレビ。その地上波アナログ放送ですが、被災3県を除けば、来週2011年7月24日(日)の正午で停波します。
ですから、衆議院ではこれが最後の国会中継になります。参院はあさって21日(木)の基本的質疑がラストとなりそうです。
衆議院本会議としては2011年6月2日(木)の「菅内閣不信任決議案採決」がラストだったことになります。
自民党にとって厳しい第45回衆院選で初当選したのは4人ですが、もう1人、参院2期で、衆院では1期生がいます。これは金田勝年(かねだ・かつとし)さんで秋田2区で比例復活当選しました。先日の予算委員会で少しお見受けしたのですが、きょうの午後2時35分~午後3時5分の30分間、質問に立ちます。金田さんは、今国会中の3月10日朝、「軽微な脳出血」で「入院治療」「リハビリ」をしていました。
金田さんの4月18日付ホームページによると、「思考、言語には何ら支障はないものの、左半身に感覚障害があり、入院治療が必要となりました」、「時おりしも、統一地方選挙の直前であり、また翌日には東日本大震災が発生し、一線を離れることは断腸の思いでありましたが、病床から電話での対応に止め、懸命にリハビリを続けています」、「リハビリ生活では、時にはくじけそうになりながらも、県民の皆様、同志の皆様のお顔を思い浮かべながら、また、大震災で被災された多くの方々の悲しみやご苦労に思いを致しながら、一刻も早く皆様の元に戻って仕事をしなければと、励んでいます」とのことです。
金田さんの姿は、延長国会が正常化した7月6日(水)の予算委集中審議で、私はネット上で見つけました。以前と比べて、雰囲気は変わったように思えました。昭和24年(1949年)10月4日生まれということで「61歳」というのはまさに、脳卒中(脳出血など)が多い年頃。金田さん本人も、「秋田県・東北地方は、脳卒中・脳梗塞患者の多い地域です。私の父も兄も脳梗塞で倒れました。その痛みは、軽いとはいえ経験してみて初めて分かるところもありました」と書いています。
その金田さん、間に合いました。衆議院最後の地上波アナログ放送で、地元のみなさんに健在ぶりをアピールしますが、どんな言葉になるのでしょうか。
人も党も試される正念場国会。
140人を超える民主党1期生衆議院議員では、これまでTV入り中継で質問に立ったのは、打越明司さんと畑浩治さん。ともに地元の災害に関して、予算委員会で起用されました。そして、東日本大震災復興特別委員会で、復興基本法の与野党修正案の提出者として、後藤祐一さんが答弁に立ちました。それを考えると、後藤さんは飛び抜けて優秀な1期生ということになります。ひがみややっかみがなければいいですが。このほか、衆院総務委員会のNHK決算の深夜の録画中継には、永江孝子さん、小原舞さんら何人かの一年生議員が登場しました。
そして、自民党の1期生では、最初の国会で齋藤健さんが「自民党では新人でも質問の機会がいただける」と2大政党の時代の到来を感じさせる発言で登場。そして、「箇所付け問題」で国交委で頑張っていた、伊東良孝さんが予算委に起用されましたが、さすがにキンチョーしていたようです。質疑の冒頭に万葉集を詠む橘慶一郎さん、人気の小泉進次郎さんは、テレビ入りでは登場の機会がなかったように思えます。
●7月中の2次補正ははじめて
きょうから平成23年度第2次補正予算(復旧テコ入れ補正)が実質審議入りします。7月の補正審議は1999年以来で、このときも歳入は前年度決算剰余金で賄いました。ただ、7月という早い段階での2次補正というのは、現行憲法で国会が予算を審議できるようになってから初めてのようです。村山内閣のときは、1月17日に災害が起き、1月20日の翌年度当初予算の提出に合わせて当年度の第2次補正案を提出し、さらに年度内に第3次補正。当初予算成立後、5月に1次補正、10月に2次補正、1月に3次補正となっています。ですから、菅民主党内閣の補正予算(案)の提出のペースは遅いとは言えません。予備費も使っています。問題はむしろ、予算の執行の方でしょう。
●農水省はもっと想像力を
放射性物質(セシウム)を含んだ牛肉が発見されました。これは、稲作農家がつくった稲ワラが、屋外で被爆していて、それを畜産農家が餌として牛に与えたことによって、起きたようです。私は、農水省らしいなと感じました。やはり、想像力が足りない。霞が関のなかでも、財務省などは逆に想像力がたくましくて、困りますが、農水省は想像力が弱い。とはいえ、「農水省」は固有名詞というよりも一般名詞であって、国に一つしかないから困ったものです。農水省が入っている建物は「合同庁舎1号館」と、その名にふさわしい建物ですが、こういうことがあるから、地方主権が危機管理の第一歩だと感じます。この辺、鹿野道彦農相の答弁が今回の補正審議で問われることになります。
[引用はじめ]
自民党衆院議員の金田勝年さんのホームページから
http://www.kaneda-k.com/k-column/?m=20110418
2011年 4月 18日
ご支援頂いております皆様へ
去る3月10日朝、体調に異変を感じました。受診の結果「軽微な脳出血」とのことでありました。思考、言語には何ら支障はないものの、左半身に感覚障害があり、入院治療が必要となりました。
時おりしも、統一地方選挙の直前であり、また翌日には東日本大震災が発生し、一線を離れることは断腸の思いでありましたが、病床から電話での対応に止め、懸命にリハビリを続けています。
時節柄、皆様に具体的に復帰の時期を示せるまでは、私事を公にすることで、ご心配をお掛けすることは適切ではないとの考えで、公表は控えておりました。無理がたたったとはいえ、改めて、この間私がやるべきことを十分に果たせなかったことを心からお詫び申し上げます。
入院から1か月が経ち、医師団からは、病状を軽いこと経過が良いことから、リハビリを十分に行うことにより、6月半ばを目途に活動を再開できるとの説明を受けています。
リハビリ生活では、時にはくじけそうになりながらも、県民の皆様、同志の皆様のお顔を思い浮かべながら、また、大震災で被災された多くの方々の悲しみやご苦労に思いを致しながら、一刻も早く皆様の元に戻って仕事をしなければと、励んでいます。
秋田県・東北地方は、脳卒中・脳梗塞患者の多い地域です。私の父も兄も脳梗塞で倒れました。その痛みは、軽いとはいえ経験してみて初めて分かるところもありました。これまで、厚生労働分野の仕事も多く担当してきましたが、今後の政治活動においては、この経験を元にお役にたてることがさらに増えると考えています。
今しばらく、リハビリに専念するために地元に帰ることができませんが、皆様とは心一つに頑張って参ります。どうぞ、ご理解、ご支援賜りますようお願い申し上げます。
衆議院議員 金 田 勝 年 拝
2011年 4月 18日
[引用おわり]