ウオール・ストリート発のグローバル危機は、まだ底が見えてこない。イラク問題も不透明なままだ。オバマ大統領は就任以来、景気対策を始めとして、公約実現に向けて八面六臂の活躍をしてはいるが、「最初の100日」をアメリカ国民はどう評価するだろうか。
拡大する不法移民問題
ブッシュ前政権の後半、最重要課題のひとつではあったが実現に至らなかった移民政策にも、再び火がつき始めた。火元はいくつかある。連邦は昨年、アイオワ州の食肉加工業を臨検し、多数の不法移民が劣悪な条件下で働いていることが明らかになった。食肉加工業はアプトン・シンクレアの『ジャングル』以来、しばしばアメリカの暗黒面を露呈する場となってきた。2006年にもメディアの注目を集めた。さらに、主たる責任はメキシコ側にあると考えがちであった麻薬や銃器の密貿易問題の根源が、実はアメリカ側にあることを再認識させられ、オバマ大統領も早急な対応を迫られている。
不法移民が定住する地域も、かつてのメキシコ国境隣接州からジョージア、サウス・カロライナ、アイオワ、イリノイなど中西部やワシントンDC.を含む北部へも拡散の動きが進んでいる。従来、南部の国境隣接州ばの問題とされてきた移民問題は、いまやアメリカ国民の日常的関心事となっている。
アメリカ国内には、1200万人近い不法滞在者が居住している。2000年以降、その数は42%増という拡大を見せた。この未曾有の不況下で、帰国したメキシコ人もいるが、ほとんどはアメリカ国内に踏みとどまっている。帰国しても仕事の機会はなく、国境管理は厳し差を増しており、再入国もできなくなる。
移民政策の見直しをするに、経済危機に直面している現在は、あまり適当な時ではない。歴史的にも不況になると、移民への風当たりは強くなる。労働組合は移民に反対し、外国人は閉め出されてきた。
不法移民を見える存在へ
オバマ大統領は、移民問題は今年後半に再検討の俎上に乗せると述べている。今はグローバルに広がってしまった経済危機の火元の消火が最大課題なのだ。しかし、麻薬、銃器の不法取引、国境地帯の不法化の拡大とともに移民、とりわけ不法移民問題は放置できないほど切迫してきた。
国内でも新たな動きが浮上している。労働組合の中にも、移民政策を新たな視点から重要な課題として提起するところが現れた。従来、国内労働者の仕事の機会を奪うとして、保守的な立場をとってきた労働組合の中にも、移民政策を組合活性化の契機としようと考える動きが現れている。
これまで実態が見えない存在であった不法滞在者を合法化する。それによって、租税基盤の強化が期待されるし、全体の賃金水準が上昇することを通して経済成長を促進するという考えだ。細部については議論もあるが、新たなシステムの輪郭は浮かび上がっている。その柱は、1)現行より厳しく国境を管理する、2)すでにアメリカ国内に定住する不法就労者をある基準の下で合法化する道を開く、3)国内で働く労働者のステイタスを再確認すること、4)不法に働き、ルールを守らない労働者を適切に罰すること、そして、5)将来テンポラリーな労働者を受け入れるあり方について、より良い方法を見いだすことなどから成っている。これらの柱の多くは、もっともなものであり、前政権の時から検討されてはきた。ブッシュ政権時に議論されたケネディ・マッケイン法案も、こうした考えの原型に近い。
不法移民の寄与をどう評価するか
ともすれば、マイナス面ばかり強調される不法滞在者だが、プラスの面もある。ヒスパニック系の移民に好意的なシンクタンク、ピュー・ヒスパニック・センターは次のような点を指摘している:
・不法滞在者のほぼ半数は、両親と子供から成る家庭だ。子供たちのおよそ73%はアメリカ生まれで、出生地主義をとるアメリカでは、アメリカ国籍を保有する。他方、アメリカ国民の家庭の中で両親と子供から成る家庭は、全体の21%だけ、合法移民の場合は35%だ。しかし、不法移民の家庭では、47%が両親と子供から成る。年齢の点でも、不法移民の方が若い。高齢化が進むアメリカの将来にとっては望ましい特徴だ。
・しかし、すでにアメリカに居住している不法移民を合法化することに反対する者は、不法移民はアメリカに適応しないとする。その理由は概して、英語を習おうとしない、貧困で無教育のままに残る、そして、アメリカをメキシコやその他のラテン国のような実態に変えてしまうなどが挙げられている。しかし、不法移民の間でも若い世代の教育水準は上昇している。
・不法移民の家庭の所得の中央値は2007年、$36,000だった。他方、合法な国民の家庭は$50,000である。依然、格差はあるが、縮小の方向に向かっている。不法移民の労働力率が高いことも望ましいとされる。
不法移民の数は高水準だが、国境管理政策の強化と国内経済の不振の双方の結果として、南からの越境者の流れは勢いを失っている。こうした点を踏まえると、不法移民といえども、アメリカ国民と結婚その他の点で、密接に関連していていることを考えると、彼らをアメリカ国民と認
めるアムネスティ(特赦)を発動する好機だとする立場も理解できる。
見解分かれる不法移民への対応
しかし、いくつかの世論調査を見ると、アメリカ国内にすでに居住している不法移民についての考え方は、二つに割れている。言い換えると、アメリカ国民として認め、彼らに市民権を与えよという見方と、市民権を与えるべきではなく、原則帰国させるべきだという見方が、ほとんど拮抗している。ブッシュ政権下で、「包括的移民政策」が議会で最後まで合意に達し得なかったのも、こうした国民的感情の対立がかなり反映している。
さらに、アメリカには移民労働者に頼らねば存立しえない産業分野が出来上がってしまっている。高い熟練、専門性を必要とするITなどの産業、農業、果実栽培、造園などの低熟練労働力に依存する分野だ。
アメリカは1986年に、「移民改革規制法」*で、アムネスティを実施している。しかし、それが今日の不法移民の増加につながったことも事実だ。国境管理が厳しくなると、なんとかそれをくぐり抜け、じっと我慢して、次のアムネスティを期待する動きが生まれる。 オバマ大統領は、今年後半に検討したいとしているが、それを待ちきれないグループもある。現状はブッシュ前政権の国境管理を強化するという部分のみを実行している。これは、麻薬密貿易が深刻化したため、前政権の路線を踏襲した形になっている。
オバマ大統領実現に際して、ヒスパニック系は大きな支えとなっただけに、大統領としても、ヒスパニックが多い不法移民へも強硬路線は採用しがたい、他方、議会には不法移民へ強硬な保守勢力もあり、政策の具体的レベルでは難航が予想される。しかし、1200万人近くに達する不法滞在者を帰国させるという政策は、実現の可能性は低い。といって、不法滞在者のすべてにアムネスティを与えるという政策も難点がある。どこまでをアメリカ国民に組み入れるかの線引きは難しい。しかし、それ以外にアメリカ移民改革の道は見えなくなっている。
グローバル大不況の影響で、メディアは移民労働者に対する保護主義的側面を強調しがちだが、国境をめぐる移民政策は、ダイナミックな再編の必要性に迫られている。先進国の多くは、人口減少、高齢化、新技術への対応などの点で、外国人労働者の力を必要としている。 停滞から脱却するイノヴェーションの促進には、狭い枠に規制されることのない異質で斬新な考え方がどうしても必要だ。移民労働者の排除という保護主義的側面にだけに、目を奪われるべきではないことを強調しておこう。国境は目に見える地図上の線だけを意味しない。目に見えない内なる存在を含めて、国境は変化への胎動を見せている。
* The Immigration Reform and Control Act of 1986.
この86年法がもたらした影響は複雑だが、このアムネスティ措置に、アメリカ市民となる資格要件を満たしえず、違法なままにアメリカ国内に留まった外国人は、すの不安定な立場を使用者に利用され、劣悪な労働条件を強いられることになった。
References
“All together now” The Economist April 18th 2009
Linda Chavez. “The good news on illegal immigrants” NEWYORK POST, April 18, 2009.
この機会に、関連情報のご提供をいただいたK.N.さんに感謝申し上げます。