Hendrick Terbrugghen
(Deventer 1588-Utrecht 1656)
San Giovanni Evangelista
Olio su tela,, cm 105 x 137
Torino, Galleria Sabauda
Inv. 100, cat. 462
ヘンドリック・テルブルッヘン
『聖ヨハネ福音書記者』
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家と作品に魅せられてから、この画家に関する通説・俗説?にかなり違和感を覚えたこともあった。そのひとつは、画家のイタリア修業に関わる仮説だ。かなりの美術史家がラ・トゥールのイタリア修業を、当然のように考えていた。そのため、画家の背景にうとい普通の人々は疑問を抱くことなく、そのまま受け入れてしまう。この仮説は、とりわけ、カラヴァッジョの影響をめぐって生まれた。だが、ラ・トゥールのイタリアでの修業や遍歴の旅を示す文書記録のようなものは、発見されていない。画家自身もイタリアへの旅を示唆するような事実をなにも残していない。
カラヴァジェスティの範囲をどこまでにするかも、慎重に考えるべきだろう。この時代の画家の誰もがカラヴァッジョの影響を受けたわけでもない。また、その伝播 diffusionの道もさまざまであったと思われる。
他方、カラヴァジェスティの研究が進むにつれて、北方ネーデルラント、とりわけユトレヒト・カラヴァジェスティとの関連で、新たな可能性が開かれてきた。その概略は、このブログにもメモ代わりに記してきた。ラ・トゥールは、恐らくロレーヌからはさほど遠くないユトレヒトへは、旅をしたに違いないという思いは、管理人の推理としても次第に強まってきた。ラ・トゥールを仮にカラヴァジェスティ(この点も早急な決めつけが多い)とするならば、イタリアの光の下ではなく、北方ネーデルラントの光の下であったに違いないと思う。
最近、2003年に北イタリアのトリノで開催されたジョルジュ・ド・ラ・トゥールとカラヴァッジズモの企画展カタログを眺めていて、その感は一段と強まってきた。この企画展に展示されたラ・トゥールの作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する『女占い師』 La buona ventura * のわずかに1点であった。ちなみにイタリア語 (La buona ventura は「幸運(を告げる人)」を意味する)。他方、展示された作品は、ほとんど主催者のトリノのサバウダ美術館所蔵のカラヴァジェスティとみなされる画家の作品であった。
その中で改めて惹きつけられた1点があった。ヘンドリック・テルブルッヘンの手になると考えられる、上に掲げた『聖ヨハネ 福音書記者』 San Giovanni Evangelista を描いた作品である。テルブルッヘンの作品の中では、殆ど紹介されていない。研究者の間でテルブルッヘンへ帰属することに異論を唱える研究者もいるようだ。イタリアの画家などが挙げられている。しかし、管理人にとっては、仮にテルブルッヘンに帰属しないとしても、ユトレヒトなどの北方画家の作品であるとの印象が強い。
この聖ヨハネは、キリストの12使徒のひとりで、第4の福音書の著作者とされる。さらに、伝承によれば「ヨハネの黙示録」の作者でもあるらしい。人物像として構成するのが困難なほど、不明な点が多い人物でもある。
伝承によれば、ヨハネはドミティアヌス帝により、小アジアのエーゲ海の小島バトモスへ流され、そこで黙示録を書いたと信じられてきた。テルブルッヘンによるこの作品は、その場面をイメージし、主題としたものだろう。本はこのヨハネのアトリビュートのひとつとされてきた。
ちなみに、ラ・トゥールが描いた『荒野の洗礼者聖ヨハネ』 Giovanni Battistaとは別の使徒である。こちらはバプテスマのヨハネともいわれ、キリストの先駆者または「使者」とされる。旧約と新約をつなぐ役割を果たす人物である。
テルブルッヘンの描いた使徒聖ヨハネは、かつて洗礼者聖ヨハネの信仰上の追随者であった。そして、キリストの洗礼 バプテスマ(“Behold the Lamb of God”)に立ち会った。さらに、ユダヤの大祭司カイアファ(カヤパ)によるイエスの審問に立ち会った唯一の使徒でもあった。
ヘンドリック・テルブルッヘンとジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、ユトレヒトとロレーヌという活動の場は違いながらも、ほとんど同時代人であった。洗礼者聖ヨハネとキリストは、生年がヨハネの方が半年ほど早かったといわれている。異なったヨハネを描いたこの二枚の作品、対象も画家も異なるとはいえ、明らかに時代の流れの中でしっかりとつながっている。
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La buona ventura
Di Georges de La Tour
e aspetti del caravaggismo
nordico in Piemonte
Electa: 2003