時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

二人のヨハネを結ぶもの

2012年05月01日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

 

 Hendrick Terbrugghen
(Deventer 1588-Utrecht 1656)
San Giovanni Evangelista
Olio su tela,, cm 105 x 137
Torino, Galleria Sabauda
Inv. 100, cat. 462

ヘンドリック・テルブルッヘン
『聖ヨハネ福音書記者』

 





  ジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家と作品に魅せられてから、この画家に関する通説・俗説?にかなり違和感を覚えたこともあった。そのひとつは、画家のイタリア修業に関わる仮説だ。かなりの美術史家がラ・トゥールのイタリア修業を、当然のように考えていた。そのため、画家の背景にうとい普通の人々は疑問を抱くことなく、そのまま受け入れてしまう。この仮説は、とりわけ、カラヴァッジョの影響をめぐって生まれた。だが、ラ・トゥールのイタリアでの修業や遍歴の旅を示す文書記録のようなものは、発見されていない。画家自身もイタリアへの旅を示唆するような事実をなにも残していない。

 カラヴァジェスティの範囲をどこまでにするかも、慎重に考えるべきだろう。この時代の画家の誰もがカラヴァッジョの影響を受けたわけでもない。また、その伝播 diffusionの道もさまざまであったと思われる。

 他方、カラヴァジェスティの研究が進むにつれて、北方ネーデルラント、とりわけユトレヒト・カラヴァジェスティとの関連で、新たな可能性が開かれてきた。その概略は、このブログにもメモ代わりに記してきた。ラ・トゥールは、恐らくロレーヌからはさほど遠くないユトレヒトへは、旅をしたに違いないという思いは、管理人の推理としても次第に強まってきた。ラ・トゥールを仮にカラヴァジェスティ(この点も早急な決めつけが多い)とするならば、イタリアの光の下ではなく、北方ネーデルラントの光の下であったに違いないと思う。

 最近、2003年に北イタリアのトリノで開催されたジョルジュ・ド・ラ・トゥールとカラヴァッジズモの企画展カタログを眺めていて、その感は一段と強まってきた。この企画展に展示されたラ・トゥールの作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する『女占い師』 La buona ventura  のわずかに1点であった。ちなみにイタリア語 (La buona ventura は「幸運(を告げる人)」を意味する)。他方、展示された作品は、ほとんど主催者のトリノのサバウダ美術館所蔵のカラヴァジェスティとみなされる画家の作品であった。

 その中で改めて惹きつけられた1点があった。ヘンドリック・テルブルッヘンの手になると考えられる、上に掲げた『聖ヨハネ 福音書記者』 San Giovanni Evangelista を描いた作品である。テルブルッヘンの作品の中では、殆ど紹介されていない。研究者の間でテルブルッヘンへ帰属することに異論を唱える研究者もいるようだ。イタリアの画家などが挙げられている。しかし、管理人にとっては、仮にテルブルッヘンに帰属しないとしても、ユトレヒトなどの北方画家の作品であるとの印象が強い。

 この聖ヨハネは、キリストの12使徒のひとりで、第4の福音書の著作者とされる。さらに、伝承によれば「ヨハネの黙示録」の作者でもあるらしい。人物像として構成するのが困難なほど、不明な点が多い人物でもある。

 伝承によれば、ヨハネはドミティアヌス帝により、小アジアのエーゲ海の小島バトモスへ流され、そこで黙示録を書いたと信じられてきた。テルブルッヘンによるこの作品は、その場面をイメージし、主題としたものだろう。本はこのヨハネのアトリビュートのひとつとされてきた。

  ちなみに、ラ・トゥールが描いた『荒野の洗礼者聖ヨハネ』 Giovanni Battistaとは別の使徒である。こちらはバプテスマのヨハネともいわれ、キリストの先駆者または「使者」とされる。旧約と新約をつなぐ役割を果たす人物である。
 
 テルブルッヘンの描いた使徒聖ヨハネは、かつて洗礼者聖ヨハネの信仰上の追随者であった。そして、キリストの洗礼 バプテスマ(“Behold the Lamb of God”)に立ち会った。さらに、ユダヤの大祭司カイアファ(カヤパ)によるイエスの審問に立ち会った唯一の使徒でもあった。

 ヘンドリック・テルブルッヘンとジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、ユトレヒトとロレーヌという活動の場は違いながらも、ほとんど同時代人であった。洗礼者聖ヨハネとキリストは、生年がヨハネの方が半年ほど早かったといわれている。異なったヨハネを描いたこの二枚の作品、対象も画家も異なるとはいえ、明らかに時代の流れの中でしっかりとつながっている。

 

 
 La buona ventura
Di Georges de La Tour
e aspetti del caravaggismo
nordico in Piemonte
Electa: 2003

 

 

コメント
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花と華を見て

2012年05月01日 | 午後のティールーム

 

  連休に入る少し前、国立東京博物館『ボストン美術館日本美術の至宝』展を訪れた。連休中はとても見るどころではないことを予想したからだ。ボストン美術館の日本美術の収蔵作品は10万点を超えるそうだが、1876年開館時は5600点であったので、およそ135年の間に想像を超える日本の美術品が太平洋を渡ったことになる。

 展示作品の中には、かつて日本であるいは滞米中や旅の合間に見た作品もあったが、初めて接したものも多く、大変興味深かった。日本にあったならば、国宝、重要文化財指定は間違いないと思われる作品が多数あり、それらが日本で見られないことに残念な気はするが、かえって外国に流出したために逸失・滅失を免れた作品も多いはずだと考えなおす。ラ・トゥールもフェルメールも、自国外に分散、所蔵されているがために、世界的に注目を集め、客観的な評価が可能になっている部分もある。美術品の流出・散逸の問題については、かねて調べてみたいテーマもあるのだが、もはや時間がない。

 今回の企画展にも『平治物語絵巻』、『吉備大臣入唐絵巻』など、見どころ多い華のある作品が目白押しだったが、奇才曽我粛白の『雲龍図』を見られたことは幸いだった。画面から発するすさまじいエネルギーに力をもらった。

 館外では庭園が開放され、多くの花見客で賑わっていた。こうした光景だけを見ていると、騒然たる世俗の世界を忘れることができるのだが。

コメント (2)
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