時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ツァーの呪い:これもラ・トゥールの世界?

2013年12月21日 | 午後のティールーム

 

 

『ツァーの呪い』(児童書)表紙

 

 世の中のブログとはおよそ違った方向に進んできたこのブログだが、当初からそうなることはほぼ予想していたことでもあった。元来、ブログがいかなるものかまったくイメージがなく、初期のHPからの移転以降、ただ思いついたままに細部、ディテールを記し、それを蓄積することで少しずつイメージを形作り、全体像を理解していただくという試みで、なんとかここまでやってきた。最初から時間がなかったこともあり、体系的に記事を書いてきたわけではない。思いつくままに、ひとりで小さなブロックの山を手作業で積み重ねている感じとでもいったらよいかもしれない。底辺部を作っている頃は、どんなブロックを積んでも手直しがきくが、少し形ができてくると、ブロックの種類や形を選ぶ必要も出てくる。

児童文学に入り込んだラ・トゥール

 今回は少し趣向を変えて、お子様向き?のテーマを選んでみた。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは当初からこのブログの柱の一本である。しかし、日本では知名度がいまひとつ低いこともあって、その実像は正しく伝わっているとは言いがたい。この画家はながらく「失われた画家」として多くの謎を秘めた存在であったが、現代のフランスでは17世紀を代表する大画家としてすでに名声は確立している。

 いまや美術史に限らず、さまざまな分野でこの画家とその作品に触発された成果に出会う。今回はそのひとつの例として、児童文学におけるラ・トゥールの浸透を見てみよう。実は児童文学の分野だけでも、関連作品はかなり多数に上るのだが、たまたま手元にある一冊の児童書を取り上げてみた。

 この絵本の表紙(上掲)タイトルは、 La Malédiction de Zar
ツァーの呪いと題されている。2人の男がカードを挟んで対峙している。右側の男は王冠らしきものをかぶり、クラブのカードのごとき衣服を身につけている。笏を持っていることから、さしづめ、カードの王国のキングなのだろう。左側の若い男は貴族風の身なりだが、背中に回した左手は腰帯に挟んだ二枚のカードの一枚を取りだそうとしている。なんとなく、不安げなところがある。若い男の左上にはスペードのカードに半身を隠し、マスクをして容貌が分からない怪しげな人物が手を伸ばしている。

 このブログの読者の中には、左側の若い男の姿に、もしかするとあの男かと思われた方もおられるかもしれない。その通り、ラ・トゥールの数少ない「昼の作品」の一枚、『(ダイアのカードの)いかさま師』 le Tricheur à l'as de carreauに描かれた人物がモデルになっている。そのアニメ?版は下に掲げる。

 

  ここまで来ると、もうお分かりですね。あの怪しげな目つきをした女たちも登場するカード・ゲームの光景が浮かんでくる。しかし、今回の話では、このいかさま師の若い男は、ゲームの途中で突然死んでしまう。悪事をする者は長生きできないという含意があるのかもしれない。

試される若者
 そして、彼は天国に行くことはできず、天国と地獄の間の世界をさまよう。たどり着いた先は、カードの城であった。そこにはカードのキング、クイーン、ジャックなどの裁判官による厳しい審問が待ち受けていた。地獄へ落ちるか、天国へ行けるかの狭間、カードの煉獄であった。そこで試されるカードの腕前。俗界ではいかさまを駆使し、負けることはなかったこの若者、まったく勝つことができない。焦燥と悔恨に苛まれる。

 厳しい煉獄の試練の連続の日々。そこに突如として現れたのは髪を赤いスカーフで包んだ謎めいた美女。名前はファニー、どこかできっとお目にかかっていますね。

  そして、かつてのいかさま師ツァーは、とあることで、このファニーと出会う。ファニーもかつて俗界ではジプシーの女掏摸グループの仲間であった。彼女自身、その美貌の故か、幼い頃にジプシーに拐かされて、掏摸仲間に入っていたとの話もあった(最近のBBCニュースでも、アイルランドのダブリンで、あるジプシー(今はロマ人という)の夫婦の子供の金髪の容貌に疑問を抱いた警察が、拘留してDNA検定をしたところ、両親のDNAと合致し、親元に戻したという事件が報じられた。ギリシャでは逆のケースも発生したようだ)。

 さて、いずれもなにか曰くありげなツァーとファニーの出会いは、その後どんなことになるのでしょうか。そしてツァーの呪いとは。後は想像のままにお楽しみを。

 この絵本、読者の対象は6歳以上の児童向け(大人でもかまいません)となっていて、ストーリー自体は単純なものだが、ラ・トゥールの原作がそうであるように、観る者にさまざまなことを考えさせる仕組みになっている。

 この本の特徴は、絵本の作者が、有名な絵画の一枚を見て、それから想像を膨らませてストーリーを考え、一冊の絵本にすることにある。すでにゴーギャン、ベラスケスなどかなりの数の作品について、「芸術の架け橋シリーズ」として刊行されている。いずれも巻末には画家と発想の源になった作品の解説が付されている。こうして子供たちは幼い頃から名作に親しみ、単に絵を見るのではなく、制作した画家の心を読むトレーニングをしていることになる。


課題:
さて、皆さんは、この絵からどんな物語をイメージするでしょうか!




Source
Kérillis et Xaviére Devos
La Malediction de Zar
CNDP-CRDP, l'éelan vert
Marseille, 2013

  
 

コメント
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