我にゆだねよ
汝の疲れたる 貧しい人々を
自由の空気を吸わんものと
身をすり寄せ 汝の岸辺に押し寄せる
うちひしがれた群衆を
かかる家なく 嵐に弄ばれた人びとを
我がもとへ送りとどけよ
我は 黄金の扉のかたわらに
灯火をかかげん
Give me your tired,
your poor,your huddled masses yearning to breath free,
The wretched refuse of your teeming shore,
Send these, the homeless, tempest-tossed to me,
I lift my lamp beside the golden door!
Emma Lazarus, 1883
(田原正三訳)
ニューヨーク 自由の女神像台座銘板に刻まれた詩
オバマ大統領の大統領就任当時、アメリカは幸いにもケネディ大統領のような若く理想に燃えた人材に恵まれ、再び1960年代のような繁栄の道に戻るかに見えた。新政権に委ねられた課題は多かった。中でもブッシュ前大統領が最後の花道にと考えた包括的移民改革も、結局実現することなく、新しい大統領に引き継がれた。オバマ大統領は就任当初、自分の政権中にこの問題もほぼ解決しうると考えていたようだ。実際、ブッシュ政権までに移民政策の目指す方向はほとんど議論が尽くされ、整理されていた。新大統領は自信に満ちあふれていたかにみえた。
しかし、2013年が間もなく幕を下ろす今になっても、移民改革は実現の兆しはない。もはや移民改革は挫折したと書き立てるメディアも増えている。最近では、自由の女神像の前で座礁した移民船にたとえた記事もある*。前回記したEU、とりわけイギリスと同様に、アメリカでも移民受け入れについて、国民が全体に保守化していることは否めない。
共和党の抵抗
なぜ、こんなことになったのか。オバマ大統領就任前から、中国などの急速な台頭などもあって、アメリカの世界における地位は相対的に低下していた。国民の間の経済格差も拡大、その底辺部にいる貧しい人たちの状態改善のために、社会保障、とりわけ医療改革などに多大なエネルギーを注がねばならなくなった。医療改革はアメリカにとって、移民改革と並ぶ重要課題であったが、共和党などの強い反対できわめて歪んだ結果になってしまった。9.11後のテロリズムへの不安感が、移民への対応を厳しくしたことも否めない。
移民改革も上院を中心に主要な議論は尽くされていた。しかし、下院で共和党、とりわけ保守系右派の強硬な反対に会い、挫折を繰り返してきた。現在、下院を数で支配する共和党には、上院案を通過させる考えはまったくない。移民問題は、十人十色といわれるように、議員が経験してきた人生経験などで、議論が拡散し始めると、収束できなくなる。オバマ大統領が移民法改革を口にする機会はほとんどなくなった。その過程はこのブログでも時々記してきた。
不法滞在者の処遇
最大の問題は、アメリカ国内に居住する1100万人とも1150万人ともいわれる(入国に必要とされる書類を保持していない)不法移民とその家族への対応だ。共和党保守派の間には、依然こうした不法滞在者を国外へ強制送還せよとの考えも根強い。民主党にもこの不法滞在者の”合法化”を一括して実施ことがきわめて難しいことが分かってきたようだ。一口に不法滞在者といっても、その内容がきわめて複雑であり、具体的対応が容易ではないことに気づいたことにある。こうした不法移民をいかに合法化の道へ導くについては、具体的な次元では多くの難題が待ち受けている。その主要点は、すでにこのブログでも論じてきた(特に「分裂するアメリカ:(1)-(7)」)。
下院で多数派を占める共和党には、民主党優位の上院で作成された移民法改革の議案を通過させるつもりはない。上院の法案は、国境のボーダーコントロールを2万人増員する、新たな国境障壁を増加する、そして、企業寄りのゲストワーカー・プログラムを導入せよなどの右派の案と、組合側に寄った職場ルールの導入、入国書類を保持せずに国内に居住する不法移民に市民権への道を開くという左派の主張をなんとかバランスさせたものだ。しかし、最近の状況では、これについても異論が出ており、分解の怖れがある。他方、下院の共和党議員の間には、使用者が特に必要とするかぎりの移民受け入れだけの内容に改革案を縮減するなど、最低限の手直し程度にすべきだなどの意見も出てきている。
実現への遠い道
このままではオバマ大統領に残された任期の間に移民法改革をなしとげること自体が困難に見えてきた。これらの点を考慮してか、このところ移民法改革の内容説明にかなり乗り出してきた。
アジア諸国などの歴訪を終えたばかりのバイデン副大統領自らが「旅疲れ」だがと前置きしつつも、ホワイトハウスのHPで説明に当たっている。「ホワイト・ハウスに移民改革の今後を聞く」と題する映像対話で副大統領自らが答えているが、登場する不法滞在者など、質問者の立場は、それぞれかなり異なり、一様な対応は難しい。副大統領自身が、市民権付与まで何年かかるかわからないと答えているケースもある。1100万人近い不法滞在者の申告を審査するだけで、大変な事務処理と判定時間がかかることになる。何年にもなりかねない申請者の列が生まれることになる。
こうした状況で、たとえば下記のThe Economist誌はひとつの案を提示している。次のごとき内容である:まず現在の不法滞在者に恒久的居住権を与える。しかし、アメリカの市民権は与えない。それは最初の入国時に必要な書類を不保持あるいは提示することがなかったという違法行為への罰則を意味している。ただ多くの不法滞在者は法の犠牲者というよりは、さまざまな場で活性化の源となっている。もし、改革の意味を考え直すとしたら、こうした点を考慮すべきだろう。彼らが市民権を与えられることなく、アメリカ国内に居住することは、多くの点で将来に煩瑣な問題を残すことにもなる。同誌は現状のままでいることは本人ばかりでなくアメリカにとっても、よくないことだと結んでいる。
管理人としては、これは基本線としては妥当な方向と考えるが、問題はこれを個々の事例で、いかに具体化し、処理を実施してゆくかという点にあると考えている。バイデン副大統領も率直に答えているように、市民権取得への道は遠く、オバマ政権に残された時間は少ない。
ホワイトハウスHP、「移民改革に答える」Ask the White House: The Immigration Reform
Ask The White House: Immigration Reform
*"Forget the huddled masses" The economist November 9th 2013