ある書店の前を通ったら、「この世の終わりの前に読む本」という恐るべきテーマで、一つのコーナーが設けられていた。きっと書店の店員さんは売れ筋のタイトルの本を扱いながら、今の時代の先には世紀末的破滅が待ち受けているかもしれないと思ったのだろう。確かに最近の書店に置かれた本のタイトルを見ると、様々なペシミズムや終末観を煽り立てるような書籍が目立つ。
一つ例を挙げると、現在の仕事の世界の一面はかなり暗く、この先年金に頼って人生を全うすることはできないのではないかと思う人も多い。苦労や苦痛が多い世界では、長生きしたくないと考える人たちもいる。しかし、人生は働くためにあるのではない。どうして70歳、80歳と働く目標を先延ばしすることを推奨する風潮が高まっているのか。かつては50歳代半ばでハッピー・リタイアメントを祝い、悠々自適の自分の人生を楽しむことが目標で、それを楽しみに働いていた人たちもいた。実際そうした選択をした人たちも多かった。もちろん、働くことに生きがいを感じる人が、高齢まで働こうというのは別の話だ。しかし、世の中では「働け、働け、働かないと・・・・・。」という見えない圧力が人々の背中を押しているようでもある。年金財政の破綻を繕わされるようだと感じる人もいる。しかし、どれだけの人が近未来を正しく予想できるのだろう。
2017年の世界はかつてなく揺れ動き、問題を抱え込んだようだ。天変地裁、戦争、政治、経済、問題を数えだしたらきりがない。大戦前夜と感じている人たちもいるだろう。確かに年号では新世紀に改まってからは、20世紀のような世界大戦は経験していないとはいえ、いつ破滅的、カタストロフィックな出来事が起きてもおかしくない。
世界が見えなくなったどこかの首領様が、”愚かなヤンキー”が繰り出す厳しくなった制裁に切れてしまって、核ミサイルのボタンでも押すようなことがあれば、世界は一瞬にして破滅的な混乱に巻き込まれるだろう。外交交渉という名の妥協の時間が長引くほどに、核の危機は増加する。「日本はアメリカと平壌の網に絡みとらわれている」として、「日本に向けられて炸裂した一発のミサイルは、多くの国民にとって対抗するに10分の時間も与えてくれないだろう」というジャーナリスト(Justin McCurry, the Gurdian)もいる。
他方、今は人類史上最高の時にあるという人たちもいるのだ。例えば、London TimesのコラムニストPhilip Colinsは、昨年2016年を振り返ってそう書いている。世界で一日一ドル以下で暮らしている極貧の人口が初めて10%を切ったとか、死刑を廃止した国が世界の国々の半数を越えたなどが理由に挙げられている。(反論もある。FAOによると、世界の飢餓に苦しむ人たちは2003年までは減少していたが、2015年には横ばい、2016年には反転増加に転じたという)。
こうした"新楽観論者”の提示する”バラ色” の世界観については、これまた様々な見方が示されている。彼らは戦争も大災害も、いずれ長い歴史の中に埋もれていまい、人類は長い目で見れば前進しているのだという。“新楽観主義者”とも呼ばれている人たちがいる。例えば、評論家Norbergは人類繁栄の指標として、食料、衛生、寿命、貧困、暴力、環境条件、識字力、自由、平等、そして子供の状態を上げている。ヨーロッパの町々の街路には悪疫で死んだ死体を貪る犬がいたのはそれほど遠いことではないはずだという。こうしたノスタルジックな点については正しいと言えるだろう。このブログの柱の一本である(美術から見た)17世紀の世界は、歴史で初めて「危機の世紀」と言われ、ジャック・カロが描いた戦争の惨禍はヨーロッパのいたるところで見られた。長引く戦争とそれに要する犠牲や負担が過大となり、なんとか和解にこぎつけたような戦争もあった。
しかし、地球上の繁栄が直線的に右上がりに伸びているとは考え難い。このことは、17世紀以来の世界史を顧みれば、納得できる。一歩間違えば、世界が破滅しかねない時期もあった。人類は危うくその時をすり抜けた感もある。おそるべき破壊力を持つ兵器が軍縮どころか軍拡の波で累積している。一発の核弾頭が世界を大混乱、惨憺たる破滅の状況をもたらすことは改めていうまでもない。戦争は武器を使ったゲームではない。
政治を知性が誘導してくれると思い込むと、大きな落とし穴がある。前世紀からの政治の劣化、政治家の質の低下は眼に余るものがある。それを正しく規制・誘導する仕組みは出来上がっていない。ひとたび、台風の目を抜けた時にいかなる状況が待ち受けているか、考えておく時間はもうあまりない。
References
“What if we’ve never had it so good?” , The guardian weekly, Vol 19, no.11, 18.08.17.27
Progress: Ten Reasons to Look Forward to the Future, 6 Apr 2017
by Johan Norberg
””Japan caught up in US-Pyongyang web” by Justin McCurry