時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

理不尽な世界に生きる:映画『女は2度決断する』

2018年05月19日 | 午後のティールーム

 

人間はどこへ向かっているのか


移民・難民問題の探索には図らずも、長い年月を費やしてきた。基本的な点については政策面でも国家間に共通の理解ができているように思ったときもあったが、現実は全く異なっている。年を追うごとに混迷の度を増しているようだ。国境は開放されるどころか、いたるところで分断化が進んでいる。ベルリンの壁がなくなったかと思うと、突如としてイギリスのEU離脱が起きる。朝鮮半島の統一も、専横な国家指導者の意のままに翻弄されているようだ。平静化するかに見えたイスラエルとパレスチナ暫定自治区の関係も激しい対立の渦中に戻ってしまった。

そうした中で、一つの映画を見た。移民・難民を主題とした映画は、数多く見てきたが、難問が解けたような明るい気持ちで映画館を後にできたことは少ない。何か気がかりなものが残った作品が多い。すぐには答が出てこない問題をまた突きつけられたという思いが残る。

今回の作品は別の意味で、衝撃的だ。所はドイツ、ハンブルグ。カティヤはトルコ系移民であるヌーリと結婚する。かつて、ヌーリは麻薬の売買をしていたが、足を洗い、カティヤとともに真面目に働き、かわいい息子ロッコも生まれ、幸せな家庭を築いていた。しかし、現代社会はそうした日々を長続きさせてくれない。

ある日、ヌーリの事務所の前で爆弾が炸裂し、ヌーリとロッコが犠牲になる。警察の捜査の結果、犯人は国内に在住する外国人をねらった人種差別主義のドイツ人によるテロ行為であることが判明する。

容疑者は逮捕され、裁判が始まるが、被害者の人種や前科などが弁論の対象とされ、何の裁判か分からないほど、イライラさせられる。問題を取り違えているのではないか。観る者を含めて不満が鬱積する。いうまでもなく、一瞬にして幸せな家族の生活を微塵に砕かれてしまったカティアにとっては言いようのない苦悩の日々が続く。

戦後最悪のドイツ警察のネオナチ・テロ事件の捜査の記憶。映画はこうした実態を背景に制作されたという。思いもかけない事件の無残な犠牲となった家族への想いは、難を逃れたかに見えるカティヤにとっては、残酷な時を増すばかりで消えることはない。

次第に精神的に追い詰められてゆくカティヤの心理状態は、ついに極限状態になる。当事者だけにしか分かり得ない窮迫し、破滅的な状況だ。そして、カティアというひとりの女の下した決断! そしてその結果は・・・。その衝撃には誰もが言葉を失う。

問題は解決したのだろうか。答えはいうまでもなく「否」だ。人間はどこへ向かっているのか。



映画原題
AUS DEM NICHTS (IN THE FADE) by Faith Akin
独・英・日の原題それぞれに微妙なニュアンスの差を感じるが、画面はそれらも一瞬にして吹き飛ばしてしまう。

主演女優:Diane Kruger (ダイアン・クルーガー)
第75回ゴールデングローブ賞 外国語映画賞(ダイアン・クルーガー)
第70回カンヌ国際映画祭主演女優賞
第90回アカデミー賞外国語映画賞ショートリスト(ドイツ代表)

お問い合わせがありましたが、上掲のシンボルマークはベルリンの交通信号です。

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