国立西洋美術館は、ル・コルビュジエ氏(1887-1965、スイス生まれ、フランスの建築家・画家)の設計で1959年に建設された。2011年6月パリ(フランス)で開催された第35回世界遺産委員会において「登録延期」となったが、推薦書を再提出することによって登録の可能性が残っている。6月21日、富岡製糸場は世界文化遺産に決定。
危機の前の陶酔?
世界はサッカー・ワールドカップに湧いているが、実はワールド・カップの後の世界が大変気になっている。このブログでは何度か記しているが、世界経済の見通し、来たるべき世界の姿がどうなるかという問題だ。ワールドカップのニュースに隠れているが、イラク戦争はフセイン時代に逆戻りしたような様相を呈している。ウクライナ問題もこのブログで懸念したように、ウクライナを経由する天然ガス・パイプラインが大きな駆け引きの手段になってしまった。早急な解決の目途はなく、EUの前線はきわめて緊張度が高くなっている。東アジアの対立も緩和の見込みはない。一触即発の可能性が高い、かなり危うい地域となっている。この小さなブログでも、そのいくつかの問題を取り上げてきた。たとえば、長期的な人口爆発に関連する諸課題である。世界を脅かす危機が近づいているといっても過言ではない。さらに、相互に関連しながらも別のきわめて重要な根本的問題がある。
昨年来、経済学の世界で大きな話題を呼んでいる一冊の書籍がある。フランスの経済学者Thomas Piketty, Capital in the Twenty-First Century 『21世紀の資本論』というタイトルも壮大だし、英語版でもページ数も600ページを越える大著である。著者トマ・ピケティはパリ経済学院の教授である。昨年夏、フランス語の研修の途上、書評欄で出会い、早速購入し読み始めたが、三分の一くらいで息切れがしてきた。幸い、今年初めに英語版が出版されたので、そちらに切りj替えて読んでいるが、大変な力作である(ちなみにフランス語版は900ページ近く、英語版はその全訳だが、ページ数もかなり少なくなる)。日本語版はかなり時間がかかるようだ。関心のある方には仏英版をお勧めする。かなりの大冊なのだが、論旨は明快、18世紀以来の膨大な長期統計の裏付けもあって、説得力もある。仏英版共に、経済学の知識がなくとも十分理解できるほど、説明が巧みで分かりやすく、多くのことを考えさせられる。Amazon.comの売り上げ総合一位にランクされたりしているのだが、日本では一部の新聞が短く紹介しただけで、専門家でも知らない人が多い。
タイトルからみると、マルクス経済学者かと思いがちだが、まったくそうではない。主題は18世紀以来のヨーロッパとアメリカにおける富と所得の不平等を扱っている。日本のデータも部分的ながら使われている。本書の基軸は、資本利益率が経済成長率を上回るかぎり、富の集中が起きることを立証したことにある。そして長期的視野から、富の集中と経済的不安定が今後も存続することを予想している。ワールドカップ、オリンピックなどスポーツ・メディアがつくり出すつかの間のユーフォリア(陶酔感)に浸っている間に、世界の底辺部では、世界の平穏を、そして次の世代の運命を根源から揺るがしかねない変化が進行している。
資本主義に内在する格差拡大への動機
本書が強調するのは、経済的不平等が歴史的な偶然ではなく、資本主義が内在する明白な特徴ともいうべき点である。それだけに、必然的なものではなく、国家の介入次第では改善しうる可能性が残されてはいる。しかし、すでに多方面で指摘されている通り、世界の格差の問題は、いまや次世代の存在を危うくせしめるほどの危機的内容を含んで進行している。ほとんどの人たちは、自らが関わる目前の仕事に従事し、世界の広い範囲で進行している重大な変化やその意味することを考えることをしていないか、先延ばししているのだ。ウオール・ストリートの反乱など、時折噴出するマグマによって、足下で進行している重大な変化の存在に気づかされているにすぎない。
この小さなブログでこうした大著の全面的な紹介や分析を行うことはできない。せいぜい問題の所在を指摘して、注意を促すくらいだ。しかし、次世代の人たちはこうした提示に真摯に立ち向かうべきだろう。その責任があるというべきだろう。世の中には安易に資本主義の終焉や改革のあり方を内容とする書物が溢れているが、そのほとんどはピケティが鋭く提示する事実への対応姿勢という点では、ほとんど的外れか蟷螂の斧(はかない抵抗のたとえ)に近い。たとえば、資本主義の崩壊の後に残る世界があるとすれば、いかなる姿なのか。
もちろん、ピケティの作品を読んでいると、多くの問題点を感じる。しかし、大変抑えどころが良い。これらのいくつかについては、時に応じて議論にとりあげてみたいと思っている。格差問題というのは、必ずしも資本主義という制度に限定されるわけではないが、資本主義が引き起こしてきた格差問題には固有の特徴が指摘できる。
ピケティはヨーロッパや日本などでは経済の低成長(g)に対応して、資本(r)の利益率が高くなっていると指摘する。ここで資本(r)には利潤、配当、利子、時代、その他の資本からの報酬が含まれる。他方、成長(g)は所得か産出物で測定される。そして成長率において、r>gという形で、所得の格差、富の不平等が均衡を失して、急激に拡大、継続すると推論されている。
ピケティの大きな功績は、他の経済学者の協力を得て、ほぼ200年間にわたる経済格差の推移を推計したことにある。そして、世界の富の偏在はますます拡大し、不平等は歴史上、19世紀の水準に達するか、それを上回る結果になるとされる。
つかの間のベル・エポック?
アメリカはヨーロッパに比較すると新しい資本主義国だが、そこでは不平等はヨーロッパ以上に拡大する可能性もある。信頼できる統計の利用可能性の関係で中国や新興国における不平等については、触れられていないが、これらの国々においても急激な不平等の発生と拡大は、すでにさまざまに伝えられている。ピケティが指摘するように、不平等の拡大傾向は、必ずしも時系列的に一直線に進行してきたものではなく、1930年から1975年のように、世界大戦期(二つの大戦、大恐慌を含む)、傾向線から離反した時期もある。しかし、その他の時期で富の不平等が反転、縮小する要因、傾向は見出されず、さらに拡大すると推定される。現在の欧米は最後のベル・エポック(belle époque、良き時代、特にフランスで文化、芸術の栄えた19世紀末から20世紀初頭を指す)にあるとピケティは言う。さらに、世界は「世襲財産的資本主義」 "patrimonial capitalism" ともいうべき、富裕な家族などによって、同じ家族の次世代に引き継がれた財産の比率が高く、その富によって動かされる社会に戻りつつあるともいう。そのほか、本書には多くの考えるべき問題点が多数記されている。
ピケティは世界の先進国の成長率が今後1-2%で推移するならば、資本/所得比率は増加を続けると考えられ、富の格差はさらに拡大し、世界経済において重大な問題を引き起こす。これまで、世界は「公正」という課題をなんとかかわして今日までやってきた。しかし、すでに多くの国で問題化しているように、もはや避けて通ることはできず、真剣に対決しなければならなくなる。
これまでの論理で明らかなごとく、ピケッティの提示する問題へのほとんど唯一の対応は、富裕税(資本への累進課税)、それもグローバルな次元での課税である。ブログ管理人は幸い見ることのない世界だから、ここで議論を拡大するつもりはないが、緻密で壮大な歴史分析に比して、政策面での実現可能性という点では、大きな疑問を感じてしまう。現在の世界の多極化の中で、発展段階の異なる国々の政策をいかにして整序してゆくのか。地球温暖化への対応ひとつを見ても、それがいかに困難な課題であるかが分かる。しかし、格差がこれ以上大きな問題となり、保護主義やナショナリズムがさらに拡大した時に気づいても手遅れだろう。若い世代(たとえば50歳代以下)の方々は避けては通れない問題であり、どうしても考えていただきたい、かなり切迫した課題である。
References
Thomas Pikety, Le Capital au XXIe siecle, Editions du Seuil, 2013, pp.696
English edition, Capital in the Twenty-First Century, Translated by arthur Goldhammer, Harvard University Press, 2014
★やや遅きに失した感がありますが、NHKも取り上げるようです。
NHK グローバルWISDOM
BS1 2014年7月26日(土)午後10時ー11時49分