すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

働かないヒトの希望と真実

2015年11月22日 | 読書
 【2015読了】117冊目 ★★★
 『働かないアリに意義がある』(長谷川英祐  メディアファクトリー新書)


 数年前に話題になった本である。結構ロングセラーにもなっているらしい。理系の読み物は少し苦手意識があり、この本も理解度十分とはいえないが、刺激的な書名にふさわしく面白い知見が豊富にあった。「身につまされる最新生物学」というコピーはなかなか的を射ている。読んでいて思うのは、人間のことばかり。


 この本にはアリだけでなく、ハチなどの例も出てくる。質の違いはあれどやはり社会的な生物ということに変わりはなく、だからこそ、百田尚樹の書いた『風の中のマリア』のような物語ができると改めて確認した。「社会性昆虫」という言い方は、格差や労働などの厳しさをイメージさせるが、実際の中身はずっと深い。


 説明文教材で有名な「ありの行列」に登場するウィルソン博士(だと思う)の研究の、そこに書かれていない範囲のことが取り上げられていない興味深い。
 例えば

 道を間違えるアリが交ざっているほうが、エサを効率よく取れる場合がある

 これは「間違って迷っているうちに近道を発見できる」という例を根拠にしている。これ一つとっても、なかなか味わいある警句になっているではないか。


 「働かない働きアリ」についての言辞は、さらに奥深い。その存在は「ムシたちが用意した進化の答」だと結論づける。「働かないアリ」とは刺激に対する反応の違いによる個性なので、「働けないアリ」とも言える。しかし仕事が増えると働くようになり、仕事の総体としてはうまく回るようになるシステムだという。


 働かないアリがいるからこそ組織が存続できるという事実は、即人間に当てはまるとは思えないが、少し高みに立って様々な社会や組織を考えたとき、共通点もある。ダメ人間が再生しヒーローになるドラマはよくあるが、あれは一つの希望でもあると同時に、個性尊重こそが救済するという真実をいつも伝えている。


 そのほか「利他行動の根拠」「群れの効果とデメリット」など、実に教えられることが多い本である。特に終章にある、「人」について書いた研究姿勢は納得した。

 多くの研究者は、教科書を読むときに「そこに何が書いてあるかを理解すること」ばかりに熱心で、「そこに何が書かれていないか」を読み取ろうとはしません。

 この一節は、研究や勉学に限らず、目前の仕事ばかりに追われ、こなすことに精一杯で満足した気になり、どこか肝心なことを忘れがちな自分たちに似ている。