はじめて知るエピソードというのは、印象に残るんですね。
たとえば、竹内政明著「名文どろぼう」(文春新書)に
黒柳徹子さんのエピソードが、一読忘れられないなあ。
「黒柳徹子さんは中学生のとき、東京・東急池上線の長原駅前で易者に手相を見てもらった。
結婚は、遅いです。とても遅いです。お金には困りません。あなたの名前は、津々浦々に、ひろまります。どういう事かは、わかりませんが、そう、出ています。
―― (黒柳徹子「トットチャンネル」、新潮文庫)
・ ・・・・ 〈とても遅い〉という黒柳さんの結婚に注意を払っている人が世間に何人いるかは知らないが、筆者(竹内政明氏のこと)はその一人である。」(p120~121)
黒柳徹子さんの名前は、津々浦々にひろまりましたが、それでは池部良の名前は、どうでしょう。ということで、以下は池部良の強運を予言しているエピソード。それは池部良著「ハルマヘラ・メモリー」(中央公論社・古本ですが、文庫本もあるようです)。そこに、輸送船でバシー海へと出る直前にもらった手紙というのが、あるのでした。では、その手紙を以下に、
「私は、第三軍兵器部、技術将校、高田翔一郎大尉です。」
こう手紙は、はじまっておりました。
ちなみに、池部良著「江戸っ子の倅」に
「僕みたいな東京生まれの育ちと来てる男は、どういうわけか【律義】という重箱みたいなものが好きなようだ。」(p84)とあります。私は、この手紙も実際にもらったものだと思いながら読んでおりました。では手紙の文面をつづけます。
「先般、貴君の訪問を受けた際、拳銃を世話してくれとのことでしたが、貴君が、私の弟、順二と大学が同級であり、しかも英語会とかで共に過した間柄であることを知り、貴君に親近感を持ち、喜んで拳銃をお世話することになりました。貴君は、近く、南方へ進発するとか。・・・・貴君のおられる第三十二師団は、来る五月五日、ウースン港を出発、フィリッピンのミンダナオ島に向かう由であります。輸送船団は、最近になく大型船団で・・・更なる情報に依れば、台湾、フィリッピン間の海域、バシー海、揚子江河口、南支那海には、アメリカ軍潜水艦が跋扈(ばっこ)しているとのことです。我が国は、漸く電波探知機、即ち、敵を遠距離に於いても発見出来る電波機器の初歩が製作されつつありますが、アメリカの如く能力が高くなく、普及率が低いので、敵からは迅速に発見され、大いなる被害を被(こうむ)るわけです。戦況に著しい差が現われているのが現状です。従って、輸送船の如く、速力は鈍く、火砲が貧弱とあっては、敵の容易な標的になります。・・・通過せざるを得ないバシー海で、何も起こらないことを望む方が、おかしいのでありまして、私の想像では、必ずやアメリカ潜水艦群に襲われ、海没する輸送船が続出、兵員、一万二、三千名は戦死することになると思っています。これが、杞憂であればと祈るわけですが、技術将校として、敵を素早く発見出来る電波機器を保有している方が勝ち、と睨んでいますから、到底、我が軍は比べようもなく、脆くも、打ちのめされる結果になります。・・・私は、本職の軍人でもなく、兵科の将校でもありませんから、大本営の、無知にして無謀とも思える作戦指導に、腹を立てるのは間違いかも知れません。しかし、心を痛めずにはいられません。
私の心配が、的を外れていることを願っております。貴君は、運の強い人だと、私は思っております。この運を信じて、南方へ出撃して下さい。お互い、しなくてもいいことで青春の命を失う羽目に陥っているわけですが、この戦争が勝つにしろ、負けるにしろ、貴君は、きっと命を完(まつと)うすると思っております。私も人間でありますから、嘘をつくこともありますが、私には予感めいた閃きがあって、これは外れた例(ため)しがありません。貴君は、必ず、命を失うことはありますまい。私の言を信じて下さい。・・・・」(章「天空丸接岸」。単行本のp152~)
池部良は1918年2月11日生まれ。そして昨年2010年10月8日死去。
「貴君は、きっと命を完(まつと)うすると思っております」という高田翔一郎氏の言葉が、いまになって鮮やかに浮かび上がるようです。
とりあえず、池部良著「ハルマヘラ・メモリー」を開いて(通読していないのですが)、要所らしい箇所を読んでいたら、この手紙を読めたのでした。
うん。「ハルマヘラ・メモリー」を通読してみたいけれど。
もう、幻戯書房の池部良著「天丼はまぐり鮨ぎょうざ」を注文(笑)。
「貴君は、きっと命を完(まつと)うする」と言われた。
他ならぬ、そう言われた当人の文章を読むために注文。
ちなみに、幻戯書房「江戸っ子の倅」の最後のページに、好評既刊の紹介があります。そこから以下に引用しておきましょう。
まあ、本が届くまでの楽しみに。
「『天丼はまぐり鮨ぎょうざ』
銀幕の大スター逝く ―― さりげなく人生を織りこんだ、この痛快な食物誌は、練達の技で、エッセイのあるべき姿のひとつを、私に教えた(北方謙三)。落語のように軽妙洒脱な文章で綴った、季節感溢れる「昭和の食べ物」の思い出。おみおつけ、おこうこ、日本人が忘れかけた味がここにある。生前最後の随筆集。」
こう引用していると、主役・池部良による
なにか、映画の予告篇みたいになります(笑)。
ワクワクして、読めるのを楽しみしております。
たとえば、竹内政明著「名文どろぼう」(文春新書)に
黒柳徹子さんのエピソードが、一読忘れられないなあ。
「黒柳徹子さんは中学生のとき、東京・東急池上線の長原駅前で易者に手相を見てもらった。
結婚は、遅いです。とても遅いです。お金には困りません。あなたの名前は、津々浦々に、ひろまります。どういう事かは、わかりませんが、そう、出ています。
―― (黒柳徹子「トットチャンネル」、新潮文庫)
・ ・・・・ 〈とても遅い〉という黒柳さんの結婚に注意を払っている人が世間に何人いるかは知らないが、筆者(竹内政明氏のこと)はその一人である。」(p120~121)
黒柳徹子さんの名前は、津々浦々にひろまりましたが、それでは池部良の名前は、どうでしょう。ということで、以下は池部良の強運を予言しているエピソード。それは池部良著「ハルマヘラ・メモリー」(中央公論社・古本ですが、文庫本もあるようです)。そこに、輸送船でバシー海へと出る直前にもらった手紙というのが、あるのでした。では、その手紙を以下に、
「私は、第三軍兵器部、技術将校、高田翔一郎大尉です。」
こう手紙は、はじまっておりました。
ちなみに、池部良著「江戸っ子の倅」に
「僕みたいな東京生まれの育ちと来てる男は、どういうわけか【律義】という重箱みたいなものが好きなようだ。」(p84)とあります。私は、この手紙も実際にもらったものだと思いながら読んでおりました。では手紙の文面をつづけます。
「先般、貴君の訪問を受けた際、拳銃を世話してくれとのことでしたが、貴君が、私の弟、順二と大学が同級であり、しかも英語会とかで共に過した間柄であることを知り、貴君に親近感を持ち、喜んで拳銃をお世話することになりました。貴君は、近く、南方へ進発するとか。・・・・貴君のおられる第三十二師団は、来る五月五日、ウースン港を出発、フィリッピンのミンダナオ島に向かう由であります。輸送船団は、最近になく大型船団で・・・更なる情報に依れば、台湾、フィリッピン間の海域、バシー海、揚子江河口、南支那海には、アメリカ軍潜水艦が跋扈(ばっこ)しているとのことです。我が国は、漸く電波探知機、即ち、敵を遠距離に於いても発見出来る電波機器の初歩が製作されつつありますが、アメリカの如く能力が高くなく、普及率が低いので、敵からは迅速に発見され、大いなる被害を被(こうむ)るわけです。戦況に著しい差が現われているのが現状です。従って、輸送船の如く、速力は鈍く、火砲が貧弱とあっては、敵の容易な標的になります。・・・通過せざるを得ないバシー海で、何も起こらないことを望む方が、おかしいのでありまして、私の想像では、必ずやアメリカ潜水艦群に襲われ、海没する輸送船が続出、兵員、一万二、三千名は戦死することになると思っています。これが、杞憂であればと祈るわけですが、技術将校として、敵を素早く発見出来る電波機器を保有している方が勝ち、と睨んでいますから、到底、我が軍は比べようもなく、脆くも、打ちのめされる結果になります。・・・私は、本職の軍人でもなく、兵科の将校でもありませんから、大本営の、無知にして無謀とも思える作戦指導に、腹を立てるのは間違いかも知れません。しかし、心を痛めずにはいられません。
私の心配が、的を外れていることを願っております。貴君は、運の強い人だと、私は思っております。この運を信じて、南方へ出撃して下さい。お互い、しなくてもいいことで青春の命を失う羽目に陥っているわけですが、この戦争が勝つにしろ、負けるにしろ、貴君は、きっと命を完(まつと)うすると思っております。私も人間でありますから、嘘をつくこともありますが、私には予感めいた閃きがあって、これは外れた例(ため)しがありません。貴君は、必ず、命を失うことはありますまい。私の言を信じて下さい。・・・・」(章「天空丸接岸」。単行本のp152~)
池部良は1918年2月11日生まれ。そして昨年2010年10月8日死去。
「貴君は、きっと命を完(まつと)うすると思っております」という高田翔一郎氏の言葉が、いまになって鮮やかに浮かび上がるようです。
とりあえず、池部良著「ハルマヘラ・メモリー」を開いて(通読していないのですが)、要所らしい箇所を読んでいたら、この手紙を読めたのでした。
うん。「ハルマヘラ・メモリー」を通読してみたいけれど。
もう、幻戯書房の池部良著「天丼はまぐり鮨ぎょうざ」を注文(笑)。
「貴君は、きっと命を完(まつと)うする」と言われた。
他ならぬ、そう言われた当人の文章を読むために注文。
ちなみに、幻戯書房「江戸っ子の倅」の最後のページに、好評既刊の紹介があります。そこから以下に引用しておきましょう。
まあ、本が届くまでの楽しみに。
「『天丼はまぐり鮨ぎょうざ』
銀幕の大スター逝く ―― さりげなく人生を織りこんだ、この痛快な食物誌は、練達の技で、エッセイのあるべき姿のひとつを、私に教えた(北方謙三)。落語のように軽妙洒脱な文章で綴った、季節感溢れる「昭和の食べ物」の思い出。おみおつけ、おこうこ、日本人が忘れかけた味がここにある。生前最後の随筆集。」
こう引用していると、主役・池部良による
なにか、映画の予告篇みたいになります(笑)。
ワクワクして、読めるのを楽しみしております。