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わかりにくい「市道東新町桜淵線の路線変更を伴わない現行案の見直し」

2015年03月28日 20時44分34秒 | 住民投票・市庁舎・リコール・市政

午前中の投稿で不明だったというか、勘違いしていたのが市道東新町桜淵線
最初はせめて市役所と体育館の間の道と思っていたが
そうではなかった
実際はこちら↓

実際にはまだできていない道
文化会館の信号を南に向かって(東庁舎を右に見て)ぐるっと廻る道
これは、新市庁舎の付け替え道路として2年前に決定済みの道路ということらしい

そこで先ほどの市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない現計画の見直し
を解釈すると、つまりは、付替道路はそのままでの計画案の見直しとなる

さて見直しというが善意に解釈すれば縮小ということになるが
必ずしも言葉の上ではそうではない可能性がある
見直しは建設費高騰の折、予算が以前計画していたものよりも増える
という意地悪な解釈も可能
どのように見直すかの記述がないのでどうにでもできてしまう

また左側の案、市道東新町桜通線の路線の変更を伴う現計画の見直しも
素直に解釈しすぎてはいけない
路線の変更は道幅を変えただけでも見直しと言う言葉が使える
道路がゆっくり曲がっているのを直角にしただけで
路線の変更ということができる

つまりは、どうにでも解釈できる案であることが明らかになる
それにしても、この市道東新町桜通線のことを市民の誰が
どのくらい知っているかが大いに疑問
住民投票を行う以上前提としてみんなが内容を理解していることが求められるが
市側とすれば今までにも説明してきたし、これからもパネル等の表示で明らかにしていく
ということになりそうだが、それってどうなんだろう、、
知らないほうが悪いのか?

結局はこの住民投票の設問は、前提となる知識のばらつきが大きすぎる上に
選択肢もいかような解釈可能となり、民意を反映したものにならない可能性が大

法律に則って、段取り手順を追ってすれば(理解していなくても)それでいいのか
という問題は、実は人としての良心の問題になる
充分に分かっていないとわかった上でも、法律上に問題がないから粛々と進めていく
というのはどうなんだろう
そこで、変だと気づいた人がいて反対したとしても
数の力でそれが民主主義と開き直ってしまわれたら
何も知らない市民は知らないほうが悪いで済まされてしまうのだろうか

実際のところ、この市道東新町桜淵線が市議会で付け替え道路として決まっていることを
果たしてどのくらいの人が知っているのだろう
そのみんなが知らないことをベースに作られた案について
どう思うかと聞かれても、それは答えようがない

議員の実力、政務能力は優劣があっても仕方ないと思うが
安易におかしなことをほったらかしにするのは
人として本当にどうなんだろう

自分の町は変なことは無いと思っていたが
こんなに変な事になっているとは、、、

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本当にこれでいいのか、新城市の住民投票案

2015年03月28日 08時20分47秒 | 住民投票・市庁舎・リコール・市政

先日の新城市議会本会議で新市庁舎に関する住民投票の実施が可決された
その住民投票の内容は

これは、一体何だろうか
これで選択しなさいと言われても果たして市民にその内容がわかるのか?
試しに同居人に聞いてみた

市道東新町桜淵線の路線が、その地区の人間ではないから何処のことをいっているかわからない
路線の変更を行わない現計画の見直し とはなにのことかわからない

これで実際の住民投票がなされたとして、それが民意を反映したものか
反映できるのか

いやそもそも、こんなに訳のわからない表現方法を
採択した議員の気持ちがわからない

最初の市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない現計画の見直し
とはなにか
そもそも現計画は、
市道東新町桜淵線の路線の変更を行うものとしている
ならば、
市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない現計画
というものは存在しない
だから見直しなんてできない

見直すのが現計画の一部だけで、路線の変更についてはそのままという意味か?

何がなんだかわからなくなってきた

そこで自分なりの理解の範囲内の解釈は
最初の
市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない現計画の見直し
とは、
今問題になっている市庁舎の計画5階建て9,000平米は
市道東新町桜淵線の路線の変更をすることが前提になっているので
簡単に言ってしまえば、
この案は単純に現計画を縮小の見直しをする(拘束力はないが)というだけのこと
建設費の高騰があるので計画通りにはできないが、少しは縮小しなけばならないか
というくらいの気持ちのもの

2番めの
市道東新町桜淵線の路線の変更を伴う現計画の見直し
とは、住民投票を求める会の対案として出した計画に賛成か
を問うもの
どちらかと言えば最初から考えなおせというもの)

ここで問題なのは、住民投票実施のための署名活動を行うと
前提となる知識、理解が市民間に色いろあるということ

あんなに大きなものはいらん
そもそもなんであんな場所に建てるんだ、151号線の消防署の隣の方がいいのじゃないか
全部やり直し 最初から考えなおせ

しかし議会とか市のほうからすれば合併特例債という期限の縛りがあるものを使うには
今から最初の計画を考える時点まで戻れない
だから現実的には縮小の方法を考えましょう
そのあたりは住民投票を求める会も妥協して
計画の縮小方法として市道東新町桜淵線の路線は変更を伴わない
方法がいいといっている

ここまで書いていて、本当に分かりにくい
この選択がまともに理解されるには大きな前提がある
それは現行案がしっかり理解されているということ

現行案は5階建て9,000平米50億予算ということだけでなく
市道東新町桜淵線の路線の変更が前提となっている

この案の市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない
と言うのは、そもそもの計画スタートの時点での変更を伴わないのか
それとも、現行案の計画の変更を伴わないのかが分かりにくい

問題はこの手の文章は句読点がないので何処で区切ればいいのかわからない

市道東新町桜淵線の路線の変更を伴わない現計画の見直し

とは、取りようによっては現計画は、
市道東新町桜淵線の路線の変更を行わないようにも解釈できる

また、変更をする現計画を前提にした話で
道路の変更を伴わないというのは、計画の道路変更については問題なしとする考え
つまりどの時点での路線の変更かがわからない

実際のところ、こんな案で住民投票するときめた市議会の方々は
市民の代表としてどう考えているのだろう

この住民投票の経緯を悪意で推測すると
まず前提に、住民投票は拘束力を持たないということがある
市民は住民投票をしなさいと声を上げた
なら、することにしましょう
しかし、その内容は現実的に時間に間に合うような方法しか選べない
つまり、現行案の縮小版と他の案
この選択がややこしいから票は分散する
そして最初の案が少なくて、一から考えなおせというトーンの
2番めの案が多くても、結果に拘束力はないから
現状の縮小案で現実には実施する
市議会、市長からすれば住民投票をしたと言う事実だけが残る

市議会議員にモラルとか何かを求めるのは
期待しすぎるほうが悪いのか

ところで最初に戻って、
自分のこの2案の取り方が間違っているかもしれない
と不安になった

つまり、良くわからないというのが本音

いったいこれで物事が進んで本当にいいのだろうか?

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