最終回の視聴率は32%ほどで、関東、関西、中部などどの地区でも高かったらしい
水戸黄門のような勧善懲悪のドラマ「半沢直樹」で、スッキリしたひとも多かったらしいが
最近はストーリーを楽しむよりは、役者さんの表現技術や意欲の方に関心が行く
人間の複雑な感情を顔という表に出るもので、如何に見ている人の想像力を掻き立てるか
その工夫が役者さんそれぞれで、なかなか面白い
今回はみんなが競って大げさな演技をしていて、現実社会ではあんなに大きな声で話すことはないので
作り物だな、、とは感じるものの、それで良し、楽しもうと思えば十分楽しめる
最終回は予定調和のような勧善懲悪が果たされて、視聴者にスッキリした感情を与えることになったが
今の時代、、もうネット上では「あのセリフが良かった」とのランク付けが起きているようだ
その中には、柄本明演ずる箕部幹事長の「記憶にございません」の言葉に対して
「記憶にないですむのは国会答弁だけの話です」世間では全然通用しないと言い切ったところが
スッキリした、と思った人が多かったらしい
言質を取られない「記憶にございません」とか、これに類するその世界にしか通用しない言い回しや理屈が
まかり通っているところは、何も国会の専売特許ではなく、情けないことに地方議会でも同じようなことは見られる
ドラマでは、箕部幹事長の謝罪(土下座)のようなかたちでケリはついたかたちにしているが
実社会ではこの「自らの間違いを認める」ということはほとんど不可能なようで、そのためにいつまで経っても
モノゴトが解決することはない
つくづく、人は自らの間違いを認めるのが嫌いな生き物だと実感する
(だが、そういう自分も自己正当化する傾向は否定できない)
でも不思議なのはこのドラマが高視聴率であって、先にあげたようなセリフが評価されているにもかかわらず
現実世界では「記憶にございません」とか「記録は破棄しました(?)」とか、「それ以上の調査はいたしません」
と一般人の神経を逆なでするようなことをして(世論調査でもこの部分は評価されていなくて)も
いざ内閣の支持率を調査すると、苦労人とかパンケーキが好きとか、、本質と関係ないようなところで
支持率は高止まりしている
庶民の勧善懲悪を求める気持ちと、現状維持で良しとする気持ち
個人の中でどちらを選択すべきか、、と熟慮することなく
あれはあれ、これはこれ、、と反射神経のように、世論調査とか支持率の問に答えている(と思われる)日本人
人は必ずしも理性の部分のみで判断を行うものではないとしても、それでもやはり不思議に思えて仕方ない
この傾向は日本人特有のものかどうかは、メディアの影響力も含めて社会学的な研究対象になりそうなのだが
誰か取り組まないのだろうか
ところで、最終回前に原作本を読んだ
大概の場合、活字のほうが想像力を掻き立てて高評価を得ることが多いのだが
(ハリーポッターは本のほうが面白い)
「半沢直樹」に関しては役者さん熱気とか熱い演技のせいもあって、感情を伴う人間ドラマとして
本よりは良かったかもしれない
あまり好きなタイプではなかったが、上戸彩演ずる花ちゃんは、安らぎを覚えるような役どころで
好印象をもった(彼女はこの役で得した感じ)
あと男が気になるのはどうしても女性となるが、全然知らなかった女優さんで開発投資銀行の責任者を演じた
西田尚美さん、この方最初、阿川佐和子さん?と勘違いしたが、こういうタイプは好きだな、、、
と本質と関係ないところで楽しんだりできた
それにしても「記憶にないですむのは国会答弁だけの話です」と言い切れる社会が当たり前になれば良い
とつくづく思う