パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

メルヘン  春の夢

2007年06月12日 22時33分37秒 | 創作したもの
 自分の心がまだ今程疲れてなく、希望に燃えていたころ
 勢いに任せて創った小さな物語
 自分は臆病だったのかもしれない、との自戒の意味を込めて
 今初めて公にするのものです
 読み返すと恥ずかしくなったり、勢いだけの部分もあるけれど
 絶対に戻れない感覚が愛おしかったり、懐かしかったりします
  
    メルヘン            
    春の夢

 青年は久しぶりに山に登ってみた。  
そして、山の中腹から春霞の中にひっそりとたたずむ京の町を見ていた。   
腰をおろした辺りには、淡い赤色をした花がさき乱れ、白や黄色の蝶がまるで笛の旋律のように飛び交っていた。   
ゆらゆらと揺れる京の町は、昼食の用意だろう、煙突から薄青い煙りがたなびき、ずっと向こうの反対側の山からは、白い雲が小さく一つ二つ浮かんでいた。 青年は思わず目を閉じて草の上に横になった。              
 何もかもが久しぶりだった。チク、チクと青年の背中を刺す草も、チ、チ、と鳴く声を発して飛び去る鳥も。    
 いつしか、青年はうたた寝をしていた。   数刻の後、青年は蝶の声を聞いた気がした。                ひら、ひらと飛び交う蝶は「こんにちは、ずいぶん久しぶりですね。でも、こんなに世界は美しいのにあなたは何故そんなに難しい顔をしているのです。」 と、ささやいた。
青年は答えた。「やあ、こんにちは。何故こんな顔をしているかって。それはね、世界が美しいからですよ。美しすぎるからなんです。 私はね、蝶さん、おそらく嫉妬してるんですよ、美しすぎる自然に対してね。ここから見える世界は美しい、あの青い空も、すぐそこの花も、そして、あなた達も美しい。そして私はそれを深く感じているんです。なんて美しいのかってね。でもね、私にできることといったらそれだけではありませんか。歌に歌おうとしても、それはとてもこの美しさを表しきれない、言葉で言おうとすると、それは口から出るなり嘘になってしまう。 蝶さん、私はね、本当は悲しいんです、何故、私が、あなた達のように世界を美しくする自然の一部でないのかってことがね。それで毎年春になると悲しくなるのです。」            それを聞くと蝶たちは悲しそうに飛んでいってしまった。 
すると、次にはウグイスが話し掛けてきた。              
「こんにちは、ずいぶん悲しそうですね。」              
「こんにちはウグイスさん、とってもきれいな声ですね。どうしたらそんなにきれいな声が出るんです。」    
「きれいな声だって、どうもありがとう。でもね、見てごらんなさい、美しいのは声だけではありませんか。私はね、他の鳥のように美しくないでしょう。だから、私はみんなに見られないように物影で歌っているだけなんですよ。それに、私はね、神様はどんなものにも一つはいいものを与えて下さっていて、それが私の場合には、この声だと思っているんです。だから精一杯歌っているだけなんですよ。」
「いえいえ、ウグイスさん、あなたは他の鳥と比べたって美しくないなんてことはありませんよ。だって、あなたの声だって、姿だってあなた自身のものではないですか。」          
「どうもありがとう。でもね、難しいことは解らないけど、あなたはいい人ですね。私が神様にお願いしてあげましょう。早く悲しみが消えるようにね。では、さようなら。」 そう言ってウグイスはとび去ってしまった。             「なんて悲しそうな顔をしているんです。」                
今度は花たちが話し掛けてきた。「さっきから話は聞いていましたよ。そして、私達は、あなたに多くは語ってあげられないけど、一つだけ教えてあげましょう。 それはね、あなたもやっぱり美しいということです。気づいていないかもしれないけど、美しいものを持っているということです。どうか、これからも、ずっと、その美しいものを持ち続けて下さい。何が美しいかって。それは自分で見つけて下さい。 いつか、きっと解ると思いますよ。」         
青年は、急に寒くなって体を起こすと、空はもう暮れかかりカラスが群れをなして夕焼けの中を飛んでいた。    
それから何回となく季節がすぎ、青年も年をとり、老人となった。   
 そんなある日、老人は思い立って山に登ってみた。すべてはあの時と同じだった。花も、鳥も、雲も、そして、人間たちのささやかな営みも。老人はあの時と同じように、草の上に座りぼんやり眺めていた。そして、口の中で何かをつぶやいた。すると、老人の周りには、蝶や鳥が集まってきて、老人の肩にとまりはじめた。 いつしか時が流れてゆき、老人の姿は、幸福そうな石の像の姿になっていた。

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