イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

嫌いな人が好きになる方法!2/4(共感⑧)

2010-08-04 | 第十章「今ここでの恩寵」
ブログを書き始めて、もう4年以上になる。最近は毎日書いているので、分量も多くなってきている。

 そんなこともあり、検索エンジンで自分のブログを調べたりすると、こんなことも書いていたのだと、他人のブログを見るように感心したり、同じようなことを何回か書いていて、嫌になったりする。自分で書いたブログという感覚もあるが、何か他人が書いたブログという感じもする。

 そういえば、自分の身体も、DNAの働きで常に細胞ベースで再生されている。そして、例えば10年前の自分と今の自分は物理的にも殆ど違っていると考えるのが正しいようだ。

 そんな、心理的にも物理的にも決して連続していない私という存在であるが、不思議なことに、私が私であるという認識は、ずっと幼いころから保ち続けている(これは脳科学の最新のテーマでもあるらしい)。

 しかし、自分は何なのだろう。そして、何と漠としている存在なんだろう。

 そんな自分を棚にあげて、嫌いな人にはやたらと型に嵌めたように厳しかったりする。例えば、今ここにCさんがいるとする。そして私は、Cさんに会って嫌いという感情が湧き起る。それが、今ここでのCさんの所作から湧き起るだけでなく、時には、3年前のCさん(借りにC1さんとしよう)をふと思い出したりする。5年前のC2さん、10年前のC3さん・・・そんな過去の分身のような存在がこころの中に浮かび嫌いという感情が高まる。過去のCさんたちからの、感情転移が今ここで起き、畳みかけているようである。

 今ここで、Cさんを嫌う時、こうした過去の影からの感情転移(考えてみれば未来を想像してからの転移もあるかもしれない)もあるのだと知ると。今ここのCさんを感情的に変に誤解しないで済むようになるようだ。

蛇足ながら、嫌いな相手であっても、必要な主張をしたりされたりするなかで、こころの中に湧き起る、理不尽な感情転移に気付かされたり、気付かせたりするようだ。正しい自己主張はやはり必要だ。

共感⑧(暮らしの中のカウンセラーの基本の基本 18/30)

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