イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

8月に真善美をより深く味わう!(純粋と一致④)

2010-08-10 | 第十章「今ここでの恩寵」
 昨晩は、「被爆した女たちは生きた~長崎県女、クラスメイトたちの65年~」を観たが、いろいろ考えさせられた。いろいろな見方があると思うが、生き残るということはどういうことなのだろうかと私は考えた。

 人は、身体と心(生育史からなる)、そして魂(霊性とか生命体でもよいかもしれない)からなると考えると、一番判りやすいのは身体が生き残るということなのだろう。そのためには、時には他人にかまう余裕もない時もあろう。食べることも、結婚したり子供を養ったりすることもある。病と闘わなければならないときもあるだろう。身体は大事なのだ。
 
 先に亡くなった、家族や友達・学友を考え悩むことは何なんだろう。物理的な確かさを求めて、遺骨を手にしたりする。やはり、生育史・こころの世界の問題は大きい。恐ろしい事実を、どう解釈していくかは、本人だけしかできない。罪の意識も本人の解釈の問題として、当然出てくる。

 そして、魂の問題もでてくる。良く判らない内に、死んだり生きたりする。慰霊・鎮魂の祈りは人間の基本的なものだと思う。

 番組の最後の方で、クラスメイトが慰霊碑に白いバラを手向けるか、赤いバラにするかを考えて、赤いバラにしたというエピソードがあった。変な倫理道徳にとらわれず、純粋と一致(心と身体と魂)で祈り生き抜く姿が見えた気がした。


純粋と一致④(暮らしの中のカウンセラーの基本の基本 24/30)

人気blogランキングへ・・1クリックで燃えます!感謝しています!!!