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宮崎信行の国会傍聴記

元日本経済新聞記者の政治ジャーナリスト宮崎信行が衆参両院と提出予定法案を網羅して書いています。

小沢和子さんが小沢一郎さんに三行半 放射能怖い 党員停止だから岩手行かない 秘書に命じて塩買い占め

2012年06月14日 10時01分20秒 | 人物


 小沢一郎さんが2011年3月中旬の東日本大震災や東京電力福島第一原子力発電所の水素爆発の後、東京を出て避難したり、岩手県庁訪問を「党員資格停止中だから」と断ったり、塩の買い占めを秘書に指示したり、千葉の漁協で「風評がひどい」と陳情を受けて釣りを中止した上、もらった魚を捨てさせ、産地から届いた野菜とともに鳥の餌にしたり、長野の別荘地に秘書出身の衆院議員が経営する建設会社名義で土地を買ったりしていた疑惑が浮上しました。

 小沢一郎さんと結婚していた新潟県最大の建設会社「福田組」の前会長の令嬢である、小沢和子さんが岩手4区の複数の支援者に昨年11月に送った手紙のうちの1部として、週刊文春2012年6月21日号が報じました。14日発売。定価380円。ぜひ、書店、コンビニ、キオスクなどでお買い求めください。あるいは公共図書館にも週刊文春が多いので、次号発売後は、コピーも可能となりますので、ぜひお手にとっていただきたく存じます。

 小沢一郎さんは衆議院岩手県第4選挙区選出の衆議院議員で、小沢グループ(新しい政治研究会)の会長。1997年12月に新進党を解党しました。

 小沢和子さんから後援者への手紙は便箋11枚に自筆でしたためられています。一部は写真になっているほか、受取人が特定される部分と隠し子の母親の実名部分以外はすべて活字にして掲載されています。

 「まだ強い余震がある中、お変わりございませんか。」で始まる文面。

 「被害の余りの大きさに胸がつぶれる思いです」「何もできない自分を情なく思っています」。書かずにはいられないという和子さんの思いを感じます。そのためか、虚心坦懐にすべてをぶちまけている印象。

 「このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げ出しました。岩手で長年お世話になった方々一番苦しい時に見捨てて逃げだした小沢をみて、岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました」。この「離婚」が法律上の離婚成立かどうかは現時点では不明。

 そのうえで、8年前の隠し子発覚について、触れ、小沢一郎さんが小沢和子さんに対して「田中角栄先生が紹介したから」和子さんと「結婚した」と言われ、「どうせお前も地位が欲しかっただけだろう」と言われたそうです。

 このようなきっかけで、11枚の手紙になったわけですが、先に放射能について。手紙の終盤には「(当時官邸で首相をしていた)菅さんが放射能の情報を隠していると思ったらしく相談を始めました。自衛隊幹部や文科省の役人に情報収集をしたようですが、発表以外の事実は得られず、それなら菅内閣を倒し、誰でもいいから首相にすえて情報を入手しようと考えたようです。この結果、不信任決議をだされ政治が停滞したことはご存じだと思います」。

 小沢さんは自民党時代は防衛族議員ですし、文部科学省の前身組織の一つである「科学技術庁」の科学技術政務次官を三木内閣で務めています。このときは、就任前に放射能漏れ事故があった原子力船「むつ」の再稼働に関する法案(日本原子力船開発事業団法の一部を改正する法律案)について、佐々木義武・科学技術庁長官(国務大臣)の代わりに、第77回通常国会で趣旨説明しています。

 とはいえ、発表以外の情報は得られなかった、と小沢和子さんは証言しています。

 放射能に関しては、2011年3月16日朝、公設第1秘書が小沢和子さんに「内々の放射能の情報を得たので、先生の命令で秘書たちを逃がしました」「先生も逃げますので、奥さんも息子さんたちもどこか逃げる所を考えて下さい」と行ったとのこと。和子さんは秘書に「国会議員が真っ先に逃げてどうするの!なんですぐ岩手に帰らないのか!内々の情報があるならなぜ国民に知らせないのか」と聞き返したそうです。

 和子さんが避難しない意向を秘書が小沢一郎さんに伝えると、小沢一郎さんは「じゃあしょうがない。食料の備蓄はあるから、塩を買い占めるように」と書生に買いに行かせた、と和子さんの手紙には書いてあります。

 3月15日に、国会議員6人が県庁に行き、知事と会談した際には、「一緒に岩手に行こう」と誘われたものの、小沢一郎さんは「党員資格停止処分を理由に断っていたこともわかりました。知事に止められたのではなく放射能がこわくて行かなかったのです」と和子さんは手紙で支援者に明かしています。

 されに、3月21日には、秘書が和子さんに東京の水道は汚染されているので料理は買った水でやってくださいと言われて、「私は他の人と同じように水道水を使います」と言うと、秘書は「先生のご飯は僕達でつくります」と言ったそうです。さらには、「洗濯まで買った水でやろうとしていました」。

 「3月25日になってついに小沢は耐えられなくなったようで旅行カバンを持ってどこかに逃げだしました。去年(2010年)、京都の土地を探していたようですのでそこに逃げたのかもしれません」。「実は小沢は、数年前から京都から出馬したいと言い出しており、後援会長にまで相談していました。もう岩手のことは頭になかったのでしょう

 ところが、マスコミが多少余裕ができてきた時期なので、「小沢さんが所在不明だ」ということになり、自宅前に20人くらいのマスコミが殺到。「あわてて避難先から3月28日に岩手県庁に行ったのです」。

 「天皇・皇后両陛下が岩手に入られた日には、千葉に風評被害の視察と称して釣りに出かけました。千葉の漁協で風評(被害)がひどいと陳情を受けると、『放射能がどんどんひどくなる』と発言し、釣りを中止し、漁協からもらった魚も捨てさせたそうです。風評(被害)で苦しむ産地から届いた野菜も放射能をおそれて鳥の餌にする他は捨てたそうです」。

 和子さんは書いておかねばならないことが多かったのでしょう。その気持ちは察するに余りあります。

 2010年夏にも、佐藤泰介・元民主党財務委員長(元参院議員、日教組)、高嶋良充・元民主党・新緑風会幹事長(元参院議員、自治労)らと京都・鴨川沿いで遊ぶ姿が日本テレビの望遠レンズで撮影されたことがありました。

 ぜひ、小沢さんは説明してください。

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[お知らせおわり] 

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