松下忠洋大臣が力尽きました。
国民新党公認・民主党推薦で鹿児島3区で得票率56%で国政復帰。当選5回生ということで閣僚適齢期になりました。
鳩山内閣発足と同時に、経済産業副大臣に。政権交代からきょうまでの3年間、ずっと内閣・政務三役を務めているのは松下さんを含めて2人しかいません。
経産副大臣として「3・11」を迎えて、原発担当に。そして、復興副大臣を兼務。待望の初入閣は金融担当大臣(兼)郵政改革担当大臣となりました。
おとといまでの229日間にわたる第180回国会のさいちゅうの2月10日に復興庁が発足しました。5月30日の衆議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会で、復興交付金について「前回は査定庁と酷評されました。今度は真骨庁(真骨頂)と褒められました。三回目は絶好庁(絶好調)だ、こう言われて、どうしようかと思っているんです」と答弁し、野党から「絶好庁はちょっとやはり言い過ぎではないか、悪乗りすると後が大変かなと思っております」と叱られました。
原発、復興、金融・・・この連鎖のなかで、3年間走り続けた松下大臣。物事を最後まで責任を持って仕上げない民主党議員を見るにつけ、松下大臣は責任感を持つすばらしい政治家だったと考えます。さすがは自民党出身者だ、さすがは経世会(平成研)出身者だと感じます。
私はこのブログで、民主党・国民新党政権で、75歳未満の政治家が一人も亡くなっていないと指摘しましたが、その直後、国民新党の73歳の現職閣僚が旅立ちました。
これが政治なんですよ。政治家は命懸け。その言葉をかみしめています。
これで、鳩山内閣発足以来、ずっと内閣・政務三役を務めている政治家は、野田佳彦さん(千葉4区、財務副大臣→財務大臣→総理大臣)ただ1人となりました。
流星
門にたち出でたゞひとり
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
島崎藤村『若菜集』より。
なお、10月28日(日)に衆議院鹿児島3区補欠選挙が行われる見通し。
松下忠洋(Matsushita,Tadahiro 1939-2012)。
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[画像]河内隆(かわち・たかし)新・内閣総務官、2012年7月31日、参議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員会、参議院インターネット審議中継から。
野田佳彦内閣は通常国会閉幕明け最初の平日となった2012年9月10日(月)、内閣総務官に河内隆(かわち・たかし)さんを起用しました。4日(火)の閣議で決定済み。
衆議院解散(日本国憲法第7条の天皇の国事行為)の際に、閣議決定書を官邸から皇居宮殿に運び、天皇陛下の詔書をいただき、国会に行き、お盆のうえにふくさに包んだ詔書を内閣官房長官に渡すという大事な役目を担います。このクラスの官僚で、モーニングを着るのはかなり珍しいでしょう。河内さんもモーニングを新調しているのではないでしょうか。
河内さんは東京都出身、東大法学部卒。1982年(昭和57年)自治省入省。内閣官房が長く、内閣情報調査室(内調)の任務にも従事しました。現在、首相秘書官と内閣官房副長官に、自治省・総務省の官僚が一人もいない状態であることから、自治省・総務省からの起用となった可能性が考えられます。
上の画像は、前々任者の千代幹也・内閣総務官(昭和51年、運輸省)がふくさに包んだ詔書をお盆に載せて、衆議院本会議場裏のサロン(議長応接室)に控え、内閣官房長官(河村建夫さん)を待つ緊迫の場面です。2009年7月21日、政権選択解散の正午過ぎ、NHKニュースから。
原勝則・内閣総務官(昭和54年厚生省)は厚労省に戻り、老健局長になりました。内閣総務官が昭和51年入省、昭和54年入省、昭和57年入省と3年ごとの年次で来ていることから、衆議院の任期をにらんだ人事配置に思えますが、原さんは残念ながら、衆議院解散詔書を運ぶ大任はチャンスが回ってきませんでした。原さんは官僚としては珍しく早大政経学部卒業生で、同じ早大政経学部の野田佳彦首相の1年先輩になるかと思います。ただ、早大政経学部出身の首相が早大政経学部出身の内閣総務官に皇居への参内を命じるというのは、建学者の大隈重信元首相もビックリの光景となるところでしたが、早大政経学部教授・同窓生は政治に対して「傍観者たれ」という態度が徹底されており、「備えよ常に」という当事者意識はまったくゼロ。特段の関心・応援がなかったこともあり、官邸詰めが長い東大法学部出身の内務官僚(自治省)が内閣総務官に収まるという順当な人事に収まりました。
河内さんの自治省同期は、古川康・佐賀県知事。このほか、霞が関同期は、大村秀章・愛知県知事(農林省)、片山さつき参議院議員(大蔵省)、菅谷さんに頭を下げた石川威一郎・栃木県警本部長(警察庁)らがいます。
で、いつ衆議院解散になるかということですが、私の読みと民主党長老の意見は現在一致しています。それについては、今後の政治日程by下町の太陽で時期を明示していますので、そちらをご覧ください。
河内内閣総務官が、長期休暇でバカンスに行ってくれると、みんな楽なんですけどねえ。
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[写真]第17回代表選挙に立候補した野田佳彦候補、赤松広隆候補、原口一博候補、鹿野道彦候補。
まさに胸が張り裂けんばかりの思いです。
「与党らしい規約」である2012規約が初めて適用された、わが党の第17回代表選は2012年9月10日(月)、中央代表選挙管理委員会(柳田稔委員長)によって告示されました。国会議員にくわえて総支部長、地方議員、党員、サポーターも参加する定期代表選で、2012規約により任期は「就任3年後の9月30日」すなわち2015年9月30日までの3年間余り。第46回衆院選を闘う顔になります。
立候補者は、総理の野田佳彦候補(千葉4区)、元農相の赤松広隆候補(愛知5区)、元総務相の原口一博候補(佐賀1区)、前農相の鹿野道彦候補(山形1区)の4候補で、わが党も多士済々になってきたなと万感の思いを持ちます。
残念ながら、野田さん、鹿野さん、原口さんと新進党勢(1994年12月結党、1997年12月解党)が3人立候補してしまう展開となりました。新進党勢鼎立は第1回新進党党首選に海部俊樹候補(当選)、羽田孜候補、米沢隆候補の3人が立候補して以来ですが、これは結党前の選挙でした。結党後では、初めての新進党勢鼎立となってしまいました。これは民自公3党協議体制でなければ、法案が一本も通らない国会情勢から、公明党とのパイプが太い新進党勢が勢いを増しているからと思われます。
それにしても、なぜ新進党勢はもっと仲良くできないのでしょうか。残念です。
オリミン(1996年9月結党)メンバーとしては、日本社会党書記長だった赤松候補が経つことになり、赤松票が、社会党・オリミン・リベラル勢力の第1次与党期における党内での影響力の指標となりそうです。赤松さんは、1期生の自分を野党第1党ナンバー2に抜擢してくれた、山花貞夫・元日本社会党中央執行委員長の息子である、山花郁夫・衆院議員と立候補記者会見をしました。赤松グループ「サンクチュアリ」の会長で、ことし5月11日の会合では1990年衆院初当選同期(90=きゅーまる)の輿石東民主党幹事長が出席。幹事長会見によると、「最後に赤松さんから、幹事長の個人的な考え方でいいから、今選挙をやるべきと考えているかと、こういう質問にお答えをして、ずっと私が言い続けていることを繰り返したことですね。今すぐ解散する状況でもないし、できる状況でもない。とすれば、参議院は来年の7月が任期満了になる、衆議院も任期までといえば8月になる、そういうことでしょうと。今はその任期いっぱい、みんなでやらなければならんことをきちっとやっていく、それに全力を尽くしていくということだと。「そうなれば、じゃあダブル選挙ということも考えられますね」「そうですな」と、こういうやりとりですから。これは普段ずっと私が言い続けていることを言ったということですから、それ以上でも以下でもないと思っています」との脱線発言が飛び出しています。なお、赤松さんは日本通運社員(全日通組合員)時代にパーサーとして搭乗した日通航空機がハイジャックにあい、ハイジャック犯と渡り合ったという武勇伝があります。
赤松さんは社公民路線の牙城である、愛知県選出。愛知県では、公明党の石田幸四郎委員長が、社会党だった草川昭三さん(現・参議院総務委員長)と選挙協力したり、社公民路線発祥の地といってもいいくらいの場所です。民社党の春日一幸委員長・塚本三郎委員長コンビも愛知県ですから、自公民路線・社公民路線とありましたが、いずれにしろ、「公民」はいつも一緒でした。
この代表選は4候補が政策よりも、公明党との近さを競う選挙になりそうです。
もはやトロイカでなければ、もはやオリミンでもありません。もちろん、もはや民主党7奉行でもありません。
これから中期的には、与党であれ、野党であれ、公明党、自民党との3党協議路線を進められる人が参議院選挙制度の抜本改革がない限りは続くことになるでしょう。
ところが、任期が2015年9月まで延長されましたが、新代表は第46回衆院選で敗北した場合は、辞任し、臨時代表選になります。選挙に負けたのに党首が居座ったため遠心力が党内に内包され逆に離党者がボロボロと出てしまったのが新進党の教訓です。野党第1党で3年間、小沢一郎は常に幹事長か党首の座に居座りましたが、一人また一人、あるいは太陽党がどんどん離党していきました。その点、谷垣禎一総裁が権力の亡者である自民党国会議員に加えて、支部長からの離党者を、県連内のトラブルによる離党(近く復党)や支部長の選挙区事情によるたちあがれ日本への移籍を除けば離党者を出さずに党をまとめたのはすばらしい実績であり、総裁選不出馬は栄誉ある撤退です。二大政党史に残る大きな功績です。
ということは、次の代表選は早ければ11月にもあるかもしれません。この野党・民主党の代表(2012規約第10条にもとづくネクスト首相)の選挙が仮にあったら、細野豪志さんが最有力だったと思います。細野さんが野党代表として月曜日に国会で論戦し、平日も含めて47都道府県を回る。先輩を幹事長にすえて、各種団体とのパイプ役と国会対策を任せる。口うるさいベテランはネクスト・キャビネットに鎮座ましましてもらう。第2次野党期においては、もはや新進党でもないもはやオリミンでもない細野民主党がもっともうってつけの体制で、第47回衆院選での政権獲得に向けて民主党の持てる資源を最大限に引き出せたでしょう。どういうわけかフライングが起きてしまい、最有力候補から一気に転落しました。なぜ我慢できなかったのでしょう。側近議員のうち、小川淳也さんは地元活動が不足していると以前から指摘されているほか、二人三脚で活動してきた参院議員が1次公認から外れる事態となり、自分の選挙を最優先に考え、判断を誤ったのでしょう。が、あの中には英国留学歴がある議員もいるんですよ。ブレアやキャメロンが党首になった背景を調べておけば、それくらい分かりそうなものです。ましてブレアもキャメロンも閣僚経験無しに党首、首相になっています。あまりにも先の展望に欠いているとしかいいようがありません。猛省すべし。
ちなみに、わが党が国政選挙で最も多くの落選者を出し、議席占有率も減らした第44回衆院選(郵政選挙)の民主党選挙対策委員長は、自身は小選挙区で勝ち残ったものの責任をとり辞任。ところが次の執行部では幹事長代理を務めています。メンバーが減ったのでやりくりがつかないわけです。だから、民主党非主流派は残り1年未満の任期なので、代表選で頑張るよりも、地元で頑張り、何が何でも勝つないしは惜敗率を高く積み上げる。そして、第2次野党期になれば、自然と浮上します。ダメな上司が落選して消えてくれるんだから、国会や政党というのはうらやましい限りの働きやすい会社ですよ。
民主党代表の投開票は21日(金)。自民党総裁は26日(水)に決まります。
総理大臣の選択権を国民の手に取り戻す。取り戻すというよりも、普通選挙以降で考えれば、初めて手にすると言っても過言ではありません。それが現実となる実りの2012年秋となりそうです。
「野田圧勝」で民主党内を一枚岩にして、第46回衆院選での国民の選択肢を明確にしましょう。社会主義者とリベラル思想者の残党を掃討し、わが党が健全なる保守・新しい自由主義政党であることを明確にしましょう。衆参民自公が一丸となって、新進党を解党した小沢一郎の息の根を止めましょう。
その大事な一歩です。
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