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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

人は今、なぜ「聖地」へ向かうのか

2013-12-19 23:08:40 | 講演・講義・フォーラム等
 講師は云う。現代になって、人が「聖地」へ向かう理由(わけ)に変容が見えてきたと…。人はそこに聖性よりも、他者との交流を求めているというのだが…。 

 8回に渡って続いた北大の公開講座「現代の『聖地巡礼』考」もいよいよ最終回を迎えた。その最終回が12月16日(月)夜、 「人は今、なぜ『聖地』へ向かうのか ~聖地巡礼から聖地ツーリズムへ~」と題して、北大大学院メディア・コミュニケーション研究院の山田義裕教授によって行われた。

 山田教授はこれまでの7回の講義を概観したうえで、最近になって顕著に見られるある聖地巡礼ツーリズムの現象を取り上げられた。
 それはスペイン北西部にあるサンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂への巡礼である。ここの大聖堂には聖ヤコブの遺骸が祭られているということでローマ、エルサレムと並ぶカトリック教徒の三大巡礼地になっているということだ。

          
          ※ 巡礼者が目ざすサンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂です。

 歴史を辿ると、サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼は11~14世紀にかけては大変盛んであったらしい。(最盛期は年間50万人もの巡礼者があった)それが15世以降はさまざまな理由から巡礼者が激減してしまい、1980年代には年間2500人にも届かぬほどだったという。
 それが1993年に世界遺産に登録されたことなども手伝い、目に見えて巡礼者が増えだしたそうだ。山田教授は2010年に巡礼者のことを描いた映画「星の旅人たち」の影響も大きいという。巡礼者数の推移をみると、2010年は聖ヤコブ年とも重なったこともあり25万人を超える巡礼者で溢れたという。

 サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼の特徴は非常に長い距離を歩き続けることにある。サンティアゴ・デ・コンポステラへ至る道はさまざまなルートがあるが、「フランスの道」というルートが主要なルートで約800Kmの行程を30~40日かけて歩くそうである。
 自転車や馬によるものもあるようだが、80%を超える巡礼者が歩いてサンティアゴ・デ・コンポステラを目ざすそうだ。

            
            ※ スペイン国内に引かれた赤い線が「フランスの道」です。

 何十日も歩くとなると、当然ルート上には宿が必要となる。ルート上には巡礼者のための格安の宿アルベルゲが提供され、その宿にはオスビタレロという巡礼経験者が巡礼者をお世話するボランティアが存在するという。
 宿では巡礼者同士、あるいはオスビタレロと巡礼者の交流が頻繁に行われるようだ。そして今、巡礼者はそのこと自体(他者との交流)により大きな意義を見出していると山田教授は云う。

 そして山田教授がサンティアゴ巡礼者にとっての『聖性』について、巡礼者は神聖を感ずるのはサンティアゴではなくて、そこへの道程を通じて「聖化された自己」を見出そうとしていると指摘します。つまり現代人は「神から自己」へ向かっていると…。
 さらに長距離を歩くという危険で過酷な体験そのものに巡礼の意味を見出し、自分の「身体的・精神的苦痛は他の巡礼者にも共有されている」はず、という「他者とつながり」を巡礼者は感じているという。そこには「神から自己」、そして「自己から関係へ」と昇華し、「他者との出会いの場としてのサンティアゴ巡礼路」となっていると山田教授は結論付けた。

        
        ※ 巡礼路「フランスの道」を巡礼者が歩いています。

 山田教授の「聖地」についての解説はなお続いたが、本論との関係性はそれほど深くないと判断し、省略する。
 今回のサンティアゴ巡礼についてのお話を伺い、あるいは私と同じ思いを抱いた方もいるかと思われるが、日本における四国八十八カ所を巡るお遍路さんのことが思い浮かんだ。
 果たしてお遍路さんにもサンティアゴ巡礼者と同じような傾向が見られるのだろうか? そのことには残念ながら一切触れられることがなかった。本講座は質問コーナーもなく、そのことを質す機会もなかったのは残念である。

 10月21日から始まった本講座は8回にわたって8人の先生方がさまざまな角度から現代の「聖地巡礼」について語ってくれた。話が私にとっては難解を極めることもあったが、知的好奇心をおおいにくすぐられた講座だった