時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

城門は開かれるべきか:外国人・単純労働に門戸開放? 

2018年06月01日 | 移民政策を追って

 

復元されたヴィク=シュル=セイユ(フランス、ロレーヌ)の城門
 

先日、東京山手線のある駅に隣接するコンビニ店に入ったところ、その前の月は4-5人の日本人ばかりだった店員の全てが外国人、それも東南アジア系の男性であることに気づき、一瞬目を疑った。キャッシュレス化したレジでは片言の日本語でも大きな問題はないが、現金のやりとり、商品の質問などについては、仲間に聞きに行ったり、心もとないところもある。他方、人手不足で閉店に追い込まれたコンビニも増えてきたようだ。いずれ、こうした事態が起きることは、かなり以前から予想されていたことではある。

そうしたなかで新たな外国人労働者受け入れ策として、日本語が苦手でも就労を認め、幅広い労働者を受け入れるのを特徴とするという訳の分からない理由の下に、新政策を導入するとの新聞記事を読んだ。2025年ごろまでに建設、農業、宿泊、介護、造船業などの5分野で50万人を越える就業を想定するという。今頃になって、なんとも気の抜けたビールのような感じと言ったら良いだろうか。「働き方改革」法案もそうだが、目先の問題にのみ目を奪われ、来るべき労働市場の構想が見えていないあるいは構想自体がほとんどないままに目前のことだけに対応しようとする政策が多い。上述の5分野にしても日本人が働かなくなった労働条件が厳しい職場がほとんどだ。しかも、仕事上危険が伴う可能性が高く、正確で、微妙な意思疏通が必要な領域だ。日本語での適切な情報伝達と理解なしに、安全で人間的な仕事環境は生まれない。

この国の政策には、成り行きまかせ、あるいはおざなりという印象を与えるものが多い。過去の経験から何も学んでいないとしか思えない。国際的にも悪評の高い「技能実習制度」はその代表だ。以前から労働条件の悪さに失踪するなどの問題が多発している。現代のような情報社会では技能実習生の名の下に、劣悪な労働条件で働く外国人労働者を他へ移動できないよう束縛することは人道的にも問題であり、失踪、逃亡などが発生することも不可避だ。

労働者送り出し国の産業育成のために、日本で習得した技能をもって貢献するという本来の目的は、当初から重視されることはなく、実態は単純労働者を受け入れの隠れ蓑になってきた。制度自体が形骸化してしまっていて、本来目的であるべきであった方向とは全く別のものになっている。

その点の反省もないままに、単純労働者の多数受け入れのために、名前だけはもっともらしい「特定技能評価試験」(仮称)を新設し、合格すれば就労資格が与えられるという。さらに、日本語についても「ややゆっくりとした会話がほぼ理解できる」水準ならよいという。これまで日本語の能力が改めて強調されていたことに、どう答えるのだろうか。受け入れ国の国語能力の向上は、ヨーロッパなどの外国人労働者受け入れに際して、社会的・文化的摩擦や犯罪を防ぐ上でも重要度は増している。そうした点を軽視して、ただ労働力として人手不足を軽減する手段とするのは、格差拡大が深刻化しているこの国の労働市場に、さらに下層の労働者層を作り出すことになる。外国人受け入れは専門性の高い労働者からというこれまでの発言とどう整合させるつもりか。「働き方改革」法案とほぼタイミングを併せての提案だけにその意図は見え透いている。

人口政策に失敗し、激しい労働力不足が避けがたい日本にとって、低熟練の外国人労働者を受け入れることも検討しなければならないことはかねて論じてきた。問題はその方法と時期である。この問題については筆者はかなり以前から可能性を示してきた。しかし、アメリカ、ヨーロッパなどの多くの国がどちらかというと閉鎖的方向にある時に日本がほとんど議論なしに、多数の不熟練労働者を受け入れる政策には疑念を抱かざるを得ない。高度なスキルを持った外国人を優先して受け入れるとのこれまでの政策とは、どう関連するのか。新たな低賃金労働者層が形成される可能性がきわめて高い。

これからの時代を見据えて政府が行うべきことは、現行の欺瞞的とも言える「技能実習制度」を解体し、未来のさらなる人口減少に対応しうる、受け入れ目的が透明な制度を再構築すべきだと思う。このままでは2020年以降の社会的な大混乱は避けがたい。オリンピック以後、訪日の「目的」や「期間」を越えて滞在する外国人は一段と増えるだろう。来日して日本が嫌いになる人もいれば、ここなら永住したいと思う外国人もいる。その中で「移民政策」の名を掲げなくとも、実質的に母国へ戻ろうとしない外国人の数が増加する可能性は高い。今日、EU諸国やアメリカが直面している難問だ。滞在許容年数を長期化するほど、熟練度は高まったとしても、社会的摩擦は増加することは確かめられている。

格差拡大が深刻な問題となっているこの国で、低賃金の外国人労働者を受け入れて、労働者の数だけは確保しようという制度の底はすでに割れているとしかいえない。

 

j
「外国人、単純労働に門戸、建設や農業 25年に50万人超」『日本経済新聞』2018年5月30日

追記:2018年6月6日、TVなどのメディアは、日産自動車が自社の外国人技能実習生45人に、国へ届け出た計画とは異なる作業をさせていたことを報じている。5月には三菱自動車で同様に、実習計画とは異なる作業をさせていたことが分かっている。本来、スタッフなどが充実しているはずのこうした大企業ですら、「技能実習制度」を遵守していないという事実は、度々指摘されるように、いかにこの制度が欺瞞に満ちたものであることを示している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壁は壁でも:トランプ政権下の移民政策

2018年04月12日 | 移民政策を追って

 

トランプ大統領という型破りの人物がアメリカの政権についてから、世界はかなり振り回されてきた感がある。しかし、次第にその手法が分かってきた。野球に例えると、制球力にはかなり難がある。しばしば暴投やビーンボールに近いボールまで投げ、直球一辺倒で押してくる。ストライク・ゾーンをかなり外れていても意に介さない。当面、後継のブルペン投手がいないから乱調でもしばらく彼に任すしかない。打者がのけ反るようなボールを投げてみて、反応を見るようなところがある。打者としては次にどんなボールがくるか分からないので、ちょっと怖い。このたびのシリアでのミサイル攻撃の可能性を示唆する動きもそのひとつだ。

軍隊による壁防備
移民問題についても同様だ。4月3日、トランプ大統領はアメリカ・メキシコ国境の不法入国者を取り締まる方針をさらに強化するとして、国境に軍隊 National Guardを派遣することを大統領令として発表した。これまで例がない対応だ。戦時を除き、法律の施行を軍事力で強制することは認められていない。こうした政策を議会を通すなど正規の経路を通すことなく、ツイッターなどの安易な方法で強行ことも常套手段となった。

テキサス、アリゾナなどが当面の対象となる。アリゾナのノガーレスでは国境パトロールに加えて 250人の州兵が警備に当たることになった。テキサス州でも450人が配置される。名目は、国境の壁の完成まで警備の任につくとされる。背景には国境で拘引される不法移民の数がトランプ大統領になってから顕著に減少していることがある。越境を試みる者は強化された国境コントロールで、拘束され失敗する可能性が高いことを察知しているので、越境自体をあきらめたり、先延ばしにしている。この状況をさらに厳しくして越境者に圧力をかけようとの考えのようだ。

”聖域”とも対決
さらに最近では、正規の滞在許可証を保持しない不法滞在者の3分の1近くが集住しているとされるシカゴ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、カリフォルニアなどの”聖域”とも対決し、最高裁の判決が下りるまでは連邦予算の削減まで示唆して、強硬な対決を辞さない。彼らが多く居住する州は、ネヴァダ7.2%、テキサス6.1%、カリフルニア6.0%などが多い。

アメリカの総人口3億2千6百万人の中で、滞在許可証を持たない不法滞在者は11百万人と推定されている。さらに、これら不法滞在者の家族とともに居住している18歳以下の子供たち(アメリカ生まれで合法な市民)は590万人近いと考えられている。不法滞在者の母国はメキシコが56%、グアテマラ7%、エルサルバドル4%、残りはその他の国から来ている。

軽視される人道的観点
トランプ政権になってから、不法移民の逮捕、送還の施策が強化された。アメリカの移民政策は国境壁をあらゆる手段で強化する一方、国内に居住する不法滞在者については、従来人道的観点が重視されてきた方針を撤回し、家族を分割しても不法滞在者を強制送還するという方向が強化され、該当する家族の間に恐怖感を強めている。

オバマ時代とトランプ政権が成立してから今日まで、両者の考えの差異が次第に明らかになってきた。
トランプ政権になってからの強制送還数は,226,119人で、オバマ時代2016年の240, 255人より少ない。しかし、逮捕者数は143, 470人と比較してオバマ時代で110,104人より増加している。なかでもこれまで犯罪歴のない就労者の逮捕が多い。トランプ大統領になって、ICE( Immigration and Customs Enforcement )などの移民関連部門にオバマ時代より厳しい措置を取るよう指示した。

執行機関であるICEの平服の職員が市中などで不法滞在者を逮捕し、夫(不法滞在)とアメリカ国籍を保持する妻と子供の家族であっても、容赦なく引き離し、夫を本国へ送還するということも見られるようになっている。

一例を挙げると、滞在許可証などを保持しない夫Aは、かつて農業労働者としてメキシコから越境した。過去10年ほどの間、カリフォルニアのセントラル・ヴァレイでブドウ、ピスタチオ、オレンジを摘み取る仕事をしてきた。しかし、滞在許可期限も2006年に失効している。彼は”fugitive allien”(逃亡外国人)と見なされてきた。そして発見され次第本国送還されることになった。犯罪などでの逮捕歴はない。運転許可証も取得が難しいこともあって、交通違反歴もない。アメリカ国籍の妻と結婚し、子どもが二人いる。
2017年にはオバマ時代の倍の非犯罪者を本国送還している。同年の不法入国者数は46年ぶりの最低線へ低下した。トランプ大統領の強硬な政策を恐れて越境を控えた結果であることは想像できる。

問題は少なくも両親のいずれかが不法滞在者である18歳以下の子供が4百万人以上いること。そしておよそ6百万人が不法滞在者と合法的なアメリカ国民とが同居する「国籍混合の家族」mixed status householdsと呼ばれる状況にある。彼らの家族は逮捕、強制送還の可能性がある。さらに親が強制送還されたとき、子どもが孤児化する危険性も高い。

旧態依然の日本の視点
折しも日本政府は2019年4月にも外国人労働者分野で、新たな在留資格を導入するようだ。しかし、内容を見る限り、これまで国際的にも批判され問題となってきた外国人技能実習制度に屋上屋を重ねるような案としか思えない。政府は「単純労働者の受け入れを原則、認めていない」はすだが、現実は単純労働そのものだとの調査や批判は、長年にわたり見聞きしてきたことだ。劣悪労働や失踪などの発生は全く解消されていない。技能実習の5年間が相対的に低賃金な労働力となる可能性は避けがたい。新設される資格は、「特定技能(仮称)」と呼称されるようだ。日本人労働者がさらに一段と人手不足になり、賃金上昇も大きくなることが予想される状況で、こうした外国人が低賃金労働力として求められる可能性はこれまで以上に高い。さらに、制度が複雑化し、制度運用管理者の不足も加速し、外国人にとって透明度が十分ではないことから、事態のさらなる混迷は避けがたい。このままでは何も学ばない日本としか言いようがない。

 

References
‘Ripped Apart: The Cost of America’s Immigration Crackdown’ , TIME, March 19, 2018
「外国人、実習後に就労資格:最長5年本格受け入れ」『日本経済新聞』2018年4月12日

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壁は越えられる

2018年02月27日 | 移民政策を追って

 


平昌オリンピックも終り、TVや新聞のニュースも以前の軌道に戻りつつある。懸念された朝鮮半島での突発事件もなく、スポーツの祭典の目的をほぼ達成し得たのではなかろうか。オリンピックを政治的な目的に利用しようとの動きは見られたが、大きな進展があったとは思えない。

人々はオリンピック以前から続く環境の軌道へと戻ってゆく。前回記したように、いまは人の移動に適した時期ではないが、本格的な春の訪れとともに、移民・難民は目的達成のためにふたたび動き出し、問題は一段と深刻化するだろう。

前回はヨーロッパの最近の事情をみたが、今回はアメリカに目を移してみたい。しばらくメディアから離れていたあのDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)問題に再び注目が集まりつつある。2012年オバマ大統領が行き詰った移民制度改革の中、大統領令で事態改善を図った問題だ。

対象は、子供の頃、親に連れられてアメリカへ何も知らないで不法入国していた子供たちのその後の処遇だ。幼い子供の頃、両親などとアメリカ国境を渡った子供たちが今やティーンエイジャーになっている。しかし、気づいてみると、彼(女)たちは自動車の運転免許証も持てないし、友達と海外旅行をすることもできない。アメリカ入国時に必要な書類を保持していないので、旅券も交付されない。入国審査官や警察官に身分証などの確認を求められた場合、強制送還される恐れがある。

こうした状況に、オバマ前大統領は事態の是正を図り、アメリカ在住の間、犯罪を犯すことなく、規定の学習水準を達成することを条件に、2年毎に更新できる救済策を設定した。これらの救済の対象となる「ドリーマーズ」Dreamers と呼ばれる人たちは70万人くらいと推定される。しかし、トランプ大統領になって彼らの将来は保証されなくなってしまった。オバマ大統領が議会で新たな支出なく制度を実施する手続きを踏んでいないからだとの理由である。

2017年2月、トランプ大統領はこの制度を本年3月5日で廃止すると発表した。しかし、サンフランシスコ連邦地裁などが本年1月、政権のDACA撤廃の大統領令に差し止め命令を出していた。
トランプ政権側は、判断を急ぐ必要があるとの理由で控訴裁判所(高裁)を通り越し、最高裁に上訴していた。これについて2月26日、アメリカ連邦最高裁はDACAの撤廃を審理しないとの判断を行なった。トランプ政権の訴えでは3月5日に打ち切られる予定だったが、現行制度は当面存続することになった。改めて包括的な移民制度改革が必要とされるが、トランプ大統領はかねて主張してきた国境壁の延長増築を具体化する動きに出るだろう。

壁で人の移動(不法移民)を阻止できるだろうか
専門機関(Pew Research Center) の世論調査(2018/1/19)では、「ドリーマーズ」には合法的永住権を与えるべきだとの考えを持つ人々は、調査対象者の74%近く、共和党支持者でも50%近くに達している。
さらに興味深いのは「壁」の増築問題への反応だ。「ドリーマーズ」へ合法資格を与えるべきだとし、「壁」の増築には反対と考える人々は、全体の54%、民主党系の人々では80%に達する。
論及すべき点は多いのだが、直裁にいえば、物理的な壁では不法移民(越境者)の十分な規制は期待できないとの考えが少しずつ増えているようだ。

その理由は、壁はより包括的な出入国管理政策の一部にすぎないからだ。かなり多くの人が今では、国境の壁の構築はそれに要する膨大な費用、必要な時間、管理コストを考えると、非現実だと思うようになっている。アメリカに入国している不法滞在者の実態が明らかになるにつれて、彼らのおよそ40%はアメリカに旅行者などで合法的に入国し、査証の定める期限を越えて滞在しているいわゆる「overstayers」であることが分かっている。

「壁」では不法越境者の流れを阻止できないとなると、何がなされるべきなのか。国境の存在を認める限り、真にあるべき出入国管理政策の構築が焦眉の課題となっている。実はアメリカ以上にこの重大な課題に迫られているのは、人手不足が多くの経営を脅かしつつあるこの国、日本であることに国民はまだ気がついていない。2020年は目前に迫っている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

旅の終わりはどこに

2018年02月19日 | 移民政策を追って

 「長い旅路の果ては」
シリアで戦火に追われ難民となった三つの家族、母親、父親と子供との旅の経路をTIMEの記者が追う。
彼女たちはいずれも旅の途上で出産し、子供と共に苦難の道をたどった。
いずれの家族も現在の地に到達するまでに他の家族以上に制約も多く、苦難な旅であった。
3つの家族のケースは、赤、青、黄色の3色で分別されている。 

”Journey’s End” TIME Dec.25, 2017




オリンピックの開催中だけは、流石に北朝鮮もアメリカも危うい行動は控えているようだ。世界的な異常気象の影響もあって、とりわけ北半球は悪天候、豪雪などで、人の動きにも支障が出ている。移民・難民が目指す地域も、移動が困難になっている。とりわけエーゲ海、地中海などでの冬の海上移動は事実上不可能だ。

“TIME” 誌が昨年3家族について、シリアからの子供連れの家族の長い旅の過程を追う記事を連載してきた。その最終回は、彼らが現在の場所までたどり着いた経路のストーリーであった。

第一の家族(青色)は、ギリシャの都市テサロニキに滞在していたシリア人家族の話だ。彼らが長い旅を始めたのは2012年10月のことだった。内線で危険になった母国シリア国内を2年近く転々とした後、ギリシャへ入国し、難民申請をした。今まではUNHCRが管理する家で、月額Euro550[$646)を生活費として給付されてきた。しかし、この家族の父親は29 歳、とりたてて特技もない農民として生きてきた。失業率が21% にもなるギリシャで今後まともな職につける当てはない。そこで彼は決断を迫られる。ドイツへ行くしかないと。そして、再び難民の集団に身を投じる。2015 年にギリシャの浜辺へたどり着いて以来、2年間も難民でいた彼らにはもうそれしか考えられなくなっていた。

この時はEU側にとっても決断の時だった。国際的には最初の到着國が難民の受け入れ国となる取り決めだったが、ギリシャをはじめとして受け入れ不能を訴える国が続出した。ドイツのメルケル首相が人道主義の観点から寛容な対応を見せ、多数の難民・移民を受け入れて急場を凌いだ。しかし、EU諸国の間にも断裂は深まり、イギリスは2016年にBREXITに関する国民投票を行い、結果として現在イギリスはEUから分離の過程の最中にある。オランダ、フランス、ドイツなどでもこれまで例を見ない国民的亀裂が生まれ、国民それぞれが自分の足元、そして世界をどう見るかという試練にさらされている。

危機は過ぎ去ったわけではない。各国の様々な措置の結果として、難民・移民の数は2015年と比較すると、2017年には海路経由だけに限っても、ヨーロッパに到着した難民・移民は163,000人に達した。その途上で3,000人以上が死亡している。現在でもおよそ200,000人の庇護申請者、移民希望者が認可を求めて、トルコやイタリアの不完全な収容施設で過ごしている。

2017年末までの18ヶ月に渡って、”TIME” 誌はシリアからの難民3家族と行動を共にし、その間の推移を報道してきた。彼らがトルコの沿岸からヨーロッパに向かった時は、少なくも自分たちはヨーロッパにすでに受け入れられている50万人近い同胞の中に含まれると考えていた。しかし、彼らを含めておよそ6万人がギリシャで足止めされ、それ以上先へ進むことを拒まれてしまった。

こうして目標達成途上で、阻止された難民・移民は、EUが定めた「再配置計画」’realocation program’なる方針に沿って、受け入れが認められた国へ移動することになる。これまでのように難民が希望する国(ドイツやイギリスなど)へ移住できるわけではなくなり、不満も多い。こうして混乱したEUの対応で難民たちはいかなる運命を辿ったのだろうか。

問題のシリア人の3家族はそれぞれ、異なる道を進むことになる。第一のケースの家族は若い夫婦と幼い娘の三人だが、7月にドイツへ割り当てられた。しかし、ドイツへ到着後仮設住宅で半年を過すが、何も進展がなかった。2015年、ちょうどメルケル首相が政治面で移民受け入れ反対の極右政党AfDと対決していた頃である。連立政党のCDUまでもがシリア内戦はほぼ終結しつつあるのだからと、難民の送還に賛同していた。今は送還される不安を抱えながら、ドイツ国内の収容施設にいる。

第二のケースの家族(赤色)は、最初リトアニアに割り当てられたが、最終的には受け入れを拒否され、結局最初に入国したギリシアへ戻され、改めて難民申請をしたが、最終的判定は未だ得られていない。ギリシャのテサロニキに近い難民収容施設にとどまっている。

第三の家族(黄色)は、バルト3国のエストニアに受け入れられたが、環境に満足できず、シリア人の大きなコミュニティーがあるドイツへ移住してしまった。今はドイツ国内で不法滞在の状態にあり、彼らの今後は不透明なままだ。バルト3国へ割り当てられたシリア難民の多くは、環境に満足できず、他国へ流出してしまっている。移民それぞれに様々な理由・背景があり、国籍などで一律に行く先を割り当てることもうまく機能しないことが多い。EU加盟国の間でも、ハンガリーやポーランドは、難民・移民の受け入れ政策をベルリンやブラッセルから指示されることを拒否し、国境管理を厳しいく制限する方向へ移行した。ここに例示した3つの家族の場合も、難民として希望する行き先へはなかなか認められず、国際機関、受け入れ国などの指示するままに流浪の旅の途上にある。

現在実施されている難民・移民政策は関係者それぞれにとって満足できるものではない。難民の流れは短期的には山を越えたが、International Organization for MIgration 国際移住機構のように、世界的な気象変動が地球規模での人々の移動を増加させるとする見解もあり、長期的・安定的な政策の構築が望まれている。難民・移民政策はEU,ILOなどの国際機関、受け入れ国政府などが長年にわたり検討しているが、関係国の利害、見解の相違などもあり、十分適切な難民・移民政策と言える段階に至っていない。

冬季五輪が終わり、春の日が射してくると、世界中で人の動きが活発になることは目に見えている。国際政治の世界も厳しさを増すだろう。祭りの後にはまた苦難の道が続く。




References

”Journey’s End” TIME Dec.25, 2017
Unwelcome choices
The Economist July 22nd-28th 2017

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天災・人災の板挟みになる移民

2017年09月04日 | 移民政策を追って


日本は天災が多い国だなあと常々思ってきたが、このところ世界中の気象変化は明らかに異常に思える。「天災は忘れた頃くる」といわれてきたが、この頃は忘れないうちに次の天災がやってくる。気象変化に限らず、世界は大小の危機で覆われている。危機にであふれているといえるかもしれない。これまでの経験を基礎に少し冷静に考えでば、我々は頻繁に起きる危機的状況に慣れてしまい、危機と感じる機能が麻痺しているのかもしれない。人類の歴史を回顧してみると、現代の世界はかつてなく危うい事態にあると見るべきではないか。

たまたま前回取り上げたアメリカ南部テキサス、ルイジアナ、フロリダ州などのメキシコ湾沿岸部諸州が大きな被害を受けたようだ。災害はこの地域を襲ったハリケーン・ハーヴェイによるもので、記録的な大洪水が発生した。その中心はアメリカ第3位の都市ヒューストンだが、発表された情報をみる限り、隣接する諸州などでもかなり甚大な被害をもたらしたようだ。予想を上回る規模で、水が完全に引くまでは1週間から10日はかかるといわれ、遠く離れた知人や家族のところまで避難しないといけない人々も現れた。

その中で思わぬ災厄と恐怖に追われている人たちは、世界各地からこの地に住み生活している移民労働者、とりわけ不法滞在者といわれる人たちだ。例えば、ヒューストンでは、ヴィエトナムやインド人が集住しており、アフガニスタン人の人口はアメリカで一番多い。しかし、最も大きなグループはメキシコなどラテン・アメリカから入国に必要な書類を所持せずに国境を越えて入国してきたひとたちだ。この人たちは、ヒューストンではレストラン、ホテル、建設業などで働いていることが多い。ヒューストンについてみると、およそ60万人の不法移民の家族が水害の恐怖から逃げ出していると推定される(Pew Research Center)。9月4日には新たなハリケーン・イルマが発生、フロリダに近接していることが報じられ、さらに危険が増大しつつある。

洪水の中、救出やパトロールのために巡回してくるボートは、逃げ場を失った人たちには命の綱となるが、不法滞在者には、一般の人とは違った恐怖心を引き起こす。救出や食料・水などのサービスを受ける時にも、パスポートや運転免許証などの身元証明などを求められる。しかし、不法滞在者はそうした書類を何も持っていない。救命ボートは彼らを逮捕し、本国送還するためにやってくるようにしか見えない恐怖の存在となっている。

特に厳しい南部諸州
実は、テキサス州ではこのハリケーン被害に先立って、不法移民にかなり厳しい環境が生まれていた。テキサス州知事グレッグ・アボットは、移民機関や政策に協力しない都市に対して最も懲罰的な連邦法の一つに署名した。これに輪をかけたのがトランプ大統領の打ち出した大統領令に基づく移民規制だ。

 トランプ大統領が当面目の敵にしてきたのはオバマ政権時代2012年に出された大統領令DACAと呼ばれる規制の撤廃だ。その内容は、16歳までに米国に入国し、かつ2012年6月15日時点で一定の条件を満たす当時31歳未満の若い不法移民の若者たちの強制送還を2年間凍結し、就労許可などを与える内容だ。

これに対して、トランプ大統領は南部の災害が未だ復興の目処がつかない9月3日の時点で、6ヶ月の猶予期間の後、DACAを廃止するとの大統領令を発令した。

 Deferred Action for Childhood Arrivals の略。不法入国した親などに伴われて、未成年の時に入国、現在は教育、労働などの過程にある外国生まれの若者を、即時の強制送還することから、救済あるいは延期を認めた大統領令。制度の対象となっている強制送還の対象者は80万人近いといわれている。

党派の違いを越えて、トランプ大統領は、前任のオバマ大統領の行った政策の多くに嫌悪感、反発を抱いているようにみえる。オバマ大統領は、ホワイトハウスを去るに際して、民主政治を守るようにとの置き手紙を残したようだが、まったく通じていないようだ。

ハイテク労働力の確保
このトランプ大統領の移民への考え方に、シリコンバレーを中心とするハイテク企業の経営者は強く反対している。アップル、アマゾン、マイクロソフト、グーグルなどIT産業の主要経営者は大統領宛てにDACA制度を撤廃しないよう要請書を提出した。彼らの企業で働く労働者には、合法の移民労働者がかなり含まれている。そのため、DACAに象徴される制度の撤廃は必要な労働力が採用・維持できなくなると懸念している。アメリカを代表する主要企業が多いこともあって、トランプ大統領としてはこの要請を無視することはかなり難しい。「ドリーマー」とも呼ばれるこれらの対象者(80万人近いと推定)が全て国外退去することになれば、その経済損失はおよそ50兆円規模に達すととも推定され、経済界への衝撃は大きい。他方、大統領が当初からアメリカ人労働者(とりわけ白人)の仕事を奪っている主張してきた「アメリカ第一主義」への配慮もあって、政策設定はかなり難しい。

今回の大統領令には財界、野党、与党の中からも反対の動きが出ており、猶予期間を置いたのは、その間に新たな対策を議会に検討させようとの時間稼ぎの魂胆だろう。トランプ大統領としても、直ぐには対案が浮かばない。オバマ大統領政権下において、DACAが最終段階でようやく大統領令として発令できた案だった。利害は錯綜しており、これ以上の案が短期間にまとまるとは考えられない。議論は錯綜するだろう。

このように、現代世界の危機は、移民政策や地球温暖化が例であるように、問題発生から解決案の提示までの時間が限りなく長くなっていて、政策が実行されるまで時間がかかりすぎている。そのこと自体が大きな危機といえる。北朝鮮問題にしても各国の思惑で実効力のある対案が打ち出されることなく今日まで長引き、その間に北朝鮮は急速に軍事力を強化した。状況は急激に悪化、いまや世界の命運を左右しかねない。


Source:
'Submerged', The EconomistSeptember 2nd-8th 2017 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壁とは一体何なのか:アメリカ・メキシコ国境の本質

2017年08月13日 | 移民政策を追って

 





  移民たちは国境を越えて、彼らが自国で身につけた様々な文化を受け入れ国に持ち込む。多くは時の経過とともに移住先の文化と混じり合い、独自の文化を創り出す。典型的な例が、移民で立国したアメリカ合衆国といえる。もちろん、先住民族のアメリカ・インディアンの文化があったが、その多くは後から来た移民たちの文化に混じり合い、吸収され、希薄化した。

移民が持ち込むものは、しばしば移住先の文化を刺激し、新たな文化の創造につながってゆく。しかし、常に良いことばかりではない。時には伝染病、麻薬などの犯罪手段も運び込まれる。エリス島に移民局があった当時、眼病トラコーマに罹患していると、入国できず、時に本国送還の悲劇となったことは良く知られている。一九二〇年代、禁酒時代の密造酒の横行もアメリカ史を彩る一つの時代だ。

アメリカ・メキシコ国境の管理はある時期まで特に厳しいわけでもなく、といって野放し状態に放置されてきたわけでもない。その時代に応じた国境の姿を見せてきた。野放図に移民を受け入れてきたというわけでもない。

そうした推移の過程で、アメリカなど中心的な受け入れ国の移民政策が大きく変化した時期があった。最近では2001年、9月11日の衝撃的な事件がその契機となった。アメリカ・メキシコ国境における国境線の物理的な強化並びに書類審査など国境管理が突如として厳しくなった。国境で拘束されたり、強制送還される者の数は大きく増加した。テロリストが直接越境入国する懸念、あるいは将来テロリズムを起こしかねない属性を持ったもの(不法)入国が問題とされた。

実際にテロリズムが事件として発生した国を含む多くの受け入れ国で、今後いかなる移民政策をとるべきか、様々な、議論が行われた。地球上で最大の受け入れ国であったアメリカ合衆国での議論が最も広範で激しいものであった。

しかし、それらの議論がいかなる実質的変化を生んだだろうか。共和党政権の下でジョージ・W・ブッシュが「包括的移民政策」の名の下に移民に関する保守的・制横領限的政策を提案し、上院、下院双方から多様な法案が上程されたことは、ブログにも一端を記してきた。この段階での大きな変化は、下院議員ポウル・リャンが述べたように、「安全保障の維持が第一、アムネスティはない」という主張だった。ここでいうアムネスティとは、国内に居住する1,100万人近い不法滞在者を審査の上、合法化し、アメリカ市民権への道を開くことを意味する。ブッシュ大統領も任期中には見るべき成果は少なかったが、国境線上における「国境の安全保障改革」"bordder security only"だけでは限界があることを認めていた。

ブッシュ政権の後、民主党のオバマ大統領の政権では、選挙運動の過程から移民制度改革の議論が盛んに行われたが、現実には任期中には、ほとんど目に見えた変革は実現しなかった。 トランプ大統領の政権になって、当初はアメリカ・メキシコ国境の全域にわたる壁の構築が論議されたが、実際の必要性、実効、費用負担などの点から、先延ばしになるにつれて、トランプ大統領側は国内にすでに居住する不法移民の取り締まり及び新規合法移民の受け入れの減少を主張し始めた。

実際に国境の壁を堅固に構築し、不法越境者の入国を防ぐという考えは、ボーダーパトロールその他の観点からも、非効率あるいは困難と見なされるようになってきている。そして、近年各国に頻発するテロリズムの捜査や国境検問などの状況から、国境だけに監視を集中することなく、より広い観点から出入国管理のあり方を再検討する方向へと移行しつつある。壁は従来の国境線上から次第に国内の様々な領域へ入り込みつつある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

灯火は燃え続けるか

2017年08月04日 | 移民政策を追って

  

自由でない女神?


僅差で当選したが支持率は低下する一方のトランプ大統領。今や史上最低の支持率ともいわれるまでになった。

選挙戦以来、公約の筆頭に掲げていた移民受け入れ制限策も、これまでのところほとんど成果をあげることができないでいる。

ところが8月2日、突然アメリカ合衆国への合法移民受け入れを10年間で半減すると発表した。とりわけ現在のアメリカ市民及び合法居住者が、母国に残っている家族を呼び寄せる枠を厳しく制限することをその手段とした。移民の家族の繋がりを断ち切る政策は、人道的立場から国際的にも厳しく抑制されてきた。

大統領就任後、トランプ大統領は直ちにイスラム教徒が多い国からのアメリカ入国者を制限し、難民の流入を最小限にし、不法入国者の逮捕、拘束、最終的にはメキシコとの国境に堅固な壁を構築するとの方針を貫こうとした。しかし、いずれも民主党、一部の共和党議員、国民世論などの反対の前に、壁に突き当たってきた。このたびの発表は、第一の公約としていた移民政策が頓挫していたのが、気になっていたのだろう。

今回は、下院に対して合法移民の受け入れ制限を求める傍、国民的統一、経済成長、労働者間の公平、アメリカの価値など、大統領選中に論争の的となったテーマをトランプ方式で議論に組み込んでいる。

他方、トランプ大統領への反対者は、記者会見などで、自由の女神の台座に刻み込まれた建国の精神、疲れはて、貧しく、寄る辺なく新大陸へ身を寄せた人々へ の保護者としてのアメリカの基本的理想を損なうと反対している。他方、トランプ側はこの詩は、「自由の女神」が設置されてから後年付け加えられた部分だと却下している。要するに女神と台座は関係ない別物だという強弁だ。

トランプ大統領側はアメリカはこれまで長年にわたり極めて多くの低賃金移民労働者を受け入れ、アメリカの労働者の基盤を切り崩してきたと反発。新たなに導入する入国制限によってこのシステムを再構築し、これまで主張してきた「アメリカ・ファースト」の基軸となるべき人々のあるべき立場を取り戻すのだという。具体的には、低賃金で働く移民を減らすことで、米国民の雇用などを増やすことを目指している。

南部アーカンソー州のトム・コットン、ジョージア州のデイヴィッド・パーデュー上院議員が中心となって上程した法案は、誰が入国を許され、法的な居住権を付与されるかを、従来のアメリカに居住する者との繋がりではなく、入国応募者のスキル、教育水準、英語能力、年齢などを基準にポイント形式で決定するとしている。ポイントが高い移民が優先的に受け入れられる。カナダ、イギリス、オーストラリアなどがすでに導入している方式だ。この方向は、2007年に亡くなったジョージ・W・ブッシュ大統領が指示したより包括的な法案の考えにも近いと言える。

アメリカ国民の親族への永住権付与も未成年や配偶者に絞り、年間100万人に発行しているグリーンカードを10年間で半減させる。すでに議論が巻き起こっており、法案上程者は我々は「労働者のアメリカ」'working-class America' を目指すのではなく、それを変化させたいと述べている。しかし、サウス・カロライナの共和党議員のように、それでは農業などはやっていけないとの反対も強い。ホテル、レストラン、ゴルフ・コース、農場などの労働者が半減すれば、破綻すると述べている。

毎年、100万人近くの合法的な居住権を付与してきたが、初年度は41%、その後10年に半減する計画だ。

いずれにせよ、アメリカの人口、労働力の方向を定める政策だけに、自由の女神もしばらく身の置き所がない。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壁が生み出すもの

2017年07月25日 | 移民政策を追って



NHKBS1・TVがアメリカ・メキシコ国境をめぐるドキュメンタリー番組*1を放映していた。期待してみたが観光旅行番組のようで新味がない。この番組に限ったことではないが、制作の基本視点が不明確で、いかなる方向、結論を目指しているのか、判然としない番組が増えている。番組の意図が伝わってこない。ただ現場へいってみましたでは、今の時代ほとんど意味がない。

単なる国境壁撤廃、人の移動の自由化で、問題が解決するわけでもない。何故に国境に壁が必要なのか、あるいは必要でないのか。

実はアメリカとメキシコ両国が抱える問題は、筆者たちも今回NHKが主たる訪問地とした場所を調査地点に選んだことがある。2世代近い前のことであった。浜松市とサン・ディエゴ市(メキシコ側ティファナに対応)を例に日米比較を実施した。企画から調査までだけでも数年を要した。当時は日本をとりあげることはともかく、なぜアメリカと対比させるのかとの質問が相次いだ。日本とアメリカは全然違うではないかと。しかし、アメリカとメキシコ間の国境問題は、複雑な移民問題を理解する上で、最も適した例なのだ。あらゆる問題がそこにある。仮に日本が中国本土と陸地で接していたら、人の移動はどんなことになっているか。考えてみてほしい。この問題はこれ以上ここでは触れない。

前回に続いて、少し記してみたい。アメリカ・メキシコ間国境の問題は、2011年9月11日、移民史上、例のない大きな衝撃に直面する。今日に続く大転換が始まった。

国境は人の移動に伴う「人間の安全性」(砂漠での死、国境での拘束、家族の離反など)に加えて、国家の「安全保障」の観点が大きな注目の的となった。テロリストの国境侵入、麻薬などの密貿易を防ぐ壁の役割が付け加えられた。国境が国家の安全保障に関わりかねない問題については、1986年、ニカラグア内乱時にも、ロナルド・レーガン大統領が国境の重要性を議会の指導者たちに力説したことがあった。しかし、問題の衝撃度において、9/11とはおよそ比較にならなかった。 

9/11という衝撃的な出来事で、アメリカ・メキシコ国境は、アメリカを他の世界と遮断する象徴となったという考えも提示された。国境は安全保障上きわめて重要な役割が負わされることになった。単に国境線を挟んで人の移動の管理を行う役割から一挙に最重要な問題領域へと浮上した。

それでも移民に関わる人道的問題、移動途上の死亡、虐待、不法な拘束などもその重みを失ったわけではない。1998年から2015年の期間にアメリカ南西部の国境地帯でおよそ6570人の移民が死亡したとアメリカ税関・国境管理局(CBP)は発表している。統計に乗らない死者の数はおそらくかなりの数に上るだろう。2011年までは国境に到着するまでに、飢餓、貧困、虐待、人身売買などで、旅の途上で死亡する人たちを「人道上の危機」と認識する動きが台頭し、展開しつつあった✴︎2

かつてはアメリカへの移民を志し、砂漠を歩いている人影が、国境のイメージであり、彼らが目指す自由な国アメリカを連想させた。しかし、9/11以降、一転してアメリカを大混乱に陥れかねないテロリストのグループというイメージへ取って代わった。客観的に見れば、9/11以降の国境の意味は、メキシコの貿易戦争なども関連して、格段に複雑化した。大別すれば「人道上の危機」と「国家安全保障」の双方が複雑に関わるきわめて重要な問題領域と化した。 

さらにスタインベックの「怒りの葡萄」以来、長い話となるが、アメリカ側では農業、建設業など、メキシコなど中南米系労働者なくしては存立が危ぶまれる産業が拡大した。それをアメリカ人の労働者の仕事を奪っていると攻撃するトランプ大統領のような保守派の立場がある一方、賃金が安すぎて働きたくないというアメリカ人労働者、アメリカへ行けば賃金が高く、仕事があるからと移民を志す中南米労働者など、さまざまな見方、思惑が入り交じって、「国境問題」の理解と政策立案を著しく困難にしてきた。国境は単に地図上の一線を越えて、見通しがたい壁に変化している。


✴︎1「大越健介 激動の世界を行く:メキシコ」 2018年7月23日BS1

*2 7月23日のCBSが、サン・アントニオのウオールマートの前に駐車していたトラック・トレーラーの中から、少なくとも九人の遺体が発見されたと報じていた。さらに荷台に隠れていた20人近くが脱水症状、心臓疾患で、救急病院に搬送された。ドライバーの話では、人身売買業者が不法移民を輸送中の出来事であったようだ。トレーラーの荷台の中は人間には耐えがたい蒸し暑さになっていたと報じられている。

テキサス州では警官が巡回中に交差点などで、運転手や乗客の入国許可証などの提示を求める州法が成立、連邦最高裁で抗争中(詳細略)。

CBS/AP July 23, 2017 updated 9:25pm

 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壁の中の聖域?

2017年07月21日 | 移民政策を追って

 

アメリカ国内に増加する「不法移民」の聖域 sanctuaries

 

 

ランプ大統領、最近はなんとなく声が小さくなった。お得意の「アメリカを再び偉大にする」Make America Great Again もあまり聞かれなくなった。当選後の政策として、選挙戦中から大言壮語していたアメリカ・メキシコ国境に壁を作り、国境を越えて入国してくる「不法移民」を断固阻止する、さらに壁の増築の費用はメキシコに払わせるという考えも、最近はほとんど聞かれない。代わって国内に滞在する不法移民の拘束が増加しているという。昨年比で40%プラスともいわれる。

壁をアメリカ、メキシコ間の国境に構築、張り巡らすことは、単純明快で効果がありそうに聞こえる。しかし、アメリカへの不法移民流入に対する最も有効な対策と言えるのだろうか。こうした大規模な壁を建設する考え自体は、すでに2005年カリフォルニア州議会で共和党議員ダンカン・ハンター氏が提案したことに始まるとされる。その後、何度か同様な構想が浮上した。しかし、国境の壁建造を大統領選の最大の公約としたのは、ドナルド・トランプ氏だった。ブッシュ大統領も壁の構築を提案したが、政権末期で実現しなかった。

移民問題について、ほとんど実質的に大きな成果を残すことのできなかったオバマ大統領に対して、トランプ候補は選挙キャンペーンの段階から、不法移民の越境の映像などを最大限に使った。そして、国境壁の構築費用はメキシコに支払わせるとして大きな論議を呼んだ。大統領選挙では38%が壁の構築に賛成し、トランプ支持者の83%が壁構築を指示した(Pew Research Center, 2016)。国境壁構築に賛成をする者は多いが、冷静に事態を観察する者の多くは、構築のコスト、実現可能性、国境地帯への経済的影響などの観点から構築に反対の立場を表明している。

実際には壁がすでに存在する場所でも、はしごなどを使って越境を企てるなどの例が報告されており、トランプが考えるような万全の手段とはならない。「壁」は総合的な移民政策のひとつを構成するにすぎない。ある推計ではアメリカに滞在する不法移民の約40%は、正式に出入国管理を経て入国し、規定の期限を越えても帰国しないいわゆるoverstayersといわれており、移民政策の難しさを示している。

さらに、最近ではアメリカ国内に「聖域」 sanctuaries といわれる地域が増えている。こうした地域では行政側も本人が不法移民であっても市民権を持った子供がいれば両親の国外送還はしないという対応を取っている。ロスアンゼルスのように、移民の孫が現市長であるような地域が多い。こうした「聖域都市」は全米で300を越えたともいわれ、推定1100万人の不法移民のうち37万人近くがこうした「聖域」内に居住していると推定されている。

国境に壁が構築されている場所を含めて、実際に国境という壁を乗り越えて越境する不法移民は、不法移民全体の40%程度といわれる。多くは入国管理を旅行者、ビジネスなどの資格で合法的に入国しているが、規定の年月を越えて国内に滞在しているいわゆる oversayers である。

こうした不法滞在者は、次第に「聖域」などの名で呼ばれる彼らにとって比較的安全な地域に集中・集積している。新たなコロニーの形成といっても良いだろう。彼らはお互いに助け合い、政治的にも団結力を増している。そう簡単に排除することはできない。以前に本ブログで記したような「数は力なり」という状況が実現し、展開している。

国境の壁を高めるほど、それを越えようとする人たちが増えるとの推定もある。壁が高くなるほど、壁の向こうの世界がすばらしいものに見えてくる。「楽園は花盛り」とは程遠いのだが、壁の外から見ると羨望の地に見えるのだ。

移民の行動様式とその落ち着き方は、長い年月の間にそれぞれに固有のパターンを生み出し、定着させてきた。それを定めるのは主として受け入れ側のあり方だった。時代は移り、その姿は今再び大きく揺れ動いている。しかもこの半世紀近くの間に、問題の内容も拡散、変化した。

筆者が1970年代に見ていたパリ、シャンゼリゼでも、裸足のアフリカ系黒人*が箒で落ち葉や塵芥を側溝に掃き込んでいた。今日「不法移民の町」として知られるようになり、数々の事件の現場となった、パリ郊外サン・ドニは有名な聖堂を見に来る観光客も多く、落ち着いて小ぎれいな住宅が並ぶ静かな「郊外」だった。ニューヨークやシカゴなど、アメリカ大都市における黒人などのスラム街も、近隣との間に見えない秩序が感じられた。そして、その後かなり長く見つめてきた日本の「太田」、「浜松」、「保見」などの日系人集住地域では、目の前の現実も大きく変わった。それぞれに背景は異なるが、いずれも破綻と変容の時を迎えている。

 

 

* 当時はしばしばピエ・ノワール(Pieds-noirs、"黒い足"の意)呼ばれ、1830年6月18日のフランス侵攻から、1962年のアルジェリア戦争終結に伴うアルジェリア独立までのフランス領アルジェリアに居たヨーロッパ系(フランス、スペイン、イタリア、マルタ、ユダヤ系)植民者のことを意味した。軽蔑的な意味があり、今では使われない。

 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプも勝つことがある

2017年06月27日 | 移民政策を追って

 


新たな混乱の始まりか
 アメリカのトランプ大統領が去る1月に出した中東、アフリカなどからの入国希望者の入国を制限する大統領令は、これまで州最高裁、控訴裁などの判決で、全米で執行が停止されてきたが、連邦最高裁判所は6月26日、政権側の申し立てを部分的に認め、一定の条件を満たす人を対象から除いたうえで執行されることになった。人の移動の自由を一時的とはいえ差し止める状況は、「アメリカの国益が損なわれる」などを理由として制限されていたが、政権側の申し立てを部分的に認めることになった。

アメリカに家族が住む人や大学への入学を許可された人、アメリカ企業に雇用された人など、アメリカと「真正な関係」bona fide relationship があるとされた人を入国制限の対象から除いたうえで、大統領令が執行されることになった。また、連邦最高裁判所は口頭だが、大統領令の憲法上の問題は、今年秋に改めて全面的に審理するとしている。

トランプ大統領は、就任直後の本年1月下旬、テロ対策を強化し、入国審査を厳格化するためとして、シリア、イラク、イラン、スーダン、リビア、ソマリア、イエメンの7か国の人の入国を90日間、一時的に禁止し、すべての国からの難民の受け入れも120日間停止する大統領令に署名した。
しかし、入国禁止の措置はイスラム教徒をねらったもので、差別的だという批判や反発が国内外で広がったうえ、事前の予告がなく大統領令が執行されたこともあり、アメリカ各地の空港に到着した人が入国を拒否されたり、入管当局に拘束されたりして混乱も起きた。

トランプ大統領は声明を出し、「国の安全保障にとって明らかな勝利だ。私の第一の責任は国民の安全を確保することであり、今回の判断によって国を守るための重要な手段を使うことができる」と強調した。

アメリカの連邦最高裁判所は、去年2月、9人の判事のうちの1人スカリア氏が死去したあと欠員が生じていたが、トランプ大統領が指名した保守派の判事がことし4月、議会で承認されたことで、現在は判事の過半数を保守派が占めている。今回も9人が基本線で賛同した。

なお、今回、連邦最高裁判所は、トランプ大統領が指名したナイル・ゴーサッチ氏など3人の判事は今回の判断に賛同しながらも、大統領令の全面的な執行を認めるべきだと主張したことも明らかにした。

アメリカが大統領令として、大きな権限を認めてきた背景には、冷戦の最中、共産主義への恐れを反映し1952年に成立した連邦法、the Immigration and Nationality Act の歴史的影響が大きい。共産主義への脅威が、イスラムを背景とするテロリズムに転換したともいえる。今回の連邦最高裁の裁定も、移民政策の根底にある問題を解決するものではないため、トランプ政権による入国管理規制が実施されると、新たな混乱や衝突が再燃、拡大する可能性は極めて高い。勝負はまだまだ序の口だ。最後の勝ちを手中にするものは誰だろう。 

 

✳︎ アメリカ移民制度の主要問題点については、ブログでは部分的にしか扱っていないため、必要ならば「終わりなき旅:混迷するアメリカ移民制度改革」などもご参照いただきたい。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地域住民と外国人(移民)の増加:BREXIT のひとつの断面

2016年07月24日 | 移民政策を追って

英国における移民の地域別居住者の変化と国民投票の傾向
縦軸の変化率の表示が異なることに注意。横軸は住民の過半数が
「残留「あるいは「離脱」を志向した比率(%)
左側「残留」、右側「離脱」 、中心軸から離れるほど比率増大
Bostonは右側にプロットされている。

 グラフをクリックすると拡大


英国の移民と国民投票をめぐるパラドックス:
 今回の英国のEU離脱をもたらした
国民投票にいたる過程では、EU域内の外国人労働者が、相対的に賃金の高いイギリスに流れ込んで、イギリス人の仕事を奪っているとの議論が大きな論点のひとつになっていた。とりわけ、ポーランドやルーマニアなど、比較的近年にEUに加盟した国からの労働者がその対象になってきた。しかし、その点の評価については、あまり説得的な推論なり、実証が行われてきたとも思えない。実際、イギリス人がつきたがらなくなった仕事(土木建築、鉛管工、農業など)を、彼らがしていた場合が多いからだ。そうこうするうちに、選挙の日が来てしまい、蓋を開けると、「EU離脱」というこれまで経験したことのない状態について懸念、雑念、心配?などの災いが飛び出してきたというのが、実態に近いのではないか。箱を開けねばよかったと思った人々も多かったようだ。

 選挙の投票結果が出てみると、「残留」、「離脱」それぞれの側が大きな衝撃を受けた。こんなことになるのだったら、国民投票など実施しなかった方が良かったと思った人も多かっただろう。ダウニング街で首相退任の挨拶をしたブレア首相と夫人の悲痛な表情が、その衝撃を如実に物語っていた。キャメロン首相の後を継いだメイ内相は、正式離脱申し入れは来年になると述べた。図らずも女性首相同士の会談となったが、メイ首相、メルケル首相共に、その心情は複雑なものになったことは想像に難くない。正式離脱の申し入れが先になるほど、不安定な状況は長引くのだが、英国側の事情も分からないわけではない。

 選挙後直ちに始まった混迷の中で、小さな記事が目についた。その結果をみると、(外国生まれの)移民の居住者の数が以前から多い地域では、住民が「残留」に投票した傾向が顕著だった。メディアによると、移民(外国人)労働者が特定の地域へ多数集中し、当該地域のイギリス人の仕事を奪っているという非難が高まり、そうした懸念が高じて「離脱」への機運が高まったと報じられた。いったいどちらを信じたらいいのか。移民研究の歴史は長く、立派な実績も残っているのだが。

 大差で決着がついたのならともかく、僅差であったことが大きな問題を残すことになったことは以前に記した。少しつけくわえておくと、投票者のひとりひとりが自国の行く末を考え抜いて投じた一票の累積がこうした結果になったのならば、民主主義的決定のしかるべき結果として、多少動揺があっても、ほどなく終息するのかもしれない。しかし、投票行動の常、なんとなくどちらかを選んでしまったというのは、大いにあり得ることだ。実際、専門家ですら初めてのことで、もっともらしいことを述べていても、本当にそうなるのか完全に自信があるわけではない。さすがに全体の投票率は高かったが、すべての国民が棄権することなく投票したわけでもない。結果だけをみると、ダービーでいえば鼻の差くらいの僅差だった。なにしろ「残留」の方が多少有力ではないかというのが、下馬評だった。

 自然現象と異なり、社会現象は周囲の予想などによって、当事者自体が判断し行動するという連鎖現象が起きるため、事前に予想した内容とは異なる方向へ事態が動くことが多い。たとえば、与党が大勝しそうだと思えば、日頃の心情?に反して野党に投票して、多少バランスが戻ることを期待する人もいるかもしれない。日本の世論調査などでも「どちらともいえない」という回答が多いのは、浮動票がかなりあることを意味している。投票日まで態度を決めかねている人々がこうした行動をとることが多い。「残留」していれば、当面の運営はこれまでの路線上で進めることができる。しかし、結果がEU「離脱」という未経験の路線への変更になっただけに、かなり長く余震が続くことになる。

 BREXITの争点のひとつだった移民問題を取り上げた先ほどの小さな記事だが、これまでのいくつかの研究では、「残留」支持者の見方として、移民がある地域へ多数移住するようになると、それまでの住民が他へ移ってしまうことが議論されてきた。しかし、移民が多いロンドンのような地域(Chart 1 上段)では、むしろ「残留」に賛意を表明する者が多い傾向が指摘されてきた。こうした大都市居住者は、ポーランドやルーマニアからの移民の数が少ない地域の住民が、移民受け入れ阻止に懸命になっていることを冷ややかに見ていた。

 しかし、それも必ずしも客観的な判断ではないようだ。移民の頭数の比較だけでなく、移民の増減率についてみてみると、別の様相が見えてくる(Chart 2、下段)。2001年から2014年にかけて外国生まれの人が200%以上増加した地域では「離脱」への投票者が94%にも達していた。ボストン(イングランド東部の港町、Lincolnshire州)では、外国生まれの居住者の比率は15.4%だったが、短期間に479%も増加した。移民居住者の数が多いこと自体は、ボストンのような地域の住民にとって、さほど問題とはされなかったが、短期間に急速にその数が増加したため、住民は不安や危惧を抱いたようだ。

 このことを言い換えると、外国から移民を受け入れる場合には、時間をかけて地域になじむようなさまざまな受け入れ配慮が必要なことを暗示している。共生のための準備が間に合わず、短期間に移民が地域で増えると、地域のさまざまな対応能力が限界に達し、以前からの居住者との摩擦が増え、反移民感情も高まる可能性は高い。いわゆる集住地域における移民受け入れ政策の基本なのだが、このひとつの事実は、一定地域への移民の受容限界を超えた過度な集中が、地域の不安を惹起し、「離脱」への衝動が高まったことをことを示しているのではないか。この教訓は、周辺に大きな政治リスクを抱える国々に近接する日本にとって、良く考えておくべき点のひとつだろう。

国民投票という箱がパンドラの箱であったとしても、最後に「希望」が残っていたという話に期待したい。 



The Immigration paradox The Ecoomist July 16th, 2016 







コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

狭き門より入れ、そして・・・。:アメリカの難民受け入れ

2016年07月13日 | 移民政策を追って

 
アメリカ、EUの難民受け入れ推移

上段グラフ:難民として認められた庇護申請者(千人)
下段グラフ:再定住できる難民(千人)
画面クリックで拡大

  われわれが住む世界は、さまざまな意味で急速に劣化しているようだ。自分たちに不利な司法決定は国際的な次元での裁定でも「紙くず」という国、すべて武力を誇示して強大国をも押し通すという国、ISのような従来の国家の概念では理解できない勢力の出現などもあって、一部には大戦前夜のごとき緊迫感すら漂うようになった。地球上のどこかで、いつもすさまじい争い、衝突が絶えない。事件はしばしば突発的に起きる。発火点は西欧、東欧から中東、南アジアへと拡大し、次は東アジアかもしれない。

 戦火や迫害を逃れてさまよう人々の列は絶えず、国境の壁は
急速に高まっている。国境のない国は国ではないと、今は亡きレーガン大統領はかつて言ったそうだが、出入国管理を司る「城門」も次第に閉じられている。筆者は一貫して、国境の開放は一方的には進行しないと述べてきたが、ようやくそのことが理解されてきた。

   ヨーロッパがEXITで大激震を経験したこともあって、移民大国であったアメリカが抱える問題は、しばらくメディアの関心から遠のいていた。しかし、振り返ると、9.11以後、社会の分断化が進み、公民権法成立時、筆者が体験した時代よりも一段と荒廃が進んだ感じがする。自由の国アメリカの現実は、想像以上に劣化していることは間違いない。しかも、ヨーロッパ同様、状況は改善するどころか、一段と悪化する気配を見せている。前回記したように、オバマ大統領の目指した包括的移民法改革は、任期中に実現する可能性はなくなってしまった。一時は、この改革が実現すれば、時間はかかっても、アメリカの移民問題にはある程度、人権の維持・確保と論理の糸で結ばれるはずであった。しかし、主として共和党が議会でごねている間に、移民政策の検討は再び混迷の中へ戻ってしまった。その間に、アメリカ各地での銃乱射事件などもあって、アメリカのイメージも急速に低下した。人種、性別差別、貧富の格差が拡大している

 「不法移民」undocumented immigrants 送還問題 、多数の銃乱射事件、白人警官と黒人の対立など、アメリカはかつてない分裂の危機を迎えている。あの「公民権法」制定当時の熱狂はどこにいってしまったのだろう。アメリカ合衆国という国名に付された United' の誇らしげな文字が剥落しそうだ。すでに、Great Britain の ’Great’ も大きく揺らいでいる。それでも、戦争や政治的迫害などを逃れて、少しでも安住の地を求める難民・移民にとって、アメリカはまだ希望を託せる大きな拠り所だ。

 アメリカはこれまで、世界各地からの難民、庇護申請者をかなり寛容的に受け入れてきた。第2次大戦後の時期をみると、ヨーロッパからの難民、庇護申請者にかぎっても65万人以上を受け入れてきた。1975年のサイゴン(現在のホーチミン)陥落の後には多数のインドシナ難民を引き受けてきた。

  1980年のアメリカ難民法施行によって、アメリカはさらに300万人近い難民を受け入れた。世界のどの国をも上回る受け入れであった。世界食糧プログラムおよびUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)への貢献も大きかった。しかし、最近の難民支援については、アメリカはそのウエイトを大きく低下させた。年平均7万人を割り込んでいる。2015年、ドイツ連邦共和国が受け入れた150万人の水準と比較すると、あまりに大きな違いだ。

 ホワイトハウスは、次の会計年度から難民の受け入れ予定数を85,000人(内1万人はシリア難民)へ増加させると発表した。しかし、これについても、受け入れが少なすぎるとの批判が出ている。政権末期のオバマ大統領は頑張っているが、任期も残り少なく、レイムダック化はいかんともしがたい。さらに、クリントン、トランプ両氏のいずれが大統領になっても、これまで紛糾してきた移民・難民改革が早急に改善の方向に進むとは到底考えられない。移民問題は、対応を先延ばしするほど、解決は難しくなる。とりわけ、後者トランプ氏が大統領として政権についた場合の状況は、今は想像したくない。

アメリカの移民改革が長年の課題であったにもかかわらず、ここまで来てしまったことについては、いくつかの理由が考えられる。オバマ大統領は、大統領選挙のキャンペーン過程から、移民法改革を掲げてきたが、就任以降は内外の課題に追われてか、移民改革への取り組みの姿勢が弱かった。さらに、任期後半には、移民、とりわけ不法移民に対する政策が上下院で党派間の抗争の材料とされてきたこと、9.11以来、難民とテロを企てる者を、ともすれば重ねて見てしまう風潮が一部に強まったたことにある。結果として、移民受け入れへの積極性は薄れ、むしろ警戒感が強まった。

移民、難民の認定審査も格段に厳しくなり、決定が下るまでに数年を要することも珍しくなくなった。それでも、庇護申請者の半数近くは申請が却下されるという。移民問題の専門家、弁護士などをよそおい、書類作成やロビイストとの交渉を請け負うとして、高額の報酬を要求する悪徳ビジネスも生まれている。こうしたブローカーなどの悪辣な行為は、アメリカのみならず、昨年来のEUにおける難民移動の際にも、大きな問題となった。

  幸い、難民に認定されたとしても、その後の道は険しい。最低賃金で、劣悪な労働条件に耐えて、アメリカ人がやりたくない仕事に就き、新たな苦難の道を歩み続けねばならない。アメリカはこうした人々に支えられて今日に到った。しかし、今世紀に入って、未来を照らす自由の女神が掲げる灯火は格段に小さくなった。次の大統領にトランプ、クリントンのいずれが就任しても、近い将来に、アメリカの国境の門が近い将来再び開放へ向かうことはないだろう。歴史の歯車が逆転しているような時代となった。今はその行方を慎重に見定める必要がある。

 

自由の女神像台座に刻まれたエマ・ラザラス Emma Lazarus, 1883の詩文

 

References

’Yearning to breathe free’ The Economist October 17th 2015
'The immigrant's fate is everyone's', by Viet Thanh Nguyen, TIME, July11, July 18, 2016 

★PC不具合に加えて筆者の視力劣化のため、初掲の原稿に齟齬があり、一部加筆修正しました(2016年7月15日)。終わりの始まりのようです。

 



 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

僅差が生む大きな衝撃:アメリカ連邦最高裁移民判決

2016年06月29日 | 移民政策を追って

 

アメリカ連邦最高裁判所

 
 英国のEUからの離脱の衝撃で 、かすんでしまったような
ニュースがある。これも移民に関連している。アメリカの連邦最高裁の判決である。オバマ大統領がショックで頭を抱える光景がTVに写っていた。大統領在任期間中で最も厳しい最高裁判決といわれている。6月23日、連邦最高裁は提出されていた「移民制度改革」についての提訴について、判事の見解が4対4の同数となり、ひとつの明確な結論が下せなかったことを明らかにした。このため、下級審の判決が維持され、オバマ大統領が企図した移民制度改革は少なくも大統領に残された任期の間は事実上凍結されることになった(ここに到る経緯はかなり複雑だが、主要点のみ記しておこう)。

 いわゆる「包括的移民法改革」は、オバマ大統領が大統領選のころから公約として掲げていた政策の柱だった。しかし、議会共和党の反対などで改革は遅々として進まず、ようやく2014年11月、大統領権限で、「移民制度改革」(Deferred Action for Parents of Americans and Lawful Permanent Residents(DAPA) and expanded Deferred Action for Childhood Arrivals(DACA):アメリカ国籍や合法的な滞在資格がある子供を持つ親などの不法移民(undocumented)に、一定の条件を充足すれば強制送還を一時的に猶予し、就労資格を与えたり、子供の呼び寄せなど家族の結合を支援する内容)の実現を企図した。しかし、テキサス州など共和党州知事の一部が反対し、テキサス州連邦地裁が執行の差し止め命令を出し、連邦高裁も差し止め命令を維持したため、オバマ政権が連邦最高裁に上告していた(United States, et al. v. Texas, et al.)。

このたびの連邦最高裁の声明は、「判事の見解は同数に分かれ、承認された」。わずかに9語(”The judgement is affirmed by an equally divided court")の一文にすぎない。

連邦最高裁の声明は、最終判決でどの判事がいかなる主旨の判断を下したかは明らかにしていないが、すでに今春の口頭弁論の段階で、保守とリベラルと、イデオロギーの異なる立場に立つ8人の判事が4対4で対立していた。通常ならば、9人の判事での審理が行われるはずだったが、今年2月にアントニン・スカリア判事 Judge Antonin Scaliaが死去したことで、空席になっていた。スカリア判事は最高齢できわめて保守的な考えの判事だった。

判事9人の時は、保守派5人、リベラル派4人の判事構成となっていた。スカリア判事の後任に、オバマ大統領は民主党の路線に近いリベラルなメリック・B・ガーランド判事 を後任に指名していたが、上院の共和党議員が強硬に反対し、空席の状態が続いてきた。ホワイトハウスの記者会見で、オバマ大統領はここにまで至った共和党の行動を強く批判した。

 問題はまったく異なる領域なのだが、このたびの英国のEU離脱と、この米国連邦最高裁の僅差の結論という決定プロセスについては、共通する問題がある。いずれの場合も、2-3%の差あるいは一人の判事の考え次第で、大げさに表現すると、全体の結論が白と黒のようにまったく逆転してしまう可能性がきわめて高いことだ。長い間踏襲されてきた「民主的意志決定プロセス」なのだから、結果は尊重しなければならない。しかし、その結果への対応はしばしばまったく異なるものとなる。僅差で決定が下された以上、否定あるいは却下されたグループには不満が累積することになる。僅かな差で勝利したグループのその後の政策実施がさまざまに阻害されるという問題も生まれがちだ。イデオロギーの異なる判事の見解の差で、数百万人の運命が決まってしまうという意志決定プロセスも現代の時代環境では再考の余地があるかもしれない。裁判所という司法の城郭の中で長い職業生活を過ごしている人たちの考え方や感覚が、一般市民のそれと乖離してくる可能性もきわめて高い。ブログで議論するには重すぎる課題なので、これ以上は入り込まないでおこう。

 さて、議論の詳細が今の時点では判明しないが、このたびの連邦最高裁の下した結論は、「大統領権限で進めた政策が憲法違反かどうか」についての判例が確定したことも意味している。その意義については、これから法曹、政治の領域で、長い論争が続きそうだ。法律は専門ではないが、いくつかのテーマはすぐに浮かんでくる。

 現実にかなり確かなことは、オバマ大統領としては在任期間中で最も期待した移民法改正でみるべき次世代への遺産 legacyを残せなくなったことだ。オバマ大統領は筆者かこれまでの人生で見聞したかぎり、アメリカの歴史においてきわめて優れた大統領のひとりと思うが、歴史家はどんな評価を下すのだろうか。

  さらに、もし次の大統領に民主党のクリントン氏が当選することになれば、彼女はこの連邦最高裁の結論の路線で、対応しなければならない。しかし、そのことを考える余裕はまだないようだ。

ホワイトハウスで大統領は、「今日の決定はこの国で生活し、家族を養い、働く機会を望み、税金を払い、軍務にもつき、心からこの国を愛し、さらに貢献しようとしている数百万人を悲しませるものだ」と判決を批判した。


References

”Supreme Court Tie Blocks Obama Immigration Plan", by Adam Liptak and Michael D. Shear, The New York times, June 23, 2016 http://nyti.ms/28zFmeF

TV programs, CNN, PBS



 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「見えない国境」:移民政策の成否を定めるもの

2016年05月04日 | 移民政策を追って



断捨離の作業?をしていると、懐かしいもにに出会う。
今は廃刊となって久しいLIFE(September 1990)の表紙である。
HOW WE CAME TO AMERICA と題されたエリス島入国管理事務所改装の記念号。
アメリカの移民史を飾る出色の一枚だ。 


 ある学術研究雑誌の依頼に応じて、「見える国境・見えない国境」(『日本労働研究雑誌』(2004年10月)(本文はクリック表示)という短い巻頭論説を寄稿したことがあった。テーマは戦後の日本の移民(外国人労働者)政策がもたらした結果のスナップショットであった。字数に制限があったこと、 読者の少ない学術誌ということもあって論旨が広く伝わったとは思えないが、その後10年ほどの間に、このタイトルがさまざまなところで使われるようになってきた。論説自体も、いくつかの大学で入試問題にも採用されていた。今回は説明不足であった点などを、少し補っておきたい。

薄れる記憶
  かつて日本で外国人労働者問題がクローズアップされた1980年代、東京の上野公園や代々木公園などに、休日、イラン人、バングラデッシュ人、パキスタン人など中東系外国人が集まるようになり、メディアの話題となったことがあった。それまで日本人があまりよく知らない国々の労働者、しかも男性が多数集まっている光景は衝撃的だった。実際には彼らは休日などに集まって、言葉の通じる同国人たちと、仕事の機会の有無など、情報交換などをしていた。自国の食べ物、日用品などを売る露店もあった。外国人が多かった大泉町などでは駅前の公衆電話の前に長い列ができていた。その後40年近い年月が経過したが、IT時代の今では、こうした事実があったことを知る人も少なくなった。

他方、時間の経過とともに、日本で働く外国人労働者の数は年々増加してきた。今では工場や店舗で働く外国人労働者の姿はあまり違和感なく、多くの日本人の目に映っているようだ。人口の大減少時代を迎えて、さすがに国内労働力では対応しきれないことが実感されるようになったのだろう。メディアによると、安倍首相などから、「移民政策」はとらないが「外国人労働者」の受け入れ拡大に向けた対策を強化するようにとの関係閣僚への指示も出ているようだ。2020年に予定される東京オリンピックに向けて、増大する建設需要に対応するため、15年度から緊急受け入れ措置が始まり、2020年度までに延べ7万人程度の受け入れが想定された。しかし、16年度2月までの受け入れ実績はわすか293人にとどまっているとされる(『日本経済新聞』2016年3月12日)。

注意すべき用語の含意 
 移民問題に関わる用語はかなり多い上に、その意味も多義的であって、少し説明が必要かもしれない。特に日本では、「移民」migrant, immigrant という用語は、戦前から戦後にかけて多くの日本人が移民船でブラジルなどへ移り住んだように、受け入れ先の国へ定住するとの含意が残っている。

しかし、今日では、受け入れ国における定住をかならずしも前提としない。たとえば、イギリスのBBCなどは、migrantを入国審査で難民として認定されなかった者を除くすべての外国人入国者(季節労働者、期間の定めのある労働者などを含む)とする定義を使うこともある。これに対して、日本では「移民」という用語がしばしば「定住」の権利とむすびつけられて考えられている。その場合、「外国人労働者」は、定住を認められていないと暗黙裏に考えられているようだ。しかし、国際的には「移民」は、定住、非定住に関係せず、「外国人労働者」も含まれている。当初は1~2年で帰国する予定であった労働者が、結果として定住にいたるということは、この世界ではよく起こりうることだ。また、移民労働者の多くは数年の海外での労働生活の後、母国へ戻ることをと予定している。

「難民」refugees, 「庇護申請者」asylum seekers は、「迫害、戦争その他生命の危険をもたらしかねない要因のため、母国を離れ国際的な保護を求める人々」と定義されている。庇護申請者は難民の認定申請をする前の段階と考えられているが、現実には区分が難しい。「移民」、「難民」の区分は現実的な対応においては、政治的判断の必要もう加わり、困難なことがある。たとえば、このたびのEUにおける難民問題にしても、真に難民に該当するか否かの実務上の判定は、かなり困難をきわめる。意図的に国籍などを証明する証明書を携行していない者もいる。本国照会などの事務手続きなどを考慮すると、時には半年以上も時間を要し、その間庇護申請者は収容施設などで、不安な日々を過ごすことになる。

「移民」と「難民」あるいは「庇護申請者」の間には、定義上も明らかな違いがある。やや煩瑣のため詳細は別の機会にしたい。

逆行する現実

    さて、戦後日本における移民受け入れ政策の展開を長らく見てきたが、1980年代とあまり変わらない議論が今日でも依然として横行していることに気づかされることがある。最近のEUにおける難民・移民問題の検討の際に論じたが、難民・移民の入国阻止のため、有刺鉄線などの国境障壁を急遽設置した国があった。ハンガリー、マケドニア、オーストリアなど、それまでEUのシェンゲン協定国として域内における人の移動の自由を認めていた国である。明らかに目に「見える国境」の復活であった。EUが、シェンゲン協定で協定国間(域内)の人の自由な移動を認める段階まできたことからすれば、明らかに後退である。

他方、フランス、ベルギーなどで、大規模な連続テロなどが発生し、テロリストが中東とEUの間を自由に出入りしていたこと、移民の中にまぎれてEUに入り込んでいたこと、などが明らかになった。関係者にとってきわめて衝撃的であったことは、すでにアメリカ、9.11同時多発テロの時に問題となっていたが、彼らが移民として入国を認められていた国で、テロ行為を実行したことだった(home-grown terrorism)。

 さらに、
外国人が自国民の仕事の機会を奪う、宗教との関連では移民にイスラーム教徒が多く、キリスト教文化主体の国になじまないなどの反発が生まれてきた。これらのある部分は「外国人嫌い」xenophobia といわれる域にまでいたっていることなどが指摘されるまでになった。なかには、公然と外国人入国制限を表明したり、「豚肉給食問題」(デンマーク)のように、かなりあからさまにイスラーム教徒を差別・排斥するような動きも出てきた。これらの動きの多くは、極右政党の台頭、勢力拡大と関連している。これらは、「差別」の分類でいえば、外国人に対する「明白な差別」に近い。他方、一見すると判別しがたいが、さまざまな形で次第に外国人を遠ざけるような「明白でない(隠された)差別」もある。

かつて、フランスの「郊外問題」の発生の時、目にした異様な光景が思い浮かんだ。そこはパリでありなが、ほとんどフランス語が通じなかった。アルジェリアなど、主としてアフリカから来た人々の住む地域だった。見えない国境の壁が厳然とたちはだかっていた。移民は受け入れ先国にあって、自国民が多く集まって住む傾向がある。その結果、「集住地域」「コロニー」のような場所も生まれる。

 「見えない国境」は、多くが人々の心の中に作り出される。トランプ氏のいうアメリカとメキシコとの国境は目に見える。しかし、そうした壁を構築するという考えは、人々の心の中にいつの間にか生まれた「目に見えない国境」とつながっている。

 移民(外国人労働者)政策とは、単に受け入れる外国人労働者の数や比率を増減したり、定住権を付与することにとどまらない。「見えない国境」が人々の心や社会に生まれないようにすることが、きわめて重要なことだ。国境の後ろに広がる「社会的次元」も重要な政策対象領域となる。定住を認める場合においても、外国人に日本語の習得を義務付けることは必要だが、国民の側にも偏見や差別を生まないための教育など、多くの施策が欠かせない。

日本はこれまで移民問題を
政策的中心課題として取り上げ、国民的議論とすることを避けてきた。その結果、国民の多くは日本がこの分野においていかなる立場にあるかを正確に理解できず、「技能実習制度」のように、多くの批判にもかかわらず、歪んだままの現実が依然としてそこにある。それだけに、人口激減時代に窮余の策として提示される選択肢としての移民(外国人労働者)政策は、国民に開かれた問題提起と議論が欠かせない。

 



 





 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ここまで来てしまった外国人技能実習制度の実態

2015年06月13日 | 移民政策を追って



  すでに数え切れないほどの問題が起きてきた。「外国人技能実習制度」のことである。低賃金労働、休日無視、賃金未払い、詐取、労働災害、実習生の犯罪、失踪など、ほとんど労働問題の全域にわたる問題が発生している。国際的批判にもさらされてきた。

1993年度に導入された「技能実習制度」の段階から、近い将来こうした問題が発生することはかなりの確度で予想されていた。その後毎年のように違反事例が報告されてきた。このブログでもとりあげたこともある。部分的手直しは行われても抜本的改善のための制度改革は今日までなされることがなかった。欠陥が露呈し、社会問題化するたびにその場かぎりの対応が繰り返されてきた。

 6月11日のNHKニュースは、「外国人技能実習制度」の下で働く技能実習生が実習先の企業などを離れて、失踪(行方をくらますこと。失跡。『広辞苑』第6版)するケースが増加していることを報じていた。そして、昨年失踪した実習生4800人余りのうちで4割近い38.4%が来日して1年以内に失踪していたことをを報じていた。制度発足以来の経緯を知る者にとっては、制度の破綻以外のなにものでもない。

 本来、この制度では 実習生が現在の実習先から他の働き先へ無断で移動することは認められていない。失踪の原因については、当該実習生の調査で最も多いのは、実習先の労働条件があまりに劣悪なことに由来する。ニュースで報告された事例(農作業)では、1日働いても2742円、時間当たり340円という最低賃金を大きく下回る水準である。

 実習生にとって、本国出国前に考えていた働いて得た報酬の中から、本国送金をすることなど、到底不可能なのだ。働いている本人自身が日本でまともな生活ができないと述べている。ニュースでは、中国から来た実習生が、円安が影響して手取りが予想していたより3割近く低くなってしまい、中国国内で働いても同じくらいであり、日本まで働きに来る意味がないと答えていた。

  こうした状況に陥れば、実習生は苦境からの脱却を図る。その一つの道が失踪である。インターネット世代の彼らにとって、頼るところは友人・知人であり、インターネット上の情報である。IT上の仲介業者の情報を利用し、次の働き口を探す。新たな働き口として浮上するのは労働需給が著しく逼迫している建設業関係が多い。東北大震災復興、オリンピック関連事業などが重なって、人手不足で受注した工事が出来なくなっている例は、いたるところで耳にする。小規模事業者ほど、人手確保に苦慮しているようだ。建設業で不法に働けば、1日当たり11,000円近くになるという。しかし、今や建設業にも外国人は応募してこないという。

 失踪した実習生が働く業種は、こうした建築業に限らず、人手不足に悩む業種が多い。しかし、初めて就いた仕事から移動することが認められていない現在の制度では、彼らの行動は違法であり、失踪に該当する。当初は合法的に入国しても、その行為は不法就労(黒工)になり、不法滞在へと姿を変える。失踪者は居所も不明となり、犯罪などの温床となりやすい。

 この制度は最初の制度設計の政策方向が誤っている代表的な例といってもよい。技能実習の名称が付された制度だが、実習は多くの場合、人手不足を補う低賃金での労働となってきた。実習する職種についても、そのほとんどは来日した実習生が希望するものではない。しかも制度が本来目指してきた帰国した場合に、本国の産業で日本での就労経験が生きる場合は少ない。かくして今では「低賃金労働の隠れ蓑」と、国際的にも厳しく批判されてきた悪名高い制度になっている。

 現行制度を”柔軟に”運用して、ある程度の労働移動を認めるなどのこそくな手段では到底対応出来ない段階に来ている。不法就労者、不法滞在者がこうした制度上の欠陥から増加することは、望ましいことではない。人手不足の使用者に、低賃金労働者を実習や研修の名で外国から調達して供給するというような実態では、制度はたちまち破綻する。日本に来る実習者の多くが、「実習」を「労働」と読み替えていることは広く知られている。

 オリンピックなどを控えて、年間2000万人近い外国人観光客の来日を目指す状況で、制度上の欠陥のために、失踪者などを通して不法滞在者が増加してゆくことは決して好ましいことではない。日本における不法残留者が減少してきたこと自体は、望ましいことだ。アメリカやイギリスで、不法滞在者がいかに大きな国家的問題となっていることを思えば、評価できる。しかし、増加した失踪者などのために、昨年は増加に転じた。少子高齢化の拡大による労働力不足、来日外国人の増加などを考えると、不法残留者(不法滞在者)の数を大きく増加させない政策対応が欠かせない。

 「移民」という言葉は人によって受け取り方が異なるが、世界の人口が増加する中で、人口減少を続ける日本において、外国人の受け入れのあり方は、この国が目指す全体的政策視野の中で考えねばならない。「外国人技能実習制度」の抜本改革もその一環として位置づけられるべきだろう。「技能実習」と「労働」を明確に区分し、秩序だった「労働者」の受け入れを柱とし、「研修生」制度は廃止または大幅減少とする方向で、抜本的に改革すべきだろう。すでに遅すぎたと言っても過言ではない。


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする