時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

間違った方法で行われる正しいこと?

2014年11月24日 | 移民政策を追って

 

時は過ぎゆく
L'église Saint-Jacques, Luneville, France
Photo:YK

 



 今回のブログ・タイトル、何のことでしょう? 年末の総選挙? まずはお読みください。

 シニカルな論評で知られる The Economist 誌(Nov.22nd-28t 2014) が、先週発表されたオバマ大統領が移民制度改革を大統領権限で実施するとの発表についてのコメントです。同誌は「バラク・オバマ赤信号を突っ走る」 Barack Obama runs a red light. とタイトルをつけています。

 最近このブログにも記したばかりですが、年内に大統領としての提案をすると述べていた移民制度改革について、11月20日、オバマ大統領は、議会での法案審議を経るという通常の経路ではなく、大統領権限の行使という形で実施するとの演説を行いました。大統領として残りの任期も少なくなり、与党民主党は中間選挙も上下両院共に敗北し、過半数を共和党に譲り渡しました。オバマ大統領としては、当選以前からほぼ公約としてきた移民法改革ですが、共和党の反対で今日まで実現できずにきました。残された任期と政治状況をみて、この道しかないと思ったのでしょう。移民制度の改革案は、少し前に上院では超党派の法案も審議され、通過していたのですが、下院で共和党が反対し、廃案にしてしまいました。したがって、とりわけ大統領にとっては、暗礁に乗り上げてしまったような状況です。

 移民について国民の知識も関心も低い日本と比較して、アメリカはまさに移民で立国した国であり、移民制度改革は未来のアメリカを定める国民的最重要課題です。すでに議会では前政権から長年にわたり、議論が行われ、問題の所在はかなり明らかにされてきました。こうした事情がオバマ大統領に、議会を飛び越えた権限を行使すると決断させた背景にあります。移民制度改革についての議論は尽きているとの判断でしょう。しかし、人種的偏見を含め、多様な考えが存在するこの国では、論理だけでは整理しきれない問題もあります。

壊れている移民システム
 確かにこれまでの下院での共和党の反対戦術は、客観的に見て度を過ぎていました。あらゆる法案の審議を長引かせ、gridlock(進退窮まった状態) と呼ばれる交通渋滞のような身動きのとれない状態が続いてきました。大統領としては、これでは残った任期中に、とても実現できないと思ったのでしょう。

 アメリカ国民の全てに関わる重要問題だけに、TVで大統領の所信表明がなされ、11月21日、ラス・ヴェガスにおいて、大統領権限行使の署名が行われました。これについて、共和党のジョン・ベーナー議員などは、王か皇帝のようなやり方だと激しく反発しています。この大統領権限の存在は、アメリカ議会主義のひとつの特徴で、その行使と評価はかなり見解が分かれます。

 ただ、大統領が演説の冒頭で述べたように、アメリカの移民(受け入れ)システムは、何10年も壊れたままという事実は、共和党を含めて国民の誰もが認めることです。ブッシュ前政権も最後の段階で試みた移民法改革が実現できませんでした。人種的偏見などもあって、誰もが十分納得する移民改革案は構想しがたいともいえます。先述の上院での超党派案は、それをなんとかくぐり抜けて作り上げたものでしたが、保守派の多い下院はそれすら廃案にしてしまいました。オバマ大統領の改革案もこうした事情を考慮した上で、廃案になった上院での超党派案も取り入れ、かなり共和党に譲歩した内容になっています。

その骨子は次の通り:

1)国境における不法移民の取り締まりを強化する。
  ★国境パトロールの増員を含め、不法入国者防止の手段を強化する。 
  ★最近入国に必要な書類を保持することなく、国境を不法に越えて入国した者を強制送還する。

2)家族ではなく、犯罪者を送還する。
  ★ー懸命に働いているアメリカ市民の親たちではなく、犯罪者の発見・送還に国境管理パトロールの重点を置く。 

3)すでに国内に居住する400万人以上の入国必要書類不保持者に、アメリカの法律に従って活動できるよう責任を自覚してもらい、暫定の滞在を認める。
  ★アメリカ市民で入国に必要ば資料を保持していない親たち(最近は未登録移民ともいう)およびアメリカ国内に5年以上居住している合法定住者に、犯罪歴などの経歴調査を受けてもらい、租税公課を支払ってもらうことを条件に3年間の滞在を認める。 

 この最後の条項が改革案の中心であり、大統領は次のように述べています:

 「あなたが五年以上アメリカに居住しているならば; あるいはアメリカ市民の子供がいるか、合法な定住者ならば;登録をした上で、犯罪歴がないかチェックを受け、規定の租税公課を収めるならば、あなたは強制送還の怖れなく、暫定的にこの国に居住する申請をすることができます。いままでのような影に隠れた存在ではなく法に基づく権利を与えられるのです。」

 この内容は、ブログを継続してお読みいただいた方には自明なことですが、さらにくだいていえば、次のようなことです。大統領は数百万の不法滞在の外国人、それも多くは子供がアメリカ市民か合法的定住者である者の親たち(不法滞在者)に合法的な地位を与える。 アメリカは生地主義(父母の国籍のいかんを問わず、その出生地の国籍を取得する主義)なので、メキシコ国境を入国書類を持たずに越えた両親に、アメリカで子供が生まれると、その子供はアメリカ国籍を取得します。

解決の糸口は
  こうした大統領の提案に対して、野党の共和党は議会の審議を経ない乱暴な方法で、断固として許せないと反対する構えです。これまでの経緯をウオッチャーとして見ると、共和党は多数を占めていた下院で多くの法案をブロックしてきました。共和党の右派には1100万人といわれる不法移民は、すべて強制送還せよとの強硬派もいます。

 ただ、共和党にしてもかたくなに反対すると、オバマ大統領案で救済される比率が大きいヒスパニック系選挙民の反発を招きかねなません。党内は決して一枚岩ではありません。それでも上下両院で過半数を占めるにいたった共和党は、これまで以上に議事運営で民主党に強く当たるでしょう。共和党がその他の分野での譲歩をとりつけるために、大統領自らが前面に出た、この移民制度改革を「人質」にとるという手法は、これまで以上にエスカレートしそうです。

 オバマ大統領としては残された手段である大統領権限を行使し、それによって生じる政治的紛糾があっても、世論などの力を借りて、なんとか突破口を開き、法案を成立させようとの考えなのでしょう。議院運営はさらに厳しくなることは間違いないのですが、あえてその道を選んだのです。

改革案はアムネスティか
 今回大統領権限で提示された移民法改革案の骨子は、これまでの長い議論を考えると、まず妥当な改革案と考えられます。しかし、共和党、特に下院議員はこれはアムネスティ(大赦)だとして反対しています。しかし、対象となる不法(未登録)移民に無条件でアメリカ市民権を付与するわけではなく、滞在期限についても条件付きであり、通常のアムネスティとは異なっています。そして、無登録滞在者(不法移民)の個別的事情は想像以上に複雑で、実務上はかなり対応に時間がかかることは確実です。とてもオバマ大統領の任期中には片付きません。それでも大統領としては、移民法改革だけは形をつけたいと考えたのでしょう。政治家に残された時間は少ないのです。

 さもないと、あのブッシュ大統領の任期末にきわめて似た状況で終わることになりかねません。The Economist誌は、オバマ大統領がアメリカの議会民主制の中で認められたユニークな権限を行使するのは正しい。選挙民たちも政治的渋滞にうんざりしている。しかし、その中にはオバマ大統領の政治に飽きてしまった者もいると指摘しています。その点を大統領も認識して行動しないと道を誤りますよと警告しているのですが。

イギリスも赤ランプ寸前、そして日本は.......
 このたびの大統領権限の行使は現時点では評価が困難です。The Economist 誌のお膝元であるイギリスでも、キャメロン首相が(出入りの増減を差し引いた)ネットの移民受け入れ数を年間10万人以下に抑制すると約束したが、最近、メイ内相が達成は難しい、実際には243,000人くらいになりそうだと発言して議論を呼んでいます。キャメロン首相はEU内部からの移民のコントロールができないからだと主張していますが、域内の人の移動を制限することはEUの根幹を放棄することとして、他のEU諸国は認めません。保守党は、入国してくる移民への各種給付を制限することで対応するとも述べていますが、これも無理な話です。こうした案が生まれるのは、EU域内で相対的に水準の高い社会保障給付体系を持っているイギリスへ来て、仕事がなければ給付を受けて暮らしている外国人がいる といわれる事態
(benefit tourism)が報じられているためでもあります。キャメロン首相は認められなければ、EU離脱もありうるとしていますが、少しバランス感覚を失いかけている感じがします。


 労働力不足の進行で、被災地復興や看護・介護に当たる人材が不足し、このままではオリンピック事業まで、危ぶまれる日本はどうでしょう。移民受け入れ問題は、議論の俎上にはのりません。深刻な労働力不足が日本を襲うことはもはや避けがたいことです。国民的議論が渋滞する中、突っ走ろうとする政治家が出てくるのでしょうか。

 アメリカに目を移すと、いずれにせよオバマ大統領にとって、残りの任期は共和党との不毛なやりとりで、政治的にも難題が山積する非生産的な時間が待ち受けています。次の大統領が決まるまでの2年間は、共和党がよほどの協調的な対応に変身しないかぎり、アメリカの政治にとって大きな停滞期になることはほとんど確実でしょう。

 



 

 

 

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国家の変貌:困難さ増す移民政策

2014年11月12日 | 移民政策を追って

 

 

 アメリカ中間選挙での民主党敗退で、オバマ大統領の立場は著しく厳しくなった。上下院が野党過半数となって、一挙に氷の壁が立ちはだかったようだ。懸案の移民法改革が話題となっている。オバマ大統領としては、今よりはるかに有利な条件で移民法改革を実施する機会は何度もあった。しかし、ウクライナ、イスラム国などの対外問題にかかわっている間に、絶好のチャンスを逃してしまった。その間にメキシコ国境ばかりでなく、アメリカ・カナダ国境もオタワ議会でのテロ事件などの勃発で、問題は困難さを増し、新たな次元に入ってしまった。

高まったハードル
  これまでは、アメリカ・カナダ国境は、最低限のパトロールで両国ともにやってこられた。ここはテロリストや不法移民の通過点ではないという両国の間に暗黙の了解のようなものがあった。しかし、今回の事件などで、5,525マイル(8890km)という長大な国境線の管理をどうやって行くかという新しい問題が生まれている。

 9.11以降、アメリカにとって、南北国境は以前とは比較にならない厳しい障壁が必要となっている。先進国のカナダ側からは、不法就労者などの流入は当面少ないにしても、テロリズム問題はアメリカ、カナダ双方に対応が難しい問題を生みだした。共和党の移民法改革案は、国内に居住する1100万人といわれる不法滞在者に、一段と厳しい対応を求めるだろう。南のメキシコ国境線は南部諸州の問題もあって、連邦政府が介入をさらに強化することは間違いない。オバマ大統領は大統領特権で改革を実施するとも述べているが、そこまでたどりつけるか、環境はきわめて厳しい。

 テロリズムの頻発で、アメリカばかりでなく、多くの国が国境の壁の強化に乗り出している。グローバリズムの進行とともに、移民労働者の移動も拡大するから、受け入れも増加すべきだとの見解は、あまりにナイーヴで、いまやどの国も採用できない方向だ。「アラブの春」も、難民、庇護申請者の数を増しただけだった。ブログでもすでに触れたことだが、人の移動の増加は犯罪ばかりでなく、疫病などの拡大をもたらす。エボラ出血熱の大流行は、国境管理の困難さを世界に伝えた。

イギリスはEUに留まることができるだろうか
 壁はヨーロッパでも高くなっている。スコットランド、カタロニア、ベルギー地域などの独立への動きは、実現するにしてもしばらく先だが、それまでの政治的過程は問題山積だ。

 フランス、イギリスなどでは移民への拒否反応が急速に高まり、事態はかなり急迫している。イギリスのEUからの離別も深刻さを帯びてきた。移民問題がかなり切迫してきたことがひとつの背景だ。

 最近のある調査で「移民が多すぎる」あるいは「移民は問題であって機会ではない」と回答した比率が50%を越える国はイギリス、フランスなどであり、イタリア、アメリカ、ポルトガル、オランダ、スペインなどでは40%近い。ドイツ、スエーデンなどは比較的低く30%前後である

 フランスの国民戦線、イギリスのUKI党など、移民受け入れ反対を標榜するポピュリストも増加している。

 問題がかなり切迫してきたイギリスについてみると、多くの調査機関の研究結果は、移民はイギリス経済に良い結果を生んでいるとしていうようだが、国民もキャメロン首相もやや浮き足だった感じがする。
 
 イギリスの直面する重要な四つの経済問題、すなわち景況、失業、NHS(国民健康サーヴィス)、移民(受け入れ)についてのある世論調査の時系列推移をみると、移民問題は2000年に入ってから問題と回答する人の比率が増加し、2010年近傍でやや低下したが2013年頃から再び増加している。経済が好転すると移民、とりわけ不法移民 illegals への懸念が高まる傾向があるようだ。イギリスの「不法移民」はアメリカのような「入国に必要な書類を持たない」(undocumented)入国者よりは、滞在目的が異なる名目で入国し、定住してしまうタイプが問題とされている。イギリスを訪れると、確かに以前よりアングロサクソン系ではない外国人が増加したような印象を受けるが、移民に特有な地域的集中の問題もあって、簡単には判断が下せない。

Source;The Economist October 25-31, 2014. 

 ここで詳細に論じることはできないが、グローバル化の本質も、一般に流布しているほど単純ではない。さらに、国家自体が大きく変貌している。かつての国民国家に近い内実を備えた国は少なくなっている。国家が新たな分裂・再編に耐えられず、再び国境の扉が閉じられつつある。平静な国境管理に戻るには、かなりの時が必要だろう。

 最終的には国民が判断するしかない。The Economist誌は、立場上からか、イギリスの移民問題にはいつも"冷静" クールに、どちらかといえば受け入れに賛成の見解を提示してきたが、このところ問題がかなり入り組んで(messy)きて、その対策もやっかいな状況にあることを認めている。EU自体の存立が危うくなってきている。アイロニカルな表現が好きなThe Economist(October 25th-31st, 2014)は、EUカラーのオウムのような巨大な鳥が点滴を受けている傍らで、ドイツのメルケル首相が「休んでいるだけよ」It's only resting...とつぶやいている表紙を掲載しているが、ドイツだけががんばっても救えそうにない。

  ドイツ連邦政府はいわゆるベネフィット・ツーリズム(労働のためではなく社会保障給付金を得るための移民)の波に乗ってきたルーマニア人などの国外退去を実施するようだが、これはEU条約内での政策対応であり、客観的事実に裏付けられるかぎり、支持されよう。イギリスのEU離脱問題とは、一線が画される。
 

 そして、アジアも波乱含みとなってきた。台湾での学生の議場占拠、香港での対立激化など、アジアでも新しい問題が起きつつある。人口激減を迎えている日本では外国人労働者受け入れは、必須の検討課題だが、なぜかどの政党、メディアも正面切って取り上げることをしない。うかつに手を挙げて、痛い目にあうことを怖れているのだろうか。1980年代以降、短期的対応でその場を繕ってきた国だけに、これから支払わねばならない代償はきわめて大きい。 

 

 The Migration Observatory, Ipsos, MOEI,2013

References

"The melting pot" The Economist October 25th, 2014
”Undefeated no more” The Economist November 8th 2014


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国境の危機:遅きに失したアメリカ移民法改革

2014年10月16日 | 移民政策を追って




 アメリカの「国境危機」Border Crisis、このタイトルはこれまで何度メディアのトップを飾ったことだろう。最近のオバマ大統領には、就任当時のようなダイナミズムや新たな課題に立ち向かう積極性が感じられない。エボラ出血熱への対応でも、かなり手を焼いているようだ。これも人の移動、グローバル化の進展がもたらしたひとつの現象だ。人の移動に伴って命を脅かすような危険な感染症も国境を越えてしまう。17世紀30年戦争当時も、外国の軍隊がペストやチフスなど多くの疫病を侵攻先に持ち込んだことは、このブログでも取り上げたことがある。

 アメリカの外交政策面では、「イスラム国」、シリア、イスラエル・パレスティナ問題、さらにアメリカに代わって世界の覇権を奪取しようとする中国への対応など、どれをとっても決め手に欠ける。国内問題についても、大統領選当時からオバマ大統領側が掲げてきた移民法改革が未だに実現していない。実際に移民に対応する南部諸州などはしびれをきらしたようだ。かなり過激な動きが目立つようになった。最近のBS1が、その一端を伝える番組を放送していた。

決まっていた路線
 このブログでも再三にわたり記してきたが、アメリカの移民法改革の大綱は、かなり以前に定まっていた。共和党ブッシュ大統領が、レームダック化した任期末に、最後の功績として残したいと考え提示していたのが、包括的移民法改革だった。一時はケネディ・マッケインなど民主・共和両党の上院議員間でほぼ合意が成立した。しかし、ブッシュ政権下では実現することなく、アメリカ・メキシコ国境の障壁を少し延長、強化した程度だった。

 その後を継いだ民主党オバマ大統領としては、政治的立場は異なっていても、上下院で多数を占めていた当時の状況から、移民法改革はかなり早い時点で実現可能と思っていたのではないか。しかし、「包括的移民法改革」案は、その後下院で多数派を占めることになった共和党が、次々と上程される法案をかたくなに否定してきた。オバマ大統領としてはその頑迷と執拗さに辟易として、当初の情熱を失っているかに見える。

 ブッシュ大統領時代末期から、来たるべき包括的移民法案の骨子と想定されてきたのは、1)南部のアメリカ・メキシコ国境の管理体制の整備・強化、2)農業労働者など、アメリカ人労働者がやりたがらない季節的・低賃金分野の労働者の秩序ある受け入れシステムの構築、そして、3)国内にすでに居住・生活しているおよそ1100万人の不法滞在者について、段階的な審査の上で市民権付与への道筋をつけることの3本柱だった。しかし、少し踏み込んでみると、そのいずれもが一筋縄ではゆかない複雑さを露呈してきた。改革が遅滞している間に、現実は深刻化し、不法移民の数も増え、問題は困難の度を増した。議会審議を停滞させ、政争の場としかねない多くの問題が新たに生まれてきた。これらの主要点については、このブログでも何度か指摘してきた。

自らの尊厳をいかに確保するか:不法滞在者の声
 BS1で放映されていたテーマも、その複雑な問題の一端に触れたものだ。アメリカ移民法上、「不法移民」 illegal immigrant とされる実例を、ジャーナリストである本人が自らの裏面を明らかにすることで、彼らが抱える問題の核心に迫っている。

 次のごときストーリーである。5歳の時、フィリピンから母親と離れてアメリカへ偽造入国書類で不法入国した若者 ホセ・アントニオ・ヴァルガスは、移住したカリフォルニアでの地域・血縁社会からの支援と自らの努力で、全国的な知名度を持つジャーナリストとして成功した。
しかし、いまや32歳となった彼は、アメリカ国民としての法的地位、権利を保障する書類を一切持っていなかった。一般に「不法移民」undocumented, illegal immigrants といわれる存在である。

 全国的に知られるジャーナリストにまで社会的上昇の階段を上りながら、彼自身のアメリカ人としての法的地位を明らかにすることなく活動してきた。これでよいのだろうか。自分は国民を裏切っていないだろうか。移民法改革の実態を伝える記事を作りながら、ヴァルガスはこれまで自ら語ることのなかった、不法移民としての裏面を明らかにする決意をする。

 長年アメリカで生活し、活動を続け地位を築いたにもかかわらず、国民として合法的な入国手続きや書類を保持していない自らの背景と心情を語ることで、同様な状況にある1100万人の抱える問題を改めて社会に提起した。こうした立場の人たちの多くが、いつかその事実を発見されて強制送還される怖れを抱きながら、日々それぞれの仕事をし、税金を支払っている事実を、自らを例として、国民の前に提示するという勇敢な行為に出た。「アメリカ人」をどう定義するかという根本問題にチャレンジしたのだ。自らが現行移民法上では違法な地位にあることを明らかにし、同様な立場にある人々への救済の道を開こうとする大胆な行動だった。

 ホセ・アントニオ・ヴァルガスというこのジャーナリストは、自ら移民局に連絡し、アメリカ国民であることを証明する書類を保持しない自分は、どういうことになるのかという問いかけをし、自らを危険にさらすことまで行った。しかし、移民局も対応を決めかねているようだ。2013年には上院公聴会でヴァルガスはその立場を明らかにし、大きな共感を呼んだ。ヴァルガスは、こうした一連の経緯を自らひとつのドキュメンタリー番組にしてしまった。かくして、ヴァルガスは全米一有名な不法移民として知られる存在になった。

危険にさらされる子供たちの不法入国の試み
 他方、最近のブログでも記したが、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルヴァドールなどの中米諸国からメキシコを経由して、アメリカへ不法入国しようとする子供たちの問題が注目を集めている。この原因としては、これらの国々における経済停滞、犯罪、貧困による家庭崩壊などの社会的不安定化が存在する。子供たちだけでも、少しでも豊かな国で働き,生活し、故郷の家族へ送金してほしいとの親,兄弟などの思いがある。さらに、この動きを増長したのは、オバマ大統領が定めた16歳未満の入国者なら不法でも優遇するとの方針が誤解されて、未成年者の北へ向かう動きに拍車をかけたらしい。大統領府は急遽、未成年であることだけでは優遇しないと、その主旨を説明したが、一度動き出した子供の不法移民の波は、簡単には終息しない。こうした子供たちは、一枚の出生証明書だけを頼りに、所持金もほとんどなく、2000km近い危険な旅に出る。彼らの旅程をわずかに支えるのは、タパチュラといわれる私的な善意に支えられたシェルターだけだ。かれらはこうしたシェルターを頼りに、コヨーテといわれる人身売買業者や追いはぎ、強盗などの恐怖におびえながら旅を続ける。

 かろうじてアメリカ・メキシコ国境へたどり着いたとしても、そこには新たに設置された高いフェンスあるいは自然の要害となっているリオ・グランデ川が立ちはだかる。身代金を強奪するような舟の渡し業者を避け、なんとか自力で泳いで渡れそうなところを見出し、アメリカ側へ越境する。しかし、そこには無人探索装置などで強化されたアメリカ側の国境パトロールが待ち受けており、ほとんどは拘束され、本国に送還されてしまう。

 メキシコからアメリカに越境を試みて捕まった、親や保護者に同伴していない子供達の数は今年度は68,541人、昨年38,579人より77%増加したことをアメリカ税関・国境取締局(CBP)が発表した。

移民への反感と支持が生む「第3の国」
 このように、アメリカを目指す不法移民の流れは中南米に限らず、世界のいたるところからだが、減少する気配はない。特に多いのはアメリカ・メキシコ国境だが、ここは中南米諸国のみならず、世界各地からの合法・不法の移民の受け入れ口になっている。この長い国境線にはおよそ1100kmのフェンスが設置されているが、国境の3分の1くらいをカヴァーするにとどまっている。残りの部分は,リオグランデ川や砂漠などの自然の要害をもって障壁に代えている。

 この長い国境線上には、下図のように、いくつかの公式の移民受け入れ場所(ports of entry)が設置されている。これらの入国管理地点は、鉄道、トラック、自家用車、歩行者などの形態で、合法入国が認められている。従来は太平洋岸カリフォルニア州に近いSan Ysidro-Tijuana, Calexico-Mexicaliなどが入国者の多い地点だったが、近年は次第に中央部から東部へ比重が移り、Nogales, El-Paso-Ciudad Juarez, Eagle Pass-Piedras Negras, Laredo-Nuevo Laredo, Hildago-Reynosa, Brownsville-Matamoras などへ入国者が分散、移転している。ニューメキシコ、テキサス州と接する地域が重要度を増し、各州は対応に苦慮している。

 移民法改革が手間取っている間に、アメリカにとってきわめて困難な問題が国境隣接州に蔓延してしまった。合法、不法のいかんに関わらず、主として中南米からの移民が濃密に定着する地域が生まれた。カリフォルニア、アリゾナ、テキサスなどの諸州である。これらの州では以前から居住している州民と新たに加わった移住者の間にさまざまな摩擦、軋轢が生まれ、深刻な問題を生んでいる。

 その詳細は別の機会に待たねばならないが、たとえばテキサスなどでは、従来からの居住者が自ら新しい移住者(ほとんどは上記の入国管理事務所を回避して、砂漠や河川を通り抜けてアメリカへの入国を試みる不法移住者)の阻止に動き出している。たとえば、これらの州に多い牧場主たちは、自分の土地に鉄条網を張り巡らし、恒常的にパトロールし、不法な移住者の通過を監視し、発見すれば拘束したり、国境パトロールへ通報するなどの措置をとるようになった。時には自警団を組織して、不法入国者の阻止に当たっている。彼らにとって、こうした自衛策は、「ウサギを追う犬」のようだとさえいわれる。

 しかし、貧困と麻薬貿易などで、劣悪化する中南米諸国から、アメリカという少しでも豊かな土地を目指す人たちの流れは断ち切れない。アメリカ・メキシコ国境に近い諸州では、ヒスパニック系住民の比率が急増し、従来からの居住者との間で激しい対立も起きている。アメリカでもなく、メキシコでもない「第3の国」ともいうべき風土が形成されている。

 共和党側も反対ばかり続けることへのマイナス面を考慮し、年末までには法律を成立させるように努力すると述べてはいる。しかし、実際にどのような形で妥協が成立するか、未だ明らかではない。オバマ米大統領が最終的に大統領特権を発動してまでも、いかなる移民政策を打ちだすか、11月8日の中間選挙を目前に、決断の時が迫っている。


 
 

アメリカ・メキシコ国境合法入国管理所の所在地,2011年現在

Source: U.S. Department of Transportation,Bureau of Transportation Statistics.




 NHKBS1「BS世界のドキュメンタリー」で、去る10月8-9日に放映された作品は、ホセ・アントニオ・ヴァルガス自身が映画の監督として制作したものであり、2013年ハワイで開催された映画祭で、ドキュメンタリー部門観客賞を受賞した作品が元になっているといわれる。


Reference
 ”Migrant Hunters” NEWSWEEK,August1ー8,2014

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扉を閉ざす国々:移民受け入れの限度を計る

2014年02月16日 | 移民政策を追って

 


々介護の行く末
  高齢者が高齢者を介護(老々介護)することが、
日常の光景となった日本だが、いつまでこの状態も維持できるだろうか。破綻した悲惨な事例をすでに多数、見聞きしてきた。高齢化に関連する看護・介護の劣化は、全国いたるところで陰鬱に進行している。高齢者の多い地域の実態を体験してみると、明日は今日よりは良くならないことを肌身で感じる。デイケア・センターなどの建物は出来ても、介護に当たる人が集まらない、人材の定着が期待できないなどの話もよく聞く。それでも都市の施設はなんとかやっているが、地方へ行くほど実態は厳しい。

 当選した東京都知事が、自ら母親の介護をした経験を選挙戦での武器としてきたが、国全体としてどこまでやっていけるのだろうか。人口自体が減少する過程で、高齢化はとどまることなく進行する。急速に高齢化する団塊の世代を誰が介護するのだろうか。そこに明るいイメージを描くことはきわめて難しい。

 景気が上向き、有効求人倍率が上がっているということが報じられているが、手放しで喜べない。需要があっても人材の供給ができず、人手不足になっているだけの分野も多い。仕事はあっても、労働条件が厳しく、劣悪で応募者がいない。

 すでに遅きに失したが、近未来の人材バランスのあり方を現実的に再設計する必要がある。最近の雇用制度をめぐる論議は、破綻を繕う程度にとどまっている。以前より状況が改善されるとはとても考えられない。

生きる喜びを感じうる社会は?
 広く深いヴィジョンが政策立案者にないと、激動の未来を生き抜く構想は生まれない。医学や生命科学の進歩で、寿命だけが伸びても、人が生きる喜びを感じられない社会であってはならないはずだ。科学のあり方も問われている。これからの時代には、先を見通す洞察力と今までとは異なった視野が求められる。

 問題の深刻化に伴い、医療、介護の一体改革、年金制度の再設計、外国人の受け入れ拡大など
、いまさらのようなフレーズがメディアに上っているが、ここまできた以上、問題の本質を見据えた、そして少なくも次世代までは土台を変えないですむ制度設計が必要ではないか。外国人の受け入れ拡大についても、これまで成功しているとはいえないだけに、急速に変化しつつある世界の動向を見定めての慎重な検討が必要だ。

 
今回取り上げるのは、グローバル化と言われる時代にあって、まさに国境の扉を閉ざそうとするいくつかの国のいわばスナップショットである。日本はそこからなにを学ぶことができるだろうか。

影響大きいスイスの決定
 ヨーロッパのほぼ中心に位置するスイスでは、2月9日、国が受け入れる移民数を制限するかを問う国民投票が実施された。結果は制限に賛成が50.3%と、わずかに反対を上回って可決された。およそ49.7%が反対投票した。スイスはEUにもEEAにも加盟していない。しかし、労働力の自由な移動を認める協定をEUと結んでいる。EU諸国の間ではシェンゲン協定というほぼ同様な取り決めがある。100を越えるEUや国別の協定を結び、なんとか財、サーヴィス、人、資本の移動に関して、EUの単一市場の方向をフォローしている。今回の国民投票は右派の国民党Swiss People's Party が主導したものだが、国民投票の結果を受け、政府には3年以内に移民制限を法制化する義務が生じている。

 
スイスの人の動きを制限する動きには、EUは強い反対の意を表明しており、なんらかの対抗措置に出る可能性もある。スイス建国にまつわる伝説の英雄ウィリアム・テルがオーストリアの悪代官にとらえられ、息子の頭上に置かれた林檎を射落ぬくことを命じられ、見事に射抜いて悪代官に勝ったように、今回の国民投票は、図らずもEU本部を射抜いてしまったところがある。人の移動の自由化を高く掲げてきたEU本部にとっては、足下が揺らぎ始めた思いだろう。
 
 


 

  スイスの人口は800万人、年間の純受け入れ移民はおよそ7万人である。人口に占める外国人比率は23%と、ヨーロッパではルクセンブルグに次ぐ高さである。スイス国内では近年移民の増加によって、家賃の上昇や交通渋滞、犯罪増加などがもたらされたとの反対が強まっていた。

 スイスの経済は好調で、労働力不足が生じ、国外から精密工学など高度な技能を持つ労働者やスイス国民が働きたがらない土木、介護などの分野で働く労働者が増えていた。スイス人の仕事が外国人に取って代わられているとの指摘もある。スイスにある国際的企業は、外国人がいなかったら経営ができないと国外移転をほのめかし、外国人受け入れ反対派を牽制してきた。しかし、受け入れ反対派が急速に増えたのは、大量移民によってスイスとしての国のアイデンティティが失われるを怖れる人たちが増えたことが原因とされる。

 今回の国民投票の結果はスイスのみならず、EU諸国へも影響を与えている。イギリス、フランスなどの移民反対を掲げる右翼政党は、スイスの結果を評価する声明を出している。移民受け入れ反対派は、かなり支持者を増やした。今後の動きには、十分な注意が必要だ。

不法移民を雇っていたイギリス移民担当相
 スイスのこの動きと前後して、イギリスでは2月8日、移民担当相マーク・ハーパー氏が辞任した。イギリスではキャメロン首相が、同国はこれ以上移民を受け入れることはできないと、再三表明してきた。皮肉なことにハーパー氏は自宅で、不法移民をお手伝いに雇っていたということだった。内務大臣テレサ・メイは、ハーパー氏が閣内から去るのは残念だが「マーク(ハーパー)は素晴らしい閣僚でイギリスへの移民を大きく減らしたことは賞賛に値する」と、同僚を支持している。

 ブログに記したこともあるが、ハーパー氏は昨年移民の多い地区で、不法滞在者に向けて「国へ帰れ、さもないと逮捕される」 'go home or face arrest' という看板を掲げた車を走らせ、物議を醸した人物である。彼は労働者や使用人の採用に際しては、不法移民でないことを書類で十分チェックするようにと述べていただけに、「上手の手から水が漏れた
」というべきだろうか。

 同じような出来事は、これまでアメリカやイギリスでは、ローカル・レヴェルではたびたび起きており、そのつど当事者が釈明や辞任に追い込まれていた。こうした出来事は、不法滞在者を判別することがいかに難しいかということを示している。不法移民の側も、書類偽造、手術による指紋抹消、出身地など本人に関わる証拠を一切抹消してしまうなど、さまざまな対抗手段をとる。かつてアメリカ・メキシコ国境を越えて、入国した者の多くは、入国に必要な書類のみならず、自分や家族にかかわる公的書類などを一切保持していなかった。

手詰まりのオバマ移民対策
 
アメリカでは移民法改革が滞る中で、明らかになったことはオバマ政権の下では、不法移民の強制送還がきわめて多いというやや意外な事実である。昨年アメリカは入国に必要な書類を所持していない移民、369千人を強制送還したが、その数は20年前の数字の9倍にあたる。オバマ政権になってから、およそ200万人が強制送還された。昨年強制送還された者のおよそ3分の2は国境で摘発された者で、残りは国内で不法滞在者として摘発された者といわれる。こうした事実を反映してか、アメリカに不法入国を試みる者の数は減少している

 人権擁護、民主化などの旗を高く掲げて当選したオバマ大統領だが、移民政策についてみると、共和党の反対でほとんど進行していない。とりわけ、国内に居住する1,170万人ともいわれる不法滞在者については、ほとんど対応できていない。共和党の強い反対もある。残された手段として、国境付近での取り締まりを強化し、不法入国を試みた者を次々と強制送還するということになっている。正確な統計数値がないが、不法移民が話題にされるようになってから、初めて流入が流出を下回った。

 オバマ政権下で送還された不法移民の数は、政権発足以来すでに200万人近くに達していることが明らかにされている。農業、ホテル、レストランなどは、こうした不法移民の存在で支えられてきた。以前は国境パトロールは、ただパトロールするだけと揶揄されてきたこともあったが、最近では不法入国者を積極的に摘発し、強制送還するようになった。アメリカに両親に連れられ、不法入国した子供が成人して故国メキシコの親戚などに会いに出かけたが、アメリカへの再入国はできなくなったなどの例が多数報じられている。こうなると、人道的観点から寛容に扱われてきた家族の結合どころか切断になってしまう。

 大統領が強制送還を決めているのではないかとの記者団の質問に、オバマ大統領は「自分はできない」と苦しい答弁を強いられている。


拘留センターのベッド数に比例?
 オバマ政権が特に国境付近での不法移民の強制送還に重点を置きだしたのは、さまざまな理由がある。そのひとつに、不法に入国してきた外国人を一時拘留する施設 detention center が満杯で、収容する余裕がなくなったことも挙げられている。こうして拘留されている者の中には、犯罪者や母国を立証する資料がなにもなく、審査も送還も出来ないという者も多い。

 アメリカでは、こうした拘留施設の一部を民間の経営に任せているが、その運営予算も限度があり、強制送還が増加しているのは、収容センターの状況を反映しているともいわれている。拘留センターは刑務所並みとはいわないまでも、高い塀と有刺鉄線などで拘留者が逃亡できないようになっている。

 他方、野党の共和党は相変わらず国内に居住する1200万人ともいわれる不法移民への市民権付与には反対しており、オバマ政権は当初大きな公約としていた移民法改革を未だに実現できずにいる。

日本の選択は
 さて、再び日本に戻る。中国、韓国など近隣諸国との関係が緊迫度を増し、最近では「鮫に囲まれた国」とまでいわれるようになった。難しい状況で国境管理は格段に厳しさを求められている。今の段階で国境の扉を開く政策はとりにくい。

 他方、中国、韓国など周辺諸国では、人口圧力は高まり、大気汚染や格差拡大など生活環境も急速に悪化している。生活水準が相対的に高く、住みやすいといわれる日本に居住先を求める者も増えている。中国などの富裕者の資本逃避先にもなりつつあり、オリンピックを当て込んでの不動産投資なども増えてきたようだ。中国国内で巨富を蓄積するのは危ういとなれば、反日の国でも投資するというしたたかさだ。


 他方、高齢化の加速で看護・介護などの人材への需要は高まるばかりだ。国内で充足できない以上、外国からの受け入れ拡大は選択肢としてあっても、現在の状況では欧米諸国とは違った意味で、国境管理は難しい課題を抱える。受け入れる対象国も厳しく限定される。やれることはなんでもやるというのは、政治家の決まり文句だが、国境管理の成否は、国の盛衰に関わる。移民受け入れをめぐる国民的議論を極力回避してきた日本だが、そのツケを払う時が近づいている。


References

"Europe watches Swiss immigration vote." BBC News, 8 February 2014. 

’Immigration minister resigns for employing illegal immigrant' The Guardian February 8 2014.

’Barack Obama, deproter-in-chief' , 'The great expulsion' The Ecomonist February 8 2014.

 




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風船はいつまでもつか:EU移民議論

2014年01月06日 | 移民政策を追って

 

黒海よりの黄緑部分がルーマニア(上)、ブルガリア
薄青部分はEU未加盟のスイス、ノルウエー 

 

日本にはなぜかない議論
 今回は、外国からの旅行者は歓迎しても、外国人労働者、とりわけ低熟練労働者は受け入れませんという日本の移民受け入れ方針をもう一度考えてみるひとつの材料を提供したい。人口減少、高齢化の進行で、看護・介護分野での甚だしい人手不足、肉体労働分野での高齢化が進み、後継者がなく次々と廃業してゆく小零細企業の実態を見ていると、このまま放置すると、次の世代はいったいどうなるのだろうかと管理人は少なからず心配をしてきた。

  3.11後、さまざまな使命に燃えて、危険な原子炉の廃炉作業の工事に携わっている人たちにインタビューしても、今後どれだけ維持できるのか、不安がつのる。下請け労働者に委ねている領域を含めて、作業は今後少なくも数十年に及ぶという。技術の伝承、要員の教育体制を含めて心細く、今はほとんどその日暮らしのような体制だと伝えられている。廃炉に向けての作業は、核廃棄物や汚染水の処理のあり方を研究・開発しながら、果てしなく続く仕事に従事する人々を円滑に教育・供給していく体制は、風化する体験の中で信頼できるものになるだろうか。

 仕事が厳しく日本人労働者が就きたくない低賃金の仕事は、いったい誰が担ってゆくのだろうか。熟練度の低い外国人労働者は受け入れない方針を、日本はこれまで主として日系ブラジル人、アジア諸国からの技能研修生などを受け入れることで、なんとか対応してきた。しかし、その過程で日系ブラジル人や研修生が低賃金労働者化するなど、多くの弊害も生まれた。

 こんなことを考えながら、年末にふと見かけた建築現場では、アジア・中東系と思われる若い外国人が、現場の廃材やゴミの処理作業などを行っていた。実はこうした光景はいたるところで見ることができる。たとえば、この国の首都の玄関に相当する駅構内で営業するレストランや店舗は、洗い場などで働く中国、韓国などからの(学生アルバイト) パート店員なしではやっていけない。知る人ぞ知る労働の世界がいつの間にか根付いている。長いデフレや3.11の勃発など不測な出来事もあって、確かに、不法滞在者の数は減少したが、留学生のような合法滞在者でこうしたパート労働に従事する者は多い。

EUの決断 
 目をヨーロッパに転じると、新年1月1日からEUのイギリス、ドイツ、オランダなど9カ国では、それまで実施していたルーマニア、ブルガリアからの移民労働者への経過制限措置を撤廃した。

 ブログで管見してきたように、すでにさまざまな議論があった。ブルガリア、ルーマニアは、2007年にEU加盟を認められた。しかし、直ちに自由な人の移動は認められず、経過措置として、EUの受け入れ国側には、各国の事情で最長7年間、なんらかの制限・衝撃緩和措置を設定することを認めてきた。これによって、2013年末までイギリスなど9カ国が規制を実施してきた。しかし、新年1月1日からブルガリア、ルーマニアからの移民労働者に対する規制が撤廃されたというのがその意味である。イギリスの新聞などを見ると、ほとんど連日、この問題をめぐる記事で埋められてきた。その後も論争は絶えることなく続いている。

ポーランドEU加盟の際の経験は生きるか

当ブログ関連記事

 振り返ってみると、2004年当時、イギリスのブレア首相は、EUに加盟したポーランドなど東欧8カ国の労働者受け入れを規制することをしなかった。アイルランド、スエーデンも同じ立場をとった。その結果、イギリスを例にあげると、2001年58,000人だったイギリス居住のポーランド人は、その後10年で10倍以上に増加した。イギリス東部の地域では、ポーランドを含めて東欧からの移民の定住化が進み、外国人が住民の15%に達したところもある。

 こうした東欧労働者の多くは、イギリス人労働者が働かなくなった、農業、土木などのきつい作業の労働分野で働いてきた。ポーランド、スロヴァキアなどからの労働者は、働き先で異なるが概して受け入れ国での最低賃金に近い水準で働いている。

 連日外国人労働者をめぐる議論が盛んに行われているイギリスのメディアでは。BBCなどを聞いていると、最大の問題は、外国人労働者が集中している地域住民の側にさまざまな反対や不安があるようだ。とりわけルーマニアについては、ロマ人(かつてジプシーと呼ばれた)の移動について、住民の不安が多い。現地インタビューなどでも、住居がなく路上で生活したり、仕事につけず、物乞いで日々を過ごしている人々への不安や不満が目立つ。とりわけロマ人はかねてから定住の地を持つことなく、キャラヴァンでヨーロッパを移動し、移動先でほそぼそとした仕事をしていた。そうしたイメージは今日も根強く残り、大都市ではロンドン、ロッテルダム、ベルリン、デュイスブルグ、ドルトムントなどで、不満や苦情が多い。

 他方、1月11日(土)のBBCで、ブルガリアからイギリスへ働きに来ている若い乳児を抱える夫婦のインタビューを聞いた。それによると、イギリスは本国と比較して、英語は難しく、生活費は高いが、生活レヴェルが高く、本国より住みやすいし、人も親切だ、できるならばこちらに永住したいと答えていた。他のメディアの報道とは大きなギャップがある。ブルガリアは小国にもかかわらず、シリア難民が多数流入し、産業・雇用基盤も脆弱だ。海外へ働きに出ないと暮らして行けないという考えも伝わってくる。

外国で働きたいルーマニア人
 今回のルーマニア、ブルガリアからの全面受け入れについては、2004年以降のポーランド人労働者の受け入れ経験が下敷きになっている。ルーマニア、ブルガリア両国を合計した人口は、ポーランドの3900万人のおよそ4分の3である。しかも、ルーマニアの経済は改善途上にあって、失業率は5%以下、首都ブカレストでは2%という完全雇用に近い状況にある。しかし、それでもEU諸国の間には大きな経済格差があり、多数のルーマニア人が域内の先進国を目指す。

 ルーマニアの700万人近い労働力のうち、およそ1100万人は国内の公務員など安定的な仕事についている。これに対して、約300万人がEU加盟時以降、域内諸国への出稼ぎに出ている。2007年時点ではイタリア、スペインへそれぞれ100万、フランスへ50万、ドイツへ40万以上、イギリスでは12万人が働いていると推定される。彼らはほとんど行商など自分だけでする仕事あるいは季節労働者として働いている。企業などに雇用され安定した仕事をしている人は少ない。彼らは本国でのより安定した雇用が望めない限り、外国で働いている方が本国家族へも送金ができると答えている。

社会保障給付を求めての移民?
 
規制の失効を前に、昨年末、イギリスはEU加盟国からの出稼ぎ労働者に対する失業手当の申請を3ヶ月間禁止、国内での物乞いは強制送還した上で、1年間再入国も禁止するとの措置を設定した。この措置については、入国したが仕事に就けない、あるいは仕方なく物乞いをして過ごしているなどの外国人についての地域住民の不安や苦情に対したものと考えられる。

 さらに最近、これらの移民労働者が出稼ぎ先の国で、自国では期待できない失業給付、医療給付などの社会保障給付を受け続けるために不必要に滞在し、受け入れ国民の負担になっているという「社会給付移民」 Social Benefit Migration というタイプの移民が増えているとの批判も高まっている。

 問題が最も過熱しているのはイギリスだ。かつては、「ゆりかごから墓場まで」のスローガンで知られた社会保障優等国だった。キャメロン首相は移動の自由は、自活できない者が社会保障の福祉給付をもらうためにあるのではないと述べ、受け入れ制限の撤廃に反対の意を表明してきた。もっとも、イギリスはEUの中で唯一すべての国民に普遍的な福祉システムを導入しており、他国の場合は多かれ少なかれ当該国への貢献次第となっている。さらに、キャメロン首相はルーマニア、ブルガリアからの移民労働者は英語を話し、外国人カードを携行し、税金を納めることが条件だとも述べている。
 
 
ドイツの調査機関IABによると、今年は10-18万人のルーマニア、ブルガリアからの移民労働者の流入が予想されるが、それらのすべてが「貧困に基づく出稼ぎ」poverty immigration であるとは言い切れないとしている。それによると、ドイツ国内のルーマニア、ブルガリア移民の失業率は7.4%であり、全国平均の。7.7%より低い水準であり、さらに全移民労働者の平均の14.7%よりもかなり下回っているとしている。彼ら家族の65%が働き、税金を納付しているとの推定である。しかし、ドイツで働くルーマニアあるいはブルガリア人の3分の2は、国内労働者が就労しない不熟練労働に従事しているという事実がある。

  オランダのように小さな国(人口1700万)では、外国人労働者の数は小さい。しかし、同国の建築業などでは、外国人を雇う労賃の安い企業に対抗できないとして廃業するものが増加している。同国の社会問題省が委託研究した調査の結果では、東欧からの労働者は温室栽培の果物採取など、自国労働者が働きたがらない賃金の低い領域で仕事をしている。他方、労働組合は産業レヴェルの団体交渉で定められた賃率より低い賃金で外国人労働者を雇っていると批判している。最近の低賃金問題の根源には、同国で急増している難民の問題もある。

 オランダの賃金はポルダー協定といわれる政労使の3者協定で定められた賃金率に基づき寛大な社会保障給付が与えられてきた。しかし、EU加盟国数が拡大した今日では、賃金率も外国の影響を受けざるをえない。

 はるか以前から経済理論的思考だけでは到底解決できなくなっている移民労働者問題だが、行き着く先は国民の不満を抑えがたくなった国のEU脱退、EU自体の分裂ではないかと思われる。それともEUの理想である国境のない連合体の達成は、どれほど実現性があるのだろうか。域内諸国の間には、いまやあまりに大きな格差が生じている。

 たとえてみると、現在はかろうじて風船の破裂を抑え込んでいる状況にあるといえる。EU域内の移民受け入れ国では、移民受け入れ反対の感情が高まっている。政治への不信感の高まり、社会保障制度への批判などを含めて、こうした反移民の動きはしばらく高まるだろう。

 地球人口の歯止めがきかない増加、アフリカなどから危険を冒してまでヨーロッパを目指す人の流れ、シリア難民など戦火に追われて入国を求める人たちの流れなどが、背後で移民受け入れ制限への圧力になっている。きつい仕事はしたがらない、あるいはできない人たちが増えている先進国は、それをいとわない開発途上国からの労働者で支えられている。国家の盛衰は避けがたい。そして、何時の日か、その地位は逆転する。今日の先進国が明日も先進国の地位を保てるか、保証はない。歴史が教えるところである。


 

★ シェンゲン協定 Schengen Treatiesは、最初1985年に署名され、その後ヨーロッパの26カ国にまで拡大している。。シェンゲン圏内では渡航者が圏内に入域、または圏外へ出域する場合には国境検査を受けるが、圏内で国境を越えるさいには検査を受けないで移動することができる。アイルランドとイギリス以外のすべてのEU加盟国は協定を施行することが求められている。ブルガリア、ルーマニア、キプロス以外ではシェンゲン協定やその関連規定が施行されている。シェンゲン圏は4億を超える人口を擁している。


References
"Overflow: Dutch Immigration" The Economist August 24th 2013

”The gates are open” The Economist Jan 4 2014

 

 

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アメリカ市民になれる日は?:座礁した移民改革

2013年12月16日 | 移民政策を追って

 

我にゆだねよ
汝の疲れたる 貧しい人々を
自由の空気を吸わんものと
身をすり寄せ 汝の岸辺に押し寄せる
うちひしがれた群衆を
かかる家なく 嵐に弄ばれた人びとを
我がもとへ送りとどけよ
我は 黄金の扉のかたわらに
灯火をかかげん

Give me your tired,
your poor,your huddled masses yearning to breath free, 
The wretched refuse of your teeming shore,
Send these, the homeless, tempest-tossed to me,
I lift my lamp beside the golden door!

Emma Lazarus, 1883
(田原正三訳)
ニューヨーク 自由の女神像台座銘板に刻まれた詩

 

 

 オバマ大統領の大統領就任当時、アメリカは幸いにもケネディ大統領のような若く理想に燃えた人材に恵まれ、再び1960年代のような繁栄の道に戻るかに見えた。新政権に委ねられた課題は多かった。中でもブッシュ前大統領が最後の花道にと考えた包括的移民改革も、結局実現することなく、新しい大統領に引き継がれた。オバマ大統領は就任当初、自分の政権中にこの問題もほぼ解決しうると考えていたようだ。実際、ブッシュ政権までに移民政策の目指す方向はほとんど議論が尽くされ、整理されていた。新大統領は自信に満ちあふれていたかにみえた。

 しかし、2013年が間もなく幕を下ろす今になっても、移民改革は実現の兆しはない。もはや移民改革は挫折したと書き立てるメディアも増えている。最近では、自由の女神像の前で座礁した移民船にたとえた記事もある。前回記したEU、とりわけイギリスと同様に、アメリカでも移民受け入れについて、国民が全体に保守化していることは否めない。


共和党の抵抗
 なぜ、こんなことになったのか。オバマ大統領就任前から、中国などの急速な台頭などもあって、アメリカの世界における地位は相対的に低下していた。国民の間の経済格差も拡大、その底辺部にいる貧しい人たちの状態改善のために、社会保障、とりわけ医療改革などに多大なエネルギーを注がねばならなくなった。医療改革はアメリカにとって、移民改革と並ぶ重要課題であったが、共和党などの強い反対できわめて歪んだ結果になってしまった。9.11後のテロリズムへの不安感が、移民への対応を厳しくしたことも否めない。

 移民改革も上院を中心に主要な議論は尽くされていた。しかし、下院で共和党、とりわけ保守系右派の強硬な反対に会い、挫折を繰り返してきた。現在、下院を数で支配する共和党には、上院案を通過させる考えはまったくない。移民問題は、十人十色といわれるように、議員が経験してきた人生経験などで、議論が拡散し始めると、収束できなくなる。オバマ大統領が移民法改革を口にする機会はほとんどなくなった。その過程はこのブログでも時々記してきた。

不法滞在者の処遇
 最大の問題は、アメリカ国内に居住する1100万人とも1150万人ともいわれる(入国に必要とされる書類を保持していない)
不法移民とその家族への対応だ。共和党保守派の間には、依然こうした不法滞在者を国外へ強制送還せよとの考えも根強い。民主党にもこの不法滞在者の”合法化”を一括して実施ことがきわめて難しいことが分かってきたようだ。一口に不法滞在者といっても、その内容がきわめて複雑であり、具体的対応が容易ではないことに気づいたことにある。こうした不法移民をいかに合法化の道へ導くについては、具体的な次元では多くの難題が待ち受けている。その主要点は、すでにこのブログでも論じてきた(特に「分裂するアメリカ:(1)-(7)」)。

 下院で多数派を占める共和党には、民主党優位の上院で作成された移民法改革の議案を通過させるつもりはない。上院の法案は、国境のボーダーコントロールを2万人増員する、新たな国境障壁を増加する、そして、企業寄りのゲストワーカー・プログラムを導入せよなどの右派の案と、組合側に寄った職場ルールの導入、入国書類を保持せずに国内に居住する不法移民に市民権への道を開くという左派の主張をなんとかバランスさせたものだ。しかし、最近の状況では、これについても異論が出ており、分解の怖れがある。他方、下院の共和党議員の間には、使用者が特に必要とするかぎりの移民受け入れだけの内容に改革案を縮減するなど、最低限の手直し程度にすべきだなどの意見も出てきている。

実現への遠い道
 このままではオバマ大統領に残された任期の間に移民法改革をなしとげること自体が困難に見えてきた。これらの点を考慮してか、このところ移民法改革の内容説明にかなり乗り出してきた。

 アジア諸国などの歴訪を終えたばかりのバイデン副大統領自らが「旅疲れ」だがと前置きしつつも、ホワイトハウスのHPで説明に当たっている。「ホワイト・ハウスに移民改革の今後を聞く」と題する映像対話で副大統領自らが答えているが、登場する不法滞在者など、質問者の立場は、それぞれかなり異なり、一様な対応は難しい。副大統領自身が、市民権付与まで何年かかるかわからないと答えているケースもある。1100万人近い不法滞在者の申告を審査するだけで、大変な事務処理と判定時間がかかることになる。何年にもなりかねない申請者の列が生まれることになる。

 こうした状況で、たとえば下記のThe Economist誌はひとつの案を提示している。次のごとき内容である:まず現在の不法滞在者に恒久的居住権を与える。しかし、アメリカの市民権は与えない。それは最初の入国時に必要な書類を不保持あるいは提示することがなかったという違法行為への罰則を意味している。ただ多くの不法滞在者は法の犠牲者というよりは、さまざまな場で活性化の源となっている。もし、改革の意味を考え直すとしたら、こうした点を考慮すべきだろう。彼らが市民権を与えられることなく、アメリカ国内に居住することは、多くの点で将来に煩瑣な問題を残すことにもなる。同誌は現状のままでいることは本人ばかりでなくアメリカにとっても、よくないことだと結んでいる。

 管理人としては、これは基本線としては妥当な方向と考えるが、問題はこれを個々の事例で、いかに具体化し、処理を実施してゆくかという点にあると考えている。バイデン副大統領も率直に答えているように、市民権取得への道は遠く、オバマ政権に残された時間は少ない。

 


ホワイトハウスHP、「移民改革に答える」Ask the White House: The Immigration Reform

 

 

Ask The White House: Immigration Reform

 

*"Forget the huddled masses" The economist November 9th 2013

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EU離脱の日は近いか:移民に決断迫られるイギリス

2013年12月07日 | 移民政策を追って

By Giandrea/Ssolbergj at en.wikipedia. Wikimedia Commons

 

世界を見る目を養う
 今年も残りわずかとなった。年を追う毎に、暦(カレンダー)の区切りが、単に年月を数えるための物差し程度に希薄化している。それにもかかわらず、世界では気象異変、イラク内戦、イスラエル・パレスチナ紛争、難民増加、東アジアでの国境をめぐる紛争など、緊迫感が薄れることはない。さらに少し先には、人口爆発、エネルギー不足、深刻な大気汚染、大規模な地震、台風など、新たな危機につながりかねない変化が予想され、不安感が募る。問題がクリティカルになる時を確認する新たな歴史軸が必要だ。多くの問題をグローバル・イッシューとして、人類の歴史の延長軸の上で考えることを迫られている。これからの時代を生きる、とりわけ若い世代の人たちは、自分の位置を確認した上で、より広い視野で世界を見ることがどうしても必要だろう。

歪んだイメージを正す
 こんな弱小ブログでは、限度があるので開設当初から取り上げる課題は絞ってきた。それでも、現代の問題は広がりが大きく変化も激しいため、フォローが不十分だといたずらに振り回されてしまい、脈絡も分からなくなる
。一貫して長い目で問題を注視する定点観測の視点が必要になる。

 現代のマスコミ、メディアはしばしば問題を他の次元から切り離し単純化して報道するので、視聴者や読者の側がしっかりフォローしていないと歪んだイメージが生まれてしまう。そのひとつにグローバル化と呼ばれる現象がある。今日、グローバル化は、ヒト、モノ、カネなどを国境を越えて流動化させる、抗しがたい一方的な流れというイメージを、多くの人の頭脳に植え付けているかにみえる。

 しかし、良く観察すると、現実はそれほど単純ではない。たとえば、ヒトの移動については、逆にそれを遮ろうとして、国境の壁が再構築され、「城砦化」のごとき状況が形成されていることを最近も記した。グローバル化はよく言われるような一辺倒な流れではない。現実にはそれを妨げたり、抗うようなさまざまな動きが起きている。ひところ議論されていたような国民国家の崩壊は、それほどたやすく進むわけではない。たとえば、スイスでは富裕なフランス人の移住と資産に課税することが企図され、議論を呼んでいる。放置していれば、スイスにとっては働かない人口の増加、フランスにとっては資本逃避そして人的資源の喪失になる。国家はさまざまな手段をもって、自国の壁を保守し、実体の維持に努めている。今回はひとつの例として、イギリスの最近の動きを見てみたい。

 このところ、BBCなどの番組に頻繁に登場しているのは、移民問題である。連日のように保守党のキャメロン首相、主要閣僚が登場、野党とのやりとり、党内異論の実態、国民の反応などが生々しく伝わってくる。

預託金導入は取りやめ
 イギリス政府は最近、アフリカ、アジアの特定の国からイギリスに入国してくる移民労働者に預託金 deposit
を求め、出国時にヴィザと引き替えに返却する方式の導入を提案していた。しかし、11月末になり、急遽導入を中止すると発表した。野党労働党や移民団体などからの反対が強まり、強行するのは得策ではないと判断したようだ。

 対象とされたのは、インド、パキスタン、バングラデッシュ、スリランカ、ナイジェリア、ガーナなどの諸国からの6ヶ月滞在ヴィザの申請者で、彼らに入国時、3000ポンド(4,800ドル)というかなりの額の預託金を要求するものであった。イギリス政府としては、これらの入国者は仕事が無くなった後も不法滞在者として国内に居座ってしまう事例が多いなどの判断があったようだ。

 これについては対象国となった国々からの移民のイギリス経済への貢献、歴史的関係などを考慮して、強い反対があり、取り下げられた。イギリス連邦 Commonwealth of Nations というつながりは、イギリスにとっては大きな財産なのだ。

保守党内部の見解相違
 他方、新年2007年1月1日を期して、ルーマニア、ブルガリアがEU加盟に際して、移行期の暫定措置として、イギリスが設定してきた移民労働者受け入れの条件が期限切れで失効する。これまで受け入れが認められていたのは、果実採取などの季節労働者、自営業者に限られていた。受け入れの上限は、年間
最大限5万人とされてきた。

 この問題についてはすでに、各方面からキャメロン首相に対して、期限切れの後も無制限な移民労働者受け入れは認めないよう立法化を図るようにと、強い圧力がかけられている。受け入れ制限をそのまま失効させ、無制限受け入れとしてしまうことについては与党内部にも反対者が多い。現閣僚内部からも造反者が出て、キャメロン首相の立場は苦しい。

 そのひとり住宅・地方自治体担当大臣のクリス・ホプキンズ氏は、新年1月の移行措置失効後も、ルーマニア、ブルガリア両国からイギリスへの労働者移動の制限期間を延長すべきだとする一部与党議員の考えを閣僚の立場で支持している。そして、制限措置撤廃で、これらの国からの移民労働者のイギリスにおける行動についてのイギリス人の懸念や怖れを増長するようなことがあれば、極右政党の誕生、過激派の増加などにつながるという。党内にはこれら両国からの労働者受け入れを2019年まで禁止すべきだとの見解を示す議員もいる。確かに、イギリスへ入国した移民労働者の中には、仕事に就けず、放浪、不法在住、社会保障制度への依存で生活する者が目立つようになった。

 こうした状況の下で、キャメロン首相の立場も厳しくなり、このままでは東欧諸国からの移民をめぐり、ブリュッセルのEU本部との間で法的な対決を迫られることになる。


移民への社会給付制限?

 イギリスでは国民の間にも移民、とりわけ不法移民をめぐる不満も高まっている。これに対してキャメロン首相は、具体的には11月末、EU諸国からの移民がイギリスで求める社会保障などの給付条件を削減したい、さらには同じ考えの国々と連携し、これまでEU域内で認められてきた労働者の移動の自由に関する法律を見直し、域内の貧しい国々からの労働者の大量流入を制限したいとの意向を示した。

 これについては、当然ながらEU本部や東欧諸国から激しい反発、非難の声が上がっている。もし、イギリスがキャメロン首相の述べているような方向を選択するならば、EUの諸協定違反になるとして、法廷での対決になるとしている。

 それでも、法廷で係争中は受け入れ制限が継続できるとする議員や、先の二カ国からイギリスで働きたいと考える労働者は、出国前にイギリス国内で個人の市民としてどんな立場に立つことになるかよく考えよ、イギリスに貢献できるような仕事の目途はあるのか、などの点を考え抜いた上で出国を決断すべきだなどの厳しい見解が示されている。イギリスは近時点では、ポーランドからの移民問題で苦労した経験を持っている。しかし、今回は困難度がはるかに大きいと多くのイギリス人が考えているようだ。

 東欧諸国などからイギリスへ移民労働者が無制限に流入すれば、すでに苦難の路上にあるイギリス人労働者の仕事が彼らに奪われてしまうとの危惧感が、かなり強く高まっていることがこうした動きに現れている。移民労働者への社会保障、失業手当などの給付を削減せよとの要求も同じ流れから生まれたものだ。特に、今回は本国を出国する時からイギリスで仕事に就く機会を目指すばかりでなく、国民健康保険(NHS)、失業給付などの社会保障の恩恵を得ることを目当てにやってくる労働者が多いとの不満がイギリスの一般大衆の間に強まっていることが、政府の背中を強く押している。これらの外国人労働者の行動は、一部では benefits tourisim とも言われ、非難の的になっている。確かにたとえば、NHS(National Health Services)という医療サービスは、外国人という区分はなく、正当な居住ヴィザを所有していれば無料で誰でも受けることができる。

 書くほどに脇道へ入り込むばかりだが、イギリスにかつて住んでみて分かったことは、外国人というイメージが一般の日本人が抱いているものとはかなり違うということだった。行きずりの旅行者の目では分からない。日常生活でイメージする外国人と政府などの行政上の対象となる外国人は、大きく異なっている。

EUとの水掛け論争 
 すでにイギリス政府とEU本部の議論は始まっているが、EU側は協定違反としてイギリスの対応を強く批判している。イギリスは、ルールを守らない度し難い ”nasty”な国になっているとの批評も聞かれる。しかし、メディアの側などには、それならどうしてそんな国へやってくるのかとのやりとりもある。もっとも、キャメロン首相は、イギリスの労働者の側にも問題がないわけではない。新技術への適切な対応、教育への意欲などで、見直すべき点があると発言、ごうごうたる非難と、よく言ってくれたという支持、双方の拍手で迎えられている。

 こうした動きの中、イギリスではEUから離脱も辞さない、あるいは離脱することでEUの束縛から自由になって発展する可能性が生まれるとの議論も高まっている。EUに加盟していることが、かえって足かせになっていると考える国民さらには経営者などの間でも同調する動きが増えてきた。

 
すでにイギリスは1992年のポンド危機の際、ERM(欧州為替相場メカニズム、ユーロの準備段階)から離脱することを余儀なくされた経験がある。キャメロン首相は、その当時財務相の顧問として、その全過程を経験している。金融に続き、労働市場においても、EUからイギリスが離脱する可能性は高い。

 そうはいってもイギリスのEU離脱の道には、さまざまな難問もあり、それほど容易なことではない。これまでしばしば危機に瀕したEUをなんとか支えてきたイギリス、フランス、ドイツの主要三カ国の微妙な関係が壊れることで、EU自体大きな危機を迎えるだろう。これからのEUの政治世界は紆余曲折は避けがたい。ヨーロッパの混乱と不安定化は一段と強まるだろう。

 地球上の人口が激増する中で、逆に人口が減少し、高齢化が極度に進み、放置すれば国の活力の衰えが必至という日本、移民労働者が増えすぎて国内労働者の職が奪われるというイギリス。地球上、東西に位置し、大陸に近い島国としての両国は、表面的には似ている部分もあるが、互いに反面教師のようなところもある。新年はイギリスからしばらく目を離せない。

 


 

 

 "If we're a nasty country, why are people queuing to come here?" by Charles Moore, 29 Nov 2013.

"Promise to cut net migration to 'tens of thousands could be broken, David Cameron admits'" MailOnline, 3 December 2013. 

# イギリスにおける出生国別移民労働者数

EU14カ国 797,000
EU加盟東欧諸国 683、000
アフリカ 625,000
南アフリカ 160,000
オーストラリア、ニュージーランド 115,000
インド  422,000
パキスタン、バングラデッシュ 292,000
USA 116,000
その他 1,021,000

 

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鯖の生き腐れ?:アメリカ移民法改革の行方

2013年07月07日 | 移民政策を追って

 

 このブログ、トピックスが17世紀になったり、現代に戻ったり、大方の読者の方には、思考が錯綜してなんのことかお分かりにならないだろう。ブログをトピックスで分ければと思われるかもしれないが、管理人としては、このブログなるものに手をつけたころから、異次元の時空を自由に往来して、混沌としている思考を整理することが大きな眼目であったから、それを理解してくださる方を対象に続けるしかない。幸い、当初毎日のように対面して話し相手であった若い世代も、時の経過とともに相応に成長して、こうした思考法に賛同してくれる方も増えてきた。しかし、ブログを訪れてくださる大多数の方と共有できる次元はきわめて少ない。

 こうした中で、世界の人の動き、とりわけ移民の動きをウオッチすることをひとつの目的にしているブログだが、このところきわめて多くの変化があり、しばらく書かずにいる間に、手元のメモはうずたかく山のようになってしまった。ブログに要点をお知らせする余裕もなくなっている。それでも、少しだけ記しておきたいこともある。

疲れた政権
 そのひとつ、最近のオバマ政権はかなりくたびれている。大統領自身は東奔西走はしているのだが、世界の事態の変化に追いつけなくなっている。国内に問題山積、友好国の機密情報まで収集・探索していたということまでリークされ、足下に火がついている。結果として、当然成立しているはずの法案までも野ざらし状態だ。その典型例が包括的移民法案である。このブログでも幾度となく定点観測の現状をお知らせしてきたが、このままではまた立ち消えになりかねない。

 最近のThe Economist誌が上院での法案審議の状況をジェフ・セッション議員の言葉を引用して、「鯖の生き腐れ」"The mackerel in the sunshine"*1と評していた。ブッシュ政権末期以降、折角ある程度形が整い、まとまりかけた包括的移民法案だったが、時間が経つほどに個別の問題が指摘され、その対応に手間取っている間に、本末転倒し、オバマ政権下では時間切れで成立しないのではとの観測まで生まれるようになった。このままでは、問題ばかり指摘されて動きがとれなくなり、廃案になってしまう。

 ブログでもかなり前から指摘しているように、難題は細部にある。1100万人といわれる不法移民の中で、どれだけが合法化への路線に乗せうるか、細部に入り、現実に対するほどに問題は難しくなる。複雑多岐な現実に対しての判定ルール作りが難航している。法案はいちおう上院は乗り切ったようだが、下院の審議は暗礁にに乗り上げかねない。

圧力に抗して
 保守的な調査機関 Heritage Foundation は現在国内に居住する不法移民を合法化するには今後50年間に6兆3百万ドルを要するとのレポートを公表した。ミシッシッピ州前知事など、このレポートがコストばかり強調し、移民のもたらす利点を軽視していることに猛反対しているグループも多い。今のところ、法案成立に向けて超党派のグループはなんとか働いているようだが、連携するということがいかに困難であるかが漏れ伝わってくる。

 超党派グループは共和党、民主党それぞれ4人合計8人から成るが、彼らには全米商工会議所、AFL-CIOなどの重圧がかかっている。上院案への修正案はきわめて多数にのぼるが、多くは共和党側から提出されている。上院案へ賛成している共和党議員でも、国境の警備はさらに強化し、不法移民の市民権獲得の道はもっと厳しく、狭めるよう要求している。

 法案の柱の中で、最も見解の対立が激しく、政策の具体化が困難な問題は上述の不法移民の合法化(アメリカ市民権の付与)にある。この問題の具体例のいくつかはすでにブログに記したことがある。曲がりなりにも法案が成立した場合、どのくらいの数の不法移民がアメリカ市民となることを認められるか。これについてはすでにいくつかの調査があるが、6月27日に公表されたPew Research Centerの調査では、2012年時点でヒスパニック系不法滞在者の93%以上が、できるならばアメリカ市民になりたいと回答している*2。しかし、実際に市民権が与えられる条件を備えている不法在住者は、きわめて少ない上に厳しい条件をクリアしなければならない。同じ調査によると、条件はヒスパニック系が最も厳しく、非ヒスパニック系の71%に対して、46%という推定が提示されている。ヒスパニック系、特にメキシコ系の場合、国境をなにも後日の証明となる書類を保持せず、越境入国後もアメリカの片隅で家族や同胞のつながりなどをたよりに、かろうじて生活してきた人たちが多い。そのためアメリカの生活で重要な移動手段である自動車の免許証も、不法移民の場合、ニューメキシコ、ユタ、ワシントン州など、限られた州でしか取得できなかった。そのため、多数の不法移民は運転教習、テストなども受けられず、免許証なしに運転してきた*3

 同性婚が合憲とされても、ゲイのアメリカ人がパートナーの外国人をアメリカ国民として受け入れる申請をして認められるだろうか。当面は難しいのではないかといわれている。多数の修正法案が、主として共和党側から提出されている。これらの多くをなんとか切り抜けて、上院を通過させても、共和党が多数の下院では再び難航することが明らかだ。

 上院、そして民主党は下院の共和党議員の見解がかなり割れていること、世論の移民への風当たりが2007年と比較すると、かなり弱まっている今が、法案成立の最後の時とみているようだ。そして、皮肉なことには、上院の超党派グループの一人であるマルコ・ルビオ議員(労働者階級出身で、キューバからの移民)が、この包括法案が両院を通過して成立しても、彼が上院議員になったような社会的上昇は、きわめて制限されるような内容になることが確実なことだ。

  すでに長年にわたり議論され、鮮度が落ちている包括的移民法案だが、
なんとか消費期限切れ前に成立にこぎつけられるか。オバマ政権の評価を左右する重要法案である。この猛暑に耐えうるだろうか。注目したい。
  

*1
”Immigration reform: Not so fast ” The Economist May11th 2013.

*2
”If they could, how many” unauthorized immigrants would become U.S. citizens? Pew Research Center, June 27, 2013.

*3
”Let them drive” The Economist June 15th 2013.
コネティカット州では2015年から不法移民も免許証を取得できることになっている。コロラド、ネヴァダ、オレゴン、メリーランド、イリノイなどの諸州も今年内には認可される予定。しかし、どの州も付与の条件について決してリベラルではない。不法移民の親たちに連れられて子供として入国した者に限定するなどの条件がついていることが多い。

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27%が背中を押すアメリカ移民法改革

2013年02月04日 | 移民政策を追って

 




  かなり以前からアメリカの移民法改革の鍵を握るのは、ヒスパニック系の動向次第と観測してきた。これまで、多くの会合や出版物でその実態と論理を説明してきたが、半信半疑の人もいたようだ。

 しかし、このたびの大統領選挙の結果は、ヒスパニック系がキャスティングボートを握ることの意味を歴然と示した。2008年の大統領選挙の時は選挙有権者の9%がヒスパニック系だった。ところが、今回は選挙有権者の10%になっていた。わすか1%の増加とあなどると、大きな失敗を生む。限界的部分での1%はきわめて大きな意味があった。

27%の衝撃
 選挙キャンペーン中におけるロムニー候補の不法滞在者についての不用意な発言なども影響して、ロムニー候補はヒスパニック系有権者の27%しか得票できなかった。他方、オバマ大統領は71%の得票を得た。
この数値はかなり頑迷な保守党のヒスパニック観を改めさせるほどの衝撃だった。保守党のヒスパニック嫌いはかなり根強く、そう簡単には解消しないのだが。”27%”のトラウマはそれでもかなりの衝撃的効果を生んでいる。共和党員ながら、民主党に近い移民法改革案を共有していたマッケイン上院議員は、最近の共和党の変化について、一言、”選挙”electionが原因であることを認めている。共和党のヒスパニック観が大きく変化しないかぎり、共和党大統領の時代は来ないのだ。

 任期前半の4年間にオバマ大統領は、移民法改革には、ほとんどさしたる政策を打ち出し得なかった。しかし、リンカーン大統領を尊敬するオバマ大統領としては、なんとか意義ある実績を残して任期を全うしたいようだ。最初の選挙キャンペーンの時から実施を公言してきた移民法改革にも積極的な動きが見えてきた。

 この大統領の動きに先手をとられまいと保守党議員が動きだし、1月28日には、超党派の上院議員からなる検討委員会が、相次いで包括的移民改革についての試案を提示した。特に、アメリカ国内に居住する不法移民への対応が重点になっている。プレス発表には、ニュージャージー州選出の民主党のロバート・メレンディス議員、フロリダ州選出のティーパーティの立役者マルコ・ルビオ共和党議員が現れ、スペイン語で趣旨説明を行った。

 ルビオ議員は国内に入国に必要な書類を保持することなくこの国に居住している1100万人ともいわれる不法移民について、「自分たちの親や祖父母たちのように」、より良い生活を求めてきた人たちが大部分であり、彼らには”責任を自覚してもらう”とともに”人間的な”対応が必要だと強調した。これまでの共和党の強硬な考えと比較すると、大きく変化している。オバマ大統領の明らかにしている包括的移民法改革の内容と、かなり重なるようになった。
 

 こうした変化の中で、移民制度改革の輪郭が再びクローズアップされてきた。ボールはすでにオバマ大統領側から投げられている。ブッシュ政権末期からたびたび議会を揺り動かしてきた議論と、骨格部分はあまり変わらない。今月、オバマ大統領が明らかにした改革は、包括的な移民制度改革といわれるいくつかの政策の集合から成るものだが、これまで折に触れ議論されてきた路線とほとんど変わりがない。主として共和党右派の体質がその実現を拒んできた。オバマ大統領が考える改革の輪郭はほぼ次のようだ。

改革案の骨格
 
第一に、国境管理を厳格にする。特に南部のアメリカ・メキシコ国境については、出入国管理体制をさらに整備する。それによって、従来最大の変動を生み出してきた地域の秩序を回復し、不法移民のこれ以上の増加を阻止することが目的である。不法移民の雇用を減少させるために、使用者に連邦のデータベースとの照合を求める。

 第二に、アメリカ市民を家族に持つ不法移民を対象とするルール改正を図る。アメリカ国内には、約1100万人の不法滞在者がいるが、これまでの犯罪歴、学歴、英語力、罰金、租税公課などの支払い結果などに配慮した上で、アメリカ市民権申請の列に並ぶようにする。

 昨年、オバマ大統領は子供の時に親に連れられた不法入国した若者については、教育歴などを考慮した上で、「特別コース」fast trackでの合法化措置を適用するにした。この政策は移民政策としては部分的ではあったが、ヒスパニック系選挙民には好評だった。

 大方の点ではきわめて歩み寄った大統領案と上院議員案だが、微妙に異なる点も残っている。そのひとつは、農業労働者やその他の低熟練労働者について、上院議員案はゲスト・ワーカー・システムを提案しているが、オバマ大統領は、低熟練労働者については明確な路線を示していない。もうひとつは、高度な技能・熟練を持った技術者の受け容れ方である。

安定期に入った移民の流出入
 最近のアメリカ・メキシコ国境の出入りをみる限りでは、アメリカ側からの出国者が入国者を上回り、純減状況を示しているが、これにはアメリカ国内の雇用低迷などが反映していると思われる。アメリカ国内に良好な雇用の機会が少なくなっている。国境の出入数については、今のところ確たる方向性は現れていない。移民法改革には格好の時といえる。個別の州や地域では、連邦レベルで話題になっている移民法改革、とりわけ不法移民の段階的合法化は受け容れられないとする考えも強い。しかし、連邦レヴェルの改革が再び座礁する可能性は少なくなっている。

 これからの時代、期待される国境とは、入国者、出国者の(市場の調整機能を反映した)自然な流れを基本としながら、その過程における不法入国、国境犯罪などのマイナスの要素をできるかぎり排除してゆくことにあると思われる。その存在が通常は意識されないような国境の姿、それが来たるべき時代の国境のイメージではないか。しかし、実現への道は依然として遠く厳しく、紆余曲折は避けがたい。苦難の試行錯誤はまだまだ続く。

 

Reference
”Washington learns a new language” The Economist, February 2nd 2013
 

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しぼむ多文化主義の花

2012年11月13日 | 移民政策を追って

 

 オバマ大統領はアメリカにとって、移民政策改革がきわめて重要であることを強調しながらも、最初の4年間の任期中には最小限の施策しか実現できなかった。それでもヒスパニック系移民の投票を確保するにはかなり効果があったようだ。

 今回当選後の演説でも、「財政の崖」解消と並び、移民法改革を重要課題としているが、どれだけのことができるだろうか。野党共和党議員の中には、国内に居住する不法滞在者は、本国にいったん送還すべきだとする強硬派も多いので、難航することは疑いない。アメリカの実態についてはかなり誤解もあるが、これまでは世界の中でも一般に「開かれた国」であるというイメージが広く浸透していた。しかし、アメリカに限らず、近年の現実はかなり異なった様相を見せ始めた。。

望ましい国のイメージ
 
 ある国が世界で輝いているかを判断するひとつの指標は、その国へ行ってみたいと思うかどうかではないか。その内容は、その国を旅したい、そこで学びたい、働きたい、できれば移住したいなど、異なるかもしれない。しかし、多くの人が行ってみたい国は総じて魅力があり、輝いている。そこには「希望」が待っていそうな気がする。

 移民の歴史が示すように、アメリカは長らくそうしたイメージを世界に発散、時に誇示してきた。世界中から多くの外国人がさまざまな目的をもって集まり、まさに移民で出来上がった国として今日にいたった。アメリカに限らず、豊かで平和な国は優れた人的資源(人材タレント)を受け入れることができる。

 国に魅力があれば、世界中の賢い人たち、優れた人材も誘引することができる。そうした人たちの力を借りながら社会を革新し、投資を行い、事業などを拡大することができる。まさにアメリカはその道を歩んで今日にいたった。

 日本人のノーベル賞受賞者の中にも、若いころにアメリカで教育を受け、研究活動をされた方がきわめて多いことに気づく。また、管理人がお世話になったり、知人である医師でも、多くの方が海外で研修、研究などの経験を積んで来られた。そうした経験がその後の活動にさまざまなプラスの効果を加えていることは、ほとんど明らかだ。

 個人的経験を記すならば、戦後ある時期のアメリカは、世界の人々が最も憧れる国だった。今でもそうかもしれない。日本は敗戦後の壊滅状態から立ち上がりつつあったが、アメリカはどれほど努力しても到底追いつけない国に思えた。この国にいても、自分の目指していることは実現できそうもないように感じた。アメリカへ行きたいという思いは急速に強まり、ある日羽田を飛び立った。成田空港はまだ開港されていなかった時代だった。当時アメリカに来ていた日本人は、数は少なかったが、総じてとにかく良く勉強した。ヴェトナム戦争の最中、アメリカの学生たちも必死に勉強していた。単位を落とすと徴兵が待っていた。その後、ヨーロッパの国にも滞在する機会に恵まれたが、そうした経験が、その後の職業生活や生き方にもたらした効果はきわめて大きいと実感している。

 日本の教育・研究環境が貧しかったこともあり、外国、とりわけアメリカへ行きたいという思いはきわめて強かったし、それが実現した時はとてもうれしかった。最近、海外留学に積極的でない若い人たちが多くなったことを知って、いささか理解しかねることもある。海外の主要大学に滞在している日本人は非常に少ない。代わって中国人が圧倒的に増加している。若い世代のひとたちには一度でも、日本と違った国で過ごしてみることを強くお勧めしたい。

「移民流出」

 だが、最近、受け入れる側にも以前にみられなかった変化が起きていることにも注意しておきたい。アメリカについてみると、この国の寛容度はかなり変わってしまった。いくつかの理由はあるが、2001年9月11日の出来事は、状況を激変させた最大の要因だ。この日を契機に、アメリカは急速に門戸を閉ざすことになった。

 具体的には、グリーンカード〔永住権が得られるヴィザ)が取得しにくくなった。熟練労働者・技術者に交付されるH1-Bヴィザは、企業のスポンサーがなければ取得できない(1999年は10万人以上を受け入れたが、最近は65,000人以下に制限されている)。すでにアメリカで働いている人は、仕事を失うリスクを覚悟しないと転職することはできない。パーマネントな居住許可が難しくなっている。1980年代にアメリカへ来たインド人技術者はグリーンカード取得に18ヶ月を要したが、最近では10年近くかかるといわれている。先が見えないので、思い切ったことができない。学校を卒業しても、仕事がなかなか見つからない。こうした理由で、母国へ帰国してしまう人が増えた。「移民流出」the immigration exodus という現象が指摘されるようになっている。他方、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどでは、労働力が不足し、より容易にヴィザを取得できる。

イギリスでも
 同様な状況は、イギリスでも起きている。この国では、2015年までにネット(純)の移民受け入れを年間10万人以下に抑える方針を発表している(Immigrants keepout.)。実際には達成は無理といわれているが、2011年、純流入はおよそ36,000人減少し、216,000人になった。ポーランドのような新たにEUに加入した国からの移民労働者が仕事がなく帰国している。イギリス人の海外流出も増加している。オーストラリアなど海外で働くことを目指すイギリス人も増えている。昨年2011年には149,000人が流出し、帰国も少なくなった。

 イギリスへの移民が減少している背景には、イギリス経済の停滞、生活費上昇、海外からの雇用、学生のリクルートメント増加などが挙げられている。友人のケンブリッジの教員が、アメリカ、オーストラリアからの学生・教員の誘い、大陸の大学のいわゆるエラスムス計画の魅力などで流出が多く、引き留めに苦慮していると話してくれた。大学などの高等教育はイギリスが国際競争力を持ち、強みとする領域だが、政府の学生ヴィザの発行は絞られており、昨年1年で21%も減少した。経済が上向いているインドなどでも、故国を捨てたディアスポラを呼び戻している。オーストラリアでは家事のお手伝いさん domestic girls にイギリス人を募集している。

 経済危機のギリシャ、ポルトガル、スペインなどでは「頭脳流出」brain drain が目立ち、たとえばポルトガルからはブラジルやアンゴラへの出稼ぎが増えている。旧くなった先進国よりも、新興諸国の方が活力があるのだ。

「多文化主義」の行方
 
さらに、従来「多文化主義」を掲げてきた国が、イスラム教徒との摩擦増加などで、後ろ向きになっている。現代史上、一大事件となった9.11を契機とし、オサマビン・ラディンの暗殺を挟んで、イスラム教徒の労働者の出稼ぎ先国での同化をめぐる軋轢がかつてなく顕著になった。イスラムフォビア(イスラム嫌悪者)と呼ばれる、狂信的なグループが生まれ、しばしば厳しい問題を生み出している。オランダ、デンマーク、ドイツなどほとんどの国が「共生」や「同化」のスローガンを放棄しつつある。「多文化主義」の旗手のひとつだったカナダも、1971年に多文化主義の推進を法律化したが、9.11以降は否定的になってきた。

 グローバルな人の流れは明らかに変化している。移民受け入れがもっとも進んでいるとみられてきたドイツは、メルケル首相が「多文化主義」の敗退を認めた。移民の宗教にかかわる摩擦・紛争が容認しがたくなっのだ。ドイツ国内にいるイスラム教徒は、約400万人と推定されている。これまでドイツは移民の社会的「統合」を標榜し、試行錯誤を続けてきた。政府は長らく移民統合の過程で国民に「寛容」を求めてきた。この意味は、ほとんど忍耐に近い意味であったが、ついにその限度が近づいたようだ。「統合」もその政策概念と実態の間に大きなかい離が生まれた。「統合」と「同化」も同じではない。ドイツ人と同じように生きることを強いるのが、現実の姿だ。それが不可能ならば、移民と従来の国民との一体化を求めることはできない。理念と現実の間には大きな距離がある。
 
 こうして、アメリカ,イギリス、ドイツなどかつての人材受け入れ国が、受け入れ制限に傾いている時、日本はどうするのだろうか。国民的次元での議論はほとんどない。国家戦略の重要な課題のひとつのはずなのだが。

 世界に優れた人材が多数存在する今、日本がそこにアクセスする努力をしないことは愚かなことに思われる。日本人が気がつかない斬新な発想などを導入して、日本が未だ比較優位を保つ先端技術の研究・産業集積の導入、漁業、林業などの地場産業を活性化する新たな発想が必要ではないか。魅力ある地域づくりなくして、希望の持てる国は生まれない。今こそ、世界の英知を借りる努力をすべきだろう。文化立国なくして、この国にもう花は咲かない。

 東電がやっと、「福島本社」の実現に動いたのと同様に、被災地復興を最先端の研究・産業集積で支援する「東北都」の構想はやはり本質的な意味を持つと考えている。遠く離れたところで指図をすることを排し、問題のあるところに対応の主体を移すことは、地域振興政策の鉄則なのだ。

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動き出したアメリカ移民法改革:アリゾナ州法連邦最高裁判決

2012年06月27日 | 移民政策を追って

 

 このブログでも観測の対象としてきたアメリカ、アリゾナ州移民法に連邦最高裁の判決が下った。間もなく最高裁判決が予定されている医療保険法改革と併せて、11月の大統領選の行方を左右する大きな論争点の方向が定まる。アメリカ国内政治の舞台は急速に変わる。

 6月25日、アメリカ連邦最高裁は、不法移民の取り締まり強化を目的としたアリゾナ州の州法をめぐり、連邦政府が憲法違反として撤廃を求めた裁判で、同法の大部分を退ける判決を言い渡した。ただし、警察官が個人の在留資格を確認できるとした条項については容認し、判決は5対3の多数意見として、移民に関する政策と法律を定める権限は連邦政府にあるとした。

 判決の多数意見を代表して、アンソニー・ケネディ判事は「連邦政府は移民規制について重要な権限を持つ」とし、「アリゾナ州は不法移民問題について無理からぬ不満を抱いているだろうが、州は連邦法をないがしろにした政策を進めることはできない」と指摘した。

 ただし、判決は、不法滞在を疑うに足る根拠がある場合には、他の法令に基づく執行をする際に、警察官が在留資格を確認できるとした条項については認める判断を示した。この条項に対しては人種差別につながりかねないと批判する声も強く、最大の争点の1つとなっていた。

 アリゾナ州当局は、道路交通取り締まりの際に在留資格確認を開始するかどうかは現時点では分からないとの立場だが、同州のブリュワー知事(共和党)はこの判断について「アリゾナ州民および米国民にとっての勝利」だと評価、同条項が直ちに施行されることを期待すると述べた。

 オバマ大統領は同日発表した声明で、全体として移民法改革が連邦の権限であることを評価した上で、在留資格確認により警察官が人種による選別を行う恐れがあるとの懸念を表明、「米国民が外見のみによって疑いの目を向けられることがあってはならない」と強調した。

 一方で、最高裁は不法滞在を疑うに足る根拠がある場合には、他の法令に基づく執行をする際に、警察官が在留資格を確認できるとした条項については認める判断を示した。同条項に対しては人種差別につながりかねないと批判する声も強く、最大の争点の1つとなっていた。

 アリゾナ州当局は、道路交通取り締まりの際に在留資格確認を開始するかどうかは現時点では分からないとの立場だが、同州のブリュワー知事(共和党)はこの判断について「アリゾナ州民および米国民にとっての勝利」だと評価、同条項が直ちに施行されることを期待すると述べた。この条項に合憲の判決がなされたこともあって、同様な内容を盛り込んだ州法を制定する州が増えている。

 オバマ大統領は同日発表した声明で、在留資格確認により警察官が人種による選別を行う恐れがあるとの懸念を表明、「米国民が外見のみによって疑いの目を向けられることがあってはならない」と強調した。さらに、明白なことは議会が包括的移民改革の方向で行動しなければならないことだと述べ、州法による切り貼り的対応は壊れた移民システムの解決にはならないと付け加えた。

 ホルダー司法長官は判決について「移民分野の規制に関して連邦政府に独占的権限があることが確認された」と歓迎の談話を発表した。

 このように、判決は移民の規制は基本的に連邦政府の権限範囲にあるとの従来の路線を確認したものだ。しかし、判決はアリゾナ州移民法のすべてを違憲としたわけではなく、判事の間では5対3と割れており、州法の定める警官が不法移民の疑念を抱いた者に対して、合法な滞在を認める書類を保持しているかを尋ねることについて、全面的に否定はしていない。そのため、共和党員の間では、ある意味で自分たちの主張が通ったという自信も抱かせる結果となっている。現在のアメリカの二大政治勢力のあり方を微妙に反映した判決ともいえる。

 この点について、大統領はメディアなどで俗に、「(滞在が合法かを確認する)書類を見せてください」条項 paper please provisionと呼ばれる対応の実際的な影響に憂慮していると述べ、アリゾナの法律施行者がこの法律をアメリカの公民権を破壊するような形で実行しないよう注意しなければならないと警告している。

 今後の選挙戦で、移民法改革が医療保険法改革と並んで大きな争点となることは、ほとんど確実となった。見通しが困難な点は、アメリカ国民一般とヒスパニック系選挙民の間には、この双方の改革案について、考え方に大きな差異が生まれていることだ。

 たとえば、アリゾナ州移民法については、一般の国民は警察官が不法移民ではないかと思う人物に、正規の滞在許可証を保持しているかを確認する([show me your papers])条項に、6割弱が賛成している。他方、ヒスパニック系では賛成は20%程度しかなく、75%は反対している(Pew Hispanic Center, June 25,2012).

 他方、共和党大統領候補のロムニーは、国家的移民戦略の必要を強調した上で、オバマ大統領には、移民に関するリーダーシップが欠如していると批判するにとどめた。ロムニーはヒスパニック系の支持を十分確保できないでいるため、発言に慎重であり、こうした状況をもたらしているオバマ大統領の指導力不足というイメージを形成しようとしているようだ。

 この連邦最高裁判決の評価だが、政治勢力の現状を反映し、ほぼそのまま暫定的に固定した、かなり政治的な含みを持たせた判決と考えている。たとえば、show me your papers 条項も違憲とすると、政策面で決め手を欠く共和党には決定的打撃となる。不満も鬱積するだろう。民主党は包括的移民改革の方向性は確認されたといっても、現実の議会運営では突破口を見いだせずにいる。アメリカの移民改革は州レヴェルでの保守性を強化しつつ、包括的な移民改革が可能かどうかの道を探ることになる。

 

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アメリカ移民法改革:今度は動くか

2012年06月23日 | 移民政策を追って

 


 長らく目立った動きのなかったアメリカの移民法改革の次元で、ある胎動が感じられる。前回記したオバマ大統領の突然の不法滞在者への新たな対応の裏で、なにが起きているのか。メディアが急に動き出し、あわただしくなっている


 そのひとつ、2012年6月25日付 TIME は、"WE ARE AMERICANS*  *Just not legally" 「われわれはアメリカ人だ。ただ、法律上で認められていないだけだ」と題する特集を組んだ。その内容は、これまでこのブログで一貫して観測してきた事実(たとえば、「断裂深まるアメリカ」シリーズ)とさして変わりはないが、11月の大統領選を控えての政治的時期だけに特別の注意が必要だ。




 アメリカには推定1200万人といわれる、「入国時に必要とされる書類(旅券、査証など)を保持していない人々」(undocumented immigrants)がいる。その中のひとり、31歳のフィリピン人ジャーナリスト(Mr. Valgas)が、自ら自分はそうした書類を持っていないと名乗り出た。12歳の時、すでにアメリカに合法的な市民として住んでいた祖父母の許へ送られた。16歳の時、身分証明書の役割を果たす運転免許を取得しようとしたが、その時祖父母を通して入手したグリーンカード(労働許可証)は偽造されたものであることが判明した(アメリカで生まれたのでなければ、グリーンカードは市民権取得への必須要件となっている)。その後は、自分が不法滞在者であることを隠して、今日まで過ごしてきた。

  アメリカで不法滞在者であると、生活上の不便や困難は多々ある。たとえば、航空機には乗れない。自動車運転免許証も取得できない州が多い。まともな仕事に就くこともきわめて難しい。

 これまで、なんらかの形で不法滞在であることが発覚すると、確認審査の上、出身国などへ強制送還された。今回、このジャーナリストが、あえて自らの法的地位を社会に明らかにする決心をした裏には、アメリカ社会、そして政府がいかなる反応を示すか、ジャーナリストとして確かめてみたいとの思いがあったようだ。

 移民の管理に当たるICE (US Immigration and Customs Enforcement)は、2011年には396,906人に対して国外撤去の措置をとった。今日、アメリカ国内に不法滞在するおよそ1150万人のうち、約59%はメキシコから、100万人はアジア/太平洋諸島から入国している。残りは南米、ヨーロッパなどである。そして86%はすでに7人以上、アメリカに住んでいる。

 こうした事実が背景にありながら、アメリカ上下両院は、10年近い議論を背景にしてのDream Actといわれる包括的移民法案を未だに成立させることができないでいる。さらに、アリゾナ州などは、警察官などが不法滞在者ではないかとみなした者に、在留に必要な書類を保持しているかを直接確認できる権限を付与する州法(SBI070)を、2年前に制定・導入した。俗に、”Show me your papers" bill といわれている。類似の内容の法案が周辺諸州でも制定された。連邦最高裁は、現在は差し止め中のこれら関連州法について、今月中にも、合衆国憲法に違反しないかという点を含めて判断を下すことになっている。

 こうした「入国書類不保持者」はアメリカ市民として認められていない。もちろん、選挙権もない。しかし、IRS、国税局にとっては重要な財源だ。ある研究所の試算では、2010年、こうした「入国書類不保持者」は、連邦と州に約112億ドルの税金(所得税$1.2bill、資産税$1.6bill.、消費税$8.4bill.など)を納税した。

 経済活動がさしたる改善を見せず、雇用の改善もはかばかしくない現実を前に、秋の大統領選で苦戦が予想されるオバマ大統領にとって、さらにロムニー候補にとっても、移民法改革は重みを増してきた。しかし、ひとつ間違えると、受ける打撃も大きい。

 典型的には、ヒスパニック系がいかなる評価をするかで、投票は大きく左右される。不法滞在者は選挙権がない。しかし、彼らに対する処遇、そしてその背後につながる選挙権のあるヒスパニック系国民の選択が鍵を握っている。

 ロムニー候補は従来、自分はこうした不法滞在者を合法化する道は考えていないと述べてはいる。しかし、迫った大統領選挙のことを考えると、不法移民のすべてを国外撤去させるとまでは言い切れない。そこで、いかなる妥協の道が提示されるか。しばらくの間、目が離せない。
 

 

 

 

 

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閉塞破れるか:オバマ大統領土壇場の移民改革

2012年06月16日 | 移民政策を追って




閉塞の壁を破る
 唐突の発表という印象だった。ABC News(6月15日)を観ていると、オバマ大統領の記者会見が目に飛び込んできた。両親に連れられてアメリカに入国し、現在アメリカに滞在する16-30歳の不法滞在者を強制送還することなく、在留資格を与えるとの発表だった。

 5年以継続してアメリカに滞在し、学校に在学中あるいは卒業した者、兵役に従事している者で犯罪歴がない若者が対象だ。これまで、彼らは移民法上は不法滞在者の扱いを受けてきた。大統領はこの措置はアムネスティでも、市民権付与でもなく、グリーンカードでもないという。

 2年ごとに更新チェックを受けるし、グリーンカードと連携もさせないとする。対象者はおよそ80万人。親などに連れられて16歳前に入国し、現在30歳以下、5年以上継続してアメリカに滞在している外国人が対象となる。大統領はこれこそなすべきことだと強調。ジャネット・ナポリターノ国家安全保障省長官は、この方向でしかるべき措置をとると声明を発表した。2年間の労働許可も与えられる。その後2年ごとに更新審査を受ける。回数に制限はない。長官はこの方針は大統領の独断ではなく、国家安全保障省で十分検討してきたものだと付け加えた。

 大統領就任以来、移民法改正はブッシュ大統領の共和党政権以来、上下両院の党派対立で膠着状態、11月の大統領選までに有効な対応は絶望的とみられてきた。重要法案はほとんどが共和党優位の下院でブロックされてしまう。そうした状況にしびれを切らしたのだろう。突然の大統領令という意表をついた措置に出た。

 対象となる若者は、ほとんどがヒスパニック系だが、この新措置を歓迎している。彼らがアメリカ活性化の一翼を担っていることも確かだ。他方、共和党側は大統領の権力乱用と強く批判している。違憲だとの声も上がっている。

ぎりぎりの選択
 オバマ大統領は大分フラストレーションがたまっているようだ。ホワイトハウス・ローズガーデンで、大統領が内容の説明をしている途中で、割って入った保守党系のジャーナリストが「なぜアメリカ人の労働者よりも外国人を優遇するのか」と叫んだ。大統領はいつになくけわしい表情で、「余計な口を挟むな。今は論争の時ではない。これこそやるべきことだ」と言い放って会見を打ち切った。

 今回の対象者は、親に連れられて入国した子供たちで、本人たちには違法行為の責任はないが、発見されれば強制送還の対象とされてきた。民主党はDREAM Actとして知られるより包括的で寛大な方向を提案してきたが、下院で多数を占める共和党にことごとく阻止されてきた。閉塞感が漂う中で、大統領命令という異例の措置に出たのは、大統領選を前にヒスパニック系をなんとか引きつけたいという政治的意図もあるのだろう。

 他方、共和党は不法移民にはより厳しい政策を打ち出し、ロムニー候補は国境の障壁強化を強調してきた。マサチュセッツ州知事当時は不法移民の子弟には、州の奨学資金を支給しない方針をとってきた。

 共和党議員の中には、「アメリカ人は憲法を守るため、アムネスティを退けてきた。今度はオバマを退ける時だ」と主張している。議会の議論を無視して、移民法を緩め、国境を開くのは、大統領の越権だとの批判もある。

 目前に迫った9月の大統領選を考えるならば、明らかに支持者(とりわけヒスパニック系)の拡大を目指した「政治的爆弾」の色が濃い。1100万人近いといわれる不法滞在者の中で、今回の対象は1割に達しない。しかし、4年前のオバマ大統領を支えたような高揚感がまったく消滅した今、この唐突にもみえる対応は
明らかに大統領選を念頭に置いたものだ。DREAM Actが成立しない中で突如発表されたこの動きは、その方法を含めて、移民政策をめぐる新たな論争に火をつけるだろう。

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妥協なき政党政治の行方:アメリカ移民改革を見る

2012年05月05日 | 移民政策を追って

 






 11月のアメリカの大統領選挙まで半年を切ったが、なんとなく盛り上がりに欠けている。前回のような全世界を取り込むがごとき熱狂の嵐はどこにも感じられない。出口の見えないような行き詰まった雰囲気が漂っている。しかし、例のごとく政治的論評は賑やかだ。

 最近、指摘されている大きな問題は、政党の両極端主義、分極化がもたらす議会政治の停滞・閉塞状態だ。国家のあり方を定めるような重要法案が、いつになってもなにも決まらず、閉塞感が漂う。重要政策が成立せず、どこへ向かうのか方向を失い、弛緩している。時間だけが無為に経過し、その間に事態はさらに悪化する。批判はとりわけ、かたくななまでに凝り固まった共和党が抱える問題に向けられている。実は、この問題、根源は異なる部分もあるが、日本にとっても決して無縁ではない。思わず考え込んでしまう。

 最近のThe Economist誌が「共和党は狂っているのでは?」 Are the Republicans mad?というセンセーショナルな見出しで論じているのが、まさにこの問題だ。口火を切ったのは、アメリカの著名な二つの研究機関Brookings と American Enterprise Instituteの二人の研究者トーマス・マンとノーマン・オムスタインによる新著 It's Even Worth Than It Looks. 『見かけ以上に悪い』である。

 これと対峙して、American Tax Reformという組織を率い、強力な共和党支持者であるグローヴァ・ノルクィストによる 『Debacle』 (Willey)の新著も、話題を作っている。ノルクィストは、「浴槽で溺れるほど政府を軽くする」というアジテーションで話題を呼んできた

 アメリカのような政党システムで、一党がおかしくなってしまうと、いったいどうなるか。近年、民主党と共和党は議会主義の政党としては、感情的なまでに激しく反目・衝突してきた。議会において、さまざまな妨害行動が生まれ、議事進行、法案審議に深刻な行き詰まりを来す。その背景には、とりわけ、共和党側に問題があるという認識が広まっている。あの滑り出しはすべて良しであるかにみえたオバマ政権が、2010年の中間選挙後、急転、精彩を欠き、批判の対象となったのはなにが原因なのだろうか。立場や見方は分かれるが、上記の著者たちが共に取り上げている課題だ。

 
 
マンとオムスタインは、アメリカの政党そしてそれを支える選挙民にほとんど絶望しているかにさえみえる。それでもなんとか事態を改善しようと、メディアの報道などを改善する必要などいくつかの打開策を提示している。たとえば、アンバランスな共和党の現状を“バランスさせて”、カヴァーするメディアの報道を止めさせることなどである。ノルクィストも、彼なりの不満を選挙民に持っているようだ。しかし、10年くらいの間に共和党は主導権を取り戻し、大統領や上下両院での主導権をにぎれることを希望している。

試金石のアリゾナ州法 
 この状況を象徴しているのが、ブッシュ政権以来見るべき進展のない移民政策だ。このブログでもウオッチしてきた不法移民に厳しい対応をとろうとするアリゾナ州法は、2010年に成立した。この法律は、警察官などが不法移民と思う人物に滞在証明などの提示を求め、不法移民を厳しく監視、管理しようとする。不法移民が州民の仕事を奪い、犯罪行為などを増やしているという考えだ。

 これに反対する市民のリベラルグループは、こうした法律は人種や肌の色での差別を明白に禁止していても、ラティーノなど褐色の肌の人々に困惑と被害をもたらすと憂慮している。当局が個人の移民ステイタスを判定する良い方法はない。結果として、多くの市民が予期せぬチェックや被害を受ける可能性がある。
たとえば、アリゾナ州へ隣のニューメキシコ州から、自動車ライセンスだけ持ってやって来た運転手にどう対応するか。ニューメキシコはこれまで不法移民にもライセンスを発行してきた。

 アリゾナ州法には近く最高裁の判決が下るが、その影響はアリゾナばかりでなく、同様の対応をする数州にもかかわる。これまで歴代の大統領は、アメリカ国内に居住する1千万人近い、不法滞在者の問題に取り組むとしながらも果たせなかった。オバマ大統領も結局、就任以来今まで、ほとんどなにもできなかった。とりわけ、民主党が下院で多数派でなくなって以来、予算、医療改革、移民法改革を含む多くの法案が暗礁に乗り上げ、挫折、成立しなかった。他方、共和党支持の選挙民の間では、なにも対応が打ち出せない連邦政府の無力さに、フラストレーションを感じている者も多い。最高裁の判決が下れば、民主、共和両党の間で実りのない責任転嫁の論争がエスカレートするだろう。

 今の段階では、民主、共和の両陣営とも、経済問題か、このヒスパニック系を傷つけかねないアリゾナ州法のような案件が大統領選の勝敗を定めることになるとみている。ヒスパニック系移民の実態について、専門調査機関のピュー・リサーチ・センターは、アメリカからメキシコへの流出が流入を上回って、ヒスパニックの数はネットで減少に向かっているとしている。アメリカに限ったことではないが、移民問題は潮の目がかなり変わりやすい。絶えざるウオッチが欠かせない。

共和党が生きる道は
 
共和党大統領選候補をあきらめたギングリッチも、犯罪歴のない滞在年数の長い不法移民は、合法化せよとの立場である。共和党内部もかなり意見が分かれる。しかし、ロムニーは経済が悪化しているので彼らは「自分で送還されるのだ」 self-deportというひどい表現をしている。これについて、ヒスパニック系選挙民は、共和党の政策は人種差別といわないまでも石のような心で作られているとしている。ピュー・ヒスパニック・センターが去年実施した調査では、ヒスパニック系選挙民の2/3 は民主党に、わずか10%が共和党支持にまわると予想。2010年国勢調査では、ヒスパニックは人口の16%にまで増えた。最大の成長グループだが、選挙権をまだ所持しない人の比率が高い。選挙への関心もアングロサクソン系白人ほど高くない。

 こうした状況だが、移民政策の改革を公約しておきながら、期待に添えないできたオバマ民主党政権側は、これまでのようには、ヒスパニック票を獲得できないかもしれないと思っているようだ。

 現段階で、アメリカ市民が、アメリカという国を構成するベースラインをどう考えるか。最高裁はまもなくアリゾナ州法へ判決を下す。だが、この問題について共和党の対応は簡単には変わりえない。閉塞状態に光は射すだろうか。出口が遠ざかれば、不満はさらに鬱積し抑えがたくなる。20年前の1992年4月29日、ロサンジェルスのサウス・セントラル・ディストリクトで、ロス暴動が起きたことを思い出す読者はどれだけおられるだろうか。 

 

References

“The nativist millstone” The Economist April 28th  2012
“Lexington: Are the Republic mad?” The Economist April 28th 2012

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日本は消滅、再生は?

2012年01月16日 | 移民政策を追って

 



 フクシマ問題が脳裏を離れず、当初意図してきたブログテーマから次第に疎遠になってきた。ブログの当初の目的は、薄れ行く記憶を飛び石のようにつなぐためなので、この際時間を巻き戻して、少し記しておきたい。


閉じられる扉

 
ヨーロッパ、アメリカ、日本などのかつての先進国、移民受け入れ国の間で、移民政策の方向が、急速に保守的・閉鎖的な政策へと転換している。これらの地域へ仕事を求めて入国を目指す道はきわめて厳しくなった。歴史家としてのジャック・アタリが、ドイツ、ロシア、日本は「機械的な消滅」の最中にあると予言している。そのひとつの要因は人口減少、移民への対応にあるとされる(アタリの母国フランスはどうなのかと聞きたいのだが、それには言及していない)。とりわけ、日本は意識的にそうした方向を選択しているという。アタリの説明は十分でないが、言わんとすることは伝わってくる。日本は真の意味での決断ができない国なのだ(下段 YouTube)。


 大波が繰り返し押し寄せるように、再び移民への反発・反対が高まっている。その要因は従来から存在するのだが、受け入れ国における移民の増加とともに、国民からの反対が強くなってきた。反対の理由としてあげられているのは、主として、1)多くの不法移民への給付が国民の負担で行われている、2)移民は低い賃金で働き、国民の仕事を奪っている、3)イスラム教徒は受け入れ国の文化に同化できない、などである。

 これらの点については、多分に誤解に基づき作り出された面もある。たとえば、メキシコ側から越境してきた労働者に頼るほかない南部の農業経営は、アメリカ人国内労働者がもはやや就労をしない分野になっている。すでにかなり以前から、越境労働者に依存しないかぎり、アメリカ農業は立ちゆかなくなっている。

 
他方、ドイツのように、多文化主義の失敗を首相が公に認め、思い切り良く方向転換を図っている国もある。日本のように移民問題をことさら国民的議論に浮上させることを避け、なし崩し的に移民政策を決定し、出生率改善にも有効な手を打つことなく、高齢者層が政治的圧力で若い世代への負担を増すことで、生き延びようとしている国もある。またしても、ブログ管理人の考えることではないが、この国はアタリが言うようにひとたびは消滅し、50年後に再生するのだろうか。恐らく国として年老い、活力はなく、ただ死を待つような国にならないといえるだろうか。

母国へ戻れない人々
 
最近のジャーナリズムの流れは、受け入れ国の門扉が閉ざされたことによって、母国へ戻れなくなった移民(ディアスポーラ)、家族離散の意義と役割を積極的に評価する方向へと移行している。受け入れ国の壁が高くなれば、なんとかそれを乗り越えたいとの思いも強まる。壁が低い時には明らかでなかった合法・不法の差もはっきりする。閉鎖的な移民政策の導入を前提とすれば、ディアスポーラの存在もよりはっきりと是認しなければならなくなる。

 
雇用の機会がどうしても国内にないなどの理由で、国外に仕事を求めねばなならない人々は仕方がないが、最も望ましい方向は、自分たちが家族とともに居住する地域に、望む仕事の機会が存在することだ。そのためには先進地域は協力して、アジア・アフリカなどへ投資も行い、雇用の機会を創出する支援をしければ問題の解決へつながらない。移民はあくまで「例外的な人々」 exceptional people なのだ。このことはOECD、EUなどの場で以前から論じられてきたが、ほとんど実効ある策は導入されないできた。同じことは、被災地にも当てはまる。被災地に人が集まらないかぎり、再生は困難なのだ。

 移民のもたらす得失を限られたスペースで論じることはとてもできない。ディアスポーラについても、これまで記してきた通り、とりたてて新しい現象ではない。最近浮上してきた側面は、祖国の外に住む人たちが、さまざまなネットワークを拡大して、活発に活動している点を評価しようというのだ。ディアスポラが避けがたいからには、従来軽視されてきたプラスの面に着目しようとしている。 

 
世界史的に見ても、ユグノー、スコッチ、アイリッシュ、ユダヤ人あるいは日本との関係では日系ブラジル人など、海外移住者が果たした役割はきわめて大きい。世界には約21500万人の第一世代移民がいると推定されている。世界の人口のおよそ3%にあたる。彼らをひとつの国としてみたら、ブラジルより少し大きいくらいの規模になる。そして、特定の国、たとえばインドをとれば、2200万人近いインド人が国外に移住・生活している。 

 
移民大国アメリカでは、移民は人口の8分の1に相当し、技術・エンジニアリング産業の4分の1を創設したと推定されている。経済を牽引するITなど先端技術産業における移民の貢献に注目が集まっている。インドのコンピューター産業の発展におけるバンガローとシリコンヴァレーのつながり、中国へ戻る海外留学生(「海亀族」)の寄与などが度々話題となってきた。海外留学生は激減し、国内の産業へも優れた外国の頭脳を誘引できない日本のIT産業は、瞬く間に韓国や中国に追い抜かれている。

 このところアメリカは多くの若者を受け入れ、教育した後は、仕事の機会を与えずに母国へ帰らざるを得ないような政策へと傾斜しつつある。不法越境者を含めて、潜在的移民希望者には居心地の悪い環境が生まれている。共和党政権になれば、さらに保守化の程度が強まるだろう。ニューヨーク市長が「国家的自殺行為」という方向である。

 
欧米諸国、そして日本などが閉鎖的政策をとれば、送り出し国側は頭脳流出がなくなるという効果が強まるかもしれない。他方、彼らが目指す先進技術の習得によって、自国発展を目指すという役割、効果は削がれることになる。

ふたつの地域を結ぶ 
 
注目すべきは、ディアスポーラは急速に拡大する新興国市場とかつての先進国を取り結ぶ媒介者の役割を果たしていることだ。彼らはふたつの地域の間で、情報、技術、資金を流通させるに大きな活動をしている。

 
受け入れ国側の立場からすると、経済停滞に苦しみ、自国民の雇用を維持することが難しい状況で、国境を閉ざしたいという願いは理解できるが、それを上回る大きな危険も含んでいる。

 移民労働者は、受け入れ国に新しい考えや力をもたらす。これは入国してくる人々、受け入れ国側双方に良い効果をもたらす。移民を受け入れず、活性化の源を断つことは、自らの衰退の速度を速めることでもある。



 “The magic of diasporas The Economist November 19th 2011.

 

 

 

 

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