ポール・ラ・タルテ(?-1636)
『演奏会』ロレーヌ、1600-1630年頃
130.0 x 152.0cm
ヴァヴァル城
Paul La Tarte(died in 1636). Concert, Lorraine 1600-1630, Cracow, Wawel Royal Castle, inv.no. 2172.
先日、『ポーランドの至宝 レンブラントと珠玉の王室コレクション』を見ていた時に、思いがけないことに気づいた。上掲の一枚の作品である。なんとなくどこかで見たような気もするのだが、作者名にはまったく記憶がない。楽士と思われる4人の男が、楽譜を持つ女性を囲んで、楽しげに演奏している光景が描かれている。楽器はリュート、フルート、ルネッサンス・ヴァイオリン、ハープのようだ。17世紀のこの頃には比較的よく見られた主題や構図でもあり、作品の水準としてもとりたてて印象に残る作品ではない*。
しかし、短い記述だが、カタログには北方カラヴァジェスキの影響を受け、ロレーヌのジョルジュ・ド・ラ・トゥールの周辺で活動していた、あまり知られていない画家(a little-known painter from Lorraine)の作品とある。この点に興味を惹かれて、多少文献などを調べてみたが、主要な専門書にこの画家についての言及はなく、わずかに短い一編の論文に出会った程度だ。ラ・トゥールの周辺は謎の部分が多いだけに、今後も新たな情報が付け加えられる可能性は高い。これから少し注意して見てみよう。
この時代の画家の作品は、古い民家や修道院などに、埃にまみれ忘れられた作品として残っているようなことも十分起こりうる。最近のひとつの例が、今年ルーブルが購入したルナン兄弟の作品とされる『ペテロの否認』を主題とした絵画(下掲)だ。ルーブルには購入資金がなく、篤志家の援助で購入された。購入価格は1150万ユーロと伝えられている。Web上でしか見る機会がないが、一瞬これがあのルナン兄弟の作品?と思ったくらい、見慣れたルナンの作品とは趣をかなり異にしている。いずれ実物を見る機会があればと思う。この主題は17世紀前半のカトリック宗教改革の中で、好んで取り上げられており、ラ・トゥールも作品を残している。
ルーブルが取得に際して発表した内容は、フランス文化省とルーブルが17世紀ロレーヌ派の画家アントワーヌあるいはルイ ルナン Antoine or Louis Le Nain の作と見られる『聖ペテロの否認』1点を取得したというものだ。取得価格は11,500,000 ユーロ(16,560,000USドル)だが、個人の篤志家の資金で購入したとのこと。
驚いたことは、作品はあのラ・トゥールが工房を置いていたリュネヴィルのある家の屋根裏部屋で見つかったということだ。リュネヴィルは1638年フランス軍の攻撃によって、徹底的に破壊された町だが、どこに残っていたのだろうか。興味は深まるばかりだ。かくして発見された作品は、2000年3月、ナンシーでのオークションで推定20万フランくらいの作品とされていたが、パリの画商シャルル・ベイリーが920万フランで入手していた。作品は直ちに輸出許可の対象から除外され、保険会社AXAの保険が付されている。
最初気づいたことは小さな問題だったが、考えているうちに想像の世界はとめどなく広がってきた。ささやかな消夏法だ。
* 2009年4-7月にフランクフルトのシュテーデル美術館が企画した特別展は、この主題をとりあげたものだった。
Caravaggio in Holland: Musik und Genre bei Caravaggio und den Utrechter Caravaggistern, Städel Museum, 2009.