新型コロナウイルスが世界を大きく変えてしまったことは、もはや誰も否定しないだろう。しかし、感染が収束していない今の段階では、その全貌はまだはっきり分からないところが多い。
混乱・混迷の中で、人々はさまざまに救いや慰めを求めている。美術、音楽、演劇などさまざまな文化活動もその大きな対象だ。2020年の春、今年は行こうと思っていた美術展、コンサートなど楽しみにしていた予定がほとんどキャンセルになってしまった。その中には生きている間には再び観る機会はないだろうと思うものも含まれていた。オリンピック競技は無観客としても、TVで観ることもできるので、さほどの打撃ではない。
前回取り上げた『ナショジオ』ほど長くはないが、好んで読んできた雑誌HARPER'S(June 2021)*が、この問題を取り上げていた。新型コロナウイルスの世界的感染拡大によるパンデミックが芸術に関わる経済面に壊滅的な打撃を与えているという問題の指摘だ。例に挙げられているのはアメリカだが、日本でも仕組みは変わりない。
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N.B.
*HARPER’S Magazine は、1850年創刊のアメリカでも最も歴史のある総合月刊誌である。その時々の重要なテーマを最高レベルの筆者が論じている。これまで、経営的にも多くの波乱があったが、それらを乗り越えて今日まで継続してきた。2000年には An American Album: One Hundred and Fifty Year of Harper’s Magazine と題したアンソロジーを刊行している。
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半世紀近く前、友人からアメリカの知性、ジャーナリズムを知る上で、必読のマガジンのひとつと言われて以来、毎月ではないが出来うる限り読むようにしてきた。今でも全部は到底読み切れないが、興味ある記事は目を通すようにしている。
最近号「アートへの渇望」Starving for Artで興味を惹かれたのは、ウィリアム・デレシーウィックによる「COVID, フリーなコンテント、アーティストの死」(“COVID, free content, and the death of the artist” By William Deresiewicz)と題した記事である。その要旨は次のような内容だ。
日本でも取り上げられている飲食業やホテルや観光関連業界のように、目立って取り上げられていないが、アートに関わる活動は想像以上に打撃が大きいとの記事である。詳細は雑誌掲載記事を参照いただきたいが、あらまし次のような諸点が指摘されている。
大打撃を受けたライブイベント
数ある芸術活動の中で、ライブイベントは最初に打撃を受け、中止や延期を迫られてきた。影響を受ける人たちは、ミュージシャン、俳優、ダンサーに加えて、劇作家や振付家、監督や指揮者、照明デザイナーやメイクアップアーティスト、裏方、案内係、チケット係、劇場支配人など、舞台に立つことができるすべての人々が彼らの仕事で生計を立てている。
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N.B.
2020年夏にアメリカで発表された調査によると、独立した音楽会場の90%が完全に閉鎖される危険にさらされていたが、美術館の3分の1も閉鎖されていた。 Music Workers Allianceの調査では、ミュージシャンとDJの71%が少なくとも75%の収入の損失を報告し、別の調査では、回答者の60%が収入の損失を報告し、平均で43%減少した。 2020年の第3四半期中、失業率はミュージシャンで平均27%、俳優で52%、ダンサーで55%だった。パンデミックの最初の2か月で、映画および録音業界の失業率は31%に達した。一方、9月現在、近現代美術のギャラリー売上高は36%減少しました。芸術全体で起こっていることは不況を通り越した大惨事とされている 。
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パンデミックの前から芸術界に訪れていたもう一つの破壊的傾向も指摘されている。つまり、音楽などのコンテンツを人々が無料で使っているという事実が進行・拡大していたため、被害は加速された。音楽の価格はゼロまたはほぼゼロに追いやられ、続いてテキスト、画像、ビデオなど、ほぼすべての他の媒体での作品の価格も同様な傾向を辿ってきた。
そして 、ビジュアルアートの世界では、2018年の時点で、生きているアーティストによる世界の売り上げの64%を占めるのはわずか20人とのことだ。
もちろん、 _アーティストはアートだけで生計を立てることが困難で、多くのアーティストがウェイター、バリスタ、バーテンダーなどのサービス業界などで日雇いの仕事で働いている。しかし、サービス産業の賃金は最低賃金と結びついており、 連邦の最低賃金は、最後に引き上げられた2009年以来、その価値の18パーセント以上を失っていると推定されている。_ さらに、止めどなく増殖するギグ・エコノミーでは最低賃金に近い水準で働く人が多くなっている。
パンデミックは、おそらく何千もの芸術的キャリアを消滅させると見られている。
パンデミック後のアートは
パンデミックが終わったら芸術経済はどのようになるでしょう。これまでの実態は甚だしく偏在した姿を示しています。_2020年の初めに、Alphabet(Googleの親会社)、Apple、Amazon、Facebook、およびMicrosoft(ビッグファイブ)の市場価値は合計で5兆ドル弱でした。その年の終わりまでにその数字は7.5兆ドル以上に増大したと推定されている。
アートは愛されていますが、アーティストは必ずしもそうではありません。筆者の ウィリアム・デレシーウィックは、パンデミック後の未来について、アーティストは自らができる最高の作品を自由に作成するべきですが、略奪的な独占によって提供される無料のコンテンツではなく、人々が正当に支持する対価があるべきだと記している。
日本について比較しうる客観的資料は筆者は持ち合わせない。しかし、同じ論理が日本でも働いていることは確かだろう。