ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジに帰属
『子羊の世話をする洗礼者聖ヨハネ』油彩/カンヴァス
78x122cm
個人蔵
「カラヴァッジョ展」が国立西洋美術館で開催されている(6月12日まで)。16世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパ画壇に大きな影響力を持ったミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Caravaggio, Michelangelo Merisi da: 1571-1610、通称カラヴァッジョ)だが、その名と作品が世界中に広く知られるようになったのは、それほど昔のことではない。芸術家や作品評価に浮沈はつきものだ。画家の活躍していた時代、そして17世紀に入っても、「この町(ローマ)第一の画家」" egregius in urbe pictor" と言われ、高く評価されていたが、18世紀に入ると、ほとんど忘れられかけていた。
17世紀フランスを代表する画家ニコラ・プッサン(Poussin, Nicolas, 1594-1665:この画家はフランス生まれだが、ほとんどローマで活動していた)は、カラヴァッジョ没後、半世紀近く後に「(カラヴァッジョは)絵画を破壊するために生まれてきた」と評していたらしい。こうした評価には、カラヴァッジョが創りだしたすさまじいばかりのリアリズムと斬新さ、そして画家の犯罪に彩られた破天荒な人生などが複雑に影響していると思われる。プッサン自身は、カラヴァッジョの画風に大きな影響を受けなかったようだ。しかし、カラヴァッジョが当時の画壇にもたらした変化は文字通り革新的ともいえるもので、イタリアのみならず、フランス、オランダなどにカラヴァジェスティと呼ばれる一連の追随者による新たな画壇の流れを築いた。
印象派以降の画家にファンが多い日本では、今でもカラヴァッジョの名前と作品を知らない人も多い。カラヴァッジョ、誰?という反応を得ることもいまだ多い。それでも世界的にカラヴァッジョへの関心は20世紀から21世紀にかけて再び高まった。2000年は画家の没後400年であったこともあり、世界中できわめて多数の企画展、出版物が生まれた。その数はおびただしく、よほどの専門家でもないかぎり、フォローするのが大変である。出版物に限っても、ラファエル、ティティアン、レオナルド・ダ・ヴィンチなどよりも多く、カラヴァッジョを上回るのは、同じ名を共にするミケランジェロ (Michelangelo Buonarroti:1475-1564)くらいといわれるほどだ。
カラヴァッジョの影響を受けていると言われる17世紀の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールに魅せられた私は、ほとんど半世紀近く、機会があるごとに、ラ・トゥールの作品を追いかけてきた。その過程でカラヴァッジョにも、かなりの関心を抱いてきた。両者の比較を通して、いつの間にか双方の画家に共通するものと異なるものを自然に知ることができたように感じている。自分の専門は貧困や失業を対象とする"陰鬱な"経済学だが、偶然に出会ったラ・トゥールという画家の作品を知ることを通して、しばしば疲れた心身を癒し、人生の大きな支えのひとつとしてきた。
日本でカラヴァッジョの企画展が開催されたのは、それほど遠いことではない。2001年9ー12月に東京都の庭園美術館で展示が行われた時は、カラヴァッジョという画家や作品を知る人も未だ少なく、ゆっくりと鑑賞できた。当時は画家の新作8点と帰属する作品1点が展示された。(この画家の作品数は60点あまりである)。しかし、比較的初期の作品や小品が多く、この画家らしい動的なリアリズムと迫真性に溢れた作品が少なく、充足感はいまひとつだった。画家の39歳という長いとはいえない人生で、この画家が創りだしたスタイルも、時間の経過とともにかなり変わっている。その広がりをカヴァーするには、11点という出展数は少なすぎた。しかも個人的体験からすれば、前回と同じ作品も含まれていて、残念な思いもした。しかし、カラヴァッジョの作品はさまざまな事情で国際的に出展、貸与などで移動できるものはそれほど多くないことは理解できる。
主催者側によると、今回の目玉は最近真作と認められ、この画家の企画展においては世界初公開という「法悦のマグダラのマリア」(油彩・カンヴァス、1606年、個人蔵)が展示されていることなのだろう。この主題の作品、2005年にロンドンのThe National Gallery で開催された 企画展『カラヴァッジョ:晩年』 Caravaggio: The Final Years の時点では、ブログ最下段に示したように、色彩とデザインが少し異なる2点の作品が「古いコピー」old copies として展示されていた*。今回、真作と認定され出品された作品は、画家が凄絶な人生最後の旅の遺品3点の中に含まれていたと伝えられるが、真偽のほどは不明である。(この作品については、今回の企画展カタログなどを参照されたい)。
今回の企画展では、カラヴァッジョの影響を受けた画家たち(カラヴァジェスティ)の作品も併せて展示され、なんとか企画展としての形が整ったと考えられる。カラヴァッジョの作品は、宗教画にととまらず、静物画などもあり、一点一点が、それぞれに見応えがある。しかし、中心となる宗教画の多くは、あまりにリアルで時に目を背けたくなるような凄絶な描写もあり、見た後でかなり疲れる。今回はそうした作品はほとんど含まれていないが、「砂漠の洗礼者聖ヨハネ」にしても、色彩鮮やかで官能的ですらある。この点、同じ画題でも、ラ・トゥールの聖ヨハネは対極的とも見えるほど簡素な、しかし複雑な色合いの中に深く落ち着いている。
ラ・トゥールを含むカラヴァジェスティの作品も展示されていた。筆者にとっては、このカラヴァジェスティの作品の方に興味深いものがあった。カラヴァッジョそしてその追随者の作品展示双方が、出展数が少なく、選択の点でややバランスに欠けていたのは残念な気がした。ちなみに、ラ・トゥールの作品は2点、「聖トマス」(国立西洋美術館所蔵)、「煙草に火をつける若者」(東京富士美術館蔵)という日本が保有する数少ない貴重な作品が展示されている。筆者にとっては何度も出会っている旧知の作品だが、ラ・トゥールの作品の中では、地味な画題であり、この二つの美術館が所蔵する経緯なども、一般には知る人が少ない。。後者については、工房作などの評価もあるが、17世紀中頃のロレーヌの風俗などを知る上でも興味深い。日本にも世界レベルの素晴らしい作品が、あまり知られることなく所蔵されていることを知らせる機会でもある。
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
『法悦のマグダラのマリア』 個人蔵
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョに基づく模作
構図は同じだが、細部は微妙に異なっていて、その差異をめぐる背景など興味深い。
*
上掲図(上段)
Anonymous, first quarter of the 17th century
25a. Saint Mary Magdalene in Ecstacy
oil on canvas, 109 x 93cm
Bordeaux, Musee des Beauz-Arts, inv. 1986-1-2
上掲図(下段)
Wybrandt de Geest
(15992-c.1661)
oil on canvas, 110 x 87cm
inscribed on a cartouche painted in trompe l'oeil
imitando Michaelem /Angelum Carrava.../
MMediolon./Wymbrandus de Geest/ Friesus/a 1620
Barcelona, Private collection
Reference:
Caravaggio: The Final Years
London, The Nationa Gallery
23 February-22 May 2005
今回、出展された真作とされる作品の所在はカタログには
下記のごとく掲載されている(2016/04/09 追記)
。
Michelangelo Merisi da Caravaggio
(Milan, 1571-Porto Ercole, 1610)
Mary Magdalene in Fantasy
1606
Oil on canfas
107.5 x 98.0cm
Private Collection