時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

アメリカ移民法改正の行方

2005年12月23日 | 移民政策を追って

新移民政策は生まれるか:アメリカの課題
 
 
  アメリカにとって移民(受け入れ)政策は、将来の国家像にかかわる重要な意味を持っている。再選は果たしたが支持率は下降を続けるブッシュ大統領にとって、ポイントを稼ぎたい課題のひとつである。

  移民政策はアメリカに限ったことではなく、ついに人口純減時代に突入した日本にとっても放置しておけない重要な政策分野なのだが、政府はほとんどまともに国民的議論の俎上に載せたことがない。日本が移民受け入れで(数だけにとどまらず質的面を含めた)人口問題を解決できるとは到底考えられないが、少子高齢化時代の総合的政策課題の視野の中で、外国人労働者や移民について正当な位置づけをすることは欠かすことができない。西欧社会の問題の深刻さを恐れてか、国民的な議論の場へ出すことをことさら避けているとしか思えない。しかし、問題から逃げるほど、事態は深刻になる。

ブッシュ演説と現実の距離  
  11月28日、アリゾナ州タスコン空軍基地で国境管理にあたるパトロールメンを前に、大統領は次のような趣旨の演説をした。「アメリカは新しく来た人たちを暖かく迎え入れ、先祖の移民たちが生み出した遺産の継承に大きな誇りを持っている。しかし、アメリカは法のルールの下に築かれた国でもある。不法にこの国へ入ってくる者は法を破っている。アメリカ人は人々を暖かく迎える国と法治国との間で選択すべきではない。われわれはその両方を持つことができる。」

  ブッシュ大統領のこの演説は、具体的になにを意味しているのか。大統領は農業分野の果実採取や建設業に労働不足をもたらすことなく、他方で現在アメリカ国内にいる不法滞在者に「アムネスティ」(恩赦でアメリカ市民権を認める)を与えることもなく、不法入国者を減らすプランがあると述べた。これだけ聞くと良いことづくめに聞こえるが、移民問題の実態は複雑きわまりない。

アメリカ人が働きたがらない仕事は誰が
  アメリカは貧困と大きな人口を抱えた国メキシコとの間に長い国境を持っている。ヒスパニック系の研究機関であるピュー・ヒスパニック・センターによると毎年約50万人の不法移民がひそかに国境を越えてアメリカに入国してくる。そして、アメリカ人労働者が働きたがらない厳しい、低賃金労働分野で働く。
  
  他方で、保守党系のマンハッタン研究所は、アメリカに家族を持たないメキシコ人で農場労働以外の仕事をしようとする者にとっては、不法入国を企てるしかないという。さらにアメリカに家族が住んでいるとしても、そのつながり(人道的観点から「家族の再結合」は、就労とは別のカテゴリーで一定の受け入れが行われる)でヴィザを取得するには6年から22年もかかるとしている。

  そのため、国境を越える不法入国者は絶えることなく、国境パトロールとの果てしないせめぎ合いが続く。多数の密入国者が国境近辺で発見される。しかし、大多数はうまく入り込む。パトロールにつかまった時の罰則は、メキシコ側の最寄りの町へ送還されだけである。しかし、送還された者の多くは何度も再入国を試みる。

   再入国を企てる時の障害は、彼らを商売の種とし、国境侵入の案内をする「コヨーテ」などの名で知られる人身売買斡旋業者へ支払う一人あたり1500ドルの費用である。こうした業者は、費用を払うことなく彼らの領域に入り込む者を殴打したり、殺害したりまでする。不法入国者を餌食としている業者であり、悪質な国境ビジネスの温床である。

1100万人近い不法滞在者
  他方、アメリカに合法的なヴィザで入国しても、滞在期限が来ても帰国しなかったり、ヴィザが定める活動に反して働くなどの外国人も多い。こうした不法就労者はすでに1100万人近いと推定されている。アメリカは1986年に移民法改正を行った際に、一定の資格要件を充足した不法滞在者にアムネスティを与えているが、その後不法滞在者の数は急速に増え続け今日にいたった。

  こうした現実に多くのアメリカ人は関心を持っていない。というのは、不法就労者はアメリカ経済に寄与しているところも多いからだ。レストランで皿洗いをしている不法就労者は、地元労働者より明らかにコストが低い。メキシコ人労働者がいなかったら、果物の収穫もできず、看護・介護施設の清掃すらできなくなっている。

閉ざされる国境
  他方、こうした不法滞在・労働者について反対する人々もいる。その第一の理由は経済的なものである。中流階級は不法就労者でも安い日当で雇える庭師が欲しい。しかし、国内の不熟練労働者は、外国人に仕事が奪われたり、賃金が低下することを恐れる。

  最近の下院予算委員会が委嘱した調査では、移民の不熟練国内労働者へのマイナスの影響ははっきりしないとのことである。そして、人々が考えるより小さな影響ではないかとする。賃金へのマイナスの影響は、0から10%程度ではないかとの推定である。反対者への説得のためもあって、こうした調査は実はこれまで繰り返し行われてきた。

    第二の理由は、やはりテロイズムへの懸念である。9/11以降、この問題があるかぎり、アメリカは国境管理において開放的な政策はとれなくなった。

  第三は、不法移民がまさに不法であるという点にある。入国管理法が本来あるべき成果をあげていないということは法治国家としての存在を基盤から揺るがしてしまう。

  これらの点については、農業、建設などの使用者は、現行移民法がアメリカ経済が必要とするに十分な数の労働ヴィザを発行していないからだというが、1100万人の不法滞在者を抱えている現実もあり、対応は難しい。

資金と技術が注ぎ込まれる国境線
  ブッシュ大統領は金と技術に頼って国境問題を解決しようとしてきた。彼は大統領就任後、国境安全保障のために60%予算を増加してきたと述べた。確かに1986年以降、国境パトロールは3倍増となっている。国境管理のために、人工障壁ばかりでなく、偽造対策を施した身分証明書、赤外線探査ネット、10-12時間は飛んでいられるという無人探索機まで最新鋭の手段も導入してきた。しかし、それでも不法入国者は減少しない。

  国境で発見・拘束した不法入国者に、ブッシュ政権はこれまでの「つかまえては送還」catch and releaseという魚釣りのような政策で対応してきた。しかし、大統領は、これまでよりまともな形で対応したいと考えているようだ。非メキシコ人の場合は、発見され捕まった後、裁判所へ出頭するよう求められるが、75%は裁判所へ来ないで所在不明となってしまている。

  さらに、単に国境近くの町へ送還するのではなく故郷の近くまで送り戻せば、35000人の送還者の中で8%だけが再度捕まっているとの調査もある。しかし、多くの送還者はできればすぐに再入国しようと考えている。フロリダのホテルで清掃係をすれば月に1000ドルになり、メキシコで働く賃金の10倍近くになるのだから、不法入国を企てる圧力は高い。

アムネスティ論争の再燃へ
  ブッシュ大統領はさらにもう一段議論が紛糾する次元へ踏み込もうとしている。アメリカ人がやりたがらない仕事に、アメリカ人使用者が必要な数だけの外国人を雇えるようにして、需給をマッチさせようという考えである。このために、現在1100万人近いといわれるアメリカ国内にいる不法滞在者に合法的地位を登録させる。そして、彼らに罰金や追徴金などの支払いを求めた上で、一定期間アメリカで働くことを認める。そして、就労期間が終わった時点で帰国させるという構想である。大統領はこの措置は「アムネスティ」ではないと主張する。しかし、これではアムネスティではないか、大統領はうそをついているという政治家、メディアも多い。

  一筋縄では行かない移民政策議論だが、すでに議会では法案審議が行われている。特に下院での検討結果が行方を定める。上院には二つの議員立法案が出ている。ひとつはこのブログでも書いたジョン・マッケイン John McCain (アリゾナ州選出、共和党員)とテッド・ケネディ Ted Kennedy(マサチュッセツ洲選出、民主党員)の共同提案である。この法案の内容は、実はブッシュ大統領の考えにきわめて近い。もうひとつの法案は ジョン・コーニン John Cornyn (テキサス選出)とジョン・キルJon Kyl(アリゾナ州選出)の両共和党員提案によるものである。

有効な政策は生まれるか
  実際には、これらの法案は成立するためには妥協しあって混じり合ったものになるだろう。農業労働を中心とするゲストワーカー・プログラムは、成立するためには二つの基準を満たさねばならない。第一は、現実的にアメリカ農場主が必要とし、メキシコ人労働者が働きたいとする点を考えると、かなりの数の一時的労働者の受け入れになる。第二に、仮に新法が成立すれば、不法滞在者を雇った事業主は罰せられねばならない。この「使用者罰則」はアメリカでも(日本でも)これまで導入されたのだが、実効をあげたためしがない。

  ブッシュ大統領は連邦の情報ネット・データベースを使って、事業主が雇おうとする労働者の合法性をチェックできるようにすると提案している。そして、Operation Rollbackと称して、現場の不法労働者と彼らを雇用する事業主を摘発するとしているが、これまで成果はほとんど上がっていない。こうした現実にいらだち、このままでは無法状態がひどくなるばかりだとして、政治的示威も含めて不法入国・滞在に立ち向かうという自営組織Minutemanを組織する洲も表れた。世論調査などにみるかぎり、不法滞在者への風当たりは全般に高まっているようだ。

鍵を握る選挙への配慮
  問題を複雑にするのは、やはり政治である。増加が顕著なヒスパニック系住民をどう取り込むかという問題は、共和、民主両党にとってあるべき政策の矛先を鈍らせ、妥協を生む。共和党系のManhattan Instituteの調査では、現在アメリカ国内にいる不法滞在者の母国送還に賛成した者は、回答者の3分の1にすぎなかった。1100万人全部を送還することは可能だと回答した者はわずかに13%であった。

  しかしながら、ブッシュ大統領の考えの通りの包括的案が名実ともに成立するならば、賛成するという共和党員が72%に上ったことは、大統領にとっては一筋の光が残っているといえよう。このことは、言い換えると、今日のアメリカ経済が農業・建設などの分野で、低賃金で働く労働者がいなければ成り立たないということを示しているともいえる。こうした事実は日本にとって別の世界の他人事のように思えるかもしれない。しかし、同じことがすでにこの国でも広く展開・定着していることを考えたい。


Reference
"Immigration: Come hither" The Economist December 3rd 2005

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