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   桑原靖夫のブログ

16世紀銅版画家の世界:メッケネムの作品と活動

2016年09月25日 | 絵のある部屋

 

『メッケネムとドイツ初期銅版画』ポスター
国立西洋美術館 

 

 雨続きの合間を縫って、閉幕寸前の国立西洋美術館に駆けつけた。かねて見たいと思っていた『メッケネムとドイツ初期銅版画という企画展(7月9日ー9月19日:上掲ポスター)である。あまり一般受けしない、どちらかといえば地味な企画展ではある。

 銅版画であるから一部の展示品を除きモノトーンで、しかも作品の多くは大変小さい。視力の弱くなった筆者にはかなりきつい展示でもある。作品の正面からガラスに額をつけるようにしないと、見えないような小さな作品も多い。海外の同様な企画展を見た経験からすると、観客の視点から展示方法にも一工夫ほしいといつも思う。いつものようにルーペ(拡大鏡)眼鏡を携行した。このブログ記事のフォントもいつの間にか大きくなりました(笑)。

 メッケネムという銅版画家の作品はこれまでに見たことはあったが、企画展というまとまった展示ではなかった。しかし、いくつかの理由からもう少し作品をまとめてみてみたいという思いがどこかにあった。知りたい理由の最大のものは、この画家の技能の習得の場所と方法にあった。

 イスラエル・ファン・メッケネム(Israhel van Meckenem: c.1445-1503)は、15世紀後半から16世紀初めにかけて、ライン河下流の地域で活動したドイツの銅版画家だ。当時、人気の銅版画家にはショーンガウアー(c.1430 or 1450-1491)やデューラー(1471-1528)、H.ホルバイン(父:c.1465ー1524)などが知られていたが、メッケネムはこれらの作家の作品を大量にコピーする一方、自分でも新たな発想による作品を制作したり、大量に作品を制作販売するなどの戦略構想を持っていた。現存する作品数は500-600点余りといわれる。このブログで取り上げたジャック・ベランジェやカロが油彩画ではなく銅版画家になったのは、多分に作品の販路を拡大したいとのねらいがあったと思われる。実際、ベランジェの場合、油彩画はほとんど現存していないが、銅版画はかなりの数が継承されて今日見ることができる。

 メッケネムに関心を寄せたひとつの理由として、この初期の銅版画家がどこで修業したかということにあった。カタログに掲載された文献によると、ライン河上流ストラスブールにあった「E.S.の版画家」と言われる工房まで遍歴修業の旅をし、1460年代半ば頃までそこで修業したようだ。10代半ばから数年を工房で技能の習得に過ごしたのではないか。20歳代初めに親方職人の資格を得て、故郷ボッホルトに戻り、裕福な家の娘イダと結婚している(下掲図)。

 同時代の銅版画家デューラーの活動地はニュルンベルグ、ショーンガウアーの活動地はコルマール、ホルバインはアウグスブルグをそれぞれ活動拠点としていたらしい。ライン河領域には幅広く銅版画家の活動領域が展開し、画家たちはそれぞれのライヴァルの活動を熟知していたようだ。熟練、作風の伝播という観点からも、大変興味深い。ライン河流域に銅版画技法が生まれたのは1430年代とされるので、これらの画家たちはいわば黎明期に多大な貢献をしたことになる。



メッケネムはオランダに近い、ドイツ北西部の町ボッホルトを主たる活動地とした。
Source:国立西洋美術館企画展カタログ (2016), p.186 
クリックで拡大

  メッケネムの作品を見ようと思い立ったのは、直接的にはほとんど同時代のネーデルラントの画家ヒエロニムス・ボス(c.1450-1516)没後500年の壮大な研究プロジェクト報告である2冊の重量級カタログを見ている間に、この奇想な作品を生みだした大画家が残したかなりの数の素描に興味を惹かれたことによる。時代を飛び抜けたような奇怪で奇想天外とも思われる生物などを、画家がいかに発想し、具体化したのか、多少わかった感じがした。

 メッケネムはその修業の過程で金細工師に弟子入りしたり、銅版画家と兼ねていたことも興味深い点である。時代は下るが、本ブログでも取り上げているジャック・カロ(1592-1635)などもロレーヌ公の宮廷に仕えていた親の反対にも関わらず、銅版画家を志したが、親に多少妥協したのか、最初は画家の工房ではなくナンシーの著名金細工師の下で修業している。金銀細工はこの時代までの伝統技法であったが、新たに生まれた銅版画の技法が金細工の技法から影響を受けて発達したことがよく分かり、大変興味深い。金銀細工師と銅版画家は前後する隣接の職業であり、金銀細工に必要とされた精緻な作品、伝統技法などが銅版画に受け継がれる過程は、技術伝達の例として学ぶことが多い。

 今回展示された作品の中には、世俗画の範疇に入るが、カードゲームをする男女を描いた作品が含まれていて、これも興味深いものだった。カードゲーム自体はかなり以前から普及していたと思われるが、家庭内における風景として版画に描かれた作品は珍しい。今回の企画展にもいくつか出展されていたが、これはその中の一枚。下記の作品、男女のどちらがゲームに勝ったのでしょう?

イスラエル・ファン・メッケネム(c.1445-1503)
『カードゲームをするカップル』
ミュンヘン州立版画素描館 

 

イスラエル・ファン・メッケネム(c.1445-1503)
『イスラエル・ファン・メッケネムと妻イダの肖像

c.1490-1500, 大英博物館蔵

銅版画の歴史では現存する最も初期の作品とされている。裕福そうな身なりで描かれた妻と金細工師、銅版画家として社会的成功を収めた夫の容貌が印象的である。


図版出所
『聖なるもの、俗なるもの:メッケネムとドイツ初期版画』展カタログ
国立西洋美術館
 


 

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