時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

前車の轍を踏むなかれ:外国人看護師・介護士受け入れ

2009年12月01日 | 移民政策を追って
 11月27日、「特報首都圏:インドネシア人看護師二年目の試練」なる番組を見た。日本とインドネシア間のEPA経済協力協定の下で、昨年、日本が受け入れたインドネシア人看護師のその後を報じるドキュメンタリー番組である。日本政府は、外国人看護師、介護士の受け入れは、人手不足対策ではないとしている。その点はここでは問わないとしても、事態はあまりにも混迷している。あの悪名高い外国人の研修・技能実習制度と同じような誤りと矛盾を抱え込んでいる。

 日本は新政権となり、政治は一見活性化したかに見えるが、医療、看護、介護いずれの分野についても、国民が将来に安心できる政策を確立できていない。そればかりか目前の事態についても、有効な対応ができていない。対策が遅れ、逡巡している間に事態は深刻化する一方だ。高齢化は容赦なく進行し、このままでは2014年には50万人の介護労働力が不足すると推定されている。その後に続く団塊世代の介護はどうなるだろうか。将来についてのさまざまな不安に充ちた今日の状況で、国民の健康にかかわる不安を取り除き、安心感を確立する意味はきわめて大きい。

 母国インドネシアでは看護師の正式な資格を取得し、職業経験もある人たちが、自国よりは高給が得られると聞いて日本へ出稼ぎに来ている。しかし、予想もしなかったさまざまな「壁」に遭遇し、自分の専門性もまったく発揮できないで煩悶の日を過ごしている。看護師として、本国ではやったことがない患者の「おむつ換え」など、彼らにしてみれば予想していなかった仕事をさせられている。日本語がよくできないがために、自己主張もできない。こうした仕事をしている間にスキルが劣化してしまうという不安もある。昨年104名受け入れた中で、母国出発前に聞いていたことと現実のギャップに耐えきれず、すでに帰国した者も出ている。 

 最も大きな「壁」は、彼らの日本語能力の不足なのだが、そればかりではない。来日以前の日本の実態や制度についての説明があまりにも不足している。前途に待ち受ける「日本語による国家試験」の高い障壁についても、実感が薄いようだ。半年間の日本語研修を含めて3年間働いていれば、さしたる苦労なく合格すると思っていたのだろうか。出国前に、日本での仕事や生活環境が十分説明されていれば、来日した彼らもこれほどの悲哀や絶望を感じないですんだはずだ。 

 他方、予想以上の負担が受け入れ側にも発生している。その内容は、宿泊施設の準備と補助、生活必需品の支給、健康保険・年金の負担、日本語教育の負担などさまざまだ。もし彼らが試験に合格してくれないと、大きな損失が生まれる。看護、介護は、最も人間性の機微に触れる仕事である。高齢者や病気や障害を持った人々に日々対して、看護・介護に関する知識と技能の保持・発揮が求められる特別な職業だ。日本の失業率が高く、多数の失業者がいるからといって、人手が不足している介護分野へ再訓練、配置転換することで数合わせができる話ではない。金銭的にも報われることが少ない仕事だ。労働条件も恵まれているとはほど遠い。病苦や高齢によるさまざまな苦難を抱える人々の日々を助け支えることに、より大きな価値を感じないとできない仕事だ。大きな人手不足が存在するにもかかわらず、離職率がきわめて高いのは、現実が厳しく定着する人が少ないことを示している。

 送り出し、受け入れ側の双方に、未解決な問題が山積している。なぜ、これほど欠陥だらけの制度を強行しているのか理解に苦しむほどだ。政策立案者の視野が狭く、実態を正しく掌握していないことが最大の原因といえる。役所の縦割りも制度を歪めている一因だ。あの技能研修制度と同じように、最初から矛盾を抱え込み、ただ形だけを整えたにすぎない。制度の計画時にもう少し配慮していれば、当事者の間にこれほどの失望、落胆、不満が生まれないですむはずだ。最初から欠陥のない制度設計をすることは難しいにしても、起こりうる問題のかなりは予想できるものだ。さらに悪いことには、ひとたび制度を作ってしまうと、必死にそれを守ろうとする。官僚制度の悪い点のひとつだ。

 鳴り物入りでスタートした国家戦略局も、存在感が薄い。日本が直面する重要問題を整理し、基本政策について確たる方向を示すべきではないか。医療・看護・介護政策は、国民の将来への不安を解消する上でも、きわめて重要な意味を持っている。政府が人手不足対策ではないとしても、看護師・介護士は元来、国際的な職業分野であり、人的資源の「グローバル・ソーシング」とも言うべき変化への視点が必要になっている。高度な能力を持った人材を相互に協力して養成し、関係国間で環流する仕組みを構築しなければならない。看護師・介護士を受け入れている国は、日本だけではない。国際医療・看護・介護などの領域で、新たな視点での国際医療・看護センター(仮称)などの構想も必要かもしれない。日本語教育は送り出し国で来日前に一定水準へ到達するまで実施する。日本の看護・介護の実情について、出発前に十分な説明を行う。難解な日本語の平易化など、試験問題の理解を助けるような改善を行う。受け入れ側の負担軽減策の導入など、改善のために直ちに行えることは多い。


References
出井康博『長寿大国の虚構:外国人介護士の現場を追う』新潮社、2009年
本書は、外国人介護士受け入れの現状とあり方について、鋭く問題を指摘した好著だ。

「アジア諸国の国際労働」Business Labor Trend, 2006.4
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