アメリカ中間選挙での民主党敗退で、オバマ大統領の立場は著しく厳しくなった。上下院が野党過半数となって、一挙に氷の壁が立ちはだかったようだ。懸案の移民法改革が話題となっている。オバマ大統領としては、今よりはるかに有利な条件で移民法改革を実施する機会は何度もあった。しかし、ウクライナ、イスラム国などの対外問題にかかわっている間に、絶好のチャンスを逃してしまった。その間にメキシコ国境ばかりでなく、アメリカ・カナダ国境もオタワ議会でのテロ事件などの勃発で、問題は困難さを増し、新たな次元に入ってしまった。
高まったハードル
これまでは、アメリカ・カナダ国境は、最低限のパトロールで両国ともにやってこられた。ここはテロリストや不法移民の通過点ではないという両国の間に暗黙の了解のようなものがあった。しかし、今回の事件などで、5,525マイル(8890km)という長大な国境線の管理をどうやって行くかという新しい問題が生まれている。
9.11以降、アメリカにとって、南北国境は以前とは比較にならない厳しい障壁が必要となっている。先進国のカナダ側からは、不法就労者などの流入は当面少ないにしても、テロリズム問題はアメリカ、カナダ双方に対応が難しい問題を生みだした。共和党の移民法改革案は、国内に居住する1100万人といわれる不法滞在者に、一段と厳しい対応を求めるだろう。南のメキシコ国境線は南部諸州の問題もあって、連邦政府が介入をさらに強化することは間違いない。オバマ大統領は大統領特権で改革を実施するとも述べているが、そこまでたどりつけるか、環境はきわめて厳しい。
テロリズムの頻発で、アメリカばかりでなく、多くの国が国境の壁の強化に乗り出している。グローバリズムの進行とともに、移民労働者の移動も拡大するから、受け入れも増加すべきだとの見解は、あまりにナイーヴで、いまやどの国も採用できない方向だ。「アラブの春」も、難民、庇護申請者の数を増しただけだった。ブログでもすでに触れたことだが、人の移動の増加は犯罪ばかりでなく、疫病などの拡大をもたらす。エボラ出血熱の大流行は、国境管理の困難さを世界に伝えた。
イギリスはEUに留まることができるだろうか
壁はヨーロッパでも高くなっている。スコットランド、カタロニア、ベルギー地域などの独立への動きは、実現するにしてもしばらく先だが、それまでの政治的過程は問題山積だ。
フランス、イギリスなどでは移民への拒否反応が急速に高まり、事態はかなり急迫している。イギリスのEUからの離別も深刻さを帯びてきた。移民問題がかなり切迫してきたことがひとつの背景だ。
最近のある調査で「移民が多すぎる」あるいは「移民は問題であって機会ではない」と回答した比率が50%を越える国はイギリス、フランスなどであり、イタリア、アメリカ、ポルトガル、オランダ、スペインなどでは40%近い。ドイツ、スエーデンなどは比較的低く30%前後である*
フランスの国民戦線、イギリスのUKI党など、移民受け入れ反対を標榜するポピュリストも増加している。
問題がかなり切迫してきたイギリスについてみると、多くの調査機関の研究結果は、移民はイギリス経済に良い結果を生んでいるとしていうようだが、国民もキャメロン首相もやや浮き足だった感じがする。
イギリスの直面する重要な四つの経済問題、すなわち景況、失業、NHS(国民健康サーヴィス)、移民(受け入れ)についてのある世論調査*の時系列推移をみると、移民問題は2000年に入ってから問題と回答する人の比率が増加し、2010年近傍でやや低下したが2013年頃から再び増加している。経済が好転すると移民、とりわけ不法移民 illegals への懸念が高まる傾向があるようだ。イギリスの「不法移民」はアメリカのような「入国に必要な書類を持たない」(undocumented)入国者よりは、滞在目的が異なる名目で入国し、定住してしまうタイプが問題とされている。イギリスを訪れると、確かに以前よりアングロサクソン系ではない外国人が増加したような印象を受けるが、移民に特有な地域的集中の問題もあって、簡単には判断が下せない。
Source;The Economist October 25-31, 2014.
ここで詳細に論じることはできないが、グローバル化の本質も、一般に流布しているほど単純ではない。さらに、国家自体が大きく変貌している。かつての国民国家に近い内実を備えた国は少なくなっている。国家が新たな分裂・再編に耐えられず、再び国境の扉が閉じられつつある。平静な国境管理に戻るには、かなりの時が必要だろう。
最終的には国民が判断するしかない。The Economist誌は、立場上からか、イギリスの移民問題にはいつも"冷静" クールに、どちらかといえば受け入れに賛成の見解を提示してきたが、このところ問題がかなり入り組んで(messy)きて、その対策もやっかいな状況にあることを認めている。EU自体の存立が危うくなってきている。アイロニカルな表現が好きなThe Economist(October 25th-31st, 2014)は、EUカラーのオウムのような巨大な鳥が点滴を受けている傍らで、ドイツのメルケル首相が「休んでいるだけよ」It's only resting...とつぶやいている表紙を掲載しているが、ドイツだけががんばっても救えそうにない。
ドイツ連邦政府はいわゆるベネフィット・ツーリズム(労働のためではなく社会保障給付金を得るための移民)の波に乗ってきたルーマニア人などの国外退去を実施するようだが、これはEU条約内での政策対応であり、客観的事実に裏付けられるかぎり、支持されよう。イギリスのEU離脱問題とは、一線が画される。
そして、アジアも波乱含みとなってきた。台湾での学生の議場占拠、香港での対立激化など、アジアでも新しい問題が起きつつある。人口激減を迎えている日本では外国人労働者受け入れは、必須の検討課題だが、なぜかどの政党、メディアも正面切って取り上げることをしない。うかつに手を挙げて、痛い目にあうことを怖れているのだろうか。1980年代以降、短期的対応でその場を繕ってきた国だけに、これから支払わねばならない代償はきわめて大きい。