時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

大国の横暴、小国の悲哀

2025年03月05日 | アメリカ政治経済トピックス

WILDLAND: The Making of American Fury(エヴァン・オズノス,  笠井亮平訳『ワイルドランド』上、下、白水社、2024年)
トランプ大統領再選をめぐるアメリカ社会の分断の現実を生き生きと描き出したノンフィクション(ピュリツアー賞受賞作)


2月28日(ワシントンD.C. 現地時間)に開催されたホワイトハウスでのアメリカのトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談のやりとりを公開されている限りだが、改めて聞き、読んでもみた

President Trump and Ukrainian President Zelenskyy in Oval Office, Feb. 28, 2025
https://edition.cnn.com/2025/02/28/politics/trump-zelensky-vance-oval-office/index.html

そこで、改めて気づいたのはアメリカ側はトランプ大統領ばかりでなく、ヴァンス副大統領も臨席し、しばしばトランプ大統領を上回るような激しいやりとりをゼレンスキー大統領との間に展開していることだった。

このブログともつかないメモを記し始めてから、世界は小さくなったと感じることがしばしばある。そのひとつ、筆者は本ブログで2017年11月、J.D.ヴァンスの手になるHillbilly Elegy (2016)という表題の著作を紹介したことがあるが、その頃は著者のJ.D.ヴァンスが近い将来、共和党副大統領に就任するとは考えていなかった。

ゼレンスキー大統領については筆者は、メディアで報道される限りで知るのみだが、大国ロシアを相手に今日まで国民を統率し、多くの難題を背にして戦い続けてきた大変立派な人物との印象を抱いてきた。コメディアンからの転身とは思えない。この稀有な人物なしに、ウクライナはロシアに対峙し、今日まで存続できただろうか。

ゼレンスキー氏の心境は
会談当日も、ゼレンスキー大統領は、今や世界が見慣れたシャツ姿でホワイトハウスの会談に臨んでいた。これについては、マナーをわきまえていないなどの批判もあったようだ。だが、ゼレンスキー大統領としては、前線で多くの戦士が犠牲になっている最中、正装で会談に臨み会食などしている心境ではなかったのかもしれない。使える切り札もなく、国民の支持と、友好国の支援に助けられて、なんとか休戦にまで持ち込みたいと、日夜苦闘してきた。

トランプ大統領からなにも切り札を持ってこなかったのかと詰問されても、多額の軍事援助を受けている中で、トランプ大統領のいう切り札が、ウクライナの豊富な鉱物資源を見返りとすることらしいとは推定はついても、それをゼレンスキー大統領が拙速に持ち出すわけには行かない。ウクライナの将来にとって重要な資源を、国民の議論もなく停戦の代償として提示することなどできるだろうか。現段階ではひたすらアメリカの後ろ盾が存続するよう懇願するしかない。しかし、これについても感謝が足りないとの評もある。

ヨーロッパに戻ったゼレンスキー大統領は、アメリカから武器などの提供を中断され、各国首脳から説得されて、アメリカへの感謝を改めて表明させられるようだ。感謝の念はそれを受ける相手側から求められて述べるものではない。なんとも後味の悪い思いがする。

実は、ワシントンでの首脳会談に同席していたヴァンス氏(J.D.Vance)については、筆者の知る限り、副大統領就任までの背景についても、日本ではほとんど報じられたことがない。このブログで初めて取り上げた当時も、副大統領に就任するとはほとんど予想されていなかった。

2016~17年、ベストセラーとなった『ヒルビリー・エレジー』で知られる、自らが生まれ育ったアパラチア地方の貧しい労働者の価値観と社会的問題を描いた自伝的作品で、作家としては著名になってはいた。しかし、上院議員として副大統領候補の指名を受託するまでになるとは、共和党員を含む多くの人々にとって、かなり意外に思えたようだ。

アメリカ、ディープ・サウスから中西部工業地帯の端にかけて広がる広大な山地の内陸部で、歴史的に国内の最貧地域を包含する。ヴァンスは個人的な能力と努力の結果、貧困から脱却した成功者だが、地域全体の救済、再生は極めて難しいことはこれまでの歴史が物語っている。ブログ筆者にとっては、半世紀以上前、指導教授のアドヴァイスもあって最初にフィールド調査に出かけた場所のひとつで、懐かしい地域だ。アメリカにもこんな所があるのかと思った衰退した貧困地域だった。

ヴァンス氏は、38歳で中西部オハイオ州上院議員に初当選し、「ラスト・ベルト」で育った生い立ちから、製造業の復活を追求することを強調するが、政治的立場はこれまでも大きく揺れてきた。本来、民主党の基盤である労働者層の支援があることに言及するが、民主党側からも強い批判がある。2019年にはカトリックに改宗している。共和党へ転身したという事実だけでも振幅の大きな人物であることが分かる。

政治的には、ヴァンス氏は以前は反トランプであった。事実、トランプ主義は「文化的ヘロイン」(自分が抱える問題を忘れてトランプ主義に溺れる)と批判したこともあった。しかし、その後急速に日和見主義に傾斜したようだ。同氏はトランプ候補から、共和党の次期副大統領候補に指名された後、民主党ハリス副大統領の過去について、侮蔑的な中傷発言をするなどで、女性陣などから激しい反発も受けている。

ヴァンス副大統領としては、運よくつかんだ今の地位から大統領の座を目指すことだろう。そのためには、トランプ大統領を最大限支え、その後を継承することに専念することが近道なのだ。

他方、再選はあり得ないトランプ候補としては、世の中の毀誉褒貶など頭にないようだ。恐らく彼の頭にあるのは2期目大統領の座に就いた今、ガザとウクライナの2大紛争を終結させ、あわよくばノーベル平和賞の栄誉を手にしたいことではないか。

そのためにはプーチンとの交流を開き、早期に停戦を実現するというトランプ大統領の考えを最大限支持することが、ヴァンス副大統領の頭にもあるだろう。

3月3日には、カナダ・メキシコ関税を翌日から引き上げると明言し、さらに中国に対する10%の追加関税、「日本の円切り下げ」の必要主張、ウクライナ軍事支援の一時停止命令などを相次いで発表した。

危機の世紀
このブログともつかないメモを始めてから、ほとんど四半世紀近くが経過した今、21世紀は「危機の世紀」となるとの筆者の恐れは、今や現実として目の前にある。世界はかつてない混乱、激動の時期を迎えている。あたかも17世紀、ラ・トゥールが生きた「30年戦争のヨーロッパ」のようだ。大国の覇権争いに世界が激動する過程で、日本がなしうることは何か。思考力の低下した筆者の頭脳には重い課題となった。


追記
3月4日上下両院合同施政方針演説 アメリカンドリームの再生
  • ゼレンスキー氏譲歩の姿勢を見せる
  • 口論「遺憾」
  • 鉱物資源協定署名の意思表明


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