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決意を持って差し伸べる手

2014年04月29日 | 読書
 「2014読了」46冊目 ★★★

 『自分を愛する力』(乙武洋匡 講談社現代新書)
 

 この本のテーマである「自己肯定感」や,自己有用感,自己有能感といった類いの言葉が頻繁に使われるようになったのは,いつからだろうか。
 文科省の正式文書にもある。きっと心理学用語として以前からあったけれど,普及したのはそれらに使われ出してからかな,と予想してみた。


 では,以前の子どもたちはそんなに肯定感や有用感があったものなのか。
 いい意味での上昇志向を持つ子が多かったと思うし,その意味では自分の可能性を信じる面は,今よりは強かったのかもしれない。
 しかし,そんなに自分の内面を見つめていたものなのか。
 結局は見た目や評判の世界で生きていこうとしただけではないか,などということも頭に浮かぶ。


 乙武さんの著書はいくつか読んでいるし,この新書に書かれているエピソードも他で読んでいるものもあった。
 それを「自己肯定感」という視点でまとめ直した本と言っていいようだ。
 しかしまあ,乙武さんの本はいつもその結論に達してしまうのだが…。

 これは,乙武さんという個性的な存在のアピールが強烈だから,そうなってしまうのだろう。

 つまり,他者から見える圧倒的なハンディと,それを全然感じさせない明朗快活な積極性。
 そのギャップが関わる者に一種の驚きを与えるからだろう。

 その驚きから発する「なぜ」という疑問。
 それに対する解の象徴?としてよく登場するのが,乙武さんを初めて見たときの母親の一言「かわいい」である。
 全てが,そこからスタートすることに異論はないだろう。

 存在をまるごと受けとめる,こうした格好のいい言葉はよく使われるけれど,それは理性としてあっても感情としては難しい。
 乙武さんの両親であっても,この間を何度行き来したろうと思う。
 それは表面的に表れないにしても,深い心底で渦巻いているのではないか。

 癌で亡くなった父親が「自分をうらんでいるのではないか」と語ったエピソードは,その痛みをずっと抱えてきた長い時間を物語る。


 多くの成功体験を積めば自己肯定感が育つという論は,むろん賛成ではあるが,単純な思考と推奨には与しない。
 成功体験を与えることは大事だけれど,慎重さも必要だ。

 つまり,その子の抱える現実と可能性をよく見つめたうえで,決意を持って差し伸べる手である。

 それは,乙武さんが慕う小学校恩師がしたような厳しさと表裏一体であることを,理解しておきたい。