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処暑の日に心理的避暑法

2018年08月23日 | 雑記帳
 「」には止む、とどまるの意味があるらしい。しかし今日は二十四節気の「処暑」であるのに、隣市では最高気温が38℃を超えた。そのギャップは毎年のことといえ、ここ数年ことさら大きく感ずる。「心頭滅却すれば火もまた涼し」…小学校の担任から言われた唯一(笑)覚えている、この詩文をしみじみ噛み締める時か。


 意味は「心の持ち方次第で何にでも耐えうる」とされる。「心頭滅却」だけで四字熟語にもなっている。つまり「心の動きを止めて、何も考えない、悟りの境地にいたること」。まあ、これを炎天下の公園でやろうものなら、まさに危ない。心頭だけではなく全身滅却というオチだろう。信長に焼き討ちされた僧のようだ。



 ところで「心頭滅却」と同義ではないが、ここ数年もてはやされている「マインドフルネス」という語がある。こちらは考えないではなく、心を今に向けること。高校野球などを観ていて、この頃ピンチの時の笑顔の頻度が増えたと感じるのは私だけではないだろう。きっとそういう手法が導入されているのだと思う。


 集中が要求される場面であえて弛緩的な要素を入れ、身体の動きが緊張に支配されないようにする意味を持つだろう。自分を「客観視」できることが求められている。そのために例えば「~~~と(私は)考えた」と呟くことが有効とされる。マウンドで「打たれるかもしれない、と私は考えた」と言ったら面白い。


 不安を持ったり、ネガティブ思考に陥ったりしたときの客観視の方法として、気持ちを「わざとゆっくりしゃべる」「歌にしてみる」「キャラクターの声で言う」なども考えられる。高校野球は終わったが、プロでも投手や打者がそんなことをしていると想像したら結構楽しい。処暑の日に、こんな心理的避暑もありか。