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ピンクと白 / 終戦

2019年07月29日 | 自然  環境・自然・四季

百日紅が咲くと、「終戦と言う重い言葉」を思う!!

残されて銃後の妻となる日近く
             征かせともなき夫に寄り添う (富江)
                     
昭和17年11月
この結婚式に、親に手を引かれ出席した。
親戚で2人出征した。一人は戦死した。
その時に残された歌です。

幸いに歌に詠まれた兵士は、戦後間もなく帰還
農家の長男として全うし、3人の子供にも恵まれた。
作者(富江)は 、今年の5月96才の生涯を閉じた。

 

 

まもなく、8月です。終戦記念日がやってきます

百日紅(サルスベリ)の花を見ると、あの夏の暑い正午頃を思い出します。

楽しい思い出であれば良しとしますが、73年前、小学校に上がったばかりでした。

母親や「日本話負けた…」と涙をぬぐいながら、裏の家から帰ってきた・・・・・を、

昨日の様に思い浮かべます。

毎日ラジオ体操に通う公園の百日紅の花が咲きました。 

 

 

 
いずれもラジオ体操公園の百日紅

 

 
終戦日にまつわる俳句

〇   母涙「日本が負けた」敗戦忌

(裏の家で天皇陛下のお言葉を聞き、泣きながら帰ってきた)


〇    終戦後耐え生き抜いた芋ご飯

(カテ飯と言った。よく食べた麦ごはん(ふんどし飯)。
しかし弁当は別口で、白いご飯を詰めてもらった、感謝)


〇  敗戦忌非業の死者の骨還る

(出征するときは勇ましく、町全体で幟を立てて送り出す。帰宅は、
箱に詰められて、骨でなく石が入っていたとか?) 



〇   芋蔓を油で炒め敗戦忌

(サツマイモの葉っぱを取って
10㎝位に切り油いためにして食べた。)


  竹槍と藁人形や敗戦忌

(私は終戦を迎えてすぐ国民小学校1年に入学した。
校庭には、庭の片隅に藁人形があった。
校庭には、ひまし油の種を栽培していた。
松根油と言って、松の根を掘って油を搾った。勤労奉仕)

   



戦後の食糧難の様子

画像はPC画像(毎日新聞)よりお借りした。



都会の人が、野菜を分けてもらうために
畑で談判している場面。
わが故郷にも多くの都会の人たちが押し寄せて来た。

 

 

 

 

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コメント (8)
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