和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ウロウロ歩き始め。

2020-05-18 | 詩歌
黒澤明監督の遺作となった『まあだだよ』。
はい。この映画について語りたかった。

たしか、当時DVDで見たような気がします。
手元に、この映画の絵コンテとシナリオなどを
まとめた一冊『まあだだよ黒澤明』(徳間書店1993年)。
新刊4800円。はい。この値段で買った覚えがあります。
そのまま、本棚で眠っておりました。
いまの古本相場だと、1000円ほど(笑)。

それはそうと、やっと読み頃をむかえたような気がします。
うん。これを映画という視点で見るからいけなかった。映画だと、
アクションもないし、あれこれと減点材料には、こと欠かず。

それならば、いっそこれを『絵本』だと思えばいいんだ(笑)。
これならば、内容が飲みこめるような、そんな気がします。
そう。子供の絵本じゃなくて、大人の絵本。あえて言えば、
「65歳過ぎた方々の『えほん』」という視点。
うん。これは映画じゃなくって絵本なのだ。

その絵本のはじまりは、黒澤明氏が書いておりました。

「いつもそうなんだが、撮りたいものはたくさんあって、
結局撮れなかったものもたくさんあり、
これから撮るであろうものもたくさんある。
 ・・・・・・・・
ぼくの場合は映画を注文されて撮っているわけではないので、
企画から監督から編集から、何から何まで自分でやっている
 ・・・・・・
その時に芽を出したものが材料になってくる。
芽を出して成長し始めると、僕の頭の中で具体的に動き出して、
ウチの連中がよく言うことだが、
僕がウロウロウロウロ歩き始めるらしい。・・・・」
(徳間書店「まあだだよ」p9)

はい。1993年といえば、黒澤明83歳。

この映画。じゃなかった『絵本』では、
要所要所で、歌が唄われていて印象深い。

いま思い浮かぶ場面は、
敗戦の昭和20年。庭番の爺さんの小屋を
借りて二人して住んでいるのでした。
その方丈より小さな家の秋・冬。
そして昭和21年の春の季節が描かれています。

シナリオには、こうありました。


先生、『方丈記』を声を出して、お経の様に読んでいる。
 ・・・・・・・
秋ーー冬ーー春。
方丈よりなお狭い家で、ひっそりと暮している先生と奥さん。
秋は、二人、トタン屋根をころがる落葉の音を聞いている・・・
冬は、二人、七輪に身を寄せて窓の雪を見ている・・・・
春は、二人、硝子戸を開けて、春の陽射しを浴びているかもしれない。
そして、青葉の五月が来る。

ここに若き友人たち4人がくる。
主人公の先生の教え子らしい。
そこのセリフ

先生】 昔、子供の頃の話だが
家の裏の空地に竹とムシロで小さな小屋を作って、
その中に坐ってよろこんでいた事がある。
それを、見つけ出された時
お祖母ちゃんがポロポロ涙をこぼして
この子は、まあ、何という事をする、大きくなったら、
乞食になるんじゃろう、おうおう、と手放しで泣き出した
全く・・お祖母ちゃんの言った通りになって了った。

高山】 (大きな声を出す)先生!
何を言うんです・・・鴨長明を気取ってた癖に
方丈記の精神を忘れたんですか
先生らしくもない・・・
(p78)

そんなことを方丈より狭い部屋で
いっしょに話していると、月が出るシーンとなる。

「奥さん、蝋燭を吹き消して、
『お月様が出ましたよ』
暗くなった部屋に、月の光が射し込む、
高山と甘木、見る。
硝子戸を開け放った向うに、
土塀に仕切られた一面の焼け跡、
その上に月が出ている。
先生、大きな声で唄い出す。

   出た出た月が
   丸い丸いまん丸い

先生】 昔の唄はいいね・・・
アンリィ・ルッソウの絵みたいに無邪気で
率直で・・・私は、昔の唄が大好きだ!

甘木・・表へ出る。高山も続く。
先生も立って来て月を眺める。
三人大声で一緒に唄う。

  出た出た月が
  丸い丸いまん丸い
  盆のような月が   」(p84)


いろいろと唄う『絵本』です。
そういえば、私は大黒様の唄が印象に残っていました。

唄といえば、黒澤明著「蝦蟇の油」(岩波書店・1984年)に
こんな箇所がありました。

「大正初期、私の小学校時代には、まだ明治の香りがただよっていた。
小学校の唱歌も、明るく爽やかなものばかりだった。
『日本海海戦』や『水師営』の唄は、今でも私は好きである。

節もカラリとしているし、歌詞も平明で、驚くほど率直に、
しかも的確忠実にその出来事を叙述し、
よけいな感情を押しつけていない。

後日、私は助監督達にもこれこそ
コンチュニティ(撮影台本)の模範だ、
この歌詞の叙述からよく学べ、と云ったが、
今でもそう思っている。

今、ざっと思い出しても、この二つの他に
当時の唱歌には、次のようないいものがあった。

『赤十字』『海』『若葉』『故郷』『隅田川』
『箱根山』『鯉のぼり』等々。

アメリカの著名な楽団『ワン・ハンドレッド・ワン・ストリングス』も、
この中から『海』『隅田川』『鯉のぼり』を取り上げて演奏しているが、
その演奏を聞いても、その唄の、のびやかな美しさに傾倒し、
それを選んだことがよくわかる。」
(単行本p66~67)

はい。ウロウロウロウロ歩き始めながら、
80歳を過ぎた黒澤明さんは、こうして
昔の唄を口ずさんでいたのじゃなかろうか。
はい。絵本の主人公といっしょに黒澤さんも
唄っていたのじゃなかろうか。そう思うと楽しい。

この徳間書店の本で、黒澤明ご自身が
こう指摘しておられます。

「この映画の背景は戦中戦後も含めて、
貧乏な時代ではあったかもしれないが、
人間関係の中で救われてきた時代だった。」(p29)

はい。『人間関係の中で救われてきた時代』
というのは、いったいどういう時代だったのか。
気になった時に、ひらく絵本がここにありました。







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