Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

原作にないセリフ

2022年11月08日 06時30分18秒 | Weblog
Verdi Gala ヴェルディ・ガラ 《オテロ》より“俺は無慈悲な神を信じる”/清水 勇磨
 「・・・そして俺は信じている。
 揺りかごの赤から墓場の蛆虫に至る邪悪な運命を弄ぶ人間を。
 数多くの幻想に続いて死がやって来る。
 それから?それから?
 死とは無なのだ。神とは古い寓話なのだ!


 ヴェルディの「オテロ」の中のアリアだが、最後の言葉がシェイクスピアが書いたセリフとは思われず、まるでニーチェのように思えたので、原作「オセロー」をあたってみた。
 ところが、このセリフが見つからない。
 あえて近いところを探せば、次のくだりがあった。

 「・・・それなら、どうしておれが悪党なのだ、キャシオーにすすめて。いずれは奴のためにもだめにもなる特効薬を一服盛ってやっただけではないか?悪魔の神学談義とはこのことか!悪魔が極悪無慚の罪をそそのかそうというときは、まず最初は天使の姿を借りて誘いをかけるという、今のおれがそうだ。・・・」(p85)

 だが、明らかにオペラとは違う。
 ・・・と思っていたら、やはりシェイクスピアが書いたセリフではなく、台本作家:アッリーゴ・ボーイトの創作だった(化粧坂の姐さん)。

 時系列的には、「ツァラトゥストラはかく語りき」の方が「オテロ」に先行するので、元ワーグナー崇拝者のアッリーゴ・ボーイトがこれを読んでいた可能性もゼロではないが、普通に考えると、「悪魔」⇒「無慈悲な神」という連想が働いたと見るのが自然だろうか?
コメント
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