毎朝ラジオを聞いている同居人が口にした
「サッカーのニュースを何もしないから、昨日は負けたんだな、、と思った」
(日本1-3カタール)
その通り、アジアカップは優勝に届かなかった
自分の生活パターンとは違う夜中まで起きて決勝戦をみていたが、
敗戦に興奮して眠れなかったということもなく、妥当な結果だし、それでよかったと納得した
昨日の試合は強い方が勝っただけ
確かに滅多に見られないうようなスーパーなオーバーヘッドのシュートが一点目に入り
それで全体的なリズムを崩されてしまった感じはある
二点目も完璧なシュートで、守りが多少ゆるい面はあってもあのシュートは蹴ったほうを
褒めるべきで、現実にはあまり崩されなかったのに二点取られてしまったと言う感じ
しかし世界のレベルではこういったワンチャンスをものにする
チャンスの数を競うのではなく、しっかり守らているなかでも一瞬のシュートチャンスを逃さない
その感覚と技術が無いとワールドカップでは良い成績を収められない
ここ数日の日本のメディアのスターづくりと結果が全ての騒ぎ方は、ワールドカップのときと似ていて
どこか違和感を感じざるを得なかった
試合は勝つことに越したことはないが負けたときのほうが、何が欠けていて次に何をしなければならないかがはっきりする
森保監督は試合中に感じた次の練習に活かす(加える)べきものをメモするのだそうだ
この気持はよく分かる
自分も昔試合をする時に何時も、自分たちのチームに欠けている点を実感して、その後の練習の参考にしようとした
日本はいつまで経ってもフィジカルの壁にぶち当たる
日本人より小柄なベトナムとかタイとかのチームと当たると、アジリティで戸惑うことはあっても
彼らとの体格差と経験で対応できてしまう
ところがワールドカップクラスのチームと戦うときは、今度は日本がフィジカルの弱い立場になってしまう
同じ身長でもヨーロッパの選手とは何キロか体重の差があるし、比較的身長の低いアルゼンチンの選手と比べると
胸幅と厚みがぜんぜん違うし、走る姿も彼らはグランドをスパイクでしっかりと掴んで走るのに対し
日本の選手は雲の上を走るように軽い感じに見える
そして個々の競り合いとなるとたくましい彼らに勝つことは難しくなっている
ボールを前に運ぶ作業はパスとドリブルがある
それぞれ長所短所があるが、日本はほとんどがパス
中島翔哉がいるときはドリブルの要素が増えるが昨日は今までのように推進力のないパスに終止していた
パスは選手が疲れないが、手数が多いとどこかに引っかる可能性がある
ドリブルは選手が疲れるが、過程が少ない分だけボールを取られることが少ない
ドリブルには仕掛けるドリブル、距離を稼ぐドリブル、キープするドリブルがあるが
この距離を稼ぐドリブルというのをできた選手は中田英寿と本田圭佑で
それもサイドではなく中央部分で、華麗ではないが力強くできていて
見た目に推進力とキープ力を感じることができた
日本の選手では中央部分でボールを運べる丈夫な選手の必要性を実感
(長谷部は時として鋭いドリブルを見せた)
柴崎はパスセンスはあってもそれだけじゃ、相手は対応できてしまう
昨日は後半になって右サイドに攻め込むのが成功していたが、ハーフタイムの指示かどうかは
わからないがなかなか機能していた
しかし、人数をかけた守りを破るにはカタールの二点目のようなミドルのシュートが必要
これが日本はなかなかできない
仮にやったとしても、ゴールの上を通過するシュートをついイメージしてしまう
ということで、次に何をするか、、何が欠けているかは
このように負けることにより必死に考える機会となる
正直なところ、勝ったほうが良いけれど「優勝の資格は無いな」というのが戦前の気持ちだった
次のワールドカップ開催国ははカタール
アジア予選に開催国カタールが参加しないのは、少し助かる感じ