パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ポール・マッカートニーは平和な音楽

2021年04月06日 08時29分28秒 | ポール・マッカートニー

ビートルズ好きの、特にポール・マッカトニーに心酔しているある方が
自身の持つYouTubeチャンネルで「イエロー・サブマリン」や「オブラディ・オブラダ」
を作ったり歌ったりする人が戦争(争い事)を起こしたいなんて考えると思いますか
と屈託なく口にした

すぐさま「自分の言いたかったことはそれだ!」
と思わず声を上げそうになった

「ヘイ・ジュード」「イエスタデイ」「アンド・アイ・ラブ・ハー」「エリナー・リグビー」
「フール・オン・ザ・ヒル」「when i'm64」「レット・イット・ビー」「マーサ・マイ・ディア」
「ゴールデン・スランバー」「アナザー・デイ」その他いろいろの曲を作った人は
重要なメッセージ性に欠けると相棒と比較して批判的に言われることが多かった

確かに相棒の「パワー・ツー・ザ・ピープル」「イマジン」「ギブ・ピース・ア・チャンス」
「ワーキングクラス・ヒーロー」などの社会的なメッセージに富んだ曲と比べるとお気楽な印象は拭えない

しかしそれは音楽を「詞」の分野から判断したことで、音楽のもつ別の分野から判断すれば
それは違った評価がなされるのではないか
それは聞いてて心地よいとか、歌って楽しいとか、みんなで歌いたいとか、自分も作ってみようという気になるとか
つまりは詞とはあまり関係のない音楽の持つ要素の効果は案外馬鹿にできないということだ
音楽を聞いて歌って演奏をして、争い事などをしようと思わない気分にさせるという効果は
わざわざ直接そうしたことを言葉にしなくても果たされるということだ

最近はポール・マッカートニーとモーツァルトの共通性を感じることが多い
モーツァルトはベートーヴェンのようなメッセージ性に富んだ音楽を作ったわけではなかった
また人生観を滲ませるような音楽もそれほど多くない
そしてこの一曲といったインパクトのある曲を残しているわけでもない
しかし、自分にとってはモーツアルトという存在自体、彼が残した音楽があるということ自体が
とても貴重であると感じるようになっている(モーツアルトがない世界は寂しい)
彼の音楽は聞き流しても真面目に聞いても楽しむ事ができる
耳には簡単に聞こえてしまうが、いざ楽譜を見たりすると実際は半音を頻繁に使ったりして
思いのほか複雑なことをしている印象をもつ
ただ彼の音楽は少ない音で必要なことを十分に伝えているといつも感じる
(チャイコフスキーの5番の交響曲を聞いたあとモーツアルトを聞くと
 あんなに大げさに言わなくてもいいのに、、といつも感じる)

ポール・マッカートニーの音楽もモーツアルト同様に直感に満ちている
そしてそれは天性とか才能といった言葉でしか表現できない

先日ポール・マッカートニーの「Junk」のジャズヴァージョンが紹介されたYouTubeを見て
この世紀の天才を生で3回見ることができたのはラッキーだったと感じるのだった

Junk (Live)



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