ウクライナ戦争、統一教会、円安、物価高など気の滅入ることが多いので
たまにはお気楽な話を!
秋になるとよく流れる音楽に「秋桜」がある
さだまさしさんが山口百恵さんに提供した歌で
翌日に結婚する娘の視点で母のことを歌っている
(作者本人の歌もさらってしてなかなか良い)
ところで、いつも思うのは、このお母さんの年齢はどのくらいだろう
ということ
どこか達観しているようなところがあるお母さんの
その精神的な境地に達するには時間を要すると思うが
娘を嫁に出す母は実はそんなに年齢がいっていない事が多い
だから、イメージ的には問題ないが実態の世界は少し違うような気がしている
いい意味で、歌はイメージの世界だなと思う
もう一つ、さだまさしさんの歌に関して
グレープ時代の歌に「精霊流し」があるが
この歌にある亡くなった人と語り手人の年齢はどのくらいが適切なのだろう
語り手は女性っぽいが、しっかりしていてあまり若すぎることもなさそう
ところが「私の小さな弟がはしゃぎまわる」とあるから
常識的にはそんなに年齢の離れた兄弟は少なそうなので
結構若いかもしれないとも言える
こんな風に無理やり現実世界と合わせて考えることは、
きっとこういう世界に関してはよくないことなのだろう
物語とかフィクションを楽しむのは、
無理に現実に照らし合わせるより、イメージそのまま素直に楽しむのが良いのだろう
これは歌の世界に限らず、実生活の上でも必要なのは
こうしたイメージを浮かべる力とか想像する力なのではないかとの思いに繋がる
人は共感する生き物との言葉がある
ところが最近の社会は、その共感がどこかないがしろにされているのではないか
権威主義的であったり(その地位に自分がいると思ったり)
他人を責めて不安定な自己を守ったり、
他人の知らないことを話すことによって煙に巻いたり
つまりは、不毛な情報の交流が多すぎると思う
人の善意や悲しみを素直に感じられるような社会を守るには
実は安定した社会が必要なのだと思われる
その点では、今はちょいと不安が募る社会だ(と思う)