先日の旅では、思いがけないことからレンブラントへの連想が生まれた。そして同じ旅のつれづれに、新聞書評につられて読んだ1冊が、『ブラック ブック』*だった。これも偶然の一致ながら、舞台はオランダであった。ナチスとユダヤ人(ホロコースト)問題がテーマである。このジャンルの書籍はこれまでにもかなり読んだが、読後はほとんど例外なく、しばらく強制的な鬱状態へ追い込まれる。それでも読まずにはいられないので読んでしまう。
この作品、フィクションとはいいながらも、背景の調査・考証に多大な時間を割き、かぎりなく事実に近いことを標榜している。その文句に引っ張られて、読む側も知らず知らず肩に力が入ってしまい、思わずのめりこむ。ストーリー自体が緊迫した展開で読み出したらやめられず、一気に読んでしまう。ハリウッドで映画化されただけに、ドラマティックな構成である。
1944年、ナチス占領下のオランダ。美貌のユダヤ人歌手のラヘルが南部へ逃亡する途上で、ドイツ軍によって家族を殺されてしまう。レジスタンスに救われ、自らも運動に参加する。その後が敵味方の謀略、裏切り入り乱れてすさまじい展開となる。
戦争を知らない世代が過半数になっている今日、この作品がひとつのサスペンス・ミステリーとして受け取られないよう祈るばかりである。戦争とは実際に体験することになれば、いかなることになるのか。TVゲームの発達などで、戦争がしばしば仮想の世界の出来事のように語られがちな状況で、映像の役割はきわめて大きい。今日もイラクでの自爆テロが伝えられているが、「殺戮の日常化」には言葉がない。映画では事実がかなり省略されていると記されているので、書籍を手にしたのだが、映画とどれだけの差異があるのかは見ていないので分からない。
さらに、ここに描かれたような歴史的状況があったとしても、現実と虚構の差は避けがたい。作者は「想像が介入する余地のない現実からきたものである」ことを強調するが、読者としては術中にはまってしまったかとも思う。「シンドラー・リスト」や「ヒトラー最後の12日間」とはかなり異なった読後感だった。今回はいつも経験する鬱症状にはあまり悩まされずに済みそうだ。
*ポール・バーホーベン、ジェラルド・ソエトマン(原案)、ラウレンス・アビンク・スパインク、イーリック・ブルス著 戸谷美保子訳『ブラックブック』(エンターブレイン、2007年) 248pp.